石炭輸送 〜カーゴ一家〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:7 G 56 C

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月05日〜10月14日

リプレイ公開日:2008年10月12日

●オープニング

 海賊といっても様々だ。
 貧しさの為に海辺の漁師達がやむなく手を染める小規模な海賊。
 領主などの権力者が許可を出して、外交手段として海賊行為が行われる事もある。
 当然、絵に描いたような海賊も存在した。
 略奪と殺戮を繰り返し、その場限りの享楽に溺れ、何の反省もせず、世界の覇者気取りの海賊が。


 広域商人『カーゴ一家』の若き女将エリス・カーゴは海原を渡り、多くの品を運んでいた。
 ある日、いつものように海運輸送の仕事がカーゴ一家に舞い込んだ。ただし、これまでに運んだ実績のない積み荷である。
 エリスは事務主任アリアンテ・オーノ嬢と一緒に考えた末、冒険者に応援を頼む事に決めた。すぐにエリスは冒険者ギルドへと駆け込んだ。
「石炭というのをオーステンデからルーアンへ運ぶことになったの。これまで注目されていなかったのに、最近になって狙っている海賊がいるみたいなのよね。前からルーアンには運ばれていたみたいなんだけど、海賊のせいでどこの海運会社も後込みしちゃって、それで話がカーゴ一家に回ってきたというわけ」
 男性ギルド員は大急ぎでエリスの言葉を書き留めてゆく。お構いなしにエリスは喋り続けた。
「石炭って、よく燃える黒い石らしいのよ。鍛冶屋なんかが強い火力が欲しい時に使うみたい。つまり火に気をつけないと帆船ごと燃えてしまうかも。初めてだから慎重に運ばないといけないし、運良く石炭を狙う海賊がやってきたら倒しておきたいの。そうすれば次からは安全だから――」
 果たして海賊に襲われるのが『運良く』なのかは別にして、警戒するに越した事はなかった。
「それじゃ、よろしくね♪」
 エリスが立ち去ると、男性ギルド員は依頼書を書き上げて掲示板へ貼りだすのであった。

●今回の参加者

 ea1999 クリミナ・ロッソ(54歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 eb5363 天津風 美沙樹(38歳・♀・ナイト・人間・ジャパン)
 eb9226 リスティア・レノン(23歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec2152 アシャンティ・イントレピッド(30歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec3299 グリゴーリー・アブラメンコフ(38歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・ロシア王国)

●サポート参加者

アニエス・グラン・クリュ(eb2949)/ セレスト・グラン・クリュ(eb3537

●リプレイ本文

●出航
 朝早いパリの船着き場。
 昨日のうちに荷は積み終わっていて、カーゴ一家が所有する帆船ヴォワ・ラクテ号は出航するのみである。
 カーゴ一家の船乗り達は既に乗船していた。海賊に対抗する為に雇われた冒険者達も次々と乗り込んでゆく。
「人と人との繋がりは、どうなっているものかわからないものね」
「ありがとうございます」
 エリス・カーゴは見送りに来ていたアニエスと以前の航海で倒したモンスターを話題にする。鐘が鳴らされると、エリスはヴォワ・ラクテ号に飛び乗った。
 まもなく帆を張ったヴォワ・ラクテ号が船着き場から離れた。アニエスは母セレストと一緒に手を振って出航を見送る。
「エリスさん、お久しぶりです。運ぶ石炭はどういう物なのですか?」
 甲板上の冒険者達とエリスが話す。リスティア・レノン(eb9226)の質問に答えるように、エリスが胸元から取りだした煤けた布を開いた。中から現れたのが真っ黒な石炭である。
 リスティアは汚れるのを覚悟して石炭を手に取る。見かけよりも軽く感じられた。
「リールの周辺で掘れるらしいのよ。薪よりも強い炎が得られて、一つ一つが石の大きさだから運ぶのにも適している。持ってわかる通り、見かけより実際には軽いのも長所の一つよ」
 エリスが簡単な説明をした。
「石炭って、鍛冶屋垂涎の品ですわね。知人の為に少し分けて欲しいと思いますけれど、お幾らくらい?」
 石炭に興味を示した天津風美沙樹(eb5363)が訊ねる。
「分けるのは難しいね」
 エリスが呻った後で答えた。
 今の所、ルーアンやパリでは燃料として石炭は使われていない。いわば石炭は鍛冶屋が使う特別な品である。故に当然エリスの独断で分ける事は出来なかった。
 今しばらくは生業で知る鍛冶ギルドなどを通じて手に入れるしか方法はなさそうである。必要分は鍛冶屋ギルドに属してれば手に入れている事だろう。
「それでも石炭の流通はオーステンデを通じているのは知れたことで、ヴォワ・ラクテ号が運ぶ件も周知の事実か。ま、数が数だ。ひた隠しにするってのも無理な話だよな」
 ジャイアントのグリゴーリー・アブラメンコフ(ec3299)は甲板に直接座っていた。それでやっと他の者達と同じくらいの目の高さである。
「海賊がいつ出没するかを考えますと、やはり石炭を積んだ後のオーステンデからルーアンへの航海中でしょう」
 クリミナ・ロッソ(ea1999)は事前に海賊の情報が手に入らないかを仲間に相談する。
「情報があれば、オーステンデのカーゴ一家の支社に送ってもらえるようにしてあるからね。きっと平気だよ」
 アシャンティ・イントレピッド(ec2152)は様々な手を使って生業仲間に頼んであった。
「なんにせよ、これからの安全な航海の為に、二度と悪さ出来ないように徹底的に叩いてね。逃げる奴を深追いする必要はないけど」
 エリスの言葉にグリゴーリーが胸の前で十字を切る。神妙な顔つきで我らが父よと祈りを捧げた。
 出航の作業が落ち着くと、天津風は甲板室の扉に仕掛けを作り始めた。
 元々厚く、鉄枠で補強された扉なので丈夫さは合格である。引っかかりを何カ所か用意し、見えにくい取っ手を動かさないと扉が開かない仕組みに改造する。
 グリゴーリーも手伝ってくれるので、オーステンデまでの行きの間になんとか出来そうである。外部の目があるかも知れないので完成直前で止めておき、海賊の襲来がわかった時点で仕上げるつもりであった。
 クリミナの助言によってオーステンデでは船倉に水入りの樽を用意する事になる。中の石炭が燃え移れば間に合わないのは判っていたが、木箱に火が点いた程度の初期ならば何とかなりそうであった。
 エリスに相談した所、偽物の石炭については無理だと断られる。海賊を騙すには少量では意味がない。それなりの量が必要になると判断したようである。
 リスティアはスクロール作りを何度か試してみたが失敗に終わる。妙な音が聞こえた時、危険が近づいていないかサウンドワードを使って耳を澄ませた。
 三日目の夕方、ヴォワ・ラクテ号は港町オーステンデへと入港する。
 四日目の朝から五日目の昼までは貨物の積み卸しに費やされる。依頼書の通り、オーステンデで積んだ貨物のほとんどは木箱や樽に詰められた石炭であった。
 天津風はオーステンデの支社に届いていた情報を冒険者仲間へと伝える。
 石炭が狙われているのは確かであり、特に注意が必要なのはオーステンデとルアーブルの間に位置する海域であった。海賊船は一般の帆船に偽装して現れるようだ。積み荷を奪うと最後には船に火を放って立ち去るという。
 冒険者の誰もが感じていたが、オーステンデの港で海賊に属する何者かにヴォワ・ラクテ号は監視されているはずである。
 特定するのは難しく、そいつだけを捕まえられたとしてもあまり意味がなかった。期間内にルーアンへ向かわなくてはならないからだ。
 気をつけなくてはならないのは、ヴォワ・ラクテ号側の誰かが海賊側に誘拐される事である。海賊が同じ立場なら見捨てるのであろうが、エリスがそうするはずはないと冒険者達は考えていた。
 積み卸しの最中、冒険者達は誘拐が起こらないように港周辺を見張った。
 五日目の昼過ぎ、ヴォワ・ラクテ号はオーステンデの港を出港する。天津風は海に出た後すぐに扉の仕掛けを完成させた。
 それから数時間後の暮れなずむ頃、ヴォワ・ラクテ号は海賊船からの襲撃を受けるのだった。

●急襲
 マストの上にいた見張りの船乗りによって急速に接近する怪しい帆船が発見される。
 鐘が鳴らされ、ヴォワ・ラクテ号は警戒態勢がとられた。盾を手にした船乗り達が甲板で待機して敵襲に備える。
 冒険者達は作戦の配置についた。
 船乗り達の指揮を執りながら天津風は小太刀を抜いた。狙うは敵の頭、海賊船長である。挑発にのって前線にやって来てくれたのならしめたものと天津風は考える。
 グリゴーリーはエリスに魔法回復の実を渡してレジストコールドを付与してもらう。海中へ飛び込んで、敵船に乗り込むつもりであった。不必要な物はおいてゆき、濡れては困る物は油の強い革袋と防水性の高いコートで包んで身体に結んでおく。
 クリミナは甲板室近くで魔法がいつでも唱えられるように待機する。ホーリーフィールドは空間に出来上がるので、動く帆船の上ではどこかに行ってしまうはずだ。タイミングを計って新たに張る必要があった。
 リスティアはエリスと一緒に盾を持つ船乗り達の後方で待つ。
 いつでも魔法を唱えられるように心構えを持つものの、先制攻撃は控えなければならない。急速接近をする帆船が海賊のものと決まった訳ではないからだ。
 ヴォワ・ラクテ号は決して遅い帆船ではないが、貨物を載せている場合はどうしても動きは鈍くなる。次第に追いつかれて間近に迫ってきた。
「みんな、覚悟はいいわね!」
 火矢の飛来を目視した瞬間、エリスが叫んだ。
 甲板にいるカーゴ一家の船乗り達は盾の他に斧も持っている。いざとなれば接近戦である。
「足を停めます!」
 リスティアはスクロールのサンレーザーを使う。集中した太陽光を海賊船の帆へと落とす。帆を燃やしながらも海賊船は勢いでヴォワ・ラクテ号に接近する。
「覚悟するといいわ!」
 エリスが海賊船の側面目がけて渾身のウィンドスラッシュを放つ。
 その様子を海中からグリゴーリーが眺めていた。海賊船の側面は頑丈であったが、衝撃を受ける度に木板が剥がれてゆく。
 そうこうする間に海賊船からヴォワ・ラクテ号に何本もの鈎縄が投げられる。船縁に食い込んだ鈎の先端部分は鉄の鎖製であった。
 カーゴ一家の船乗り達が腕を伸ばして縄の部分を斧で切ろうとするものの、ほとんどは間に合わない。まるで大道芸のように海賊共は縄の上を走り、ヴォワ・ラクテ号の甲板上へ飛び降りる。
 戦いは混戦へとなだれ込んだ。
「退け! 邪魔な女!」
「この先には行かせないね!」
 アシャンティが避けると海賊の斧が甲板室の壁に突き刺さる。次の瞬間、アシャンティの小太刀が襲ってきた海賊の腕を切り裂く。
 海賊の動きには一定の流れがある。狙われているのが船倉の石炭なので、比較的行動は読みやすい。
「静かになさっていて下さいね」
 クリミナはホーリーフィールドで海賊共の動きを妨げながら、コアギュレイトも併用する。動きを止めたのなら後は仲間や船乗り達に任せればよい。肝心なのは船倉に海賊を侵入させない事である。
「あなたたちの船長は臆病者ね。口ばかり達者で奥に引っ込んでばかりいるみたいだから」
「おい! どれだけの剛気な船長か知らねぇで、ほざくんじゃねぇぞ!」
「部下も口だけなのね。ヘタクソばかり。さっきからあたし一人に何人がやられているのよ」
「おい、合図を出して船長に知らせろ! 生意気なアマがいやがると!!」
 天津風はヴォワ・ラクテ号側面の開閉扉の近くで戦っていた。ここも船倉へと繋がる個所である。身をかわして海賊共を翻弄し、チャンスを窺って急所を狙ってゆく。
「行きます!」
 船乗り達に守られたリスティアがアイスブリザードを放って海賊共へ一気にダメージを与える。中にはバランスを崩して海面に落ちる者もいた。
「痛! なんだ、この壁は?」
 クリミナが張ったホーリーフィールドの中に天津風が逃げ込むが、海賊は入れずに弾き返される。
 戦況はカーゴ一家と冒険者達の方が海賊共より優勢である。
 業を煮やした海賊船長が鈎のついた縄を渡ってヴォワ・ラクテ号に降り立つ。
 同時期、グリゴーリーは海賊船への侵入に成功していた。エリスが狙った側面部分を愛剣による全力攻撃で穴を空けたのだった。
(「石炭がありゃしめたものだが‥‥」)
 グリゴーリーはインビジビリティリングを使って姿を見えにくくし、海賊船の内部を進む。ほとんどが出払っていて、海賊を二人しか見かけないまま船倉に辿り着く。
 火打ち石でたいまつを点けて周囲を照らす。
 様々な品が置かれていたが、覗き込んだ二樽に石炭が残っていた。
 グリゴーリーはいくらかの油を樽に注ぎ、残りを船倉にばらまく。そしてたいまつで次々と火を点ける。
 二樽は固定していた縄を切ってわざと転がした。強く燃える石炭が暗い船倉全体に広がる。
 もう一度インビジビリティリングを使ったグリゴーリーは海賊船からの脱出を図った。
 ヴォワ・ラクテ号の甲板上では海賊船長が参戦した形での混戦が続いていた。
 天津風が海賊船長と対峙する。アシャンティと船乗り達が二人の戦いに近づこうする海賊を排除してゆく。
 クリミナはホーリーフィールドによる安全地帯を仲間に提供し、リスティアとエリスは海賊船への魔法攻撃を続けていた。
 やがて海賊船から立ちのぼる煙と炎は敵味方問わず、誰もが知るところとなる。
 火事を消す為に海賊共が引き返してゆく。
 海賊船長に焦りが表れた時、天津風が大きく動いた。小太刀が海賊船長の剣を握る手の甲を貫いて勝負は決まる。
 グリゴーリーが戻ってきたのを確認したエリスが号令を出す。ヴォワ・ラクテ号は速度を上げた。帆が完全に燃えてしまった海賊船では追いつけるはずもなかった。
 逃げ遅れたり、息のある海賊はすべて捕らえられる。
「海賊船に戻った奴ら、運が良ければ生き残れるってあたりかね」
 遠ざかる燃える海賊船を見ながらエリスが呟く。海岸が近いので泳ぐ体力が残っていれば助かるはずだ。
 海賊船は海の藻屑となるだろう。
 少々感傷的になるエリスだが、これまでに行ったとされる非道を考えれば同情には値しない連中である。
 戦いが終わって静けさが戻った頃には空が茜色に染まっていた。
 怪我人をゆっくりと治療をする目的でヴォワ・ラクテ号は碇泊する。ルーアンの船着き場へ入港したのは七日目の昼頃であった。

●そして
 八日目の昼までにオーステンデから運んできた石炭が詰められた木箱や樽はルーアンで降ろされた。
 捕らえられた海賊一味はルーアンの官憲に引き渡される。
 これまでに奪った石炭などはすでに転売して、どこにも残っていないようだ。
 ヴォワ・ラクテ号はそのまま出航し、九日目の夕方にはパリの船着き場へと入港した。
「逃げた奴がいたとしても、もう一度海賊をやる根性は残っていないだろうさ。助かったよ」
 エリスは冒険者達にお礼として追加の報酬とレミエラを贈った。
 数日後にはまたヴォワ・ラクテ号はパリを出航するという。カーゴ一家の活躍はまだまだ続くようである。
 冒険者達はギルドで報告をし、これで依頼はすべて終了となった。