●リプレイ本文
●出発の日
朝早いクヌット家の庭。
これから雪山に向かう馬車と荷馬車の周囲に冒険者達は集まっていた。
「このルートですね。わかりました。必ず、この箒で追いつきますので」
アニエス・グラン・クリュ(eb2949)はクヌットの父親からこれから向かう山村までの地図を借りる。そして母からの遣いであるグリゴーリーから聖夜祭用のリース四つとソーセージを受け取った。
「じゃあ、あたしも後で追いかけるね〜」
アニエスの希望でコリルも同行する事になる。犬のペテロとマルコは馬車に預けられた。
「それでは馬車の御者は俺がやろう。リコッタ、おいで」
ラルフェン・シュスト(ec3546)が御者台に飛び乗ると愛犬リコッタもついてくる。そしてちびブラ団と冒険者二人は馬車内へ乗り込んだ。クヌットの父親は納品の荷物が載る荷馬車の御者だ。
「こう血が沸々と沸いてきいへん?」
「来るぞ。わくわくするな!」
中丹(eb5231)と一緒に凛々と目を輝かせているのはクヌットとベリムートだ。
「犬ぞり大会優勝を目指すんや!」
「おー!」
中丹と一緒にちびブラ団の男の子三人は声をあげた。
(「本当はお祭を楽しみたいんやけどな〜。ここはやっぱ勝負やな」)
腕を組んだ中丹はほんのりとクチバシをキラ〜ン☆と輝かせる。
「先に行ってるデス〜」
馬車が走りだすとラムセス・ミンス(ec4491)は窓から顔を出し、アニエスとコリル、グリゴーリーに手を振った。
「なんだか、生き生きしてるよね」
「ばると君、これから何をするのかなんとなくわかってるみたいデス」
椅子に座り直したラムセスはアウストと元気な様子の犬のバルトを眺める。どうやら早くソリを牽きたくて仕方がないようだ。
「リコッタも嬉しそうだな」
手綱を握る御者台のラルフェンは寄り添うリコッタに声をかける。おかげで少しは寒さが和らいでいた。
馬車と荷馬車の二両はパリを飛びだし、目的のモストーキ村を目指すのであった。
アニエスとコリルは王宮門の詰め所に向かった。黒分隊に連絡を入れてもらうと、レウリー隊員が現れる。
「一つは黒分隊の詰め所用、一つはルーアンのカリナ様宛ですね。確かに預かりました」
レウリー隊員は丁寧に応対してくれる。少しお話した後でアニエスとコリルは礼儀正しく詰め所を立ち去った。
続いて訪ねたのは路地裏の空き地で木札を売っている似顔絵描きのオレノだ。
「こちらをお願いします。リースを以前欲しいと仰っていましたので」
アニエスは手紙とお裾分けのソーセージをキマトーナ婦人の元に届けて欲しいと頼んだ。もちろん手間賃を添えて。
偶然の出会いから、かつてオレノにエフォール副長の絵を発注したのはキマトーナ婦人だと判明している。手紙には『古いお友達と旧交を温めては? 勇気を出して』というような内容がしたためられてあった。
「この列を全部頂けますか?」
アニエスは天使の絵が描かれた絵札を聖夜祭用として十数枚購入する。
用事を済ませたアニエスとコリルはフライングブルームで仲間を追いかける。夕方には一行に追いついた。
途中、以前一緒に遊んだドニー達の『木の実の城』を上空から見かけたアニエスとコリルである。木の実の城とは木の上に建てられた家の事だ。
二日目の夕方、道中何事もなくモストーキ村に到着する一行であった。
●犬
三日目の午前中は荷馬車からの荷下ろしを手伝う。そして午後から犬ゾリ大会へのエントリーを行った。
ちびブラ団の四人は子供の部。冒険者の四人は大人の部である。
大会は五日目で、子供の部が午前にあり、大人の部は午後となる。それぞれにソリと犬達が提供されて、大会当日までは練習が可能だ。愛犬を連れてきた冒険者はその数だけ預かる犬の頭数を減らした。
村近くにある森にコースは存在する。
「ちびブラ団、いやちびっ子ブランシュ騎士団の諸君、ええか、犬との付き合い方は、嘗められたらアカンちゅうことや!」
動物の知識が豊富な中丹が、ちびブラ団に犬とのつき合い方を伝授する。ラルフェンも一緒である。
「自分より下と思ったら犬は言うこときかへん。誰がリーダーか教えさすことが大事やで」
「馬もそうだって聞いたよ。テルムはいい子だから、ボクたちをすぐに乗せてくれたけど。でも、実際にはどうすればいいの?」
中丹にアウストが質問をした。
「そやな。ほな、おいらが犬たちを教育するとこ、みせたろか」
中丹とちびブラ団は預かった犬達が繋がれている所まで移動した。ここは念の為、オーラテレパスを使っておく。
「一番でっかいのも目安やけど、エサを真っ先にぎょうさん食べるやつが群れのリーダーや」
中丹はエサをあげてしばらく様子をみた。そして途中で取り上げる。当然犬達は吠え続けた。
(「え・え・な!」)
中丹は高い視点から群れのリーダーの一頭と睨み合う。クチバシをキラ〜ン☆と光らせながら五分程が経過した。
リーダーの一頭は甲高く吠え、大人しく座る。それから再びエサをあげる中丹であった。
「エサで釣ってるんやないで。ええか? ここをしくじると大変なんやで」
中丹の言葉に感心したちびブラ団さっそく実行に移す。もしもに備えて近くで待機する中丹であった。
ひとまずの調教が終わるとちびブラ団はさっきまで一緒にいたラルフェンの元に集まる。犬とソリを繋ぐハーネスの調整をしている最中だ。
「俺が子供の頃に過ごした土地も雪の深い所でね。深夜に耳を澄ませると雪の降り積む音さえ聞こえる‥‥」
ずっと故郷に帰っていないとラルフェンは子供達に語った。
「今度皆で雪合戦をしようか? 雪だるまなども情緒があるな」
「今からでもいいぜ〜」
ラルフェンの言葉にクヌットがニカッと笑うのであった。
「犬のリーダーはリコッタがやるんだ。とっても似合っているね」
アウストはラルフェンの犬達を眺めて呟く。
「そうだ、まずソリで走るより歩いて確認した方がいいぞ。コースに工夫が仕掛けられているかも知れないしな」
ラルフェンとちびブラ団はさっそく森へと向かう。
「結構、カーブが多いね」
ベリムートが歩きながらコースの感想を述べる。走る犬ゾリに注意しながらの見学は続いた。
「あれ、ラムセスさんじゃない?」
ベリムートが指さした森の拓けた場所には確かにラムセスが立っていた。
「あ!」
ラムセスが倒れたのを見てコリルが声をあげる。急いでその場の全員が駆け寄った。
「綺麗に出来たデス」
そっと立ち上がったラムセスは満足そうに雪の凹みを眺めた。いわゆる人拓である。見事にラムセスの人型が出来上がっていた。
「冷たいデス。でもこれをやらないといけないって気もするデスよ」
雪を払いながらラムセスが説明すると、ちびブラ団も真似をする。
「面白そうな事をしとるんや」
一同のすぐ側に犬ゾリが停まる。乗っていた中丹が仲間へと近づく。
「ここはやらんと河童がすたるんや」
近くの木に登ってから中丹は大の字で雪の中に飛び込んだ。見事、河童の拓が出来上がった。
「あ、アニエスちゃん」
「何をなさって‥‥なるほど」
アニエスは雪に出来上がった人拓を眺めて理解する。さっそく勢いよく飛び込んで、自分の型も雪上に作り上げた。
先程までアニエスは聖夜祭用のカードにメッセージを書き込んでいた。気分転換に散歩をしている途中であった。
ちなみに祖父母や親戚筋を始め、シャシム、バムハット、シモン夫妻、ディーリ、マホーニ助祭などのしばらく会っていない人々に贈るつもりだ。フェアリーで悶着があったソーシリィも、その中に入っている。きっと友達のいない寂しさ故にフェアリーを集めたのだとアニエスは考えていたからだ。
(「ここは‥‥皆に合わせて、やっておくべきだな」)
最後まで迷っていたラルフェンも人拓をとる覚悟を決めた。一歩を踏みだし、飛び込もうとしたところで足を滑らせる。結果、妹には見せられないとんでもない格好の人拓が出来上がるのだった。
「あれ、ちびブラ団?」
犬ゾリ四台が停まり、一同に声をかけてきた。『木の実の騎士』の男の子ドニー、『深緑の妖精』の女の子ミィ、『思慮の巨人』の男の子バズ、『大木の賢者』のドクである。アニエスとコリルが道中で思いだした『木の実の城』の四人組だ。
モストーキ村にミィの親戚が住んでいて、犬ゾリ大会に呼ばれたようである。互いにライバル心を燃やす八人の子供らであった。
●犬ゾリ大会
快晴の五日目。
朝早くから犬ゾリ大会子供の部の準備が行われる。
ちびブラ団の四人も四日目の練習成果を披露すべく、気合いを入れていた。大人の部の一周分を一部ショートカットしたのが子供の部のコースである。
「なんかすげーぞ」
注目されてクヌットが照れる。まるごと防寒服を着てのちびブラ団は目立っていた。
「ガオーって叫ぶんだっけ?」
まるごとたいがーはクヌット。
「耳がポイントだね」
まるごとウサギさんはアウスト。
「猟師さんに間違えられないかな?」
まるごとクマさんはベリムート。
「あたしもそうだけど、きっと平気よ〜」
まるごとぎんこはコリルである。
ちびブラ団、木の実の城の八名の他に十二名を加えた計二十名の子供達が参加していた。
くじ引きで決められた位置から一斉にスタートする。
「がんばるデス!」
まるごとすふぃんくすのラムセスが声をあげた。クヌットの父親と一緒に冒険者全員で応援である。
雪煙のせいで視界が遮られる中、クヌットとアウストが第一集団に食らいつく。コリルとベリムートは第二集団であった。
第一集団にはミィとドニーの姿もあり、クヌットと接触しながらのデッドヒートが続く。
「あっ!」
クヌットがコースどりに失敗して後退する。そして第二集団から躍り出たコリルとベリムートが第一集団に追いついた。
アウストはコーナーのポイントを抑え、第一集団の速度を緩やかにする。その間にクヌットが第一集団に復帰した。
ゴール間近は長いストレートである。軽さを活かし、コリルが先頭に躍り出た。
一位コリル、三位ベリムート、四位ドニー、五位アウスト、七位クヌット、九位ミィ、十四位バズ、二十位ドクとなる。
「よくやったんや。これはおごりやで」
中丹は屋台で野鳥の塩焼きをちびブラ団の四人に奢った。子供達の首には参加するともらえる真っ赤なマフラーが巻かれていた。
美味しい山菜鍋など、他にも買い食いをする中丹である。
午後の大人の部は、冒険者四名を合わせて計十八名の出走となる。
まもなくスタートが切られた。
「がんばれ〜」
クヌットの父親とちびブラ団は冒険者達に声援を送る。
「ペテロ、マルコ、押さえ気味に」
アニエスはオーラテレパスを使わずに犬達と接していた。自ら課した試練である。主にメスを中心として選んだ犬達と連携をする。無理はやめて、ゆっくりめのペース配分だ。
「行くぞ、リコッタ」
ラルフェンはリコッタを中心にしてオーラテレパスで犬達と意志疎通をはかる。ラルフェンのソリ調整は直線よりカーブに重きを置いていた。轍をうまく使うのがコツである。
「うっひゃあ、トップやで〜。おいらの前には誰もおらんのや!」
好スタートを切った中丹は先頭であった。犬の特性をよく知った中丹ならではの手綱さばきをみせる。
「速く景色が流れるデス〜♪」
ラムセスは景色を楽しみながら愛犬バルトを中心として犬達を操った。その姿は出走前からギャラリーの噂となっている。まるごとすふぃんくすを着込んだラムセスは注目の的であった。
一周を回った時点での順位は一位中丹、四位ラルフェン、六位アニエス、十五位ラムセスとなる。大人の部はコースを二週しなければならないルールだ。
やがて最後の一周の中盤になって、中丹はラムセスの姿を捉えた。勢いよく追い抜くものの、ここらで犬達の体力が限界に達する。
「ど、どうしたんやで〜」
失速した中丹の犬ゾリはどんどんと追い抜かれてゆく。それでも周回遅れのみで、未だ一位を保っていた。
その頃後続では波乱が起きる。ある出走者が転倒し、多くの者が巻き込まれた。
「全力は尽くす!」
何とか切り抜けたラルフェンであったが、失速して順位を落としてしまう。それでも勝負を諦めなかった。
「今のはラルフェンさん。あれ? 目の前はラムセスさん?」
ラルフェンを追い抜いたアニエスは、やがてコースにいるラムセスを見つけた。どうやら木にぶつかって停まってしまった様子である。
「アニエスさん、頑張ってくださいデス♪」
ラムセスが走り去るアニエスを応援する。やがてアニエスの犬ゾリは中丹のいる第一集団に追いつく。
最後のコーナーに差しかかる頃、第一集団は団子状態になっていた。トップの中丹はブロックに徹して抜かせないコースどりを心がける。
しかし最後の力を振り絞った犬のがんばりにソリが耐えきれなくなる。他のソリと軽く接触したのも災いとなった。
カーブの外側へと吹き飛ばされる寸前、中丹はわざと引き綱を放す。犬とソリは大きくコースを逸れたものの無事に停まる。
「もうちょっとやったのに〜」
河童の雪ダルマ状態の中丹は悔しがり、最後に大きくクシャミをした。
「まさか入賞するなんて‥‥」
アニエスの順位は三位となる。もらった賞金はちょうど聖夜祭用カードなどの購入費と同じぐらいであった。残った分はみんなで焼き栗を買う。
ラルフェンが八位、ラムセスと中丹は棄権となったが、ちびブラ団と同じく全員が赤いマフラーを参加賞としてもらうのだった。
●チェス対戦、そして
村で過ごす最後の晩、アニエスはアウストとチェス対戦をする。この為にわざわざチェスセットを持ってきたアニエスであった。
戦いは混沌とし、互いに五勝五敗までもつれ込む。これ以上の夜更かしはよくないとして、最後の一戦となった。
「ああっ!」
アウストが小さなミスをしてしまう。そこを見逃さずに攻め入ったアニエスの勝利で終わった。
「アニエスちゃん強いね。俺ら三人、チェスではアウストに敵わないんだ。いつもボロ負けするんだよ」
ベリムートが最後の勝負が残ったままの盤面を眺めながら喋る。
「明日の帰りは早いぞ」
クヌットの父親がやって来て就寝の時間となった。
六日目の朝、馬車と荷馬車の一行はモストーキ村を後にする。その際、木の実の城の四人とも別れの言葉を交わした。
途中狼の群れとすれ違ったものの大事には至らず、一行は七日目の夕方に無事パリへと到着する。
クヌットの家に立ち寄った冒険者達は、今回の旅の思い出を語り合うのであった。