●リプレイ本文
●船上
「そうなんです。何故か大きなカニ、ビッグクラブの甲羅が必要なんです。とにかく集落の代表に選ばれたのは誉れですのでがんばります! その為にどうか甲羅をよろしくお願いします」
セーヌ川に浮かぶ帆船の甲板で依頼者である青年トットーは冒険者達とビッグクラブの甲羅を話題にしていた。
「カニの甲羅を使う祭りねぇ‥‥」
ジェラルディン・ブラウン(eb2321)は両手の平を胸の前で合わせながら首を傾げる。トットーに詳しく訊ねるのも一つの手だが、無事に依頼を完遂すれば祭りに参加出来そうだ。運が良ければ実際に目にする機会もあると、今は想像にとどめておいた。
「ビッグクラブをおびき寄せるのに、これを使ってみるであ〜る」
「うぁっ!」
トットーの目の前に大きな何かが降りてきた。よく見れば塩漬けの大きな魚であった。
非常に背が高いジャイアントのトゥエニエイト・アイゼンマン(ec4676)が取りだした新巻鮭だ。その他にもゴールドフレークを使って魚を釣り、それも餌に使う準備もされていた。
「甲羅が壊れたので新しいのが欲しいと依頼書にあったが、どんなものだったのだ?」
シャルロット・フランソワーズ(ec5356)が質問すると、トットーが両腕を広げて見せる。
「この長さの一つ半ぐらいの横幅があって、縦はちょっと短い位かな。背中にあたる部分に大小の突起がついていましたが、長く使っていたせいか、かなり丸まってましたね。外殻の部分は殆どが赤くて、ほんのわずかに白い部分があったでしょうか。個体差はいろいろとあるみたいですけど」
トットーの説明を聞いたジェラルディンがさらに補足してくれる。彼女はモンスターについて相当の博識であった。
ビッグクラブには八本の足に加え、ハサミの手が二本ついている。さらに片方のハサミはかなり巨大で一メートルはあるという。二メートル前後の体長と比べるとかなりアンバランスなハサミだ。
「特徴の話は参考になるな。弱点や逆に避けるべき点とか、もっと知っている知識はあるのかな?」
船縁から水面を眺めていたカンター・フスク(ea5283)がジェラルディンに振り返る。
「横の動きはかなりのものね。少しの攻撃でも受けると逃げだす習性があるので、横に動きにくい状況に追い込んでおくと戦いが楽になると思うわ」
ジェラルディンの説明は続く。
目的の海岸までには二日を要するので、それまでにより強固な作戦にすべく話し合いが続けられる。
山奥の集落に伝わる祭りのきっかけとなった逸話もおまけとしてトットーから語られた。
その昔、集落にはとても器量よしの若い娘が住んでいた。集落の若者だけでなく近隣の男達の間でも評判になっていたが、ある日事件が起こる。
人語を理解する巨大カニが現れて娘が攫われそうになったのだ。
娘を守る為に若者達は様々な方法で闘いを挑んだが誰も敵わない。もう無理と思われた時、集落で一番気弱な若者がどれだけ酒を呑めるかの勝負を挑んだ。
結果、酔い潰れた巨大カニは泡を吹いて負ける。気弱な若者の勝ちであったが、卑怯な巨大カニは子分の小カニを扇動して大暴れを始めた。
その破壊力は強大でお終いだと集落の誰もが考えた時に落雷が起こる。
巨大カニは甲羅を残して弾け飛ぶ。小カニはいつの間にか姿を消し、娘も無事で集落に再び平和が戻ったのだという。
「ね? へんてこでしょう?」
トットーの言葉に冒険者の多くが頷くのであった。
●海岸
二日目の夕方、一行五人は帆船から海面に降ろされた小舟に縄ばしごで乗り込んだ。
シャルロットが操れるというので、船乗りには任せずに一行五人だけで海岸に向かう。
海岸は岩場と砂浜になっている部分に分かれていた。
一行は砂浜へと上陸する。全員で小舟を砂浜へと揚げて、念の為に木の幹へロープで繋いでおく。
海上からも確認したが、海岸付近に人家の気配はなかった。
日が落ちるまで大した時間は残されておらず、一行は野営の準備を始めた。
満潮時を頭の中にいれた上で、見晴らしがよくて風よけがあり、逃げ道のある場所にテントは張られる。ビッグクラブの出没があり得る岩場は除外された。
焚き火用の薪は打ち上げられた乾燥した流木が砂浜にたくさん落ちていてすぐに集まる。
男女に配慮したテントの割り当てと見張りの順番が決められる。見張りの者は焚き火を絶やさずに周囲を監視し、その他の者はテントで横になった。
明日の三日目からはビッグクラブ退治は始まる。再び帆船が近くを通過する六日目の朝までに甲羅を入手しなければならない。
天で星が瞬く夜は更けてゆくのだった。
日の出と共に冒険者達は行動を開始する。
ジェラルディンが機転をきかせてくれたおかげで、小舟には帆船から借りた釣り竿が用意されていた。岩場の虫や貝の身を釣り針につけて垂らし、トゥエニエイトが持ってきたゴールドフレークを撒き餌にしてばらまく。
昼前には自分達の食料分も含めて、ビッグクラブをおびき寄せる為の海魚が手に入る。
岩場には波に浸食されて迷路状になっている部分があり、新巻鮭のぶつ切りと一緒にビッグクラブが現れそうな個所に仕掛けられた。
テリトリーであったのか、餌が良かったのかはわからないが、すぐにビッグクラブは出現する。カンターが海中から岩場にあがるビッグクラブを発見して仲間に知らせた。
「甲羅だけでなく、他の部分もなるべく傷つけたくないからね。食べるつもりだから」
岩の影に身を潜めながらカンターが覗き込む。ビッグクラブを食すに関して異論を唱える者はいなかった。それこそ興味津々の者の方が多くいた。
「私は海側に寄っておきますわ。リカバーで治療を行いますし、気を惹く為の餌も投げられるように、このように用意してありますし」
ジェラルディンは両手で釣ったばかりの魚を持ち上げる。逃げるビッグクラブ相手だとタイミングが難しいものの、いざという時にはコアギュレイトも使うつもりである。
「ミーはおびき寄せたビッグクラブと正面から戦うのであ〜る」
トゥエニエイトは剣と盾を手にしてやる気に満ちていた。ただ、ビッグクラブに見つからないように背中を大きく丸めて屈んでいるのが窮屈そうであった。
「私も正面だ。大切なのは甲羅‥‥ならば潔く前から攻撃するのみ!」
シャルロットは手にした弓を強く握りしめる。トットーにはなるべく離れているようにとの注意を忘れない。いざとなればトットーを守るつもりのシャルロットだ。
作戦はすでに決まっており、ビッグクラブの動きを監視しながら全員が配置についた。
新巻鮭の切り身や、海魚を辿ってビッグクラブが海から離れる。まんまと迷路状の岩場の中へと進入していった。
よじ登るのでなければ、唯一の海側の出入り口となる岩場の隙間でカンターは待機する。ジェラルディンもカンターから少しだけ後方で待ちかまえた。
安定感のある高い岩の上でシャルロットは屈んでビッグクラブを監視していた。近くには腹這いで身を隠すトットーもいる。
(「わしゃわしゃと脚が鬱陶しいな。こちらを向いたら‥‥」)
シャルロットは片膝を立てて弓矢を構える。タイミングを計り、弦から指先を離す。矢はビッグクラブの右胸部分に突き刺さった。
次の瞬間、岩の上から飛び降りたトゥエニエイトがビッグクラブの爪攻撃を盾で受け止める。
「ぐ、これはなかなか大変であ〜る!」
ビッグクラブの攻撃に揺らぎながらも、トゥエニエイトは盾を構えて突進した。横からの押しには強いビッグクラブだが、正面からの押しには弱いことがわかる。
一旦トゥエニエイトが離れると、シャルロットの矢が再び放たれた。
トゥエニエイトは体勢を立て直してビッグクラブに挑む。
剣を腹に突き刺すと、ビッグクラブは泡を吹きだした。さらに何撃か加えると横歩きでビッグクラブは逃走する。
トゥエニエイトは追いかける。シャルロットとトットーも岩の上から飛び降りて後をついてゆく。
岩の挟まりから拓けた場所にはカンターの姿がある。
「根本を狙うべきか」
カンターは向かい来るビッグクラブの足の根本を狙って突き刺す。足は千切れこそしなかったが、ビッグクラブがぐらついて岩へと激突する。
「お魚は必要なかったみたいね」
握っていた魚を手放したジェラルディンが詠唱し、コアギュレイトでビッグクラブを動けなくさせる。
トゥエニエイト、シャルロットも追いついて一気に勝負をつける。甲羅だけは狙わないようにしてビッグクラブは仕留められた。
「素晴らしい協力でしたわ」
ジェラルディンは怪我した仲間にリカバーを施した。
「さっそく解体してしまおう。まずは肝心な甲羅からだな」
カンターがビッグクラブの手足を切り落とすと、全員で力を合わせて甲羅をひっぺがす。潮溜まりで洗って確認するが甲羅に酷い傷はなかった。祭りに間に合うとトットーが喜びながら冒険者達にお礼をいう。
残るはビッグクラブをどう料理するかであった。
興味を持ったシャルロットが試しに生のカニ肉を摘んで食べてみる。全員が注視する中、シャルロットの口が真一文字になったまま固まった。
海水を多く含んだ布を噛んでいるようだというのがシャルロットの感想だ。
カンターも一口食べてみるが腕を組んで考え込む。このまま料理しても決してうまいものに仕上がらないのは明白であった。
「干してみるか」
カンターは仲間に頼んでカニ肉を殻から取りだすと、陽の当たる綺麗な岩の上に広げた。水分が飛べば元々のカニ肉の味が凝縮されるはずである。
加えて臭みに注意しなければならないが、肉類は少々時間をおいた方がうまくなるのを経験則で知っていたカンターだ。
長期の保存食を作る訳ではないので夕暮れまでの半日の間だけカニ肉を干す。虫が集らないように大きな葉で仰ぐのが辛かったものの、無事に出来上がる。
焚き火を囲んでの夕食の時間となった。
「皆で食べるとよいであ〜る」
トゥエニエイトが用意したヤギの大皿に焼いたカニが並べられた。
その他にカニの旨味が充分に引きだされた鍋料理も用意されている。海辺にも実りの秋が訪れていて、野生の果実なども手に入った。
「同じ食材とは思えないな」
シャルロットはカニ料理を食べて頬を綻ばせる。
「お魚も入った海鮮鍋、幸せですわ」
ジェラルディンが汁と一緒にカニ肉を頂く。
「チーズを食べるのであ〜る。ネクタルもうまいのであ〜る。エチゴヤ親父のパンは不気味な顔だが、結構いけるのであ〜る」
トゥエニエイトは持ってきた食べ物を仲間にも提供する。
「焼いたカニミソは干さなくても美味いな」
カンターも自らの料理に満足した。
山で育ったトットーはただひたすらに頬張り続けている。
最後に葡萄などの野生の果実を頂いて、宴のような食事は終わった。
干したおかげでカニ肉も腐りにくくなり、海辺での残り二日間も食料に困らずに済んだ。
六日目の早朝、約束の帆船が海岸近くで停船する。シャルロットの操る小舟で全員が帆船に乗り込んで三日を過ごした海岸と別れを告げた。
セーヌ川を上る途中の小さな港で下船したのは七日目の昼頃である。トットーの住む集落の人が待機していて、荷馬車へと乗り換えるのだった。
●山奥の集落
八日目の昼頃、荷馬車は山奥の集落に到着する。
「これが新しい甲羅です。ここにいる冒険者達のおかげで無事手に入れる事ができました!」
トットーが荷馬車に積まれたビッグクラブの甲羅を指さして叫ぶと、集まった集落の人達から感嘆の声が沸き上がった。
集落の長も現れ、収穫祭の開催が今夜からだと急遽決まる。集落は慌ただしくなった。
甲羅は一人で担ぐにはかなり重たいので、急いで余分な個所が削られる作業が行われる。
冒険者達は長の家に招かれた。
食べきれなかったカニ肉と干し魚を土産として渡すと、集落の長はとても喜んだ。いくらかの謝礼金とお酒が冒険者に贈られた。シャルロットには使った分の矢も補充される。
夕暮れ時から集落の収穫祭は始まる。冒険者達がいられるのは今夜だけだが、明日以降も続けられるという。
娘達の踊りが始まり、酒が樽ごと振る舞われる。
篝火がたくさん焚かれ、年に何度しかない明るい集落の夜の始まりであった。
トットーは担げるように改造されたビッグクラブの甲羅を背負って集落を練り歩く。その姿に何人かの冒険者は逸話に込められた意味を理解する。
巨大カニとは権力者か富裕の商人などの暗喩であったのだろう。想像するに赤ら顔か、赤い服装を好む巨体の人物だったに違いない。
集落の娘が無理矢理に連れていかれる一連の出来事が長い時を経て、ビッグクラブの話に変化したと考えるのが妥当である。
トットーは儀式をやりきって喝采を浴びる。冒険者達も拍手で労った。
九日目の昼前、冒険者は荷馬車に乗って集落を後にする。十日目の夕方には無事にパリへと到着した。
トットーと別れを告げた冒険者達はギルドへと報告に向かうのだった。