●リプレイ本文
●出発
薄く霞みがかかる早朝のパリの船着き場。
アロワイヨー家の執事を中心にして冒険者達は集まっていた。
「国が守るブラン鉱床を狙うのは余程の大きな組織だろう」
見送りのリンカは明王院月与(eb3600)に酒場で得た情報を伝えた。昨晩は夜更かしである。
「お嬢、気をつけなよ」
諫早似鳥が甲板のアニエス・グラン・クリュ(eb2949)を見上げながら声をかける。
全員が乗り込むと間もなく渡し板が外されて帆船は出航した。セーヌ川を下り、二日目の昼頃ルーアンの船着き場へと寄港する。一行はここで馬車に乗り換えてアロワイヨー領を目指す予定であった。
アニエスが注意深く船着き場の周囲を見回す。出発前、アニエスはラルフ領主宛てにシフール便をしたためていた。
一両の馬車がアロワイヨー家のものと並ぶように停まる。
馬車の扉が開くと見知った姿にアニエスは驚く。まさかラルフ本人が届けてくれるとは考えていなかったからだ。
ラルフ卿からアニエスはブラン鉱床関係者リストを受け取った。
「事が終わったのなら、すぐに焼却して欲しい。アロワイヨー殿の身を案じるが故の許可と考えてくれ」
「はい、必ず。あ、あの、こちらを。もうすぐ誕生日だとお聞きしまして。おめでとうございます」
「ありがとう、大切にさせてもらおう」
アニエスは手作りお誕生日祝の木札とレミエラ付漆黒のサーコートを贈った。
(「あの人がラルフ卿か」)
ラルフェン・シュスト(ec3546)はラルフ卿と目が合って挨拶をする。他の冒険者も一通りの礼儀を通す。
ラルフは少し執事と話した後、馬車と共にルーアンの街へ消えていった。
一行もアロワイヨー家の馬車で出発した。ソペリエ・メハイエ(ec5570)は愛馬で併走する。日が沈む前に関所を越えて、アロワイヨーの城がある城下町へとたどり着く。
城には明日向かう事にして、一行はバヴェット夫人の別荘宅を訪れる。関係者が集まりやすいからである。
執事から連絡をもらった領主アロワイヨーも現れた。
「ヴェルナー領、アロワイヨー領、パルネ領の三領主は協力関係にあると聞き及んでいます。もし狙われるとすれば、その繋がりを快く思わない、とても都合が悪い方なのでしょうね」
クリミナ・ロッソ(ea1999)は小声で『トロシーネ様も危険、かしら』と呟く。トロシーネとはパルネ領の領主の事である。
「トーマ様、アニエス・グラン・クリュと申します」
アニエスはアロワイヨーを前にして正式礼で挨拶をする。
そして訊ねた、自覚と決意を。デビルの襲撃が本当に起きたとするならば、警告か脅迫だとアニエスは考えていたからだ。
「ラルフ卿の使者から常々お話は伺っている。射撃車両のラ・ペについても順次配備中だ。わが領地もデビルと無関係ではいられないだろう。なんといっても前領主のエリファス・ブロリアはデビルに加担していたのだから」
ブロリアとアロワイヨーは会う機会もなかったが遠縁にあたる。様々な事情が重なってアロワイヨーが領主を継ぐ事となった。
ブロリアの統治の頃から国に秘密でブラン鉱が掘られていた可能性がある。ブロリアと現在デビルとの共闘が噂されるフレデリック領のゼルマ領主は友であった。
ブラン鉱床を盗掘していた闇の組織オリソートフは、ゼルマ領主の裏の実働組織だ。少なくてもラルフ卿はそう考えていたとアロワイヨーは語る。
「道中の殿は任せて下さい。その為にゾフィエルも連れてゆきます」
ソペリエがいうゾフィエルとは戦闘でも怯えない愛馬の事である。
「ミラさん、安心して下さい。アロワイヨーさんを守ります」
「アロワイヨー様をどうかお願いしますね」
エフェリア・シドリ(ec1862)はミラと両手で握手をした後で、アロワイヨーに聖なる釘と聖なる守りを貸した。
他の仲間達もアロワイヨーにアイテムを渡す。
アニエスはローゼンクランツ、月与はブラッドリング、ラルフェンは蹄鉄の護符である。
「初めまして、護衛を務めさせてもらうルネよ。この蝋燭をどうぞ。燃え尽きるまでデビルは近づけないわ」
ルネ・クライン(ec4004)もアロワイヨーにホーリーキャンドルを貸しだした。
アロワイヨーに山登りが出来るかどうか心配していたルネであったが、仲間から丸太小屋を一人で建てたと聞いて安心する。それだけの体力があれば平気だと。
「皆が考えているようにデビルを第一に注意すべきだろう。向かう坑内の地図を貸して頂けると警備計画を練るのに助かるのだが」
ラルフェンが頼むとアロワイヨーは明日の出発時には用意すると答えた。ただし、閲覧のみの許可だ。
「しっかり護衛するから、ミラお姉ちゃん心配しないでね。アロワイヨーさんも大変だけど頑張ってね」
月与は鷹の玄牙も連れてゆき、上空から監視してもらうつもりでいた。オーラテレパスが使えるようになる指輪もあるので、コミニケーションも大丈夫である。
「アロちゃんをどうかよろしくお願いしますわ」
「アロワイヨー様を守って下さい」
バヴェット夫人とミラの強い想いが冒険者達の心に伝わる。
その後、ミラが刺していた壁掛けのお披露目も行われた。豊穣の麦穂の刺繍が完成するまであともう少しであった。
●山登り
三日目の早朝、城を訪れた冒険者達はアロワイヨーと合流する。
護衛の騎士達に守られながら馬車での旅は続いた。愛馬で併走して護衛をするソペリエを除いた馬車内の冒険者達は、順番を決めて石の中の蝶などの探知アイテムから目を離さない。
そして今後の予定に関わる内容は言葉にはしないようにと努める。出発前には護衛の騎士達に尾行への注意を促してあった。
暮れなずむ頃に一行は山の麓へと到着した。
目的地となる鉱床までの山登りには一日かかるので、無理をせずに麓の集落で一晩を過ごす。
四日目の朝、自らの足での登山が始まった。アニエスは愛犬のペテロをよく言い聞かせ、馬車と馬の番として集落に残してゆく。
夕闇迫る頃、ブラン鉱床の現場へと到着する。アロワイヨーが途中でばてる事もなかった。
宿舎の一番広い部屋がアロワイヨーに用意されていた。
冒険者達はドア一枚隔てた隣室に泊まる。といってもアロワイヨーが部屋に招いたので一緒のようなものである。
雪こそ降り積もっていないが、やはり冬の山は寒さが厳しい。暖炉の炎が照らす中、雑談が始まった。
アニエスは聖夜祭を待つパリの様子を語る。友達四人の事をアロワイヨーに話すアニエスは笑顔であった。話しの中で、出来るのならば市井の子が騎士を目指せるようにとアニエスは領内での制度改革を願う。
ルネがミラとの結婚の話題を出すとアロワイヨーは顔を真っ赤にして慌てていた。
「武器耐性もそうですが、恐ろしいのは人間や家畜、小動物に化け、人の生活領域に容易く忍び寄る点です」
最後にクリミナはデビルへの注意点を語った。
ラルフェン、エフェリア、ソペリエ、ルネ、月与、アニエスがテーブルに広げられた坑内の地図を見つめていた。アロワイヨーが先に休むとクリミナも加わる。
やり取りは筆談で行われた。複雑な内容はエフェリアのテレパシーで中継される。道中もそうであったが、どこに誰の耳があるかわからないからだ。
あらかじめ決められた順番の通り、夜を通しての見張りが行われた。
やがて五日目の朝が訪れる。ブラン鉱床の坑内視察の日であった。
●デビル
「こちらの消し炭のようなものがブラン鉱になります。アロワイヨー様」
採掘現場に滞在していたフミッシュがランタンを片手にアロワイヨー一行を案内する。
関係者リストの彼女の項目にラルフからのお墨付きがあったので、アロワイヨーから頼んだのだ。
フミッシュはブラン鉱床の発見に寄与した人物だ。文献調査が主な仕事だが、今は採掘現場の学術的考察を任されている。
盗掘者の集落であった中心に大きな逆さ円錐状の穴があり、その斜面から斜め下方に向けて坑道が掘られていた。採掘現場は当初露天掘りであったが、鉱脈の位置がわかった事で途中から坑道を掘る方法に変更されたのである。
冒険者達はアロワイヨーとフミッシュを囲むように移動していた。
先頭は前衛となるルネ、ラルフェン、アニエス。
中衛は守るべき二人を左右から挟むようにエフェリアとクリミナの姿があった。
最後尾は月与とソペリエが守る。
石の中の蝶やデビルサーチ、そしてデティクトアンデットなどのデビルを探知出来る対策を冒険者全員が施しながらの視察である。
これまで同行してきた護衛の騎士達は出入り口付近を守っていた。
隊列を維持出来ない狭い場所も多くあったが、それでも注意しながらの視察は続く。
「何か起きたのかしら?」
出入り口方面から反響する鐘の音が届いてフミッシュが立ち止まる。
「この鳴らし方は何者かの襲撃を知らせるものです」
フミッシュの言葉を聞いた冒険者達は一斉に対策を始める。
アロワイヨーはルネに促されてホーリーキャンドルの炎を灯した。
「坑道内で霧‥‥。デビルだとすれば、クルードが潜り込んだ可能性がありますわね」
クリミナが敵を想像する。そして仲間のデビル探知に反応が現れた。
「アロワイヨーはやらせないわ!」
ルネはアニエスから借りたデビルスレイヤーの剣で霧の中から現れた飛翔するデビルの軌道をそらす。デビルはクリミナが張ったホーリーフィールドに弾き飛ばされると地面へと転がった。
「アロワイヨーお兄ちゃんを狙うなんて!」
月与とラルフェンが倒れているところのデビルを一気に仕留める。デビルはクルードではなく、グレムリンであった。つまり敵はまだいるという事だ。
「こいつには蝙蝠のような翼がある。通風口からか」
ラルフェンは坑道内の地図を思いだした。空気を確保する為、所々に地上までの縦穴が掘られている。どうやらデビルはそこを通ってきたようだ。
「出入り口では戦っています。通れる状態ではないみたいです」
エフェリアが道中で仲良くなった騎士とテレパシーでやり取りし、出入り口付近の情報を仲間に伝えた。入り口に近い位置にいた鉱夫達は先に脱出したようだ。
「こちらにもデビルの反応が。来ました!」
ソペリエが叫びながら新たなデビルの初撃を受け止める。続いて思い切り振り下ろした剣でデビルを押しつぶす。
「逃しません!」
アニエスがシルヴァンエペを手に加勢して二体目のグレムリンを倒した。
「確か通風口で私達が通れるほどの大きさのものが坑内の地図にあったような」
「一時期、搬送にも使われた縦穴があったはずだ。落下の危険があるので蓋がされているが完全ではなく、空気穴があると書かれてあった」
振り返ったアニエスにラルフェンが答える。
問題は霧深い状況でどう辿り着くかだ。
「なんとか‥‥わかると思います」
少なくともフミッシュが一番よく知っていた。彼女に坑内の地図を貸して案内をしてもらう。
広い坑道にまで移動し、アロワイヨー一行は二枚の空飛ぶ絨毯を広げた。そして先発組と後発組に分かれて浮かび上がった。
先発組にはアロワイヨー、フミッシュ、クリミナ、エフェリア、月与。後発組にはラルフェン、アニエス、ルネ、ソペリエである。ソペリエは借りたベゾムで殿を務めた。
先発組のフミッシュが道案内をする。
アロワイヨーはホーリーキャンドルを収めたランタンで灯りを確保した。デビルも近寄らせない効果もある。
クリミナは仲間にレジストデビルを付与し、デビルの不意打ちに対抗して高速のホーリーフィールドを出現させて仲間をかばう。
エフェリアは空飛ぶ絨毯の操縦に注力した。坑内の幅に大した余裕はない。
月与はソードボンバーを定期的に前方へ放ち、デビルを牽制する。
後発組の空飛ぶ絨毯の操縦はラルフェンが行った。その隣りではアニエスが鳴弦の弓をかき鳴らして近寄るデビルを弱体化する。
ベゾムのソペリエは先を飛ぶ仲間を逃がすために追ってくるデビル数体を自らに引き寄せた。ルネはソペリエが討ち洩らしたデビルを剣を持って退かせる。
絨毯上のラルフェン、アニエス、ルネは役目を交代してゆく。鳴弦の弓の効果はすばらしいものの、魔力の消費が激しいからだ。
「もうすぐよ!」
フミッシュが叫ぶ。
坑道を抜けると拓けた空間があるものの、特に霧が濃い。デビルの反応も強くあった。まず間違いなくクルードがいるとクリミナが叫んだ。その言葉は後発組にも届く。
「上がるのです」
先発組の絨毯を操るエフェリアは縦穴を探しだして一気に上昇する。
「任せてね」
昇りきると月与が頭上の蓋を留めている杭に向けて剣を突き立ててゆく。そして最後はソードボンバーで塞いでいた蓋を吹き飛ばした。
地上に飛びだした先発組は鷹の玄牙に迎えられる。
「今、右側をすれ違った!」
クルードを目視したラルフェンの指示通り、空飛ぶ絨毯を操っていたアニエスが反転させる。
「手応えあったわ!」
ルネが一撃を喰らわせるとクルードは激しく啼いた。
「止めです!」
啼き声を頼りにソペリエが追撃をしてクルードを倒しきる。そして先発組が通った縦穴を通り抜けて脱出するのだった。
●そして
アロワイヨー一行が坑道から脱出して間もなく、地上でのデビルとの攻防も終わりを告げた。
現場での被害は大したものではなかった。ブラン鉱の採掘が滞るような事はないと思われる。
坑道の地図はアロワイヨーに返却された。ブラン鉱床関係者リストはアニエスの手によって燃える暖炉の中に放り込まれる。
六日目の朝、一行はブラン鉱床の現場を後にする。
注意を怠らないようにしながら、その日のうちに麓の集落へとたどり着いた。翌朝、一行が馬車で城下町に辿り着いたのは七日目の暮れなずむ頃である。
「鐘が鳴り響いて、霧が出た時はどうしようかと思ったよ」
バヴェット夫人の別荘宅にアロワイヨーが現れて冒険者達にお礼をいう。そして追加の報酬とレミエラを贈った。
「すでに持っている方もいるようだが、ラルフ卿から執事が預かってきたものなんだ。もしもに備えて活用してくれたら嬉しい」
アロワイヨーは冒険者一人一人に声をかけながら手渡した。
冒険者達は九日目の朝にアロワイヨー領を後にする。昼にはルーアンに到着して帆船に乗り換え、十日目の夕方にパリの地を再び踏んだのであった。