●リプレイ本文
●パリ
朝早いエテルネル村出張販売店・四つ葉のクローバーには、依頼を請け負った冒険者達が集まり始めていた。
「風吹く夜も、雪が積もって身動き出来ない日も、神様を身近に感じられるのが教会なのよね。心ポカポカに過ごせるわよぉん」
真っ先に訪れたポーレット・モラン(ea9589)は青年村長デュカスによりよい教会についてを語る。
「雪が降りだす前にはなんとか形にしたいと考えています。すでに石工のシルヴァさんは村で建築作業を始めていまして」
デュカスもポーレットに近い考えで教会の建設に着手していた。村に人が増える事はよいのだが、集まればそれだけトラブルの種は増える。それを緩和してくれるのが教会の存在だと信じるデュカスである。
しばらくしてもう一人のシフールが店に現れる。ミシェル・サラン(ec2332)だ。
「そういえばあの村、教会がなかったのね。依頼書を読んで気がついたわ。ポーレット様は教会美術にも詳しいし、同行をしてお手伝いするつもりよ」
ミシェルとポーレットは内装品にかけられる大まかな予算をデュカスに訊ねる。それなりではあるが、決して多くはない。
「やっぱり高いし、ステンドグラスは無理ぽいっ?」
「わたくしも聞きたかったの。あまり煌びやかにしないほうがいいのかしら? ステンドグラスはどうなの?」
ポーレットとミシェルはステンドグラスについて気にかけていた。残念ながらあまりに高価で今の所手が出ないとデュカスが下を向く。
レミエラのおかげで比較的ガラスが普及し始めているが、それでも庶民には高嶺の花である。ステンドグラスとなると、どれだけの価格になるか想像もつかなかった。
ならとポーレットがアドバイスをしてくれる。お勧めは聖書をモチーフとしたフレスコ画を床や天井に描いてもらう事だ。ラテン語で書かれた聖書を直接読めない信者に向けてのイメージの補完にも繋がる。
題材としては『十字架への道』が多くの教会で使われているという。
教会の建物が形になったら是非そうしたいといって、デュカスはメモをとるのを忘れなかった。
「アイシャ・オルテンシアです。宜しくお願いしますね」
出入り口の扉が開き、アイシャ・オルテンシア(ec2418)がデュカスを見つけて挨拶をした。
「あ、えと‥‥アイシャさん、よろしくお願いします」
以前と違う印象をもったデュカスは少々戸惑う。
「騎士を改め、志士となりました」
アイシャの言葉にデュカスは合点がゆく。よく見れば携えている刀剣も以前のものより小振りであった。
「みんな集まっているのだ。よろしくなのだぁ〜♪」
元気よく店内に入って来たのは玄間北斗(eb2905)だ。足にはすでに韋駄天の草履を履いている。
玄間北斗は少しでもルーアン訪問の日数を稼ぐ為に自らは足の速くなるアイテムを使い、デュカスには馬へ乗る事を勧める。しかしデュカスには馬車で村までパリで仕入れた物資を運ぶ用事が残っていた。
「アイシャさんに馬車を任す方法もあるけど、責任があるのでそれは無理なんです。村からルーアンに向かう時にはお願いします」
デュカスの考えを玄間北斗は受け入れる。そしてポーレットからディバインバイブルと新作の絵『尖塔に立つミカエル像』を預かった。
教会への提出する資料に関しては道中でメモを取り、村に到着してから清書をする段取りとなる。
ポーレットとミシェルはパリに残って教会の内装品に関する調査を行う。
アイシャは村で石工シルヴァの教会建築の手伝うつもりでいた。玄間北斗は一度村に立ち寄ってからデュカスと共にルーアンへ向かう予定だ。
ポーレットとミシェル、ワンバ店長と店員のノノに見送られて馬車は出発するのだった。
●エテルネル村
「フェルナールさん、お元気でなによりです」
「お久しぶりです。すごいんですよ、教会の建築現場」
二日目の夕方、エテルネル村に到着するとアイシャはフェルナールと握手をする。フェルナールが案内するというのでデュカスも含めてアイシャと玄間北斗がついてゆく。
「本当なのだぁ〜」
玄間北斗が愛犬五行と一緒に目を見張った。
教会の建設予定地にはたくさんの石材がすでに置かれている。エテルネル村の家屋のほとんどは木造であるが、教会については末永く利用する為に石材と煉瓦で建てられる。
石材は遠くから荷馬車で運ばれてあったが、まだ全部ではないようだ。
煉瓦はよい土が掘れる場所をエテルネル村近辺でシルヴァが発見する。現在、窯が作られて村人の手を借りて煉瓦が量産されようとしていた。
「みなさん、ようこそ。先に仕事させてもらってるよ」
一仕事終えたシルヴァが四人の前に現れる。
「明日からのお手伝い、がんばりますよ。それと、パリの仲間にどんな教会から教えたいので設計図を見せてもらえますか?」
アイシャは駿馬のミオンで一度パリに戻るつもりでいた。シルヴァは夕食の後にでも見せると快諾してくれる。
「これを使って欲しいのだぁ〜。石と煉瓦で作るといっても木材も必要なはずなのだ」
玄間北斗の愛馬には木材がたくさん載せられていた。とても質がよく、シルヴァが感謝する。
「さてと、忙しいし、明日の朝は早いのだぁ〜」
「そうですね。早く清書をしてしまいましょう」
玄間北斗とデュカスは明日のルーアン出発に備えなければならない。
今回は人数が少ないのでデュカスの住む家屋にアイシャと玄間北斗は世話になる。
夜、アイシャはフェルナールに手伝ってもらいながら、設計図から教会の間取りを写し取った。玄間北斗はデュカスと共に村の状況を示す書類を清書する。
作業が終わるとすぐにランタンの火は落とされた。
●建築
三日目からのアイシャは現場での力作業を手伝った。そうすれば図面からは読みとれない細かな部分も把握出来ると考えたからだ。
愛馬二頭の力も借りて、丸太の上に載せられた大きな石材をシルヴァのいう通りの位置まで運ぶ。石材は大まかに削られてあったが細かな修正は必要だ。
シルヴァがノミを使って石材を削った。
予算の関係もあって招いた本格的な石工職人はシルヴァのみである。その他は主に村人の手伝いだが、木造とはいえ家屋を建てた経験を持つ者もいる。
土台を見ればわかるが既存の建物を利用する場合を除き、教会は基本的に上から見ると十字となるように建てられる。
「この広さだと‥‥」
アイシャは建物内部となる範囲を歩いてみた。採光窓の位置を図面を再び見せてもらって確認し、どんな感じになるのかを想像する。
教会の大きさに合った内装品でないと、ちぐはぐになってしまう。教会に使われる石と煉瓦の欠片もパリの仲間に見せる為に拾っておいた。
シルヴァが石を削って調節している間にアイシャは煉瓦作りを手伝った。
粘土質の土と砂をよく混ぜる。失敗した煉瓦を砕いて砂の代わりに入れる場合もある。
空気が入らないように木枠に入れて何日か乾燥させなくてはならない。それを窯で焼き上げて煉瓦の出来上がりだ。
小さな教会を建てるだけでも、かなりの煉瓦は必要である。
アイシャの脳裏にはルーアンに出立する直前のデュカスの言葉が浮かぶ。煉瓦作りも村の大切な産業の一つになるといっていた。
アイシャは五日目のまだ太陽が昇る前に駿馬に乗ってパリに向かう。途中、休憩を織り交ぜながら六日目の昼前に到着する。
ミシェルとポーレットに図面の写しと欠片の二つを渡し、建築現場での教会の印象を伝えた。逆に二人から言伝を受け取って村へと引き返す。
七日目の暮れなずむ頃には村へ戻ってシルヴァに内装品の情報を伝える。それによって図面に少々の変更が加えられるのだった。
●内装品探し
「ミシェルちゃん、ここに並んでいる絵がそうよぉん」
「これが『十字架への道』なのね」
ポーレットとミシェルはパリのある教会を訪れていた。そこにはポーレットがデュカスに説明したフレスコ画が壁に描かれてある。
死刑宣告からゴルゴダの丘で磔にされて葬られるまでのジーザス受難が十四枚の絵によって表現されたものだ。
実際の教会の内装をいくつか見ておいて、それから具体的な品を業者から買い求めるつもりである。
六日目の昼頃、一度戻ってきたアイシャが具体的な教会の情報を教えてくれる。そしてシルヴァからの伝言として、鐘の入手を頼まれた二人だ。
「必要よねぇ、鐘と鐘楼。鐘楼はシルヴァちゃんに任せるとして‥‥」
宗教画家のポーレットには元々ある程度のつてを持つ。宗教画も教会内装品の大事な一つともいえるからだ。
内装品を扱う業者を訪ねて既製品を見せてもらう。どうしてもない物は注文しなければならないが、予算が限られているのでなるべく避けるようとする。
何店か回って一番適した品を予約していった。
「白教会は清貧が美徳だけど、ちょっとくらい見た目きれいにしたほうが信者も嬉しいんじゃないかしら」
「この十字架だと大きすぎるわねぇ。ちょっとだけ小さいのないのかしら〜?」
シフールのミシェルとポーレットは縦横無尽に店内を飛び回る。こういう時、シフールはあらゆる角度から品物を判別出来るのがとてもよい。見えにくい個所だからといって手抜きがされているものは教会に置く品としては相応しくない。
十字架を始めとして、朗読台、祭壇、燭台、葡萄酒用に聖杯、パンを入れる聖櫃と聖水盤が予約される。その他の細かい品はまとめてだ。
手付け金を渡して予約をしておき、後でデュカスかワンバに取りに来てもらう段取りだ。
品を間違えないように色付の糸を巻いておく。どこで何を買うのかを記した羊皮紙もばっちりである。
問題は鐘だ。大きすぎたり小さすぎたりして、ちょうどよい品が見つからなかった。
専門の鍛冶屋を業者から教えてもらったが、見積もりを頼むと高すぎる。かといって古道具屋で買うのも気が引ける。物が物だけに、どこかで盗まれた鐘は大問題だ。
「どうしよっか」
「いいものがなかったわね」
ポーレットとミシェルはパリを取り囲む城塞壁の塔の屋根に座り、夕暮れのパリを眺めながら相談をした。
たくさんの教会の鐘が鳴り響く。やがて鐘の音が静まった時、ミシェルが立ち上がってパリの外側を見回した。
「金槌で叩く音がするわ」
「本当っ?」
ミシェルが空を飛び、ポーレットがついてゆく。すぐにポーレットにも金槌音が聞こえてきた。
日が暮れる前に二人はパリ近郊の鍛冶屋に辿り着く。そこにはまだ独立したばかりの若いドワーフ鍛冶師が住んでいた。
これまでに作った鋳造品を見せてもらって大丈夫だと感じた二人は鐘を注文する。考えていた予算内で収まりそうで二人は喜ぶのであった。
●ルーアン
三日目の暮れなずむ頃に玄間北斗とデュカスはルーアンに到着した。
さっそく玄間北斗がよく知るカトナ教会を訪ねる。
老司教に事情を話し、ルーアン大聖堂の大司教との面会を頼んだ。
村の事情がわかる資料、そしてポーレットから預かったディバインバイブルと新作絵『尖塔に立つミカエル像』が預けられる。
残念ながら大司教との面会はまず無理だといわれた。だが預かった品は老司教が必ず大司教に渡し、司祭の手配についても手を尽くすと約束してくれる。
面会の日には老司祭と一緒にルーアン大聖堂へと出向き、内部で待つ事となる。
「これなのだ。これが見せたかったのだぁ‥‥」
玄間北斗にいわれ、デュカスは壁面を見上げた。
巨大な最後の晩餐の絵が描かれている。
高い天井から下がるシャンデリアの灯火に照らされ、もう一つの世界がそこにあるようだ。
そして聞いた事がない音の旋律が流れてくる。玄間北斗は以前にも同じような体験をしていた。オルガンの音である。
しばらくオルガンの音を聞きながら、最後の晩餐を観賞し続ける玄間北斗とデュカスであった。
「頑張るのですよ。神はいつも側にいらっしゃいます」
遠くでオルガンを弾いていた人物が立ち上がり、デュカスと玄間北斗に声をかけてから立ち去った。
ちょうど現れたカトナ教会の老司教はその人物とすれ違う。すぐに立ち止まって祈りを捧げていた。
「今、オルガンを弾かれていたのが大司教様です。面会が終わり、許可を頂いた後で私はどちらの司祭がよいか、他の方々と相談していて少々戻るのが遅れたのです」
老司教の言葉に玄間北斗とデュカスは何度も瞬きをして驚いた。
三人は振り向き、誰もいなくなったオルガンをしばらく見つめるのであった。
●そして
デュカスと玄間北斗はエテルネル村に戻って村の人々に報告をする。準備が出来次第、司祭は派遣される。
教会の建設も順調であった。
一度戻ったアイシャによれば、パリでの内装品手配も順調だという。
「玄間さん、アイシャさん、ちょっと来て頂けますか?」
デュカスに連れられて二人は外に出た。
「この周辺は建てられたばかりの空き家があります。お好きなのを一軒ずつ差し上げます。どうか自由に使って下さい」
デュカスの言葉に玄間北斗とアイシャは顔を見合わせて口をパクパクとさせた。
九日目の朝、デュカスが御者をする馬車で玄間北斗とアイシャはパリへの帰路についた。十日目の夕方には四つ葉のクローバー店に全員が集まる。
「ねぇねぇ、どうだった? 大聖堂は素敵だった?」
「とっても驚いたのだぁ〜。絵を観ていたら――」
ミシェルに訊ねられた玄間北斗はルーアン大聖堂内で起きた出来事を喋る。
「ステンドグラスっていいものですね。ルーアン大聖堂のものは特別に感じました」
デュカスもルーアンでの体験を伝える。そして今度エテルネル村に訪ねたのならミシェルにも家屋を一軒譲るつもりだと話す。
「は〜い。これがミシェルちゃんと調べて注文した内装品のリストっ。頼まれた鐘は、ここにいる鍛冶屋に頼んだわよぉん」
「ありがとうございます。助かります」
デュカスはまずポーレットに手綱をお礼として渡した。弟フェルナールの気持ちなので受け取って欲しいという。
アイシャ、ミシェルにもプレゼントされる。玄間北斗はすでにあげた事があるので、代わりの村の品々である。
教会の建設は順調で内装品の手配も終わり、後は運ぶだけだ。肝心の司祭も来てくれる目処が立つ。
デュカスとワンバはあらためて冒険者達に感謝をするのであった。