●リプレイ本文
●相談
「みなさん、お待ちしてたのです〜♪ どうぞ、お入り下さいなのです」
一日目の昼頃、貼り紙を見て参加を希望していた冒険者達はシーナの家に集まった。明日24日に開かれるリンゴ大食い大会のミーティングである。
「この香り‥‥。シーナ、この紅茶どうなされたの?」
テーブルに出されたミルクティにリリー・ストーム(ea9927)が驚いたのも無理はない。リリーにとっては普通のものだが、紅茶はノルマン王国ではとても高級品だ。一般の家庭にはまずないといってよいものだ。
「レウリーさんにもらったのです☆」
シーナの答えでリリーは納得する。レウリーとはゾフィーの恋人で黒分隊隊員であった。
「ほっとしますね。とっても♪」
リュシエンナ・シュスト(ec5115)は両手で包み込むようにカップを持ってミルクティを頂く。
「そういえば‥‥ゾフィーさんが‥いない」
「すぐ近くにゾフィー先輩は住んでいるのです。もうすぐ来るはずなのですよ」
ウリエル・セグンド(ea1662)は久しぶりにゾフィーとも会いたい気分であった。シーナがいう通り、まもなくゾフィーが訪れる。
「ミルクティのいい香りが外にまでするわ。みなさん、こんにちは」
「ゾフィーさん、お願いがあります。後でお話しますので」
壬護蒼樹(ea8341)は椅子を引いてゾフィーに座ってもらう。
「ルールの説明なのです。えっとですね――」
シーナが話す間、集まった者達はシュクレ堂の焼き菓子とミルクティを頂きながら耳を傾けた。
「スーさん、私も美味しいのです」
エフェリア・シドリ(ec1862)は鳴いた床にいる子猫のスピネットに囁く。シーナが用意してくれたミルクを舐めるように飲んで、ご機嫌のスピネットである。
「今日もいい子にしているのですよ〜」
アーシャ・イクティノス(eb6702)も愛犬セリムに囁いた。セリムは子猫と側で床に腹這いになっていた。
シーナの説明が終わると鳳双樹(eb8121)がニコリと笑う。
「どれだけ食べられるかは判らないですが、頑張りたいと思います!」
「そうなのです! ファイトなのですよ!」
双樹とシーナは二人で燃え上がる。
(「‥たくっ‥かったりいなぁ‥なにが悲しくて大食いなんて‥‥」)
セイル・ファースト(eb8642)は心の中で呟いた。リリーに誘われてやって来たのだが、食事制限を受けていて機嫌が悪い。
次は肝心のチーム分けである。
相談の上、三名クラスに参加するチームが二つ、四人クラスに参加するチームが一つになる。
シュヴァリエ組はリリー、セイル、アーシャ。
ジュヌ組は双樹、エフェリア、シーナ。
エストマ組は壬護蒼樹、ウリエル、リュシエンナ、そしてゾフィーである。
「わたしも‥‥入っているの?」
「すみません。実は――」
壬護蒼樹がゾフィーに頭を下げ、参加してもらいたい理由を話す。ゾフィーも知っている、ある森の集落に少しでも援助したい気持ちを伝えた。一人でも多ければそれだけもらえる賞金も多いはずなので、寄付を望むと同時に加してもらいたいと頼んだ。
「チーム戦だし‥無理しなくても、味を楽しむぐらいで‥いいぞ? 皆で‥お祭楽しむってことで‥どうだろう。‥一緒に出てみたかったのだが‥」
ウリエルがゾフィーの背中を押した。他の者もナイフで切って食べればよいとかフォローをしてくれて、ゾフィーは承諾してくれる。
壬護蒼樹は何度もゾフィーにお礼をいう。
その後、場は普通のお茶会となった。
「食べないと逆に食べられなくなりますよ♪」
「そういうものなのか?」
食べるのを我慢しているセイルにアーシャがお菓子を頬張ってみせた。
「そんなことありませんわ。大会に出る以上、最初から負けるような戦い方は許しませんわ。格好悪い姿見せるようなら、当分お肉抜き!」
リリーがセイルを諌めた後、アーシャとの間で火花を散らせる。
「ラードルフとの散歩は毎日なんですよ」
「この頭の花冠がかわいいです♪ 運動は大切ですよね。そういえばシーナさん、今は何か運動を続けているのです?」
リュシエンナと犬の事を話していた双樹が思いだすようにシーナに話題を振った。
「毎日とはいかないけど、ラ・ソーユを再開したのです。ね、ゾフィー先輩」
「そうよ。シーナったら、運動神経だけはいいんだから」
話題はラ・ソーユとなり、時間がある時に興味ある者同士でやってみる約束になる。
「ラ・ソーユ、やるのです。たくさん打ち返すのです。でも、パリの収穫祭もいいのです」
エフェリアの言葉で二十五日には広場を回る事になった。
「今年は去年以上に頑張りますよ〜!」
壬護蒼樹が握り拳を挙げて決意を口にした。
「壬護さんのいう通りなのです。まずはリンゴ大食い大会で勝つのですよ〜♪」
シーナも壬護蒼樹と同じ姿勢をとる。
最後に声をあげ、気合いを入れた大食い大会の同志であった。
●リンゴの山
二日目の二十四日。
王宮前広場の一角でレストラン・ジョワーズ主催のリンゴ大食い大会が始まっていた。
個人戦が終わり、チーム戦の時間となる。
三人クラスに参加するのはシュヴァリエ組とジュヌ組であった。エストマ組の四人は観客席からの応援である。
参加者の前にあるテーブルには皿に乗せられたリンゴ、背後には判定員がチームごとに二人ずつ配置されている。シュヴァリエ組とジュヌ組以外に十チームのエントリーがあった。
鐘の音が鳴り響き、三人クラスの戦いが始まる。
一時間というたっぷりの時間が設けられているので、無理に早く食べる必要はなかった。問題はどれだけ腹の中に収める事が出来るかだ。
参加者は様々な人達がいた。やせ細ってどうかという女性や巨漢の男まで。
その中で一番異彩を放っていたのがリリーであった。
化粧からその服装、磨き上げた肌から立ち振る舞いまで、ここぞとばかりに極めてきたのである。その姿を観て夫のセイルがマントで隠したがる程に。
「‥食べさせてくれないか? 俺の瞳はお前の顔をしか写らなくなっちまってるからさ」
「あ・な・た‥はい、あーん♪ 美味しい?」
セイルに頷いたリリーはナイフでリンゴを食べやすい大きさに切り、フォークで口に運んであげる。
会場の人々は場違いな雰囲気の二人に目を丸くさせた。
「お前の唇の方が、甘くて美味しいさ」
「あなたの今日のキスは‥林檎味ね♪」
しまいにはキスまでする様子に、怒りだす者や毒気を抜かれた者が出る始末である。その動揺は当然、他の参加者にまで伝染した。リンゴを握りつぶしたり、吠える者など様々だ。
一番当てつけられているいるのが同じチームのアーシャであった。
お祭りという事でまるごとウサギさんを着込んだアーシャが猛烈にリンゴをかじり続ける。
「私だって、私だって〜! いつか幸せになるんだから〜〜!!」
アーシャはリンゴをかじっては胃に流し込む。時にはセイルとリリーを邪魔するようにリンゴを奪って、ガジガジとあっという間に芯だけにした。
シュヴァリエ組と離れたテーブルに座っていたのがジュヌ組だ。
「はう‥他の方はいっぱい食べてます‥‥。がんばらないと‥‥」
「お肉の友よ、大丈夫なのですよ♪ 確かに最初はある程度勢いをつけて食べた方がいいですけど、あとは乙女パワーなのです☆」
少々心配気味の双樹をシーナが元気づける。
「ゆっくり、良くかんで、食べるのが一番です」
「エフェリアさん、その調子なのです〜」
マイペースでリンゴを丁寧に食べるエフェリアにシーナは笑顔で頷いた。
始まって十五分が経過した頃、どのチームもペースが落ちてきた。
シュヴァリエ組のリリーとセイルは相変わらずであった。アーシャは大分参っていたものの、一気に食べた分がリードとなる。
ジュヌ組は双樹とシーナが同じペースで少しずつ食べ進めた。エフェリアは去年より多く食べるのを目標にしてシャリシャリと音を立てる。
五十分を越えた頃にはリンゴを口にする者は少なくなっていた。
「負けられないのです‥‥」
シーナは最後の頑張りを見せてリンゴ九個を食べきった。双樹は八個、エフェリアは五個を食べたのでジュヌ組は計二十二個である。
「リンゴ‥‥、負けない‥‥」
アーシャは最終的に十一個を胃に収める。リリーは二個、セイルは十三個でシュヴァリエ組は計二十六個だ。
結果、シュヴァリエ組は二位、ジュヌ組は三位となる。ちなみに優勝はドワーフの木こりのチームであった。
次はエストマ組が参加する四人クラスだ。
「お前には絶対に負け〜ん!!」
「え、‥‥ええっ?」
突然、筋肉隆々の照っている男に壬護蒼樹が指を指された。
去年、負けたマッチョマンチームのリーダーである。三人はリーダーを含めて去年と同じ筋肉質の男達だが、一人は痩せた男だった。わざわざ壬護蒼樹と戦う為に急遽四人クラスに変更したらしい。つまり痩せた男は間に合わせに無理矢理参加させられたようだ。
「この一年間、お前に負けた屈辱を背負って生きてきた。絶対にリベンジだ!!」
「そんな大げさな‥‥。でも負けられない理由が僕にもありますから」
マッチョマンチームのリーダーと壬護蒼樹は激しく睨み合う。
判定員からの注意で全員がテーブルにつく。そして鐘が鳴らされて四人クラスの大食いが始まった。
「‥‥美味い‥」
ウリエルは軽く一個を食べ終わり、次のリンゴに手をかけた。
豪快な食べ方の壬護蒼樹に比べ、軽い感じであったが、食べる速度には遜色がない。最初だけと思われていたが、一向にペースが落ちる様子はなかった。
エストマ組でマークすべきは壬護蒼樹のみと考えていたマッチョマンチームは伏兵の存在に顔を青くする。
「甘いリンゴ‥‥。シーナさんがさっき食べたのが九個ですか。負けませんよー♪」
リュシエンナはナイフで手頃に切ってはリンゴを口に運んだ。朝食も食べてきたのはたくさん食べる体調を整える為だ。リュシエンナもアーシャと同じ考えである。
『でも』とリュシエンナは思い始めた。考えていたより、リンゴ九個というのはきつい。三個を食べた所でお腹はいっぱいだった。
少しだけ考えた末、リュシエンナはあと一個を食べると両手を合わせる。
「ご馳走様でしたー♪」
どこかで覚えたジャパン風の挨拶でリュシエンナは大食いを締めくくった。リュシエンナの結果は四個である。
リュシエンナはギブアップだが、戦いはまだまだ続く。ゾフィーはアーシャから借りたヴェールを被りながらの参加である。四分の一に切ってはリンゴを食べてゆく。
「あとは頼みます。壬護さんとウリエルさん‥‥」
ゾフィーががんばって食べたのはリュシエンナと同じ四個であった。
マッチョマンチームの痩せた男は二個を食べた所でテーブルに伏せていた。筋肉質の男三人とエストマ組の壬護蒼樹、ウリエルの戦いとなる。
アピールポーズをとってからマッチョマンチームの一人が脱落する。五分後にはもう一人も同じくポーズをとってから倒れ込む。
「ごちそうさま‥でした」
限界を感じたウリエルはピタリと食べるのを止めた。食べた数は十八個である。
「負けない‥‥負けられない理由があるんです!!」
最後まで残ったのは壬護蒼樹とマッチョマンチームのリーダーである。去年も似たような状況になったが内容は違っていた。
壬護蒼樹はリードをさらに広げる為にかじりまくる。結果、ジャイアントとはいえ奇跡の九十個を腹の中に収めた。
エストマ組の合計は百十六個であってダントツの結果である。二位はマッチョマンチームで合計百二個だ。
シュヴァリエ組とジュヌ組が優勝したエストマ組の取り囲んで喜びに沸き立つ。
観客席には今回参加した十人をよく知る冒険者や子供達の姿もある。大きく手を振って『おめでとう』の言葉に応えた。
五人クラスが行われた後、表彰式が始まる。六人から九人までのクラスは明日への持ち越しだ。
全員の胸に参加賞の特製ブローチが輝く。さらに順位に合わせて少々の賞金とレストラン・ジョワーズでのタダ割り符が贈られた。
壬護蒼樹は主催者に頼んでタダ割り符を集落への寄付の形にしてもらう。去年の余ったエフェリアのタダ割り符分も一緒である。
寄付についてはゾフィーが一括で預かった。必要な時、壬護蒼樹がゾフィーを訪ねれば、受け取れる仕組みである。ウリエルが寄付する10G、リュシエンナの15Gも、ゾフィーが預かって必要な時に壬護蒼樹に渡す事となった。
●そして
三日目、大会に出場した全員で広場を散策して収穫祭を楽しんだ。
昨日のお腹いっぱいはどこかに飛んでゆき、たくさん出ている屋台での買い食いを楽しむ。
リンゴはしばらく食べたくないと焼けたお肉を頬張る者が多かった。シーナもそのうちの一人である。
大道芸で目を、屋台でお腹を楽しませて収穫祭の最終日は終わりを告げるのであった。
「いくわよ!」
リリーの声が響くとコート側面の屋根に白球が転がる。
「負けませんよー!」
コートで跳ねるとアーシャが掌で打ち返す。
四日目と五日目の日中、みんなでラ・ソーユを楽しんだ。
(「俺がでしゃばるとつまんなくなるからな」)
セイルはコートの側にあった椅子の上でのんびりとリリーの姿を目で追う。
「こうやって打ち返すのです」
「ふんふん、こうかな?」
シーナにリュシエンナは打ち返すフォームを教えてもらう。覚えたところでエフェリアとの勝負である。
「スーさん、見ていてください」
シーナに子猫を預けると、エフェリアがコートに出てリュシエンナと試合を始めた。
隣りのコートてはゾフィーとウリエルがのんびりと球を打ち返して遊んでいた。
「食べたら動く‥‥そうして身になる‥だ」
ウリエルはゾフィーがレウリーとうまくいっている事を喜ばしく思いながら、ゆっくりと振り抜く。ゾフィーもやさしく返し、ラリーは長く続いた。
「僕は見学していますから、お先にどうぞ」
「そうなのですか。それではお肉の友と先に遊ぶのです☆」
壬護蒼樹もセイルと同じく見学していたが理由は別にある。さすがの壬護蒼樹も無理が祟ったようで身体が重い。
(「だから変な夢を見たのかな」)
昨晩、ご馳走を食べていたら太ったジャパンの鬼になる夢を見た壬護蒼樹だ。
「シーナさん、行きますよー」
「受けて立つのです〜」
リュシエンナとエフェリアの試合が終わる。次は双樹とシーナの番である。
食べて遊んで運動しての五日間は過ぎ去る。またの機会を楽しみにして解散する一同であった。