●リプレイ本文
●出航
「仕事をしっかり、そして楽しんでおいで」
「はい、兄様♪」
リュシエンナ・シュスト(ec5115)は兄のラルフェンからいろいろと受け取り、そして手を振りながら帆船へと乗り込んでゆく。
シーナとゾフィー、そして他の冒険者も次々と甲板に現れる。当然、川口源造と花の親子の姿もあった。
鳴らされた鐘が出航の合図である。船着き場を離れた帆船はセーヌ川の下流へと船首を向けていた。
「シーナとゾフィーは久しぶりだね。その後、乗馬服の調子はどうかな?」
カンター・フスク(ea5283)は乗馬の機会があった際、二人に動きやすい服を作ってあげた経緯がある。
「とっても着心地よくて助かっているのです☆ ねっ、センパイ」
「ええ、レウリーもあまりのよい出来に驚いていたわ。ありがとう、カンターさん」
二人が喜んでくれてカンターも本望だ。
「また何かあればぜひ僕に用命を」
カンターの一言にシーナが両手を挙げて喜んだ。
「わ〜、何作ってももらおっかな♪」
「ブタの丸焼きのまるごと防寒服なんて‥‥いいかも?」
「センパイ、何かいいましたです?」
「いいえ、空耳だと思うわよ。ホラ、水鳥が飛んでるわ」
シーナに呟きを聴かれて誤魔化すゾフィーであった。
川口親子の周囲にも冒険者達が集まっていた。
「花さん、源造さん、初めまして、ラテリカ・ラートベルです」
「こちらこそ。これは品のよいお嬢さんだ。花も見習わなくてはな」
ラテリカ・ラートベル(ea1641)の挨拶に感心する。そしてラテリカがカンターの妻だと自己紹介に加えるとさらに驚いた。
ラテリカはエルフなので長生きはしているのだが、見かけは人間の花と大した違いはない。どうやら源造は花の花嫁姿を想像したようである。
「俺は桃代龍牙だ、宜しくな。ところで――」
ジャパン語で挨拶を済ませた桃代龍牙(ec5385)は、ちょっとした疑問をぶつけてみる。ノルマンにおいて日本食をどうしているかである。糠漬や、醤油、味噌などを含めてだ。
「妻のリサがこっちの出なんで、西洋の料理にもう慣れてしまってな。そんなにこだわりはないんじゃ。ただ、醤油だけはガマンできずに取り寄せとるよ」
もし糠床と麹が手に入るならばと質問した桃代龍牙だが肩すかしを食らったようだ。
「それは残念。ところで花さんは方向音痴だと聞いたが、誰かに似たとかそういう事は?」
源造も方向音痴なのではと疑ってみた桃代龍牙だが、どうやら花以外の家族は大丈夫のようである。
(「問題なのは花さんだけなのですね‥‥。眼を離さないようにしないと」)
セシル・ディフィール(ea2113)は桃代龍牙と源造のやり取りを聞いて頷く。ふと空を見上げると鷹のイグニィが滑るように飛んでいた。
「同じジャパン出身の本多文那だよ。よろしくね」
「これはご丁寧に。わしが川口源造、そして娘の花じゃ」
本多文那(ec2195)と川口親子はお辞儀をする。
「川面から眺める紅葉は綺麗ですね。ジャパンも今頃ですね、きっと」
「リサを追ってこちらに来てから向こうに戻ったのは二度程度。仕事で近況は聞いておるが‥‥、そうですなあ、きっと京都辺りはすばらしい紅葉でありましょう」
本多文那が遠くの色づいた紅葉を眺めると、川口親子も振り返る。
桃代龍牙や本多文那が話している間も花の側に何気なく立っていた人物がいた。エフェリア・シドリ(ec1862)である。
「菊太郎さん、元気でしょうか?」
「もう、元気すぎて片づけがもう大変♪」
菊太郎とは花の弟である。
エフェリアはこの旅の間、花の側から離れないつもりでいた。家まで迎えにいったし、帆船に乗り込むのもちゃんと確かめている。
(「確認、いつも確認なのです」)
ちなみに花の頭にのっているラビットバンドはエフェリアが貸したものだ。少しでも目立つように考えた作戦である。
「それはよかった。自分も気になっていたんです。菊太郎君について。風邪なんかはひいてませんか?」
「もう、立って歩くのも近いかも知れないんです。まだ一歳になってないのに」
陰守森写歩朗(eb7208)の訊ねに花が笑顔で答える。
「そうそう、円が近くにいると思いますが、大人しいので気にしないで下さいね」
陰守は花の迷子対策として愛犬に見張らせる用意だ。
「これ、どうぞ♪」
「あ、お手玉」
船内へと繋がる甲板室からやってきたリュシエンナが花にお手玉を三つ渡す。続いてみんなにも手渡した。
さっきまでお手玉作りを室内で頑張っていたリュシエンナである。
「花さん、うまいのです!」
シーナが花に近づいて驚きの声をあげた。
もらった三つだけでなくエフェリアとシーナの分も受け取って計九つのお手玉を宙で回す花である。揺れる甲板の上なのに、崩れる様子も見あたらない。
「お手玉は得意なんですよ♪」
喋りながらでも、全然平気の花であった。
しばらくして各々に船室に戻り、船上での自由な時間が訪れる。
「川魚も塩焼きにすれば美味しいですし、ここは大きいのを何匹か!」
夕暮れ前、セシルが勢いよく釣り竿を振って釣り針のついた糸を川面に垂らした。船の上なので遠くに投げる意味はないのだが心意気の表れである。
「あの辺りがよいですよ♪」
ラテリカが隼のアルディが低空で飛んでいる先を指さす。魚群を見つけてくれたようだ。
シーナ、花、エフェリア、陰守、リュシエンナも釣りを始めた。
結構な釣果に喜びの表情が広がる。見学していた源造、カンター、桃代龍牙、本多文那も一緒に喜んだ。
釣れた魚は陰守とカンターが美味しく調理してくれて晩餐となる。
寝る前に残しておいたお魚をラテリカ、エフェリア、リュシエンナが持ってきたガルダイタスの像に捧げて全員で祈った。
二日目の夕方、帆船はセーヌ河口を通過して海を航行し始めるのだった。
「おめでとなのです♪ お兄さんから聞いたのですよ☆」
三日目の深夜の船室。シーナに続いて、みんながリュシエンナに祝いの言葉を投げかける。
明日はリュシエンナの誕生日の二十三日であった。仲間ががんばって釣り上げた海魚でお刺身が振る舞われた。
「これが、噂のお刺身?」
リュシエンナは醤油をちょっとつけてフォークに刺した刺身を口に運ぶ。そしてニコリと笑った。
その不思議な味を誕生日の記憶と共にきっと一生忘れないと思うリュシエンナであった。
●海辺の町
四日目の朝方、一行を乗せた帆船は目的の港町へと入港する。源造がこの地を訪れた理由は真珠の買い付けであった。
「みなさん、あの〜、まったく景色が見えないのです‥‥」
道を歩く花の回りを冒険者達が取り囲んでいた。
花の右手はラテリカ、左手はまるごと姿のエフェリアと手を繋いでいる。
右側には巨体の桃代龍牙。左側には愛馬・麗に乗った本多文那。
後方は周囲に注意をむけるセシルとカンター。
荷物を抱えた陰守は前を歩く源造の横に並んでいた。
リュシエンナは少し前をシーナとゾフィーと一緒に歩いていたが、織姫の指輪とローレライの鈴を花に渡して存在を確認している。
その他に冒険者のペット達も加わり、道行く人から見ればとても風変わりな一団であった。
さすがにこれではと、少しばらけて花の迷子に注意する事になる。
「お歌はどでしょうか♪」
ラテリカの案にみんなが乗って、花と一緒に歌を唄いながら歩く。飽きてきたら今度はしりとりである。
宿を決め、全員で源造の商売にもついてゆく。
真珠を買い付けをする様子を見て、初めて冒険者達は源造が花を連れてきた理由を知る。
源造は真珠を花の肌にあてて確かめていた。つまり、若いジャパンの娘に似合う真珠を探すのが源造の目的であった。
どれも同じように見える真珠だが、よく見れば形や大きさだけでなく色も微妙に違うものだ。
「おかげさまで、商売もうまくいきもうした。今晩はうまいものでも食べましょうか?」
源造の一言にシーナが真っ先に大喜びをする。
「あ、お願いがあるのです〜♪ お刺身はノルマンの地元料理店では食べれないですし、料理がとってもうまい人がいるので、調理場を借りられるのが一番なのです☆」
シーナの考えにみんなも同調し、宿の調理場を借りる事になる。幸いに今晩泊まる客は一行のみだったので誰にも迷惑はかからなかった。
市場に寄ると、たくさんの新鮮な魚が並んでいた。食材を買い込んで宿へと戻る一行であった。
●晩餐
日も暮れて、宿の一室に暖炉の炎とランタンが灯る。
陰守とカンターが中心となって作られた料理が次々とテーブルに並んでゆく。それぞれのお祈りをして食事が始まった。
「お刺身も牡蛎も久しぶりだから、食べ過ぎないようにしなくちゃね♪」
といいながら本多文那はシーナと同じようにを貝の皿に醤油を少しだけ入れて、生牡蛎を喉へと滑り込ませる。
食べた後は何もいわず、ただシーナと目を合わせて頷く本多文那であった。
「セシルさんはレモンと醤油、どっちがいいですかね?」
「ありがとう、シーナさん。お醤油でもらいますね。では、頂きます♪」
シーナが用意してくれた生牡蛎をセシルは頂いた。内陸部だとなかなか食べられないので、ここは生牡蛎優先である。
しかし火を通した牡蛎も好きなセシルだ。この後の鍋料理も楽しみにしていた。
(「イグニィにもお裾分けしないと‥‥」)
生の海魚を少しとっておいてもらったセシルであった。
「シーナさんは、自分で醤油、造る気はないか?」
桃代龍牙は鮭にキャベツと味噌を合わせて作ったちゃんちゃん焼きを頬張りながらシーナに訊ねる。天界生まれでアトランティスを通じてやって来た桃代龍牙はいろいろな料理を知っていた。
「お醤油、出来たら嬉しいのですけど、難しそうなのでやめておくのです シーナは作るより、食べる方が好きなのです☆ あ、少しこれもらうのですよ。うぁ〜美味しいのですよ〜♪」
「そうか〜、残念だな。確かに気温と風土の違いは大きいか‥‥。その研究だけで数年はかかりそうだからな」
「また花さんにお醤油、もらったのです。今度はお味噌も一緒に〜。シーナと一緒の時なら使えるので心配はいらないのです♪」
「その時は頼んだ。しかしこの時代の味噌はとっても固いんだな。溶かせばなんとかなるのだが」
シーナと桃代龍牙の醤油・味噌談義はかなり続いた。
「少し前にりんごたくさん食べました。ドレスタットではいるかさんに会ったのです」
「いいですね、イルカさん。帰りの船の時、見られないかな?」
いくつかの牡蛎の殻を前にして、花とエフェリアはお喋りを楽しんでいた。
「お二人ともあまり食事がすすんでいないですね。こちらをどうぞ」
陰守が大きな貝殻の皿にお刺身をのせて運んでる。そして味噌味の海鮮鍋の蓋が開けられると、湯気が立ちのぼった。
「美味しいのです。貝殻のお皿もキラキラしていてきれいなのです。さっき見た真珠みたいなのです。後で描くのです」
「そういってもらえると調理のしがいがあります」
喜ぶエフェリアと花の姿に陰守は嬉しくなる。
「これ、私が用意したんですよ。‥‥お味、どうですか?」
「とろり、ホッペタもとけちゃいそうなのですよ〜♪」
リュシエンナが作った牡蛎のクリームスープをシーナが頂いた。隣りに座っていたゾフィーにもシーナが勧める。
「シーナさん、ジャパンのおそばって食べたことあります?」
「ないのですよ〜。でも、さっき桃代さんからいろいろと聞いたのです。あっちにはスパゲッティとかラーメンとか麺料理っていろいろとあるみたいなんです」
リュシエンナとシーナは麺料理の話題に盛り上がる。
「さて、これも食べておくれ。自信作だよ」
カンターが運んできたのは生牡蛎づくしの料理である。
軽く茹でて野菜と一緒にされたサラダはドレッシング付きだ。小麦粉をつけて揚げたものや、バターと醤油を合わせて炒めたものもある。
醤油という調味料を確かめている途中でバターと合う事を発見したカンターであった。
持ってきたハーブワインも開けて漆塗りの酒器に注ぐ。
「チーズフォンデュのお鍋もご用意ですよ♪」
ラテリカがかわいいエプロン姿で鍋を運んできて全員がテーブルに揃った。
「わぁい、いっぱいのお味で楽しめそです!」
ラテリカはカンターと隣同士に座る。
ラテリカが船の中で口にした醤油と刺身はとても美味しいものであった。今度はためらいなく食べ始めるラテリカである。
「カンター、あーんして♪」
ラテリカがフォークに刺したお刺身をカンターの口元に運ぶ。二人のところだけ別の世界が広がっていた。
夫とのひとときを楽しんだ後、ラテリカはシーナともお話をする。これから寒くなるが、スノーマン作りとかして運動も楽しみたいと意気投合した。
「もうお腹一杯だわ。食べ過ぎたかしら」
ゾフィーの一言はみんなの思いである。
宿の一室で海の幸を堪能した一行であった。
●そして
五日目の日中に真珠の買い付けの最終作業も終わった。
夕方、帰りの帆船へと全員が乗り込んだ。
一晩が過ぎての六日目の朝、帆船はまだ海上である。
「取り越し苦労に終わったみたいなのですよ〜。花さんの迷子。みなさんがちゃんと見ていてくれたおかげなのです☆」
朝食の場で笑顔のシーナが話し始める。
そして誰もが頷こうとした時に気がつく。この場に花がいないのを。
帰りの帆船に乗り込んだのは確認済みであった。あれから帆船はどこにも寄港していない。
全員で焦って探すものの、すぐに花は見つかった。
船倉の片隅で多くのペット達と一緒に寝ていたのである。
「あら、みなさん、どうしたのでしょう?」
起きた花に聞いてみると、迷って船倉に辿り着いてしまったらしい。そして座っているうちに二度寝してしまったようだ。
その後の船旅は順調であった。
途中、カンターは持ってきた抹茶の保存食を花にあげる。そして旅の間に作り上げたマフラーもプレゼントする。マフラーには羊皮紙が縫いつけられてあり、名前と住所が書かれてあった。
リュシエンナはジャパンの味を楽しんでと花に荒布の杓子を贈る。
船上でののんびりとした時間、ラテリカのお餅、シーナが持ってきたシュクレ堂の焼き菓子が振る舞われる。高価な紅茶をエフェリアが提供してくれたおかげで、とても優雅な午後の一時となった。
シーナはお友だちの印としてブタさんペーパーウェイトを桃代龍牙とカンターにプレゼントした。そしてシュクレ堂の焼き菓子もみんなに配るのであった。
八日目の夕方、帆船は無事パリの船着き場へと入港した。
「すべてがうまくいって助かりました。少しですが受け取ってくだされ」
最後に源造がお礼として追加の報酬を冒険者達に手渡す。
シーナとゾフィー、そして冒険者達は、源造と花を家まで送った後、楽しい思い出を話題にしながらギルドへと向かうのであった。