道ばたの貴婦人 〜ちびブラ団〜
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:5
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月25日〜11月30日
リプレイ公開日:2008年12月03日
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●オープニング
夕暮れ時の帰り道。
大地に長く伸びる影は六つあった。
ちびっ子ブランシュ騎士団分隊長を名乗る子供達四人と子馬のテルム、そして橙飛行隊長こと少女アニエス・グラン・クリュ(eb2949)である。
「大分うまくなりましたよ。素振りにブレもなくなってきましたし」
「そっか。家に帰ってもやってるんだぜ〜」
アニエスにいわれて少年クヌットが持っていた木刀を軽く振る。つい先程までジャパンの老武士である吉多幸政から稽古を受けていた五人だ。
「テルムもがんばってくれたよねー」
少女コリルは少年ベリムートが手綱を持って歩く子馬のテルムを触って撫でてあげる。
乗馬の練習も欠かさずに行っていたちびブラ団だ。騎士を目指すからには馬の扱いに長けてなければならない。
「家に帰ったらご褒美にたくさん飼い葉あげるからな」
ベリムートが振り向くとテルムは啼いた。
「やっぱり本物の馬がいると違うよね」
少年アウストが歩きながら腕を組んで一人頷く。
アニエスは四人の様子に自然と笑みが零れた。
「ん? あれなんだろ?」
アウストが声をあげて指さすと全員が視線を向ける。
四頭立ての馬車が道の脇に停められていた。
貴婦人が心配そうに草むらを覗き込む。草むらは枯れていたが、大人の腰ぐらいの高さはあった。
「わたくしも探しますわ」
「いえ、滅相もない。もうすぐ見つかりますので、しばしお待ち下さいませ」
貴婦人の声に反応して草むらから二人の男が顔を出す。どうやら御者と執事のようだ。
「どうしたの?」
コリルが近づいて話しかけると貴婦人が振り向いた。
「夕日が綺麗だったので馬車を停めて眺めていましたら、ブローチを落としてしまったの‥‥」
とても残念そうな表情を貴婦人は浮かべた。
「私達も手伝いましょう」
アニエスの一言でちびブラ団もブローチ探しを始める。
「あれか?」
クヌットが緑色の綺麗な何かに手を伸ばす。五分と経たずにブローチは発見された。
「助かりましたわ。お礼をしたいのですが何もございませんし、もうすぐ日も暮れますし‥‥」
貴婦人がちびブラ団の四人に話しかけていたその時、アニエスは馬車に描かれていた紋章を見上げていた。
(「この紋章は‥‥」)
アニエスには紋章に覚えがあった。
「こうしましょう。後日、屋敷の方に招待致しますわ」
貴婦人が手袋を脱いでベリムートに握らせる。この手袋を屋敷の門番に見せれば通してくれるという。
「‥私達5人で行くよりも、お友達を誘った方が後々良さそうですね」
アニエスは自身が冒険者であるのを貴婦人に明かす。そして友人も連れて行きたいと希望すると快諾された。
「わたくしの名前はキマトーナと申しますわ。それではお待ちしています」
貴婦人が乗り込むと馬車は動きだす。
小さな五人は遠ざかってゆく馬車を見送った後、家路を急いだ。
「アニエスさん、こんにちは〜☆ 今日はどんな御用事なのです?」
「依頼をしに来ました。実は――」
翌日の冒険者ギルド。少女騎士アニエスは全員の代表として受付嬢シーナの前に立つのであった。
●リプレイ本文
●準備と作法
一日目の昼過ぎ、庭から小さな馬の嘶きが聞こえるベリムート家の居間にちびブラ団と冒険者は集まる。全員がテーブルについて話し合いが始まった。
「さてキマトーナ様についてです。フルネームはキマトーナ・ロストーニ様といいます」
アニエス・グラン・クリュ(eb2949)は午前の間に情報屋と会って情報を仕入れていた。それらを含めて、まずはキマトーナの容姿からである。
髪は黒く、瞳の色は緑色。小柄であり、年齢は二十六歳。性格はおっとりした印象である。
復興戦争以前の旧王国からの古い家柄であり、騎士をもちろん王城務めの文官も多く排出していた。ノストラダムスの預言による反逆に加わった縁者は表向きには存在しない。当然キマトーナも含めてである。
「復興戦争の末期、当時のロストーニ家当主が決めた許嫁が戦死なされています。両親も戦後の混乱で亡くなった事もあり、再び陛下から領地を賜ったのち、未婚のまま現ロストーニ当主としてがんばられておられるようです。領地に領主館をお持ちですが、ほとんどはパリにある屋敷に滞在されてます」
アニエスの説明が終わると、ラムセス・ミンス(ec4491)が怖ず怖ずと手を挙げた。
「お呼ばれするときには、お食事をするとかあるのデス?」
「あると考えておいた方がよさそうですね。そのつもりでキマトーナ様はお屋敷に招こうとされたのでしょうから。失礼がないように送った手紙には、明後日の昼頃に来訪するとしたためておきました」
アニエスの返事にラムセスは教会の鐘の中に頭を突っ込んで鳴らされているような気分になった。
(「食事作法とか、からっきしデス! いつも箸でナイフとフォークはヘタッピなのデス! でも人に不快に思われない位だったら多分‥‥」)
ラムセスが唸りながら頭を抱えたり腕を組んだりと一人の世界に入ってしまう。
次は私の番といった感じでルネ・クライン(ec4004)が話し始めた。
「ちびブラ団の皆は結構いい感じだけど、もう少しマナーのおさらいをしておきましょうね。ラムセス、そんなに難しく考えなくて大丈夫よ。ゆっくり覚えていきましょうね」
「た、助かるのデス。ルネさんは天使なのデス」
涙を瞳にためたラムセスがルネの手を握ってブンブンと振り回す。
「アニエスやルネを先生に皆で頑張ろう。なに、思いやりがあれば大丈夫だ。騎士の作法なら俺も心得がある。微力だが手伝わせて頂くよ」
ラルフェン・シュスト(ec3546)はちびブラ団達と目を合わせるのだった。
「俺様もがんばるぜ。あ、『俺様』と最後の『ぜ』は封印しないと。えっえと、ボクもがんばります」
「なんかすごく変だよ〜」
クヌットにコリルがツッコミを入れると、みんなから笑みが零れた。
一日目の残った時間と二日目は礼儀作法全般の練習に費やされる。
三日目の午前中に身だしなみを整え、そしてロストーニ家の屋敷に向かう一行であった。
●キマトーナ
「ご苦労様です。キマトーナ様から預かった手袋です。来訪の許可をもらえますか?」
三日目の昼頃、一行の代表としてベリムートが門番に手袋を見せた。
門番に連絡は伝わっており、近くに停まっていた馬車に一行は誘導された。そして乗り込んで屋敷へと向かう。歩いてもすぐであったが、これも持て成しの一部なのだろう。
「お待ちしておりましたわ。どうぞ、こちらへ」
屋敷に到着するとキマトーナ自ら出迎えてくれた。
「お招き頂きまして、ありがとうございます」
アウストが率先して挨拶をして全員が後に続く。教えた正式礼がうまくいったようでアニエス、ルネ、ラルフェンは心の中で喜んだ。
ぴしっと服装を決めた一行はゆっくりと絨毯の敷かれた廊下を歩く。
ちなみにラムセスは同じ側の手足を一緒に出そうとしたが、すんでの所で踏みとどまる。軽く深呼吸をしてから最後尾をついていった。途中、足を絨毯に引っかけるものの、ラルフェンが肩を掴んでくれて事なきを得るのだった。
通された部屋のテーブルについて、すぐに紅茶とお菓子が運ばれてくる。飛びついて食べるような真似はせず、お行儀良くちびブラ団の四人は頂いた。当然ながら冒険者達もだ。
「あのブランシュ騎士団に憧れて、結成されたのがちびっ子ブランシュ騎士団なのですね。もう少し詳しく聞かせて頂けますかしら?」
コリルが自己紹介をすると、キマトーナがちびブラ団に興味を示す。
「みんな分隊長さん達が好きで、ごっこ遊びをしていたのが始まりなの。あたしはイヴェットさんが大好きだから橙分隊長なんだよ。ベリムートはラルフさんで黒分隊長、アウストは灰分隊長のフランさん。クヌットは藍分隊長オベルさんが大好きなの」
コリルの話しは本物のブランシュ騎士団にも及ぶ。ちびブラ団は様々な体験の中でブランシュ騎士団と関わりをもっていた。
(「今の表情‥‥?」)
アニエスはキマトーナの姿を不思議に思う。話題が黒分隊に及ぶとそれまでと真剣さが違った。特にエフォール副長については、いくつかの質問を行う程に興味がある様子だ。
「収穫祭の時は空から王様を見たんだよ。手を振る姿がとっても素敵だったよ」
コリルが宮廷の庭からの参賀についても触れる。いくつかの話題は前もってアニエス達と決めておいた。参賀についてもその中の一つである。
「ウィリアム3世陛下、お身体が弱いって聞いたけど元気そうだったね」
アウストは銀製のカップを静かに置いてから話す。
「でも、護衛がブランシュ騎士団じゃなかったのが残念だったな」
「俺も感じたよ。他にもたくさん騎士団はあるんだろうけどさ」
クヌットとベリムートのやり取りを聞き、アニエスも頷く。
「えと、キマトーナさん、ボクはまだまだ修行中なんですけど、占いしデス。もしよければ占わせて欲しいデス」
「ええ、お願いしようかしら。どんな事でもよろしいの?」
ブランシュ騎士団の話題が一段落した後、ラムセスが占いを申し出る。キマトーナは興味を示した。
早速ラムセスは水晶球を取りだす。占ったのはキマトーナの将来の伴侶についてだ。
「三年後には結婚しているデス。背の高い人デス、身近な人だと思うのデス」
「他に特徴とかありますかしら? 例えば髪が真っ赤だとか?」
「それはわからないデス。ゴメンデス」
「謝る必要はないですわ、ありがとう。嬉しいわ、よい相手が見つかるみたいで」
ラムセスの占い結果にキマトーナが笑顔になる。
「そういえばブルッヘという町を訪ねた事がある。町中に運河が巡らされていて、素敵な風景だったよ。ゴンドラもとても楽しかったな。恋人同士で向かうにはとてもよい感じの場所だったな」
「ブルッヘですか、とてもよい町ですね。わたくしも訪れた事がありますわ。あの方にとっても思い出深い‥‥いっ、いえ、何でもありませんわ。紅茶のお代わりでもどうでしょう?」
ラルフェンへの答えを途中で誤魔化したキマトーナはとても慌てた様子である。
(「皆、いい子ね。ちゃんとしているわ」)
ルネは話題を耳を傾けながらも、ちびブラ団に意識を向けていた。どの子も二日間で覚えた事をちゃんと守って行儀良くしている。
たまに子供達がお菓子をこぼしたりしても、さっとフォローしてあげるルネであった。
「冒険者の皆さんはちびブラ団の方々と、どのように知り合われたのでしょう?」
キマトーナの質問に冒険者達が一人ずつ思い出を語る。
「確か、聖夜祭用のリースを販売したいドワーフの人がいて、それをちびブラ団の皆と一緒に手伝ったのがきっかけだったわ」
「そういえば聖夜祭も近いですね。ツリーもよいですが、リースも欲しいところですわ」
ルネの思い出から、さらにキマトーナとの話題が広がる。
「こんなに話したのは久しぶり。少しこちらの部屋でお待ちを。別室に晩餐を用意してますので、どうかごゆるりとなさっていてね」
キマトーナが一旦退室をして、冒険者とちびブラ団だけになる。
「これってエフォール副長だよな」
「だな。間違いないぞ」
「本当だ」
「この服装、見覚えがあるよ。どこでだったかな?」
クヌット、ベリムート、アウスト、コリルが壁に掛かっていた絵を見上げた。冒険者達も集まって一緒に談義をする。
「もしかすると、これは‥‥」
アニエスが推理をして全員に事情を伝える。かつてエフォール副長の絵を描く為に街角の似顔絵描きオレノをちびブラ団と一緒に手伝った事がある。
「この絵、あの時のエフォール副長にそっくりだわ」
ルネも思いだして軽く両手を叩いた。
「収穫祭の時に広場で木札を売っていた絵描きだな。なるほど彼が描いた特徴がよく出ている。その推理はまず間違いないだろう」
ラルフェンが近距離で見つめてから徐々に後ろに下がって絵を確認した。
「収穫祭の絵描きさんは、おじさんが手伝った人なのデス」
ラムセスもこれまでの出来事を思いだす。
エフォール副長の肖像を求めた依頼人こそがキマトーナではなかったのかと、アニエスとルネは想像する。その答えはすぐに判明するのであった。
●晩餐
「さあ、これでいいぞ。より可愛くなった」
「ありがと、ラルフェンさん♪」
コリルがラルフェンにお礼をいってから廊下へと出る。
辺津鏡で今一度身だしなみを整えてから、一行は晩餐の広間へと向かう。
銀の燭台に照らされるテーブルの料理はとても豪華なものだ。
一種類にとどまらない様々な肉料理。特にこの時期はジビエの季節といってもよい。
それぞれに祈りを捧げてから晩餐を頂いた。
最初は緊張しながら食べていたものの、その美味しさに吹き飛んでしまう。といっても作法は忘れないちびブラ団である。
「なんとか‥‥なるのデス。するのデス」
ナイフとフォークに悪戦苦闘しながら食べ進めたのはラムセスである。練習のかいがあって大きな失敗もなく、恥をかかないで済んだ。
食事も一通り済んで会話が始まる。そして自然にエフォール副長の話題となった。
少し躊躇したものの、キマトーナはエフォール副長との繋がりを隠そうとはしなかった。絵を描いてもらってからこれまでに心境の変化があったのかも知れない。
エフォールとの出会いは彼がブラーヴ騎士団に入隊する前からだという。ブラーヴ騎士団とはブランシュ騎士団へ入る前にエフォールとラルフが所属していた騎士団である。
ちなみにエフォールとラルフは十三歳か十四歳の頃、同時入隊していた。時は復興戦争の真っ直中だ。
まだエフォールの腹違いの妹メリーナも存命であった。キマトーナは昔のラルフもよく知っている。
ブラーヴ騎士団については多くの噂がある。その中でもエフォールの裏切り行為が未だに根強く残っていた。ちびブラ団の子供達でさえ、その噂は知っている。
ブラーヴ騎士団の隊長デュールの陰謀をラルフとエフォール、そして三人の騎士が阻止した一件の暗部にまつわる。
ウィリアム三世を助ける為とはいえ、嘘の情報を流して味方の騎士団を神聖ローマ軍の猛攻に晒したのがエフォールであった。
この噂には様々な解釈が存在する。ラルフの身代わりをしたとか、功を焦っての行為だったなどだ。中にはデビルにそそのかされたのだというものまであるらしい。
旧王国軍内でエフォールは糾弾されたものの、ウィリアム3世が下した罰は数ヶ月の謹慎のみ。
キマトーナがエフォールに恋心を抱いているのを知りながら、前当主が許嫁をあてがったのも、この直後の出来事である。エフォールを前当主が嫌ったのはあきらかだ。
ブラーヴ騎士団が消滅した翌年、ウィリアム3世の信頼を得たラルフがブランシュ騎士団の新設一分隊を任される。それが黒分隊である。
エフォールは副長として任に就き、そして王国復興を成し遂げて今に至っていた。
「確かにわたくしはエフォール様をお慕いしておりましたが‥‥。恋心を持つお方は他にもいらっしゃったので、今は亡き父上の邪魔がなかったとしても、成就するとは限りませんでしたわ」
「エフォール副長、モテモテだったんだ〜。他に誰がいたの?」
「えとね。一人は、イ‥‥やめておきましょ。このお話しは」
思わずコリルの質問に答えそうになったキマトーナである。
「一度お会いしたけど、とても凛々しくて優しい素敵な方だったわ。憧れる女性も多いでしょうね」
「もしかして、ルネさんもエフォール様を?」
キマトーナの一言にルネはハッとする。
「い、いえ。騎士として尊敬しているけれど、雲の上の方ですもの」
顔を赤くして焦って答えるルネであった。
「それにしてもラルフ様やエフォール様とお知り合いだったなんて驚きですわ」
「はい。よくして下さってもらって感謝しています。今、ヴェルナー城で住まわれているカスタニア家のカリナさんも暫定ですが、ちびブラ団の緑分隊長なんですよ」
「繋がりがいろいろとあるようですね。ちびブラ団の皆さんは騎士志望なのでしょう? アニエスさんは具体的な騎士団への入隊は考えられておられるのですか?」
「ラルフ様の背中をお護りするのが目下の私の夢‥‥なのですが」
キマトーナにアニエスは自分の目標を語った。早くしないとラルフが退団してしまうのではないかと焦っていたのは内緒である。
楽しく晩餐の時間は過ぎ去った。
「これをお持ちになって下さい。役に立つとよいのですけど」
キマトーナが全員に贈ったのは銀製の食卓セットである。木箱に収まっていて持ち運びがしやすい。それと少々のお小遣いが入った小袋も手渡された。
アニエスは冒険者ギルドへの依頼金と情報代がかかっていたが、少し補填される形となる。
帰りはロストーニ家の馬車で家まで送ってくれる事となった。外はもう暗くなっていた。
「訪問はどうだった?」
揺れる馬車内でラルフェンがちびブラ団の四人に訊ねる。どの子も些細ではあるものの、自分が失敗した点を覚えていた。
子供の頃は失敗をして覚えてゆくものである。次に繋げればよいとラルフェンはちびブラ団を励ます。
(「そうなのデス。次に失敗しなければいいのデス。でも結構うまくいったのデス」)
ラルフェンの話しを横で聞きながら、ラムセスはうんうんと頷いた。
ちびブラ団全員の家を回り、冒険者達も行きたい所まで馬車の世話になる。
残る二日間、ちびブラ団と冒険者は食器セットを使ってマナーの練習をきっちりと復習するのだった。