北の水の都 〜シーナとゾフィー〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 17 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月26日〜10月06日

リプレイ公開日:2008年10月04日

●オープニング

「は〜い。わたしが行くのです」
 パリ冒険者ギルド。受付嬢シーナはギルドマスターの前で手を挙げる。それは事前調査に関する募集であった。
 目的地はブルッヘである。北海沿岸部より内陸部にある町なのだが、近頃ウィン湾からの長い水路が完成して完全に海と繋がった。
 水路は帆船がすれ違えるだけの幅があり、森が近くにあるブルッヘでは造船業が期待されている。
 ブルッヘの町中には道の代わりに運河が縦横無尽に張り巡らされ、交通手段としてはゴンドラが使われていた。
 一つ一つの水路を渡る為の橋がたくさん架けられて、ブルッヘの名の由来もそこからである。
 水路の完成はブルッヘの町の人々にとって長い間の夢であったが、復興戦争で中断された。戦後、再開にこぎ着けてやっと完成をしたという経緯を持つ。
 ブルッヘの西30キロの北海沿岸には古くからの港町オーステンデもある。将来的には地域の港としてライバル関係になりそうだが、今の所は静観されていた。
 海への水路が完成した事で、ギルドマスターは調査を思い立った。北海周辺では様々な怪異が起きている。何かが起きる前に、予め新生ブルッヘの様子を確認しておくべきだと考えたのだ。
 シーナだけでは大変だろうとゾフィー嬢も同行する事になる。
 さっそく二人は冒険者に護衛をしてもらえるよう依頼書を掲示板に貼りだした。
「シーナったら、何でブルッヘ調査に志願したの? わたしは別にいいのだけど」
「近頃、手漕ぎボードでダイエットしている間にだんだんと楽しくなってきたのです☆ ゴンドラってボートとはちょっと違うのですよね?」
「ゴンドラに乗ってみたいと‥‥そういうことなのね。まあ、仕事をちゃんとすれば問題はないし、それにわたしも興味あるわ。建物の間を船で通り抜けてゆくってどんな感じなのかしら?」
「海も近いし、お魚もありそうなのです〜」
 シーナとゾフィーはしばらく掲示板の前で立ち話をするのであった。

●今回の参加者

 ea2113 セシル・ディフィール(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec1862 エフェリア・シドリ(18歳・♀・バード・人間・神聖ローマ帝国)
 ec2195 本多 文那(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec3546 ラルフェン・シュスト(36歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●出発前
 早朝のパリ、パン屋シュクレ堂。
 朝食用のパンを買い求める客に混じり、これから新興の港町ブルッヘへと旅立つ一行の姿があった。
「焼きたてパンの香り、とてもよいのです」
 エフェリア・シドリ(ec1862)は棚の上に並ぶパンを取ろうとする。ほとんどは手の届く位置にあるのだが、一番上のだけは背伸びをしても届かない。
「このパンかい? エフェリア」
 ラルフェン・シュスト(ec3546)がトレイごと手にとってエフェリアの前までパンを降ろしてあげた。
 欲しいパンを取ってエフェリアがお礼をいう。ラルフェンもパンや焼き菓子をいくつか購入しておく。
「う〜ん、どうしましょうか。でも‥‥」
 セシル・ディフィール(ea2113)が持つトレイはパンと焼き菓子で一杯である。買いすぎかなといくつか戻そうとするが、ふと隣りのシーナを眺める。あきらかにシーナが持つトレイの方がたくさんのパンと焼き菓子がのせられていた。
「これで足りるか心配なのです‥‥。もう少し買おうかな?」
 シーナの呟きを聞いて負けたと思うセシルである。現在のシーナの体型は程良くて、ボート漕ぎ運動の効果がうかがえる。
「ワインに合いそうなパンはどれかな?」
 みんなが立ち寄るというので、本多文那(ec2195)もシュクレ堂を訪れていた。ある程度まではシーナが必要経費で出してくれるという。程度を越えた分は自腹だ。
「雲母ちゃん、どうしたの?」
 鳳双樹(eb8121)は何故かとてもご機嫌状態のフェアリーの雲母に声をかける。
 双樹は知る由もないが、先程までパン生地の発酵を手伝ってくるシュクレ堂に隠れ住んでいた妖精パニィーフェイと遊んでいた雲母である。
 双樹もいくらかのパンを選んだ。シーナと目が合って笑顔で頷く。
「少し急ぎましょ」
 支払いを済ませてシュクレ堂を出ると、ゾフィーを先頭にして一行は船着き場へ向かった。乗り込んでまもなく鐘が鳴らされると帆船は出航する。
 ほのかに朝霧が漂うセーヌ川を帆船が下ってゆく。
 セーヌ河口を通過するのは二日目の夕方である。ブルッヘに入港するにはさらに一日の航海が必要であった。

●ブルッヘ
 一行を乗せた帆船は三日目の暮れなずむ頃、北海沿岸の港町オーステンデを通り過ぎてさらに東へと進んだ。
 ほどなく南方のズウィン湾へと入り、簡易な港を通り過ぎて水路を進んで内陸部を目指す。
「素敵‥‥」
 セシルが船首に立って景色を眺める。水路がまるで道であるかのように両側には等間隔に並木が植えられていた。
 迫っては去り、そしてまた現れる並木。
 空が真っ赤に染まる夕暮れ時に帆船は入港する。運河が築かれた水の都ブルッヘへと。
「ありました。ここなのです〜」
 今日の所はゆっくりとし、調査は明日からである。シーナが宿屋を見つけてまとめて部屋を借りた。二階が宿屋で、一階は酒場兼食堂だ。
 食堂のメニューの多くは海が近いだけあって魚介類を使った料理が多い。特にムール貝を根野菜、香草、ワインなどで蒸し煮した料理は絶品であった。
 最初に頼んだのはゾフィーだけだが、その美味しそうな香りに負けて全員が追加注文をしたのだ。
 ちなみにパリで買い込んだパンや焼き菓子はとうの昔に胃袋の中である。
 料理を堪能し、しばらくのお喋りの後でベットで休んだ一行であった。

 四日目の朝から一行は調査を開始する。
 まずはブルッヘがどの様な町なのかを知る為に、ゴンドラに乗って運河から町を眺める事となった。
 さすが水の都と呼ばれるだけあり、商売で乗せてくれる船頭も多くいた。全員が乗れる大型のゴンドラもあったが、ここは気分を味わう為に二艘に分かれて乗り込む。
 エフェリア、セシル、ゾフィーが乗り込んだのがAゴンドラ。双樹、ラルフェン、本多、シーナはBゴンドラである。
「綺麗なのです‥‥」
 水路の角を曲がると、エフェリアは思わず持っていた美麗の絵筆の動きを止める。水面に建物が映る様子が道の上で見下ろした時よりくっきりとしていた。
 水面の向こう側に、もう一つのブルッヘが逆さまに存在しているような錯覚に陥ったのはエフェリアだけではなかった。
「本当に‥‥、これでもしも‥‥」
 セシルは恋人と一緒ならばどんなにロマンチックだろうと想像する。そして妖精の竪琴を取りだして奏で始める。
「合わせるのです」
 エフェリアは手に持つものを美麗の絵筆からハンドベルに変えてリズムをとる。
 ゾフィーはうっとりと耳を澄ませていた。心は恋人のレウリーと一緒なのだろう。
「ゆっくりとした、いい曲だな」
 ラルフェンは隣りのAゴンドラから流れてくるセシルとエフェリアの演奏を訊きながら、頭上を過ぎてゆく橋の数を数える。ブルッヘという町の名が橋という意味からつけられていると聞いていたからだ。
 後で知るのだが、橋の数は五十はあるらしい。住んでいる者達でも正確な数は知らないという。
 さすがにここまで海から離れると汽水ではなくて真水である。どことなくブルッヘの町は水の匂いがした。
(「変わった櫂ですね‥‥」)
 本多は振り返り気味に船頭が持つ長い櫂の動きを見つめた。ゴンドラに立ったまま、長く大きな櫂一本で漕いでいる。水を押しだすように漕いで、流れがゆっくりな運河をゴンドラは移動してゆく。
「シーナさんはダイエット続けていらっしゃるんですか?」
「ずっとやっているのですよ〜。大分太りにくい体質になったと思うのですけど、油断は禁物なのです」
 仲良く双樹と話すシーナだが、ちらりと本多と同じように船頭の姿を見つめていた。どうもゴンドラを漕いでみたい様子だと双樹は気がつく。
 その日は運河からブルッヘの町を眺めるに終始した。
 最後、船頭に頼み込んでシーナはゴンドラを漕いでみるが、バランスを崩して水に落ちそうになった。注意していた本多と双樹が手を伸ばしたおかげで、ずぶ濡れにはならずに済んだシーナである。
「さしみの魚さん、いないのです」
 ブルッヘの運河には海の魚類はいないようで、釣りをするつもりだったエフェリアが残念がる。ただ、漁師が獲ってきた新鮮な海の魚はたくさん売られていたので購入し、宿屋の部屋に集まって、こっそりとお刺身パーティを開いた。
「帰りの帆船で釣ってみるのですよ。エフェリアさん」
 シーナが用意してきたお醤油をお皿に垂らす。
「よし、出来上がったぞ」
 ラルフェンが輝くカッティングボードで魚の身を捌き、刺身を仕上げる。すでに慣れた手つきであった。
「こんな感じでいいですか? シーナさん」
 双樹はワサビ代わりのレホールを擦ってくれた。
「海の近くに来たのなら、これがないと始まりませんもの」
 抵抗なくセシルが刺身を食べる姿に本多が驚く。ジャパン出身者の本多にとっては、刺身は極普通の食べ物だが、ノルマン王国ではそうではないと噂で知っていたからだ。
「わたしも最初はダメだったのだけど」
「へぇ〜、そうなんですか。ジャパンが知られていて嬉しいです」
 ゾフィーから本多は説明を受けた。シーナの影響もあって、ここにいる全員が生魚を食べるのに抵抗がないという。
 まさかノルマンの地で刺身が食べられるとは考えていなかった本多であった。しかも、お醤油付きで。
 最後は本多が持ってきたワインを呑みながら、明日からの本格的な調査を全員で話し合うのだった。

「大丈夫なのです」
 エフェリアは橋の欄干に留まる鷹のイグニィとテレパシーで会話をする。
「引き続いてお願いね」
 セシルが指さすと鷹は再び空を舞った。ブルッヘの治安は良さそうだが、念の為の上空からの監視であった。
 五日目からは細かな調査が始まる。
「まだ作りかけなのです」
 エフェリアは空き樽の上に座ってブルッヘの船着き場付近の絵を描き始めた。
 港として機能していたが、まだ建造途中の施設も多い。それらをそのままの形で絵の中に収めるつもりのエフェリアであった。他にもブルッヘの地図も作りたいが、こればかりは時間の関係で無理そうである。
「難しいのです〜」
「ありのままを描けばいいのよ」
 シーナとゾフィーもエフェリアと一緒に絵を描き続けた。
「お姉ちゃん達ならもうちょっと上手いんですけどね‥‥」
 双樹も板に羊皮紙を貼りつけて絵を描くのに没頭していた。少しでもうまく描こうとがんばっていると、愛犬のたろが袖を引っ張っているのに気がつく。
「どうしたの?」
 双樹はオーラテレパスを使って愛犬との会話を試みる。こっちに来てと誘われ、ひとまずペンを置いてついてゆく。すると、積み卸し作業に作業に出くわした。たくさんの木箱が貨物帆船に載せられていた。
 一人の作業者に訊いてみれば、木箱の中身は織物のようだ。この近辺は織物産業が盛んなのがよくわかり、シーナに伝えておいた双樹であった。
(「大丈夫そうだけど、気は抜かないようにしないとね」)
 本多は絵を描く事で無防備になる仲間の代わりに周囲へ目を配らせていた。腰に下げる刀はいつでも抜けるようにと心構えを忘れない。
 造船所と水路に関してはラルフェンとセシルが特に注力して調査をしてくれた。
「丁度、過渡期という事か」
「そのようですね。荒削りな感じがします」
 ラルフェンとセシルは見渡す。
 船着き場から水路の支線が三本あって、その先は造船所となっていた。
 どの造船所も空きが多く、片隅でゴンドラなどの小さな舟を造っているだけだ。帆船はこれから本格的に造られるのであろう。
 内陸部の港だけあって他にはない特徴がある。広い湾の沿岸に沿って建てられる港施設ではなく、水路によって機能が分割されていた。造船所もその一つといえる。
 もしもの増水に関しては、さすがにここまで海水が逆流してくるとは考えられない。地域の川から運河に水がもたらされているが、余程の降雨でもない限り平気なようだ。
 ズウィン湾からブルッヘにかけての水路の途中にはいくつか小さな町がある。海からの侵略者がいたとしても直接攻め込まれる可能性は低い。だが、水路の出入り口でもあるズウィン湾の簡易な港を占領されると、ブルッヘは港として機能しなくなると考えられた。
 造船所と水路の調査が終わり、ラルフェンは船着き場付近で絵を描く仲間達と合流する。
 セシルは町中の人達の話しを聞いて回った。途中でシーナとゾフィーも聞き取り調査をセシルと一緒に行う。
 気になるのは北海で多発する怪異についてだ。特に満月前後に起こるという津波は不可解である。
 ブルッヘに直接の被害はないようだが、津波にやられた沈没寸前の帆船が入港してきた事がある。その帆船は骨組みに亀裂が入っていて廃船となった。
 冒険者達は全員で廃船がうち捨てられた空き地へと向かう。水から揚げられた廃船は惨めなもので、少しずつ解体されては薪代わりに造船所で燃やされていた。
 北海で起こっている怪異の象徴的な場景を見た思いの一行であった。

●帰りの航路
「前に拾ったのと似ているけど、また欲しくなったのです〜♪」
 帰り間際に立ち寄ったお店でシーナが波打ち際の貝殻を購入して全員に手渡す。
 八日目の朝、一行はパリ行きの帆船に乗り込んで帰りの航路につく。
 水路を抜けて海に出ると、エフェリア、双樹、ラルフェン、シーナが釣り糸を垂れる。いくらかの釣果があり、他の乗客達には内緒でお刺身を楽しんだ一行である。
 涙目で食べるシーナを心配して双樹が声をかけるものの、大した事はなかった。レホールを付けすぎて辛かったようだ。
 十日目の夕方、一行を乗せた帆船は無事パリの船着き場へと到着する。
「行きの間に全部食べちゃって失敗したのです〜」
 出発と同じようにパン屋シュクレ堂に立ち寄ると、シーナは焼き菓子をみんなにプレゼントした。ちなみに自分の分もたくさん買い込んでいたシーナだ。
 冒険者達はギルドに立ち寄って報告をする。
「おかげで助かったわ」
「そうなのです☆ ありがとなのです〜」
 手分けして描いた多くの絵と帰りの帆船の中でまとめたレポートの紙を、シーナとゾフィーが抱える。
 さよならの挨拶をしながらギルドの奥に消えてゆく二人を冒険者達が見届けて、今回の旅は終了となった。