●リプレイ本文
●挨拶と収穫祭
よく晴れた一日目の朝、諫早とアニエス・グラン・クリュ(eb2949)はちびブラ団の四人が集まっていたベリムート宅を訪問した。これから伺うのは貴族の屋敷なので、整髪してあげて失礼がないようにする為である。
「お嬢、そろそろ自分で化粧う術を覚えときな」
整髪を手伝うアニエスに諫早がさりげなく告げた。まだまだ若いアニエスだが、場合によっては結婚する事もあり得る年齢だからだ。
昼頃には他の冒険者とも合流し、全員でミスト家の屋敷を訪れる。カリナとアウラシアがパリ滞在時に世話になる貴族の屋敷だ。
門番に伝えると話しは伝わっていてすぐに中へ入れてくれた。馬は厩舎の係に預けられ、一行は侍女の導きで屋敷内へと案内される。
「みなさん、お久しぶりです」
「また会えて嬉しいです」
広間では少女カリナ・カスタニアと、シスターニーナの姿がある。ちなみにニーナはアウラシアの名前で通していた。
「それでは私から。こちらがカリナさんです。暫定ではありますが、ちびブラ団の緑分隊長様でもあります」
アニエスが初めて会う仲間にまずはカリナを紹介する。
「初めましてです、ちびブラ団流浪陽術師長のラムセスデス。お話はおじさんから色々聞いているデス。一緒に収穫祭を楽しみましょ〜」
「あの‥‥そのよろしくお願いします」
やはりカリナは人見知りをするようである。ラムセス・ミンス(ec4491)は優しく接したものの、握手する手は震えていた。
悲しいラムセスであったが、しばらくは一緒の行動だ。その間に仲良くなるつもりであった。
「初めまして、カリナ。アリスティドだ。アリスと呼んで頂けるかな?」
「その、カリナです。‥‥アリスさん、よろしくお願いします」
アリスティド・メシアン(eb3084)はなるべく離れてカリナに挨拶をする。
下を向いたり、見上げたりする姿にカリナの子供としての心の葛藤が見てとれる。それを微笑ましく感じるアリスティドである。
「ラルフェンだ。俺はパリの収穫祭は初めてだが、カリナはどうなのだ?」
「えっと、わたしも初めてなんです。いい機会だから、ラルフ様が観てくるとよいと仰ったので‥‥」
ラルフェン・シュスト(ec3546)の言葉にカリナは微笑むが、どこか固い感じが見受けられた。五日間、一緒に楽しめれば自然と打ち解けられるはずである。
「こちらの女性はシスターアウラシアです。とても本が好きな方なんですよ」
「本名はニーナですが、アウラシアと呼んで頂ければ嬉しいです♪」
アリスティドとラルフェンはアウラシアとも初対面である。アニエスからの紹介で握手をする。
「さっそく、パリの収穫祭にお出かけや! ちょうど賑わっとる頃やし」
そわそわしている中丹(eb5231)とちびブラ団の四人は同意見のようである。冒険者達は持ち歩く必要のない荷物を屋敷に用意された部屋に置いて戻る。
そしてカリナとアウラシアを加えた一行はパリの街へと繰りだした。目指すはやはり一番活気のある王宮前広場だ。
遠巻きには護衛の騎士達があったものの、ここは楽しむ事に徹する。
アウラシアからちびブラ団の四人とカリナにお小遣いが渡された。
「はい。これをつけてもらえると嬉しいのですが」
アニエスは自分の頭につけられている獣耳ヘアバンドと同じ物をカリナに貸した。ニコリと笑ったカリナはさっそく頭につける。アニエスとお揃いである。
「おや、来たね。この人達が栗拾いを手伝ってくれたのさ」
「そうかい。出かけている時に母さんを手伝ってくれた人達か。これはサービスしないとな」
一行の多くの者が栗拾いを手伝ったオミリーアおばさんと息子が切り盛りする焼き栗の屋台前を通りがかった。小さな穴が空けられた栗が鉄板の上で転がり、とてもよい香りが立ちこめていた。
さっそくみんなで焼き栗を購入する。
「やっぱ、ほくほくしてええな」
真っ先に皮を剥くと中丹が湯気の立つ栗をクチバシで頬張る。
「はい、熱いから気をつけてね。他に甘いものならすべてチェック済みだから、どこにでも連れて行ってあげる。何かあるかい?」
「特には‥‥、えっと、こうすればいいですか?」
アリスティドは栗の皮の剥き方をカリナに教えた。笑顔でうまくやれるまで見守ってあげるアリスティドだ。
「‥‥みんな剥くのうまいな」
「ラルフェンさんのもやってあげよーか?」
ラルフェンはちびブラ団の手際の良さに驚く。栗拾いの時にやっただけあってすぐに皮を剥いてしまう。この間も感心したが、子供の吸収力に驚くラルフェンであった。
(「こうやって遊ぶのも楽しいのデス。美味しいのデス」)
ラムセスにとって祭りは楽しむものではなく、辻占いで腕を磨く場であった。楽しめる立場で祭りを過ごせるのは久しぶりだ。
「コリルはん、あれボードスはんの屋台やないか?」
「ホントだ。今年もやってるんだ〜」
中丹とコリルが駆けだして、他のみんなも集まる。去年、火傷したボードスの代わりにちびブラ団と冒険者が屋台を手伝った事があったのだ。その時の屋台の主がボードスで、去年と同じく串に刺したソーセージを売っていた。
「今年はどないや? また歌って踊ろか?」
「いやいや、忙しくてこれ以上お客さんが来たら死んじまいそうだ」
ボードスの返事に中丹はカパパパッと笑う。そして子供達には一本ずつソーセージを買ってあげた。
一回だけ去年と同じくクルリと回ってパクッと食べる踊りを披露する中丹であった。
「これをですね――」
「――ええ、それはいいですね」
アニエスとカリナはヘアバンドの耳を揺らしながら内緒話をする。ちらりと遠くの騎士達を見てから、いくつかの品物をカリナは玩具の屋台で買っておく。
「あ、お兄さんだ」
クヌットが見つけて駆けだす。
広場の片隅でたくさんの木札を布の上で広げていたのはオレノであった。オレノは木札に似顔絵を描いて売る街角の絵描きだ。
アニエスは願ったりである。帰りにでもいつも商売をしている路地裏の空き地に立ち寄ろうと考えていた矢先の出来事であった。
「お久しぶりです。さっそく木札を観させてもらい‥‥!!」
「どうしたの? アニエスちゃん」
アウストが屈んでいる途中で動かないアニエスに声をかける。ちびブラ団が一人ずつ肩をつついても反応がなかった。
「これを見つめているようデス」
ラムセスが一枚の木札に触れようとした時、アニエスは素速く先に拾って両手で胸に抱えた。
「ラムセスさん、ご、ごめんなさい。こっこれ、買います。絶対、買います」
その木札は子供向けに売っているものより一回り大きく、ちゃんと色が塗られているものであった。子供達垂涎の大人向け木札である。普段は酒場などで注文を受けてから描くものだが、収穫祭なので特別に並べて売っていた。
木札に描かれていたのはブランシュ騎士団ラルフ黒分隊長である。前にベリムートからもらった線画の木札と共に大切にするつもりのアニエスだ。
「面白いものだな。これは誰なんだ?」
「その人知らないと大変だよ〜」
興味津々に木札を眺めるラルフェンはちびブラ団にツッコミを入れられる。
ちびブラ団やカリナも何枚か普通の木札を購入した。
「ここの蜂蜜漬けはどれも美味しいよ」
他にも大道芸やアリスティドのお勧め甘味処を回り、楽しい一日は終わりを告げるのであった。
●リンゴ大食い大会
「こっちの方がちょっと人が少ないデス〜」
ラムセスが空いている場所を見つけてくれて全員が観客席につく。
二日目は広場の一角で開かれるリンゴ大食い大会の応援である。ちびブラ団も含め、大凧揚げ大会に出場した者は紅色のジャパン風ハッピに身を包んでの応援であった。
三人クラスにはギルド嬢シーナの姿がある。
「がんばって〜〜!」
アニエスが鳴らすローレライの鈴と共に声援を送った。
シーナの参加するジュヌ組は三位の大健闘である。他の冒険者が参加したシュヴァリエ組は二位に食い込んでいた。
「これをどうぞ。喉が乾いたんじゃないかな」
アリスティドが気を利かせて近くの即売所でリンゴを買ってきた。一人に一個ずつ渡して、みんなで一休みである。
「あたし以外は出たんだよ〜」
コリルは去年ベリムート、アウスト、クヌットの三人が出場したという。
「それは凄いね。お腹一杯にならなかったかい?」
「すぐにお腹いっぱいになっちゃったよ」
アリスティドとちびブラ団は去年の話で盛り上がる。
やがて四人クラスが始まった。
「おじさん、がんばってくださいデス!!」
ラムセスは腹の底からエストマ組を応援する。アニエスも懸命に鈴を鳴らした。
「よし、負けるな!」
ラルフェンも思わず拳を握ってエストマ組を応援する。ギルドのゾフィー嬢の姿もあった。
「このリンゴ、美味いんや‥‥。そや、うま丹やうさ丹の土産の野菜、こうとかんといかんな」
中丹は屋敷に置いてきたペットとの約束を思いだす。
エストマ組は見事四人クラスで優勝する。一行は惜しみない喝采を送った。
帰り、アニエスは一カゴ分のリンゴを購入して屋敷へと戻るのであった。
●ウィリアム三世
三日目の二十五日。パリ収穫祭の最終日には王宮のバルコニーに現れるウィリアム三世の尊顔を拝する参賀があった。
収穫祭の最中は王宮前庭が一般に開放され、そこから望める形となる。
「うぁー、高くまで飛んでる」
前庭にある噴水をちびブラ団と冒険者達は見上げた。
徐々に人が増えてきたので空に漂う事にする。憲兵からは近づきすぎないようにと注意を受けたが、許可はもらっていた。
アニエスはたくさんの空飛ぶアイテムを用意してきた。
一枚目の空飛ぶ絨毯はアニエスが操り、コリルとカリナが乗り込んだ。
二枚目は中丹が動かしてアウストとクヌット、アウラシアが乗り込む。
自前のベゾムを持ってきたアリスティドはベリムートを前に乗せた。
ラムセスは借りたベゾムで埴輪のはに井さんと飛ぶ。
ラルフェンも借りたフライングブルームで王宮前庭の上空を漂った。
昼過ぎの前庭は参賀の人々で埋め尽くされていた。
やがてバルコニーから国王ウィリアム三世が姿を現した。手を振るウィリアム三世に歓声で国民は応える。
(「あの絵の人が国王なのか‥‥」)
ラルフェンはようやく木札の人物が誰なのかがわかる。
長いようで短い参賀が終わってもしばらく王宮前庭から人が引く事はなかった。
その日の夜、アニエスはカリナと同じベットで寝た。アニエスが持ってきた羽毛枕を並べて。
ラルフの親族を話題にするとカリナもよく知らないという。ただ、両親や兄弟も含めて誰一人としてヴェルナー城にはいないらしい。親戚筋の話はいくらか耳にした事があるものの、具体的に誰かまでカリナは覚えていない。
夜は更け、二人はやがて静かな眠りに就いた。
●自然
四日目はみんなでパリ郊外に散策である。
「かわいい子馬ですね」
「テルムっていうんだ」
ベリムートがカリナを乗せて手綱を引いて歩く。馬やペットを連れてきての、ゆっくりとした時間が流れる。
「わー、可愛い」
「花水木さんもみんなうれしいのデス」
ラムセスのフェアリー・花水木とアニエスのフェアリー・ニュクスがカリナの頭上を飛び回った。コリルのプラティナも一緒である。
「そっと触れば大丈夫だよ」
「は、はい」
アリスティドの鷲・ルガールに興味を示したカリナが背中を撫でる。最初は怖がっていたが、触ってみれば笑顔になるカリナだ。
「リコッタっていう名前なんですか」
「そうだ。レディだからね、この子は」
ラルフェンの愛犬にもカリナは興味を示す。どうやら動物全般が好きなようである。カリナはラルフェンが持っていた虹色の卵にも興味を示す。
「時々光るの、すごくきれいです」
「いい子なら触っても平気やで。おいらがよく言い聞かせれば平気やからな」
カリナは中丹のライトニングバニー・うさ丹を草むらに座りながら膝に抱いた。
「こうすると、小鳥が近づいてきますよ」
アニエスが用意した燕麦を撒き、小鳥を呼び寄せる。
持ってきたお弁当を太陽の元でみんなで食べ、森の浅いところまで探険する。拾った団栗などは羊皮紙に縫いつけて標本にした子供達であった。
●そして
「ああ‥‥ここにいるだけで幸せです」
訪れた途端、アウラシアの顔が綻んだ場所とは宮廷図書館である。
五日目は図書館で静かに読書となった。とはいえ、まったく話せないのも楽しくない。図書館の一番隅っこで他の閲覧者の邪魔にならないテーブルを使わせてもらう事にする。
「昔は物語を読み詩や絵にしてそれがどの場面を示すのか弟妹と当て合って遊んだよ」
「いいですね‥‥」
ラルフェンが兄弟の話をするとカリナは俯いた。すぐに元に戻るものの、少々気にかかったラルフェンだ。もしかするとカリナには兄弟に良い想い出がないのかも知れない。
帰り道、カリナの希望で雑貨屋に立ち寄る事となる。
「ここなのデス」
「奇遇だな。俺もここに入りたい」
ラムセスが春日龍樹から教えてもらったものと、ラルフェンが知っていたものとは、同じ雑貨店であった。その名は雑貨店『トゥー』という。
(「緑、好きやっていっておったしな」)
中丹は緑色の生地を見つけて買っておく。この先、何かあればカリナの為に使う用意だ。
「失礼」
「ありがとう。これ‥‥かわいい‥‥」
アリスティドがカリナを持ち上げて、高い棚の上を見せてあげる。
カリナが目を付けたのはペーパーウェイトであった。ブタの意匠があるもので奇しくもラルフェンが持っている物と同じだ。
「わっわたしも、これを!」
アウラシアもカリナと一緒に同じデザインのペーパーウェイトを購入する。
その日の夜、屋敷の主人によって晩餐の席が用意された。ちびブラ団も招待されての最後の日に相応しい催しである。
「♪ ――悲しみに満ちた輝けるドラゴンの瞳―― ♪」
アリスティドは黄金の竪琴を抱えて唄う。その題材は過去にちびブラ団が書いた本の内容である。
アニエスが買ってきたリンゴが晩餐の料理にはふんだんに使われていた。甘くほんのりとした酸味のリンゴがアクセントとなって食欲を誘う。
吟遊詩人アリスティドの真骨頂の披露に全員が拍手を送った。
最後に遠くで見守ってくれていた護衛の騎士達にカリナから勲章が渡される。それは収穫祭の屋台で買ったものだが、眩しく騎士達の胸に輝いた。
お土産としてアウラシアから紅茶の葉がちびブラ団と冒険者達に贈られる。ラルフから預かってきたものだという。そして少々だが報酬も弾まれてある。
カリナとアウラシアに別れの挨拶をして一行は屋敷を立ち去った。最後には全員と打ち解けたカリナだ。
先にちびブラ団の四人の家へと送り、そしてギルドに報告へ向かう冒険者達であった。