●リプレイ本文
●集合
「みんな、ありがとうだよ〜」
リル・リル(ea1585)は瞳を潤ませる。クリス・ラインハルト(ea2004)、玄間北斗(eb2905)との三人で船主を探している途中、三人の冒険者が手伝いを申し出てくれたのだ。
「さかなさんを釣りに来たら、いるかさん探しなのです。名前はイーくんさんなのですね」
エフェリア・シドリ(ec1862)は持っていた釣り道具を片づけて用意は万端である。
「まずはイルカさん探しの船の手配をしないとならないのです。候補はいくつかあがっていますけど、どれにしようか迷うところなのです」
クリスがこれまでに探してきた船会社の名が記されたメモを一同に見せる。
「思い浮かぶ船主はいくつかありますよ。ここにも書かれてますが、エリス・カーゴにトレランツ、マダ――」
桐生和臣(eb2756)はメモを手にしてどの船主がよいのか思案した。
「ドレスタットなら船会社の営業所の一つや二つ、百や千はあるはずですよ。私はトレランツ運送社がいいと思いますけど――」
アーシャ・イクティノス(eb6702)が元気よく港近くの建物の列を指さす。
(「リルちゃん達とドレスタットでばったりとなんて」)
アーシャが熱弁を振るう様子をチラリと見たリリー・ストーム(ea9927)はペット達に話しかけた。オーラテレパスはとても便利な魔法である。
(「リリーさん、手伝ってあげましょうよ‥私もお手伝いしますから」)
と白馬の姿をしたヒポカンプスのジーグルーネ。
(「僕も手伝うよ。リリーの頼みなら、何でも聞いちゃう」)
と、コウテイペンギンのライアスも答える。
相手が馬と鳥であるので実際にはかなりあやふやな会話だったのだが、飼い主のリリーには確かにそう聞こえた。
「もう♪ ライアス君ったら」
屈んだリリーはライアスを抱きしめる。
「そうね‥‥手伝ってあげましょ」
リリーが見上げると優しく見つめていた夫のセイル・ファースト(eb8642)が頷いた。
「話は聞かせてもらったわ。私達夫婦も手伝うわよ♪」
リリーとセイルはイルカ探しの一同に近づいた。
「船会社は見つけるとして、どんなイルカなんだ?」
セイルはリルにイルカのイーくんの特徴を訊ねる。
「イーくんはね――」
リルはイリュージョンの魔法で当時のイーくんの姿を幻覚として仲間全員に見せた。
はっきりといえば特徴は乏しかった。特別に色や模様が他のイルカと違う訳でもない。少しやつれていたものの、それは現在の判別には使えない。
「今頃はつやつや元気〜‥だといいな〜」
それでもリルには確信があった。会えばわかるに違いないと。
今も元気ならば戻っていったイルカの群れと一緒のはずである。海に出たのならイルカの群れを探すのがよさそうだ。
(「イルカ・プディングになってないといいな〜‥」)
リルは元気でいる事を祈り続けながら、仲間と一緒にトレランツ運送社の支店に向かった。
「すみませんなのだ。お願いがあってやってきたのだぁ」
建物に入ると、玄間北斗がカウンターにいた事務員に声をかける。
「イルカ探しに船を出してもらいたいのだ。いくらぐらいかかるのか教えて欲しいのだ」
玄間北斗の問いに事務員は即座に答えた。その金額の高さに一同が唖然とする。
「あ、もしかして――」
「あなたはもしや」
事務所の奥にいたトレランツの関係者が気づいてカウンターに近づく。桐生和臣を知っていた船乗りである。玄間北斗の顔も覚えていた。
二人を知る船乗りが口を利いてくれてかなりの割引をしてくれる。しばらく使わない小型帆船が係留されていたのも幸いした。
予算の範囲でもあり、イルカ探しが本題なので船探しに時間をかけるのは本末転倒だ。なので即決する。
個人で船賃を出す者もいたが、大半はクリスの財布から支払われた。とにかく船が見つかり、安堵した冒険者一同であった。
●イーくん探し
二日目の早朝、トレランツ運送社の小型帆船『アマ・デトワール号』は冒険者一同を乗せて出航する。
ここ最近、北海周辺は何かと騒がしい。津波やデビルの暗躍などあまりいい話は聞かれなかった。それでも人々の営みが続く限り、船は海を渡る。それはイルカにとっても同じだ。
イルカは比較的平穏な海を好むといわれている。
カモメがいればその下には魚がいて、さらにイルカが集まる可能性もあった。甲板にいる船乗りを含め、冒険者達も海面近くで群れるカモメを探す。
(「お願いだよ〜」)
リルはカモメのピっちに仲間がいそうな場所を探してもらった。カモメ以外にも動物を見かけたのならテレパシーで訊ねてみるリルであった。
「なかなか見つかりませんね。でも、これからです。根気が大切なのですよ☆」
クリスは防寒服に身を包み白い息を吐きながら、リルと同じくテレパシーを駆使する。何回かイルカの群れと遭遇するものの、セーヌ川に迷い込んだ経験のあるイルカはいなかった。その情報もである。
(「人間に助けられたイルカを探しています。イルカの群れを見ませんでしたか? 見つけてくれたら、食べ物もっと差し上げますよ」)
アーシャはパンくずでカモメを引き寄せてはオーラテレパスで訊ねる。
日中、ブラウライネとヴェールをつけて潮風に身を委ねる時もあった。ちょっとした貴族のお嬢様気分だ。しかし天占の下駄で天気を占ってしまうのがアーシャらしさである。
リリーのペットであるコウテイペンギンやジーグルーネは海中からの捜索していた。久しぶりの海を全力で泳げて、別の意味でも二体は嬉しそうだ。
「こうして二人で海を見るのも久し振りだな」
「生まれて初めて海に出た時も、あなたが隣に居て‥‥そして今もこうして」
セイルとリリーは甲板の上で海を眺めて熱々である。しかし、いい感じになった時、セイルは既視感を覚えた。
「あなた‥‥うっぷ」
それは現実となり、船縁で妻の背中をさするセイルであった。渡し忘れていた船乗りのお守りを貸し、しばらくしてリリーの船酔いは収まる。
「ここでみるのです。イルカさんの過去をみるのです」
まるごとかたつむり姿のエフェリアは、パーストなどの月魔法を駆使した。朝一番には釣り上げた海魚をガルダイタスの像に捧げて、アマ・デトワール号の安全を祈るエフェリアだ。
「イルカの見学などは商売になりませんか?」
桐生和臣は上陸の用意を終えると、アマ・デトワール号の船長と話す。
たしかに月道交通の変化によって各国への移動は楽になったが、まだまだトレランツ運送社は大丈夫らしい。結局は客の手の届く場所まで運ばなければ商売は成り立たないからだ。
「まだ行っていないのは、この辺りなのだ」
夜、玄間北斗は熱燗を船乗り達に振る舞いながら持ってきた北海の海図を広げる。少しずつ調査の範囲は狭まってゆく。
早くに見つかれば、それだけイーくんと過ごせる時間は増える。冒険者一同は懸命にイーくんを探すのであった。
●イルカの群れ
四日目の暮れなずむ頃、イルカの群れから得た耳よりの情報を辿り、アマ・デトワール号はドレスタットの南西方向にあるノルマン王国の海岸周辺を漂っていた。
全員で探していると船乗りの一人が波間から跳ねる影を発見する。イルカであった。
「イーくん〜〜」
リルはいてもたってもいられず、自分の羽根でイルカの群れまで飛んだ。テレパシーを使って揺れる海面の下に見えるイルカ達に話しかける。
そして一頭のイルカが海面に顔を出した。
「イーくんだ! でも‥‥」
あまりにあの時とそっくりなイルカが現れて一旦は喜んだリルだが、考えてみれば四年の月日が流れている。当時そのままなのは、あまりにおかしい。
続いて二頭のイルカが海面に姿を現した。
(「リル・リル、だね。まさかまた会えるなんて。ようこそ、ボクの海へ」)
一番大きなイルカがリルに向けて啼いた。
「イーくん、なんだね! だいぶ大きくなった感じだよ〜」
イーくんの鼻先にリルは抱きついた。
「あっちの小さいのが息子なんだよ。隣りにいるのはボクのお嫁さん」
「!!」
三頭の姿を見た時、すでに予感がしていたリルであったが、イーくんの一言ではっきりとする。ここにリルの初恋は終わった。
すぐに笑顔を取り戻したリルはイーくんのお嫁さんに挨拶をした。イーくんの息子の背中に乗せてもらうと、アマ・デトワール号に近づいた。
イーくんは群れのリーダーをしているのだという。
冒険者一同は小舟で近くの海岸に下ろしてもらう。その際、野菜などの食材を船乗り達はたくさん置いていってくれた。
おかげで食料の心配はいらなくなったが、せっかくの海辺である。ここは海の新鮮な魚が欲しいところだ。
「釣るのです。おさしみなのです」
エフェリアが釣り竿を取りだして釣り針を岩場から海に垂らす。
「ここはクジラでも釣り上げましょう! ってエフェリアさん、お刺身って興味あるんですけど、どんな味ですか?」
アーシャもエフェリアの横で釣りを始める。
「こんな感じでよいでしょうか?」
「充分なのだぁ〜。さっき潮溜まりの干上がったところに流木がたくさんあったのだ。一緒に取りに行って欲しいのだ」
「それはいいですね。夜は寒いですし、料理を作るのにも薪はたくさん必要ですから。その後で釣りにも参加しましょう」
「それはとっても楽しみなのだぁ」
野営地の設営は桐生和臣と玄間北斗がやってくれた。
「あっ、ピっちが見つけたみたいよ〜」
空を指さすリルはイーくんの背中に乗せてもらっていた。すぐ隣りをイーくんの息子が元気に泳いでいる。
イルカ達はカモメのピっちが発見した魚群を追いかけて海岸沿いに追い込んでくれた。ちょうど釣りをしているポイントである。
釣りをしていた四人は爆釣り状態となった。竿を忙しく上げ下げしている。
(「会えてよかったです‥‥」)
クリスは小高い崖の上から眼下の海でイーくんやその息子と遊ぶリルの姿を眺める。恋は実らなかったかも知れないが、これでリルの心残りはなくなったはずだ。
別の離れた岩場ではリリーとセイルの姿があった。
「いいわね。心が穏やかになる感じだわ」
「少し寒いな。風邪をひかないようにな」
イルカ達を眺めるリリーにセイルが自分のマントをかけた。そしてリリーはセイルの肩にもたれようとする。
「あれ、ライアス君‥‥」
リリーとセイルの間にコウテイペンギンのライアスが割り込んでくる。しばらくセイルの顔を見上げた後で去ってゆくライアスであった。
風が穏やかな日は海辺での夕食となる。
野菜と魚がたくさん入った魚介鍋を冒険者一同は頂いた。釣った魚を放り投げるとイルカ達が見事に跳ねてキャッチする。
ちょうど岩場に海水が残り、自然の生け簀になっていた。そこで釣った魚を生かしておいたのである。
リルとセイルはお互いに持ってきた楽器を一時交換する。リルは妖精のオカリナ、セイルは妖精の竪琴を手にした。
さらにクリスの妖精の竪琴、桐生和臣の横笛が加わって演奏が始まる。
奏でられた旋律は森をイメージとしたものだ。海とは違う森の命の息吹を感じてもらえたらと演奏者達は願う。
終わるとイルカ達は啼いて応えてくれた。どうやら気持ちが伝わったようだ。
玄間北斗、リリー、エフェリア、アーシャも大きな拍手で仲間も称えた。
「白身のおさしみなら塩でもいけるのです」
「これがお刺身ですかー! 驚き」
ヒラメのお刺身をお塩で頂くエフェリアとアーシャである。赤身の魚はお醤油でないとちょっと変に感じたので鍋の食材となった。
「しょうがないですわね。たまにはいいですわ」
膝の上から動かないライアスを見てリリーは呟く。
食事が終わると、アーシャがとっておきといって紅茶を煎れた。海辺で頂くミルクティはまた格別である。
「セーヌ川にいた時のイーさんってどんなだったのですか?」
「えっとね――」
ミルクティのカップを手に桐生和臣が訊ねると、リルは嬉しそうに思い出を語る。イーくんは幼さがもっとあって、ちょうど今息子と同じ感じだったらしい。
もう少し太った方がいいかもとリルはイーくんの息子の頭を撫でる。元気よく啼いたイーくんの息子の姿に笑顔の花が咲く。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。
エフェリアはイルカの絵を描くのも忘れない。一番気に入った絵は波間から跳び上がるイーくんの息子を描いたものであった。
七日目の朝、冒険者一同は迎えに来たアマ・デトワール号に乗り込んだ。
小舟で帆船に移る時、イーくんが一人一人にプレゼントをする。海の底で拾ったコインだという。
イルカの群れはドレスタットにかなり近いところまで見送ってくれた。
(「再会した辺りの海に棲んでいるよ〜〜。またね〜」)
イーくんがリルに最後の挨拶をして海に潜ってゆく。
「イーくん、幸せにね‥‥」
別れ際、リルは一粒の涙を零す。その姿を見たのはクリスと玄間北斗の二人だけだった。
夕方にはドレスタットへとアマ・デトワール号は帰港した。
アーシャと玄間北斗はお礼の品を船長に贈る。
冒険者一同はしばらく船着き場で立ち話をし、笑顔で解散するのであった。