細長くてうまいやつ 〜シーナとゾフィー〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:4

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月13日〜12月18日

リプレイ公開日:2008年12月20日

●オープニング

 夕暮れ時のパリ。仕事帰りの冒険者ギルドの受付嬢シーナは石畳の上をご機嫌な様子で歩いていた。
 市場に寄って食材を買い込み、これから夕食作りである。
「お腹一杯食べるのです〜♪ あれ、お客様なのです?」
 シーナが道の角を曲がると、家の前に誰かがいた。
「何かご用で‥‥?」
 シーナがドアにもたれながら項垂れて座っているマント姿の人物に声をかける。フードを深く被っていて顔がよく見えない。
「こんなところで寝ると寒くて死んじゃいま‥‥動かないのです‥‥」
 肩に触れるとマント姿の人物の上半身が揺れて地面へと崩れ落ちた。
「し、死んでいるのです! 大変です〜〜!!」
 シーナがあたふたしていると足下で大きな音が鳴った。
「お腹の虫が鳴いた? 死んでいないみたいですね」
 落ち着きを取り戻したシーナは倒れているマント姿の人物をよく眺めた。フードから覗く顔から推測すると自分と同じくらいの年齢の女性である。
 頬を触ってみると温かく、まだ死んでいないことがわかった。
「うんしょ! お、重たいのです〜〜」
 シーナはとりあえず家の中に気絶している娘を運んで水を飲ませてあげる。
「ありがと‥‥。少し休もうと思っていたら、動けなくなっちゃって‥‥」
 目を覚ました娘は感謝の言葉と共にまた腹の虫を鳴らす。
「お腹空いているのですね。ちょっと待ってて下さいなのです〜〜」
 顔を真っ赤にしている娘に微笑んだシーナは台所に向かう。急いで暖炉に火を点けて、昨日の残りのスープを温める。シュクレ堂で買ってきたパンもテーブルに並べた。
「美味しい‥‥とっても」
 女性はテーブルについてスープとパンを頂くと、シーナに自己紹介をした。
 名前はティリア。二ヶ月ほど前、神聖ローマ帝国から逃げてきたのだという。
「精霊魔法が使えるんだろって、いきなり疑いをかけられてしまって‥‥、それでノルマン王国なら受け入れてくれるって聞いたのでやってきたのですけど」
 越境をしたティリアを追い返さず、ノルマン王国の官憲は保護してくれた。ティリアは元々ジーザス教白教徒である。
 ただし、生活については自分で何とかしなければならなかった。パリなら職があるだろうと旅をしてきたものの見つからず、ついに資金が底をついてしまったのである。
 この一週間は水だけで過ごしたらしい。
「お仕事ですか〜。何か特技はあるのです?」
「わたし、ローマ帝国では料理店に務めていたんですよ。料理人だったんです」
 二人で話していると今度はシーナのお腹の虫が鳴る。
「そういえば、夕食を食べてないのです♪」
 シーナがペロリと舌を出す。
 テーブルには食材の入ったカゴも置かれていた。ティリアはお礼に料理を作らせてくれとシーナに頼んだ。
 断る理由もなく、シーナは台所を貸す。
 しばらくして運ばれた料理にシーナは釘付けとなる。
「お、美味しいのです!! こんなの初めてなのですよ〜〜♪」
 シーナはお皿からフォークで細長い糸状のものを巻いて口に運んだ。
「パリに来るまでの旅の間にジャパンの人が作って食べてる掛け蕎麦ってのを見たんですよ。それをヒントに改良したパスタなんです。細長いって意味でスパゲッティなんてどうかなって思っているんですけど」
「わたしはまだジャパンのおそば、食べたことがないんです。こんな感じなのかな? スパゲッティってアトランティスから来た人から名前だけ教えてもらっていたのです。こんなに美味しいなんて知らなかったのです☆」
 シーナはスパゲッティを一気に平らげた。
「このスパゲッティを面接で作れば大丈夫なのです〜。料理店ならいくつか知っているので紹介するのですよ」
「ありがとう、シーナさん。でも、もう少し改良したい気も。実際に作ったのは今回が初めてだったので」
 シーナが食べたスパゲッティは小麦粉の麺にチーズと鶏卵、そして塩漬け肉を使って作ったソースをかけたものだ。
「なるほどなのです。しばらくうちに泊まってゆくといいのですよ。自信が持てたら一緒に面接に行くのです」
「ほんと! 助かります!」
 ティリアはシーナの前で泣いて喜んだ。


「わたしの舌だけだと好みが片寄るかも知れないのです。これでいいのです」
 翌日の朝、シーナは家の外壁に貼り紙をする。
 スパゲッティをより完成度の高いものにするためのボランティア募集であった。

●今回の参加者

 ec1862 エフェリア・シドリ(18歳・♀・バード・人間・神聖ローマ帝国)
 ec2195 本多 文那(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec5115 リュシエンナ・シュスト(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ec5385 桃代 龍牙(36歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●試食
「みなさん、集まってくれてありがとなのです。こちらが神聖ローマ帝国から来たティリアさんなのです」
「一生懸命にお料理作りますので、よろしくお願いします」
 暖炉の炎が揺らめくシーナの家。集まってくれた冒険者達をテーブルにつかせる前に、シーナはティリアを紹介する。
「とにかく、まずは食べてみるのですよ〜。ちょっと待ってて下さいね〜」
 シーナとティリアが台所に姿を消す。しばらくして人数分の料理が盛られたお皿を持って戻ってきた。
「さあ、これがスパゲッティなのです☆」
 シーナが冒険者三人に勧めたのは最初に食べたスパゲッティと同じレシピのものである。茹でた小麦粉の麺に、チーズと鶏卵、塩漬け肉で作ったソースをかけたものだ。
「これがあの時話してたスパゲッティ‥? 早速食べられるなんて感激♪」
 リュシエンナ・シュスト(ec5115)は待ちきれない様子で食べ始める。
「スパゲッティ、なのですか? 食べてみるのです」
 エフェリア・シドリ(ec1862)はフォークの先でスパゲッティを丸め絡めた。
「そうそう、まずは一口ね♪」
 本多文那(ec2195)も自前の箸を手に蕎麦を食べる要領で掬い上げた。
「むむむ‥‥この前何気なく話したが、スパゲティってまだ一般的でないか?」
 シーナ達が知らない世界から来た桃代龍牙(ec5385)もズズッと頬張った。
 エフェリアは子猫のスピネットにも少しだけあげる。まずはゆっくり、よくかんで、味わいながら食べ続けた。
 一番最初に平らげたのはリュシエンナだ。愛犬のラードルフにお裾分けしたので、本当の意味では桃代龍牙が一番であろう。
 本多文那は蕎麦との違いを感じながら箸を進める。
「どうでした?」
 恐る恐るティリアが感想を訊くと、おおむね好評が返ってくる。初めての食感に感銘を受けた者もいれば、味そのものが好きだという者もいた。
 しかし麺の太さや茹で具合が、果たして適切であるのかティリアは悩んでいた。個人の好みでかなり左右されるものだが、ある程度は万人が納得するものにしなければならなかった。
 ここで桃代龍牙が『うどん』という食べ物の説明を始める。麺の断面が平たいものがあったりと、麺といってもいろいろなものが存在するという。
 パスタにも料理の種類に合わせて様々な形がある。麺という形状にしたスパゲッティにしても一種類ではなく、多様性があるべきだ。そして麺が何に左右されるかといえば、合わせるソースに他ならないとティリアは気がついた。
 ごく当たり前の帰結なのだが、考えが行き詰まった時には何事にも往々にして起こりうる。こうやって他者との会話によって未来が拓ける事はよくある。
「つまりはソースが決まってから、麺の試作はした方がいいのですよね」
 シーナはティリアに頷いた。
「とろりとしたソースだけじゃなくて、さらっとしたスープはどうかな?」
 本多文那の意見を採り入れて、なるべく自由な発想でソース作りを考える事にした。
「他にも考えますけど、大きなサーモン釣り上げたので使って下さい♪」
 リュシエンナは大きな魚をティリアにあげる。
「シーナさん、しょうゆのソース、どんな感じなのでしょうか?」
「美味しそうな感じはしますですよね」
 エフェリアとシーナの興味は醤油味のスパゲッティに及んだ。月道での移動が楽になったとはいえ、ノルマン王国で醤油はまだまだ高級品である。
(「メイじゃあったのに、こっちじゃいろいろと無いのが多くて不便だ‥‥」)
 お腹一杯で幸せな桃代龍牙だが、心の片隅には物足りなさが残っていた。このノルマン王国に自分が知る食材が訪れるのはいつの事だろうと。
 一日目の残りはどんな食材を合わせるのがよいのかに費やされるのだった。

●試行錯誤
 二日目、再集結した一同は一緒に市場を回る。
 エフェリアもよく知る娘ファニーの父親は市場で顔が広い。いろいろと紹介してもらって様々な食材を仕入れる。そしてシーナの家へ戻った。
「美味しいのです☆ こっちもあっちもそっちもどっちもなのです〜♪」
 スパゲッティの皿だらけのテーブルの上を前にしてシーナは頬を膨らませていた。
「ん〜、生で茹でた麺も旨いけど、一度干したりしてもいいかもな?」
「他のパスタも乾燥させたのもありますし、今度試してます」
 ティリアに質問する桃代龍牙の一口は他の者の倍の量だ。それはそのはずで桃代龍牙を除けば女性ばかりであった。
 一皿を全員で少しずつ食べる形で行われたが、それでもすぐにお腹は一杯になる。少し休んではまた食べるのを繰り返していた。
「これは、おいしく、ないのです」
 エフェリアが渡された木ぎれにチェックを入れる。シーナから全員に渡されていて、後で集計する予定であった。
「うっ‥‥! シーナはなんでも美味しく感じてしまうのです〜。エフェリアさんを始めてとしてみんなに味見を頼んでよかったのですよ」
 エフェリアの木ぎれを覗き見たシーナは苦笑いをする。ちなみにシーナの木ぎれは二重丸だらけである。
「もう少し辛いのがあったらいいかもな」
「なら、レホールを使ってみたらいいかも知れないのです」
 桃代龍牙とシーナは同じ皿をつついた。レホールとはジャパンのワサビによく似た味がする根っこである。
「チーズと蜂蜜、林檎のとろけるソースに胡桃をいれたの美味しい♪」
 リュシエンナは自分のアイデアを再現してくれたスパゲッティに満足する。入っているサーモンもとても合う。その他にローストしたお肉をのせたボリューム満点のスパゲッティも用意された。
「トロトロ感がたまんないです☆」
 シーナもリュシエンナと一緒に頬張った。
「このムール貝を合わせた魚介スパゲッティ、たくさん食べたいわ」
「お刺身用の新鮮な海魚を運んでくれる猟師さんから譲ってもらったのです〜。とっても美味しいのですけど、ちょっと高級ですよね」
 本多文那の考えた魚介スパゲッティは美味しいが、ムール貝の入手が問題である。刺身に出来る程の新鮮さは必要なく、そして貝は海水に浸しておけばそれなりに持つので海から離れたパリでも流通はしている。ただし遠くから船で運ぶ手間があるだけ割高であった。
「レモン味、サッパリしていておいしいのです」
 エフェリアは自分のアイデアが使われたスパゲッティも評価する。そしてソースを使わずに、炒めるオイルにニンニクだけを効かせたスパゲッティも美味しい事を知った。
「ミートボールをスパゲッティの具にしたらどうかな?」
 本多文那がふと思いついたアイデアを、ティリアはすぐに再現する。
「やわらかいお肉入りで美味しいのです〜〜♪」
 シーナの食いしん坊は留まる事を知らない。
 面接には出せないが、シーナが持っている醤油を使ってのスパゲッティも作られた。
「お、思わず‥‥ごめんなさいなのです」
 最初の一皿はあまりの美味しさにシーナが全部食べてしまったので、もう一皿が用意される。
「海苔があったら、もっと美味しいはずだな。この世界のジャパンにはあるのか?」
「あるよ。そうだね、醤油に海苔は合うはず。お蕎麦みたいだけどね」
 桃代龍牙と本多文那はよりよい醤油味スパゲッティを話し合う。
「しょうゆ味のスパゲッティ、おいしいのです」
 エフェリアはパクパクと頂いて、子猫のスピネットにあげるのを忘れる所であった。
「お醤油風味でジャパン風?」
 不思議がっていたリュシエンナだが、食べ始めると美味しさに目覚める。一口食べた愛犬のラードルフも、もっと欲しいと吠えた。
 途中で仕事を終えたゾフィーも現れて、さらに試食は続けられた。
 三日目も試食は行われ、最終的に選ばれたのは二品である。
 一つは具をキノコ類でまとめ、茹でた麺を炒める際のオリーブオイルにニンニクで味と香りをつけたシンプルなもの。隠し味としてレホールもちょっとだけ入れて刺激が強められる。
 もう一つは最初のチーズを主体としたスパゲッティを改良したもの。蜂蜜や林檎酢を加えたりして、より複雑な味わいを目指していた。
 これらに負けず劣らないスパゲッティも多々あったが、食材の入手さなどから除外される。
 四日目は選ばれた二品にもっとも合う麺の太さと硬さが考えられた。
 これがもしかするともっとも試食できつい期間だったのかも知れない。二種類あるとはいえ、似た味のスパゲッティを食べ続けなければならないのだから。
 真夜中に完成形のスパゲッティをティリアが試食する。満足の笑顔は自信の表れであった。

●面接当日
 五日目の昼頃、冒険者四人はシーナの奢りでジョワーズパリ支店のフロア内で食事をしていた。
 シーナとティリアは面接なので店の奥にいる。
「今頃、スパゲッティを作っている頃かな?」
 リュシエンナはテーブルについたまま、厨房の方に振り向いた。
「きっとそのぐらいよね。このチーズ風味のシチュー、美味しいよ」
 本多文那は湯気の立つシチューをスプーンですくい、口に運んで笑顔になる。
「ティリアさんはシーナさんも一緒なので平気なのです。スパゲッティがジョワーズで食べられるようになるの、楽しみなのです」
 エフェリアも定番のシチューを頂いていた。すでに常連といってよいぐらいジョワーズに通っているエフェリアである。
「あの味で落とされるはずはないとみたね!」
 桃代龍牙はウェイトレスを呼んでシチューの二杯目を注文していた。
 小一時間が経って、シーナとティリアがフロアに顔を出す。
「みなさんのおかげで、無事採用されました♪」
 ティリアの報告に冒険者達は喜んだ。明日から住み込みで勤めるという。
 一同は店を出て、そのままパリを散策する事になる。
 このところ体重が気になる冒険者もいたが、散策は食巡りでもある。美味しいパンやお菓子を売っているシュクレ堂や焼き栗の屋台で買い食いをする。
 雑貨屋トゥーや四つ葉のクローバー店にも立ち寄った。
「これからパリでがんばってね」
「あ、ありがとうございます。うわぁ〜嬉しい〜」
 本多文那は採用のお祝いにと並んでいたエプロンを買ってティリアに贈った。
「綺麗な髪なのです。神聖ローマ帝国では精霊魔法はいけないのですか? わたしは、使えるのです」
「そうなんです。神聖魔法以外は駄目なんです。他にもいろいろと厳しい政策があって‥‥」
 セーヌの畔や旧聖堂にも立ち寄る。その間にエフェリアはティリアの似顔絵を描いた。赤髪の優しい笑顔をした女性である。
 エフェリアは二枚描いて一枚をティリアに渡すのであった。
「誕生日おめでとう、シーナさん。これ、受け取ってもらえます?」
「うわぁ〜、もらっていいのですか?」
 リュシエンナからカップと耳飾りをもらったシーナが喜ぶ。シーナは誕生日を迎えたばかりであったのだ。
「あれ? やば、俺って今デブ一直線じゃね?」
 はたと気がついた桃代龍牙は道ばたで一瞬立ちすくんだ。たっぷりの買い食いをしていた自分に気づいたのである。家に戻ったら故郷で覚えた運動法をするしかないと心の中で呟く。ちなみに全員の買い食いはシーナの懐から支払われてある。
「これはお礼なのです♪」
 途中で買ったシュクレ堂の焼き菓子とリースをシーナは冒険者達に感謝の印としてプレゼントした。
「お腹一杯食べて、それでティリアさんのお仕事見つかったし、いうことないのですよ♪」
 夕日の中、シーナと冒険者達は笑顔で別れるのであった。