●リプレイ本文
●出発
朝早いパン屋シュクレ堂の前に一両の荷馬車が停められる。
シーナと冒険者達はさっそくパンや干菓子などを買い求める為に店内へと入った。
御者台で待つのはサロンテの恋人ラヴィッサンである。荷台には真新しい使われていないワイン樽が六樽固定されていた。
いつもならすんなりと手に入るワイン樽だが、職人の間でいろいろとあったらしく、今年は簡単にはいかなかった。
納期から遅れたものの完成したという連絡が入り、何日かかけて作業場へ取りに行ったラヴィッサンである。依頼の出迎えに間に合って安心のため息をつく。
シュクレ堂の次は四つ葉のクローバー店に寄ってチーズを吟味して購入する。市場にも立ち寄って様々な食材を買い入れた。
準備が整い、荷馬車はパリの城塞門を潜り抜けて村を目指す。
「あちらでも天気がよいといいのですけど」
手でひさしを作り、セシル・ディフィール(ea2113)は荷台の上で空を眺めた。葡萄を摘むのなら雨は大敵だ。天候を操作出来るスクロールを用意してきたので、活用するつもりのセシルであった。
「それ、てるてる坊主なのでしょうか?」
エフェリア・シドリ(ec1862)が前屈みになって、ラルフェン・シュスト(ec3546)の手元を覗いた。
「気になったもので手に入れてみたんだが。エチゴヤでね」
ラルフェンが手にしていたのは越後屋印のてるてる坊主である。何故かひげ面のてるてる坊主だ。
「てるてるぼーずって、ジャパンのお守りだっけ? へぇ、これで雨がねぇ‥‥」
レオ・シュタイネル(ec5382)もラルフェンの手元を覗き込む。
「到着まで時間はあるし、作ってみるのも一興ね」
セレスト・グラン・クリュ(eb3537)は家の裁縫箱から持ってきたはぎれを荷物の中から取りだした。ラルフェンのてるてる坊主を参考にして、みんなでてるてる坊主を作り始める。ただし、揺れる荷馬車の上で刺繍は難しいので顔を描くのは到着してからだ。刺繍の仕方についてもセレストが教えてくれるという。
綺麗な出来の方がいいので、エフェリアもセレストのはぎれで作り始める。
「シーナさん、どうかしたのかな?」
本多文那(ec2195)がシーナの様子に気がつく。遠くを見つめたまま固まるシーナの顔の前で手を振ってみた。
「はっ!」
シーナが我に返った。
「また心が葡萄とワインの事でいっぱいになってたのです〜」
本多文那を見つめて恥ずかしそうにするシーナの様子に笑い声があがる。
「新物ワインかぁ‥‥いっつも、古ワインばっかりだから楽しみだっ」
レオもシーナと同じようにワインへ想いを馳せた。
「サロンテも楽しみにしていたよ。早めに摘んだ葡萄で一樽、先に仕込んでおいたから、何日か経ったら今年のワインを試せるはずだ」
ラヴィッサンの言葉にシーナとレオだけでなく一同の心は踊った。
夕方には到着し、仕事が終わったばかりのサロンテに出迎えられる。
思い思いに刺繍でてるてる坊主に顔を作りあげ、窓の外にぶら下げて晴れるのを祈る一行であった。
●ワイン造り
二日目の早朝からさっそくワイン造りの始まりである。
まずは葡萄を摘む作業からだ。
垣根作りで葡萄は栽培されているので背を伸ばす必要がない。背が低い方が屈む必要がないのでかえってやりやすいようだ。
各自カゴを持ち、葡萄畑に散らばる。
「おいしいワイン、たくさんできると、良いのです」
「そうなのですよ〜。がんばっちゃうのです☆」
エフェリアとシーナが並んで葡萄摘みを始めた。サロンテが選り分け方をみんなに説明してくれたので、よいものだけを摘んでゆく。
葉の上に乗っているエスカルゴの横でエフェリアは手を動かした。後で絵を描くとき、たわわな葡萄とエスカルゴを描こうと思ったエフェリアだ。
「葡萄って、キラキラでホント綺麗だよな」
レオはハサミで葡萄の房を切りとって掲げてみる。ほんのりと朝露に濡れた濃い紫の葡萄が太陽光に照らされて輝いていた。よく洗濯をしたボロ布を巻いて日よけ対策を怠らないレオであった。
「これでよし! さて、たくさん摘みましょうか」
セシルは天候操作のスクロールを使ってから作業を始めた。今日の所は大丈夫そうだが、まずは景気づけだ。前にエスカルゴを獲る手伝いをしたセシルにとって今回の葡萄摘みは感慨深いものがある。
「天気は万全だな。俺もがんばるとしよう」
セシルの側にいたラルフェンも摘み作業開始である。ちょうど熟れているのを選んではカゴに入れていった。すぐに一杯になり、新たなカゴと取り替える。
背の高いラルフェンは腰を曲げなくてはならず、少々腰にくるのが難点であった。
「葡萄と聞くと思いだすわ。聖書のぶどう園の主人の譬えを。大人になった今でも完全には理解し難いのよね」
セレストも一つ一つ丁寧に葡萄の房をカゴへ入れてゆく。日当たりのよい葡萄は甘みが強いので重点的に収穫する。出来の良くない実は取り除いてワインの味を濁らせないように気をつかう。
休憩の時、ぶどう園の主人の譬えについてセレストはシーナに話しを振ってみる。なぜ神は、その愛を不公平に与えるのかしらと。
シーナは頭から湯気を出しそうな雰囲気で腕を組んで考えていた。結局ちゃんと答えられず、『生きるというのはたいへんなのです〜』といって逃げてしまう。
「まだまだ頑張るからねっ!」
本多文那が葡萄一杯のカゴを置くと、肘を直角に曲げて力持ちのポーズをとる。そして凄い勢いで葡萄畑に戻っていった。その様子にサロンテとラヴィッサンは微笑んだ。
カゴに入った葡萄は荷馬車に載せられた。ある程度になったら家に戻って作業となる。
葡萄畑は広く、一日で片づきはしない。冒険者とシーナがいてくれる間はかかりそうである。
簡単な昼食と休憩を終えると葡萄の粒を果梗からとってゆく。葉や果梗が混じると美味しいワインは出来ないので、とても大切な作業だ。
午前に集めた葡萄の粒が全部集められると葡萄踏みの作業に移る。
セレストがピュアリファイで清めてくれた水で綺麗に足を洗ってから、葡萄の粒がたくさん入った大きな桶に入った。みんな果汁で染まってもよい恰好である。髪の毛を縛ったり、布を巻いたりするのも忘れない。
「とってもひんやりするのね」
「ひんやりなのです」
セシルとエフェリアが顔を見合わせて頷く。
「これが一番やりたかったんだ!」
レオは零れるような笑顔で桶の中に入った。足の裏で粒が割れてゆく感覚が何ともいえない。
「面白い感覚だな。シーナ」
「そうなのです〜。とっても不思議な感じがするのですよ」
ラルフェンとシーナが何回か足踏みをしてみた。
「踏みまくるよっ〜♪」
本多文那がさっそく元気に踏み始める。
「葡萄踏みの歌があると聞いたことがあるのです」
「確かにあるわ。じゃあ、唄うのならわたしよりラヴィッサンの方がいいわ。彼の後についてゆくように唄って覚えてね」
エフェリアに訊かれたサロンテはラヴィッサンに唄うのを任せる。
創作の詩はダメよとサロンテに釘を刺された後で、ラヴィッサンは葡萄の粒を取りながら唄い始めた。
村に古くから伝わる初恋を胸に抱く乙女の歌であった。歌に合わせて足踏みが行われる。
(「若いっていいわね」)
木管用の栓で桶を軽く叩いて歌のリズムをとりながら、セレストは足踏みをする同性を眩しく感じた。彼女らは気づいていないだろうが、若いというのはそれだけで素晴らしいものだ。
葡萄踏み用の大きな桶の下部に取り付けられた木管から葡萄の果汁が流れてくる。受け止める桶には布が被されていて、種や皮などが入り込まないようにされていた。
果汁が溜まったところで、横にされたワイン樽に詰める作業である。シーナ、エフェリア、セシルが漏斗を樽の穴に差し込んで支える。
レオとセレストが果汁の入った桶を荷車に載せて運ぶ。ラルフェンとラヴィッサンが桶を持ち上げて果汁をワイン樽へ注ぎ込んでゆく。
サロンテはその他の雑務を行う。
赤ワインは発泡酒と違って、そのまま果汁を寝かしておけば発酵してくれる。気温によって変わってくるが、十日から一ヶ月は発酵期間が必要だ。発酵の途中でガスが発生するので栓はせず、樽上部の穴には布が被せられた。発酵の間は村の氷室ではなく、倉庫の中でワイン樽は保管される。
「美味しくなれよ」
レオは発酵を待つばかりのワイン樽を撫でて呟いた。
ワイン造りの現場には常に葡萄の香りが辺り一面に広がっていた。シーナは深呼吸をしてみる。
本多文那が真似をし、セシルもやってみる。いつの間にか全員が深呼吸だ。
この香りがいつの間にかワインのものへと変化するのだろう。不思議なものだとシーナはしみじみと感じるのであった。
●野外パーティ
ワイン造りは順調に進んだ。
修道院用の四樽分は未婚女性のみが踏む事になっているようで、シーナを中心にがんばってもらう。
サロンテが仕込んだワインが飲み頃になり、さらに張り切る一同であった。六日目のうちに樽へ仕込むまでの作業が終わる。
自由時間となった七日目、ワイン試飲パーティの準備が行われた。
ラルフェンに熊爪のお守りを借りたレオが朝早くから森へと狩りに出かける。昼に戻ったレオの手には仕留めた野鳥が三羽握られていた。
パリから持ち込んだ食材は氷室で保管されていて傷んでいない。さっそくセレストを中心にして調理が始まる。
調理にはより工夫を凝らし、氷室の冷たさやレミエラが利用された。獲られた山鳥は挽肉にされる以外にも葡萄が詰められて一品となる。
エフェリアは以前に肉やミルクを分けてくれた村の人の所を訪れて料理のお裾分けをしてくる。
同じ村であるが今では離れた家屋に住んでいるサロンテの肉親も呼ばれた。
葡萄畑が望める木陰にテーブルが用意されていた。出来上がったばかりの料理も並べられる。
わざと堅めのパン生地に葡萄が乗せられて作られたスキアッチャータ。葡萄葉の挽肉詰めドルマデス。林檎を蜂蜜入りワインにつけて氷室で冷やされた飲み物。葡萄が詰められた野鳥の肉料理。
セレストが土産としてサロンテに渡したチーズもツマミとして置かれる。
当然、出来上がったばかりのワインも豊富に並べられていた。
「それではよいワインを祝して。また、よいワインの仕上がりを祈って」
サロンテが乾杯の声をあげ、全員がワインを口にする。
「ワイン‥‥絶品‥‥」
セシルはワインを存分に楽しんだ後で料理に手をつけた。愛犬のウェルと鷹のイグニィにも食べられそうなものを自分の皿から分けてあげる。
「スーさん、そんなに飲んだらダメなのです」
少しのつもりであげたワインを子猫のスピネットが舌を出して舐めまくる。そんなエフェリアも頬が真っ赤に染まっていた。
「えっ! 葡萄を摘むときに見かけたあのエスカルゴ、食べられるの?」
シーナから村での話を聞いた本多文那はびっくりである。まさかあの虫が食べられるとは思っていなかったからだ。幸いか、残念なのか、今回はエスカルゴ料理は並んでいなかった。
「乾杯って元気があっていいよな。シーナ、もう一度、かんぱーい!」
レオはカップのワインを飲み干し、次のワインを注ぐとまた乾杯をする。シーナも負けじとワインを頂く。二人の顔もあっという間に真っ赤である。
「なかなかの出来だわ。‥‥もう一杯頂こうかしら」
セレストはカップのワインを飲み干した後で自らの頬を押さえ、しばらく余韻を楽しんだ。この時この場所でしか味わえない至福である。
「なんとも‥‥、いいものだな」
ラルフェンはワインを飲むと腰の痛みが吹き飛んだ。屈む事が多かったラルフェンにとってワイン造りは辛い仕事だった。しかしそんな事はどうでもよくなる。
もしかすると一番美味しいワインを飲んだのはラルフェンだったのかも知れない。
料理がワインをさらに勧める。全員で葡萄踏みの歌を唄い、陽気に踊った。
調子に乗ったラヴィッサンが自作の詩を読もうとしたが、シーナとサロンテが必死になって食い止めた。事情を知らない者には不思議な光景である。
ラヴィッサンの詩はあまりに甘すぎて聴いた者の精神を破壊する。というのは冗談だが、そう表現したいくらい凄まじいものであった。
パーティの雰囲気を壊さない為にもここはラヴィッサンに我慢してもらう。
楽しいまま試飲パーティは終わる。
酔った全員が早めにベットへ潜り込む。その日の夜、誰もが楽しい夢を観るのだった。
●そして
八日目の朝、行きと同じくラヴィッサンが御者をする荷馬車に乗って冒険者とシーナは村を後にする。
夕方にはパリへ到着し、冒険者ギルドへと報告に向かう。
「これなら大丈夫でしょう。お土産です。どうぞ♪」
「嬉しいわ。とっても楽しみ」
セシルが自費でサロンテから購入したワインを、受付嬢のゾフィーにお土産として手渡す。それとは別に冒険者達はサロンテとラヴィッサンからワインをもらっていた。
「これはお友だちの証なのです。是非もらってください〜」
シーナはセレストとレオにブタさんペーパーウェイトをプレゼントする。
少々酔いが残ったまま、冒険者達はシーナと別れるのであった。