●リプレイ本文
●パリ
朝早いパリの一角にある四つ葉のクローバー店にはすでに冒険者が集まっていた。残念ながら一人は急用で来られない様子である。
「こちらのリース、ラルフ領主様や黒分隊の詰め所に納品したかしら? その辺気にする子がいるのよ、うちに」
苦笑するセレスト・グラン・クリュ(eb3537)は、陳列されていたリースの一つを手に取って店長のワンバに訊ねる。
「納品はしとりまへんな。それに仰った風情のお客さんが買っていった覚えもありまへん」
ワンバは店員のノノにも確認をとる。やはりそれらしき来客はなかったようだ。
それならとセレストはリースを四つ購入した。お得意さまという事で割引価格である。
合わせて出資分の豚肉製品も引き取った。三分の一は自宅保存用の塩漬豚肉、残りはソーセージだ。
「グリゴーリーさん、お願いね」
セレストはソーセージの三分の二をピュール助祭が所属する貧民街の教会に届けて欲しいと同行していたグリゴーリーに預ける。聖夜祭用のカードも添えておく。
残りのソーセージはちびブラ団と一緒の娘用である。買ったばかりのリース四つと一緒にこちらもグリゴーリーに頼んだ。
「村長さん、次は黒の教会も頼むゼ!」
グリゴーリーはデュカスに声をかけると、たくさんの荷物を抱えながら店から立ち去った。
店での準備を終えると、村に向かう一行は荷馬車へと乗り込んだ。鐘を載せる際に力を貸すためとしてワンバも一緒である。
「鐘を造ってくれた鍛冶屋、わたくしが見つけたのよ」
「なかなかちょうどいい鐘が見つからなかったんですよね。よい鍛冶屋に頼んでくれて、とっても助かりました」
御者をするデュカスの隣りにはミシェル・サラン(ec2332)が座る。
「ルイーザもがんばってね。鐘は重たいはずよ」
ミシェルは荷馬車を牽いている愛馬に声をかけた。他の仲間の馬も荷馬車に繋がれている。道中では鐘を運び、村に着いたのなら鐘楼に吊り下げる際に活躍してくれる事だろう。
「ちょっといってくるのだぁ。待ってて欲しいのだ〜」
城塞門を抜けてしばらくしてから、玄間北斗(eb2905)が荷馬車から飛び降りる。向かった先は農家であった。
パリ近郊で鍛冶屋から鐘を受け取ってからエテルネル村に向かわなくてはならない。その際に鐘が傷つかないように藁や干し草をもらえるか頼みにいったのである。
農家の人から許可をもらっていくらかの藁をもらった。やがて荷馬車は、鐘の鋳造を引き受けてくれたドワーフの鍛冶屋の作業場に辿り着く。
「うふふ、うん、すてき。いい音が出そうね」
出来上がった鐘の周囲をぐるりと飛んだミシェルが微笑む。デュカスと目が合ってお互いに頷いた。
まずは傷つかないように梱包を行った。持ち寄ったボロ布などで鐘全体を覆い、ロープを巻き付ける。
「行きます! せいのぉ〜で!」
デュカスが声をかけ、たっぷりの藁を敷いた荷馬車の荷台に鐘を載せる。さらにロープがかけられて動かないように固定された。
「それじゃあ、がんばってや〜」
ワンバとはここでお別れである。帰り用として一頭の馬がワンバに預けられた。
荷馬車は一路、エテルネル村を目指す。
「これは邪魔だから退けておくのだ。五行はもう少し先を見てきて欲しいのだ〜」
玄間北斗は荷馬車には乗らなかった。韋駄天の草履と疾走の術を使って愛犬五行と先行し、荷馬車が大きく揺れるような障害物を取り除いた。指輪のオーラテレパスで愛犬との意志疎通も完璧である。
大きめの石などを退け、そこそこの穴なら埋めておく。どうにもできない岩や大穴、倒木などを見つけたら戻って仲間に注意を促した。
「あれが、きっとそうよ。嵐でも起きたのかしら? あんな大木が倒れてるなんて」
特に優れた視力を持つミシェルが、玄間北斗が指摘した障害物を早めに確認して御者に伝える。御者はデュカスとセレストが交代で務めていた。
おかげで車輪がはまったり、壊れたりもせず、鐘運びは順調に進んだ。
二日目の宵の口に荷馬車一行はエテルネル村に到着するのであった。
●教会の鐘
快晴の三日目。
デュカスが率先し、さっそく鐘楼の中に鐘を納める作業が行われた。
「いいわよ〜。最後の準備は任せてね〜〜」
ロープの端を手に取ったシフールのミシェルは鐘楼の天辺目がけて飛び立つ。
「これなら大丈夫なのだぁ〜」
玄間北斗はデュカスの弟であるフェルナールと相談し、滑車を用意していた。三個所に設置して教会を傷めないように配慮してある。
「こんなに立派な教会ですもの。きれいなままにしておかないとね」
セレストが持ってきたたくさんの縄はしごは、引き揚げる軌道上の教会の壁に沿って張られてある。こちらも教会の壁や屋根を守る工夫であった。
「これでよしっと」
ミシェルは地上で預かった長いロープの端を鐘楼内の滑車へと通す。そしてさらに引っ張って滑車へ通しながら地上まで降りた。
「ありがとう、ミシェルさん」
デュカスはミシェルからロープを受け取ると馬達の列に繋げた。その中にはセレストのダビデ、玄間北斗の駒、ミシェルのルイーザも混じる。村人達がロープの引き具合を調節しながら馬達の力を借りる形だ。
「それでは仕上げだ!」
石工のシルヴァのかけ声と共に、鐘の吊り上げ作業は始まった。
「がんばれー、がんばれー!」
ミシェルは滑車がうまく回っているかを確認しながら応援する。
「頑張りなさい、ダビデ」
セレストは愛馬のたてがみを撫でながら馬達の動きを監視した。
「ちょっと、縄はしごをこっちにずらすのだ」
身軽な玄間北斗は疾走の術を活用して教会の壁を登り、上昇してゆく鐘を見守る。
やがて鐘は鐘楼の天辺近くの穴に吸い込まれた。
「うまくいきました!」
鐘楼内にいたフェルナールの声が辺りに伝わると歓声が沸き上がる。
場が落ち着いた頃、ジャン司祭が祈りを捧げて鐘を鳴らした。
「鐘は人が規則正しく毎日を送るのに不可欠なものだわ。それにしてもいい響きね」
「思っていた通りのいい音ね。うっとりするわ」
「ほんとなのだぁ〜。とても澄んでいるのだ」
セレスト、ミシェル、玄間北斗は村人達と共に鐘の音を聴き続けるのだった。
●リース作りやお手伝い
「ふふん、これくらいなら‥‥って、あら、なかなか難しいわね」
四日目の昼頃、ミシェルはヒイラギの枝と格闘していた。鼻歌混じりだったのが、だんだんと無口になってゆく。
みんなで一軒の家屋に集まり、リース作りをしていたのである。
「こんな感じなのだぁ?」
「そうだよ〜。これをつければできあがりさ」
玄間北斗と村の子供達のやり取りをミシェルはじっと眺める。
「負けないわよ!」
奮起してフェルナールにもう一度作り方を教わるミシェルである。
「少しアレンジしてみようかしら」
セレストは持ってきた銀糸と金糸で飾り付けを豪華にしてみた。野バラの赤い美もとても映える。
デュカスによれば、パリの四つ葉のクローバー店での需要はまだまだあるという。
暖炉の暖かい炎に照らされながら、リース作りは続けられる。
空いた時間に冒険者達は自分達用の家屋掃除を行った。男と女用があるので二軒分である。
まずは一番大変な個所と考えてミシェルは煙突掃除を始めた。
家小人のはたきを使った埃とりは後である。余ったボロ布などを身体に巻いて完全防御で屋根から煙突に入った。
(「ふっ‥、わたくしにかかればこんなものよ」)
目も覆いをしていたので何も見えないが、確かにミシェルの煙突掃除は途中までは順調であった。しかし中頃で羽根が勢いよく側面にぶつかる。
「何が起きたのだぁ〜」
「あら、この黒い塊は‥‥ミシェルさん?」
室内で掃除を手伝っていた玄間北斗とセレストが、暖炉から転げてきた真っ黒なミシェルにかけよった。
「よ、余裕よ。げほっ‥‥」
ボロ布がほどけて顔を黒くしたミシェルは胸を張る。確かにミシェルが落ちた事で煙突の通りはよくなった。
冒険者用の二軒はすっかりと綺麗になり、新しい年を迎えるのに相応しくなるのであった。
セレストはリース作りの合間に教会を訪ねる。
「読み書きできる子が増えればデュカスさん、助かるでしょう? どうか勉強をお願いしますね」
「これは‥‥助かります。神のご加護を」
子供用にと大量のクリスマスキャンディーをセレストはジャン司祭に贈った。そしてジャン司祭用として聖十字の上衣と聖者の指輪を渡す。
「教会があって聖夜祭を迎えられる喜びに感謝せねばなりません。宗派は違いますが、黒教義の教会も建築するとシルヴァ様も仰っておりましたよ。無理強いをしないのが村長のデュカス様のお考えのようです。わたしも賛成です」
ジャン司祭は笑顔でセレストに語るのであった。
「これでいいのだぁ」
玄間北斗は愛馬を連れて自分用の家屋である『縁生樹』に入った。そして持ってきた品を貯蔵する。
たくさんの木材や武器類である。
たまたま近くを通ったデュカスと玄間北斗は扉の前で立ち話をした。
「無理は駄目だけど‥‥身を守る術ぐらいは揃えておいた方が良いのだぁ〜」
「そうですね。何やら嫌な話しをパリで聞きましたし。盗賊だけではなく、デビルも気をつけた方がいいのかも知れません」
さすがにデビルが相手となるとデュカスも戸惑っていた。
玄間北斗はデュカスを励ましながら、武器の効力を教えるのだった。
「樽を用意しました。ちゃんと中も洗浄してありますよ」
「じゃあ、さっそく日本酒を作るわね」
倉庫の中、ミシェルはフェルナールが用意してくれた桶や樽を前にして張り切る。レミエラの力を借りてクリエイトウォーターを唱えると、桶に日本酒が湧きだした。
「ワインもいいけど、ちょっと趣向を変えてもいいでしょ? 美味しいわ」
ミシェルが指先で味見をすると、フェルナールも真似をする。
「いけますね」
「思ってたよりいいお酒ね」
手応えを感じるとミシェルは魔法を唱え続ける。フェルナールは桶に溜まった日本酒を樽へと移してゆく。
樽はやがて一杯になった。
季節は冬だが、念のために保存にも気をつかった。使われていない煉瓦作りの暖炉をアイスコフィンで凍らせて、その中に日本酒の詰まった樽を収める。年明けぐらいまでは余裕で美味しく頂けるはずだ。
桶一杯分はその日の夕食時、仲間に振る舞われるのだった。
●そして
七日目の朝、たくさんの聖夜祭用の売り物を載せた荷馬車はエテルネル村を出発する。みんなで作った新たなリースもたくさんあった。
翌日の夕方には無事にパリへと到着した。
「おかげで助かりました。こちらはプレゼントです。どうか受け取ってください」
デュカスは三人に一つずつリースを配る。
最後に互いに声を掛け合って別れるデュカスと冒険者達であった。