●リプレイ本文
●ノース組
「眩しいよね〜、クヌット」
ちびブラ団の橙分隊長コリル・キュレーラは雪合戦が開始される広場を前にして深呼吸をする。
「そうだなコリル。ほんとに眩しいな〜」
コリルと一緒のノース組で参加する藍分隊長クヌット・デュソーは、さっそく足下の雪で玉を作ってみた。
昨晩に降った新雪のようでとても柔らかい感じで握りやすい。色がつけられたとしてもそんなに違いはないだろう。
「ノース組の方はこちらの赤い旗に集まってくださいー」
コリルとクヌットは運営の係員の言葉に従ってノース組の集合場所へと向かった。
たくさんの参加者に混じって冒険者の姿もある。
「十歳になったって聞いたよ。おめでとうコリルちゃん」
「ありがと〜♪ 一緒にがんばろうね〜」
サーシャ・トール(ec2830)にコリルがはしゃいだ様子で頷いた。
「アニエスちゃん、変わった格好しているな」
クヌットが不思議そうにアニエス・グラン・クリュ(eb2949)を眺める。
「これは作戦なんです。何人かノース組の大人の女性にもスカートを渡して頼んであります。ルールの確認もちゃんとしましたので大丈夫ですよ」
アニエスはズボンの上にスカートも履いていた。何やら内緒の作戦のようである。
「風邪を引いたら大変だよ。終わるまで被ってな」
「わぁ〜、これ暖かいよ。ありがと〜♪」
リンカ・ティニーブルー(ec1850)がコリルにふわふわ帽子を被せてくれた。
「兄様からお話聞いて会えるの楽しみにしてたの、私とも仲良くしてね♪ コリルちゃんとクヌット君♪」
リュシエンナ・シュスト(ec5115)は駆け寄って両腕を伸ばし、コリルとクヌットの手を握った。
「あたしこそお願いね〜。あっちのベリムートとアウスト、強敵だし」
「ラルフェンさんの妹なら心強いな。一緒にシュッド組を倒そうぜ!」
コリルとクヌットはリュシエンナの手を強く握り返した。
「‥‥あれ、壬護さんとラムセスさんだよね」
クヌットが物音で振り返ったまま固まる。
少し離れた所でラムセス・ミンス(ec4491)が壬護蒼樹(ea8341)に向かって雪を投げていた。
「一緒に練習をしているデス。今日は負けないデスよ〜」
クヌットとコリルが近づくとラムセスがニコリと笑う。
「相手が投げた雪玉を大きめの白い雪玉で叩き落としても違反じゃないみたいなんですよ」
壬護蒼樹が握った雪玉をクヌットとコリルに見せながら説明する。あまり小さすぎる雪玉だと駄目なようだが、拳の倍ぐらいはある雪玉で防御するなら平気らしい。
ちなみに欠片であってもある程度の大きさの色付きの雪玉が身体に当たったら終わりである。その判断は審判に委ねられる。雪面で一度でも跳ねて当たった場合は平気なようだ。
時間が許す限り、ラムセスと壬護蒼樹は練習を続けるのだった。
●シュッド組
「ここはコリルとクヌットに勝たないとな」
「うん。あの二人には負けられないね」
シュッド組の集まりの中、ちびブラ団黒分隊長ベリムート・シャイエと灰分隊長アウスト・ゲノックは決意を新たにした。
「中丹さん、ずっとクチバシ、キラ〜ン☆しているけど秘策でもあるの?」
「アウストはんか。ちょいといいこと考えたんやで。耳、貸してぇな」
中丹(eb5231)がアウストの耳元で何かを囁いた。聞き終わったアウストは中丹と手を挙げて、バシッと合わせる。とってもいいアイデアのようだ。
「私は、青いのでシュッド組、なのです」
エフェリア・シドリ(ec1862)がシュッド組の青い旗を見上げて呟いた。
まるごと防寒服を着込んでいたエフェリアだが動きは素速い。どうやらレミエラで軽くしているようだ。
「シャイエさんとゲノックさん、私はたくさん投げるのです」
「途中から、ちょっとお願いがあるんだよ」
アウストとベリムートと目があったエフェリアはお願いをされるのであった。
「冬はやはりこうでないとな」
ラルフェン・シュスト(ec3546)は屈んで雪を手に取る。
「あ、ラルフェンさんだ」
ベリムートがアウストを連れてラルフェンに駆け寄った。
「二人とも元気だな。そうだアウスト、何か作戦はあるのだろうか?」
「作戦はいろいろとあるんだけど‥‥、全体で動くのは難しいと思う。こっちもノース組も両方ともだけど」
ラルフェンにアウストが説明する。今回の雪合戦においては、互いに中心となる大将が存在していない。チェスに例えれば棋士がおらず、駒が勝手に動くのが今回の雪合戦だから全体的な作戦は難しいとアウストは語った。
「だから勝敗は本当に時の運だよ。もっといえば楽しんだ人の勝ちだね。その上でのお願いなんだけど――」
アウストはラルフェンにもお願いをした。
ベリムートとアウストは初めて会う冒険者にも挨拶をして回った。
「さっき試合場を歩いてみたけど、そんなに足が沈まなかったわ。時間が経って引き締まった雪の上に新雪が降った感じよ」
「そっか。上の雪なら柔らかいんだね」
エルトウィン・クリストフ(ea9085)が雪の状態をベリムートに教えてくれる。
「向こうの旗まで結構な距離よね」
レオンスート・ヴィルジナ(ea2206)はノース組の赤い旗を望む。
「柔らかめの雪玉をあそこまで投げられる人はいないよな」
「固くて小さな石ならともかくね」
レオンスートの隣りに並んでベリムートとアウストが腕を組む。
「俺は最初防御壁でも作るわ。二人はどうするの?」
「俺はある程度進んだら、雪の中に潜って機会を狙うつもりだよ」
レオンスートにベリムートが微笑んだ。
「これはよい修行になります‥‥」
非常に薄着の踊り子のような格好をした大宗院透(ea0050)がシュッド組の仲間達を眺めて呟いた。まるで女性のような容姿だが、大宗院透はれっきとした男である。
「透と一緒ってカンジィ♪」
大宗院透の腕に抱きついていたのは妻の大宗院亞莉子(ea8484)だ。
薄着の二人の女性が雪の中で寄り添っている姿は周囲の人達には奇妙に写る。とはいえ、繰り返すが大宗院透は男である。
準備が終わり、運営から改めてルールが説明される。
雪合戦の開始はもうすぐであった。
●雪玉の攻防
雪合戦開始の鐘が鳴らされ、シュッド組、ノース組とも動き始める。
雪玉を作って特攻を仕掛ける者はどちらの組にもいたが、集中攻撃を受けるか、玉切れになって撤退を余儀なくされた。
どちらの組も同時に二個所の防護壁を築こうとするのは自然の流れである。
一つは相手に取られたら負けになる旗の周辺。もう一つは相手陣地に近づいた形の前線の防護壁である。
それぞれの陣地後方の雪スペースで作られた雪玉は前線の防護壁の仲間へと供給された。ここで一歩リードしていたのがノース組である。
「こちらに置きます。もっと持ってきますので」
アニエスのアイデアにより、両手で持ち上げられたスカートの中にたくさんの雪玉が載せられて前線の防護壁に運ばれる。
無謀にも突っ込んできたシュッド組の特攻者達は、一斉に投げられた赤い雪玉の餌食であった。
青い雪玉の供給が不利なシュッド組だが、中丹、大宗院透、大宗院亞莉子の活躍によって前線を下げずに維持を続けていた。
「ハイ〜、ハイハイハイハイ〜! どうや、これがファンタスティック・パフォーマンスや!」
中丹は大きめの雪玉を両手に持ち、飛んできた色つき雪玉を叩き落とす。弓矢などに比べれば的も大きいし、速度も遅い。余裕をもって動き回る中丹である。
「雪を投げないでほしいってカンジィ〜」
「えっえっ‥‥えええっ!」
大宗院亞莉子は色気でノース組の男達を翻弄する。
「でも透が一番ってカンジ♪」
時折すれ違う大宗院透にウインクをする大宗院亞莉子であった。
「何だ! どうしてだ!!」
ノース組の前線防護壁周辺から声があがる。かなりの近場で踊っている大宗院透に投げた赤い雪玉がまったく当たらなかったからだ。
(「もうすぐ防護壁が完成します‥‥」)
大宗院透は身体を大きく反らせて自陣の様子を確認した。
「兄様には負けないわ。クヌット君、こっちよ。あれっ‥‥」
「大丈夫? リュシエンナさん」
リュシエンナは防護壁へ身を潜めようとした瞬間、滑って雪に顔を埋める。運んできた赤い雪玉は周囲に転がったが、おかげでシュッド組の青い雪玉を避けたリュシエンナであった。
「クヌット、先にいくよ〜」
「あ、待てってば」
コリルとクヌットは防護壁から飛びだし、転がりながら赤い雪玉を拾って侵攻してくるシュッド組へと投げつける。
「私も!」
リュシエンナも元気を取り戻して赤い雪玉を投げた。すると遠くによく知る人物が見えた。兄のラルフェンだ。
「これなら避けられないはずだ」
ラルフェンが遠方から上空に向けて青い雪玉を投げる。
ノース組の前線防護壁の周囲に青い雪玉が降ってきた。上空からの攻撃は避けづらく、次々と退場者が出る。機転を利かせた者は防護壁内の窪みに寄り添った。
(「向こうにも同じ考えをする奴がいたか‥‥。しかし今行うのは得策ではないな‥‥」)
リンカはじっと息を潜める。
ノース組の前線防護壁を奪おうとシュッド組からの刺客達が突進してきた。
リンカはタイミングを計り、コリル、クヌットと一緒に比較的小さ目の赤い雪玉を空中へと放り投げた。面白いように当たり、シュッド組からの刺客達は全滅する。
「これはまずいわね‥‥」
防護壁作りが終わって雪玉運びをしていたレオンスートは状況を知って呟く。このままではじり貧なのが目に見えていた。
敵であるノース組の赤い雪玉の前線への供給が想像以上に順調だからだ。囮の仲間のおかげで前線は維持されているものの、攻め入る糸口が見つからなかった。
「レオンスートさん、援護頼める? 実は――」
「そういうことね。わかったわ。がんばってらっしゃい。出来る限り青い雪玉を仲間に持たせておくわ」
アウストの願いにレオンスートが笑顔で答える。
「いくぞ」
ベリムートとアウストがそれぞれに身体が隠れる程の巨大な雪玉を転がしながら敵陣へと進んだ。投擲された赤い雪玉は転がる巨大な雪玉が盾になって二人には当たらない。子供である二人の身体が小さいのも幸いする。
「一緒なのです」
事前にアウストから頼まれていたエフェリアも巨大な雪玉を作り始めた。そして二人に続いて雪玉を転がしながら前進する。
「お願いね♪」
エルトウィンは屈みながらたくさんの青い雪玉を抱えてエフェリアの後ろをついてゆく。やがてベリムートとアウストの所まで追いついた。
「邪魔はさせない!」
ラルフェンは巨大な雪玉を転がすアウスト、ベリムート、エフェリアの側面に入ろうとするノース組の者達に対して威嚇を続ける。
ある程度の所でアウスト、ベリムート、エフェリアの三人は止まる。ここに簡易ながらシュッド組の新たな前線防護壁が出来上がった。
「こっちよ。キミたち☆」
エルトウィンが囮をしている間に、シュッド組の者達が新たな前線防護壁まで次々と移動した。
シュッド組とノース組の前線の距離が縮まって、よりたくさんの雪玉が飛び交うようになる。
「ここが正念場だ。コリルちゃん、景気よくいこう!」
「うん!」
赤い雪玉を前線の防護壁まで補給しにきたサーシャが仲間を元気づける。
「そろそろ変化が起きてもおかしくない頃ですね」
小さく固く握った赤い雪玉を遠投していた壬護蒼樹が呟く。
「これを使ってほしいのデス!」
ラムセスはわざと赤い雪玉を雪面に転がした。こうすることで咄嗟の時に仲間が拾って投げる事が可能だからだ。
前線での戦いがより激しくなった。
やがてシュッド組の簡易な防護壁がノース組の進行によって占領される。しかしそれはアウストの知恵でわざと明け渡されたものであった。
隠れていたアウストが雪の中から飛びだす。そして防護壁を崩し、運ばれてあった大量のノース組の赤い雪玉を白い雪の中へと埋めてしまう。
「頼んだよ!」
わずかに残っていた赤い雪玉でアウストは仕留められた。だが、ほとんど同時に雪の中から現れたベリムートがノース組の赤い旗目がけて雪上を駆け抜ける。
「ここは全員で援護や!」
中丹が叫び、シュッド組全員が青い雪玉を手にして前進した。
「ここは退かず、抗戦だ!」
リンカの声がノース組を奮い立たせた。前線にわずかしかない赤い雪玉で応戦する。
「しまった!」
赤い旗までもう少しというところでベリムートはアニエス、コリル、クヌットの集中攻撃によってやられてしまった。
(「ここは私が‥‥」)
とても目立っていたベリムートのおかげで、エルトウィンはほとんどノーマークで赤い旗まで近づいていた。
「行き止まりですよ。こちらは」
「ちょっ、ちょっと!」
壬護蒼樹が自らの巨体を使ってエルトウィンの進路を妨害する。その間にリュシエンナ、ラムセス、サーシャが赤い雪玉でエルトウィンを仕留めた。
防御なしの乱戦に突入した雪合戦は間もなくシュッド組の全滅で終了した。
●そして
雪合戦の後、有志によって用意されたスープが振る舞われる。参加した全員の冷えた身体を暖めた。
勝ったノース組には少しのお小遣いと、おみやげとしてリースが配られる。シュッド組には焼き菓子だ。
雪合戦は好評のうちに幕を閉じたのであった。