●リプレイ本文
●出発の時
一日目の早朝、冒険者達はベルリオーズ家の屋敷を訪れる。通された広間には依頼人ステファの姿があった。
「集まって頂いて感謝致します。これもミカエル様のお導きなのでしょう」
ステファは真っ赤な十字架を胸元で手に握りしめながら冒険者達に挨拶をした。そして夢に見た大天使ミカエルの導きについてを語る。
「昨晩見たミカエル様は巡礼をした道を辿るようにと仰られておりました」
ステファが以前に書き留めた手記を取りだす。
ミカエル・テルセーロ(ea1674)とエミリア・メルサール(ec0193)もそれぞれの視点で仕上げた手記をテーブルに広げた。二人はステファと共に巡礼を旅をした者達である。
「ステファさん、この十字架を持つ者として馳せ参じました。もう少し詳しく教えてもらえますか?」
冒険者のミカエルに訊ねられたステファは依頼書で伏せた部分について話す。といっても多くはない。詳細は不明だがモン・サン・ミシェルからの派遣された騎士は石板を持っており、それがノルマン王国の未来を暗示させるものらしい。
「騎士殿が身動きできない状況とすれば、通常の街道から外れていると推定されます。どこでそれたのかが問題ですね」
エミリアは地図上のモン・サン・ミシェルからパリまでを指でなぞる。
そしてもう一人、ステファと一緒に巡礼をしたのがレオパルド・ブリツィ(ea7890)である。ステファが持っている十字架と同じものを首にかけていた。
「騎士ともあろうものが簡単に身動き出来なくなるとは考えにくいです。僕はデビルと疑っていますが、少なくても阻害する敵がいるのは確かです。ステファさんのお告げに従い、モン・サン・ミシェルの方角を目指すとしても索敵しながらになりましょう」
レオパルドの考えに仲間は賛同する。
資料に一通り目を通してから全員が庭へと出た。そこには馬車が用意されていた。
「無事に終わったら、美味しいものをたくさん食べさせてあげますから。いい子です」
エルディン・アトワイト(ec0290)は指輪によるオーラテレバスで愛馬に話しかけながら馬車へ繋げた。
「私のジュリアーノもよろしくね。護符もしっかりつけてと」
ディアーナ・ユーリウス(ec0234)も愛馬を繋ぎ、そして蹄鉄の護符も馬具に挟んでおく。レオパルド、エミリア、アマーリア・フォン・ヴルツ(ec4275)の愛馬も繋がれて馬車は七頭立てとなる。
「私はロスヴァイセと一緒に馬車と併走致しますわ。空と地上、どちらでもすぐに切り替えられますし」
リリー・ストーム(ea9927)がペガサスの側でステファと話す。
「リリー様、そのお姿はまるで‥‥」
ステファは改めてリリーを眺める。大天使装備を身にまとったリリーはまるでエンジェルのようだ。
「道中、雪が降っていないとよいのですが‥‥」
御者を務めるアマーリアは御者台へと座って天を仰いだ。パリは晴れていたが、これから向かう先には高地もあるからだ。
(「救いの御手の在らんことを‥‥」)
出発前にアマーリアは祈りを捧げた。
「よろしければこちらを。持っていると安眠に誘われるようです」
「これは一体? あら、とてもよい香りです」
コルリス・フェネストラ(eb9459)は馬車に乗り込もうとするステファに匂い袋を贈った。旅の途中でステファが見る夢こそ、今後の大きな鍵になるからである。
「ステファ殿、もし敵が現れても私がいれば安心だが、無闇に前へは出ないようにして欲しい」
「わかりました。心しておきます」
鷹司龍嗣(eb3582)は優雅な仕草でステファの正面へと座る。これから行う騎士探しの途中でデビルと接触する可能性は非常に高い。そうなった場合でも鷹司龍嗣はステファの護衛を第一に考えていた。
準備が整い、アマーリアの手によって馬車が動きだす。
ペガサス・ロスヴァイセのリリー、グリフォン・グリペンのレオパルド、グリフォン・ティシュトリヤのコルリスは馬車の護りとなるのだった。
●発見
一行がパリを出発して数日が過ぎ去る。
ステファが眠りから覚める度に、観た景色や大天使ミカエルのお告げを参考にして進路が修正されてゆく。
冒険者ミカエルは地図の写しをバーニングマップで燃やして近場を探る事で発見までの時間短縮をはかった。途中から巡礼の道筋から大きく逸れて、一行は深い森の中に踏み入れる。
レオパルドは巡礼の旅で会ったスフィンクスの洞窟を万が一の避難場所と考えていたが、あまりに離れたので現実的ではなくなった。
敵への警戒は空からの広範囲な監視と、デビル感知のアイテムによって探られる。デビルが発見された際には、デティクトアンデットの魔法で正確な位置と数が調べられる段取りとなっている。
五日目から六日目にかけての夜、ステファは夜明けを待たずに目を覚ます。見張り以外の仲間にも起きてもらい、夢の内容がステファの口から語られた。
「丸太小屋の廃屋がたくさんありました。かなりたくさんあったので、集落ではなく村ぐらいの規模だと思います。そして折れ曲がった十字架が屋根に掲げられた教会があって、その回りにはおぞましき姿の者達が‥‥。あれがデビルなのでしょうか」
朝日が昇り、ステファが方角を指し示す。夢の中で大天使ミカエルが指さした方角は北西であった。
森の中にある道を進んでゆくと行き先が分かれる。
飛行可能な冒険者が斥候として向かう。一人では危険なので必ず二人組で行われた。フライングブルームに乗ったエルディンも調査に加わった。
「道の脇に立てられた立て札を発見しました。西側の道の奥には村があるようです。雑草がかなり生えている道の様子からしても、探している廃村ではないでしょうか」
エルディンの言葉を信じて一行は西の方角に向かう道を選んだ。
馬車内にいたミカエルが発動させた龍晶球、そしてグリフォンで先行していたレオパルドの石の中の蝶がほとんど同時にデビルの反応を示す。
エミリアとエルディンがデティクトアンデットで遠距離からデビルを把握する。
少なくても進行方向周辺に六体のデビルが存在していた。さらに増えると予想される。
一行は転進して一旦その場を離れた。そして三十分程、話し合いを行う。
肝心なのは騎士が夢のお告げ通りに廃村の教会にいるかどうかだが、これは真っ先に検討から除外された。そもそもステファの夢を信じたからこその捜索の旅であるからだ。
幸いに仲間の人数が多いので役割を三つに分ける。
デビルの気を引いて撹乱をする襲撃班はリリーとコルリスである。
教会に隠れているはずの騎士を助ける救出班はミカエル、レオパルド、エミリア、ディアーナ。最初、救出班は襲撃班と行動を共にするのでデビルとの戦闘もあるだろう。
廃村から離れた位置で馬車で待機し、突入を見計らう脱出班はアマーリア、ステファ、鷹司龍嗣、エルディンだ。
森にはわずかに雪が残っていた。そして天気の気まぐれで雪が舞い落ちてくる。
雪に邪魔されないうちに行動が開始された。
●朽ち果てかけた教会
「駄目だ‥‥。眠って‥しまっては。石板を、届けなければ‥‥」
騎士トーマスは酷く散らかる教会の片隅で、祭壇に寄りかかりながら床に座っていた。
一緒にモン・サン・ミシェルを出立した仲間は全員死んでしまった。馬も途中で乗り捨てなければならなかった。治療の薬もすべてなくなっていた。
トーマスは血で真っ赤に染まっている腕と足を眺めた後で、埃と蜘蛛の巣がかかっているジーザスの像と天使の像へ視線を向ける。
(「夢で観たミカエル様は、諦めずに待てと仰っていたが‥‥わたしはもう‥‥」)
何度か脱出を試みたトーマスであったが、教会の回りにはたくさんのデビルが見張っていて失敗に終わっていた。
食料は尽き、家具を壊して薪にして暖炉を灯す体力すら残っていない。あまりの眠さにトーマスが瞼を閉じようとした時、大きな物音で叩き起こされる。
目が覚めたトーマスは耳をそばだてた。
騒がしさはだんだんと近づいてきて、ついには教会の厚い扉が開かれる。
「任せてね、ここは!」
冒険者ミカエルが扉の前に立ち、教会の荒れ果てた前庭でマグナブローの火柱を出現させた。追ってきたインプとグレムリンの群れへの牽制である。
「中は任せました!」
マグナブローをすり抜けてきたデビルをレオパルドが槍で仕留めてゆく。軌道をそらされたグレムリンが教会の壁へと激突して奇声をあげた。
「まずは襲われないようにしますわね」
ディアーナは扉付近にホーリーフィールドを張って仲間の安全地帯を確保する。そしてホーリーで援護する。
「モン・サン・ミシェルからの使者はあなたですか?」
エミリアは倒れているトーマスに駆け寄り、レジストデビルをかけた後で話しかける。
「そうです。わたしはトーマス。石板をウィリアム陛下に届ける途中でデビルに襲われてしまい、ここに隠れて‥‥ました」
「わかりました。後は任せて下さい。石板はこの中ですか?」
カバンを指さすエミリアにトーマスが頷いた。
エミリアはリカバーをトーマスに施し、石板の入ったカバンを背負った。そして立ち上がろうとするトーマスに肩を貸した。
「グリペン、その人をお願いします」
レオパルドが一言声をかけると、グリフォン・グリペンが姿勢を低くして乗りやすくしてくれる。エミリアがグリフォンの背中へとトーマスを乗せた。
「酷い咳ですね。ですが治療は後にしますね」
ディアーナは一度トーマスへと振り向くと、可能な限り教会の前庭へホーリーフィールドを張った。
「救出班の馬車が来ます、すぐに!」
バイブレーションセンサーで振動を感知したミカエルがまだ視界に現れていない馬車の存在を仲間へと知らせる。まもなく廃屋の間から馬車が凄い勢いでやって来て急停車した。
「早くお乗りになられて!」
御者のアマーリアが叫んだ。そしてホーリーフィールドをさらに馬車の周囲に増やす。少しでもデビルを近寄れないようにする策であった。
レオパルドによって誘導されたグリフォンの背中に乗っていたトーマスが馬車内へ移される。
(「デビルを近寄らせては。馬が怯えないうちに」)
鷹司龍嗣はスクロールのウォーターボムを空中のインプとグレムリンの群れに向けて放った。ステファの安全の確保と、馬達が怯えないようにするにはデビルを近寄らせないのが一番であるからだ。
(「時間との勝負ですね」)
エルディンはひたすら鳴弦の弓をかき鳴らしてデビルを惑わせる。その間にグリフォンを駆るレオパルド以外の襲撃班は脱出班の馬車へと乗り込んだ。
(「あれは‥‥」)
馬車の窓からトーマスは空を舞う二つの影をみかけた。
襲撃班のリリーとコルリスの勇姿である。
「先にお行きなさい。直ぐに追いつきますわ!」
ペガサスと共にあるリリーが低空で飛び、窓の外から馬車内に声をかけると再び急上昇する。リリーは禿鷹のようなデビル・アクババと空中戦を繰り広げていた。
(「私が馬車を守ります」)
コルリスは弓を構え、黒い翼のデビルの群れの中から一体に向けて矢を放つ。
狙ったネルガルはインプやグレムリンをより強そうにした存在で、行動の統率を行っていた節があった。
逃げる馬車をデビルの集団が追いかける。
しかし冒険者達はすべてを退けた。エルディンが仲間に託した般若湯で凌いだ場面もある。
肺炎になりかけていたトーマスはディアーナのヒールディジーズによって一晩で完治する。
ミカエルからシトロン蒸しパンと炭焼きチーズパン、エルディンからチーズ・ブランシュをもらったトーマスはとても感謝して頂いた。
コルリスが消費した矢は馬車に備え付けられた中から補充される。
楽観はせず、野営時にはホーリーキャンドルを灯してデビルへの注意を怠らなかった。
十日目の昼頃、一行は無事パリへと到着するのだった。
●謁見
冒険者達は騎士トーマスと共に王宮を訪ねる。
許可に少々の時間を要したものの、トーマスは石板を持って謁見の間へと入ってゆく。ウィリアム3世とどのような会話が交わされたのかは秘密とされる。』
「これがデビルが狙った石板です」
謁見の後、王宮の一室でトーマスは石板を冒険者達に公開した。
「これは‥‥、古代魔法語と古いラテン語で書かれています」
エミリアが一通り目を通してから呟く。石板には地獄の様子が書かれてあるという。
真偽は別にして内容が語られる。
インフェルノとも呼ばれる地獄は、空が赤く血と炎の色に染まっている世界。大地と空気は黒く澱み、荒涼とした景色が続いている。
地獄はいくつかの階層に分かれており、奥に行くほど罪深き魂が集う。
多重の世界が折り重なっていて、一部のみがねじ曲がって繋がっているような理解しにくい空間が地獄である。
軍団を率いてパリを襲ったアガリアレプトも一つの階層を担い、城を構えているとの一文がある。他にも階層はあるようだ。
「これは修道院長が大天使ミカエル様から授かったお言葉です。ノルマン王国を、いえ地上をこの石板に書かれた地獄のようにしてはならないと、仰られていたそうです」
俯いて話すトーマスの顔から、ステファと冒険者達はしばらく目を離す事が出来なかった。
冒険者達はギルドへと立ち寄って報告を済ませる。
そしてベルリオーズ家の使用人が運んできた品をステファがお礼として冒険者達に贈った。
「大変な事が起こるのかも知れませんね。心強くして備えなければ‥‥。皆様のおかげで騎士のトーマス様と石板を無事パリまで導く事が出来ました。ありがとう御座いました」
そう言葉を残し、ステファはギルドを立ち去るのだった。