湯煙のエテルネル村 〜デュカス〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:5人

サポート参加人数:4人

冒険期間:01月03日〜01月11日

リプレイ公開日:2009年01月10日

●オープニング

 パリから遠く離れたエテルネル村。
 ジーザス教白教義の教会が建てられ、定刻には時を告げる鐘が響く。
 建築を指揮した石工のシルヴァは一旦パリに戻ったものの、窯による焼成煉瓦作りは続いていた。春になったのなら黒教義の教会が建てられる予定だからだ。
 そして最近になって用意されたものがあった。窯の余分な熱を利用して沸かした湯で満たす、浴槽付きの小屋だ。
 デュカスが古代ローマに存在した大浴場の話をパリの酒場で聞いて思いついたのである。
 煉瓦が敷き詰められて作られた浴槽には、男女を分ける為の仕切りが存在する。冬の寒い時期なので村人からとても重宝されていた。
「いい湯だね。兄さん」
「ああ、雪も降ってきたな」
 青年村長デュカスと弟のフェルナールは一緒に湯へ浸かる。天井の一部が開いて、外が望めた。
「去年はジャパンのお餅食べましたね。面白い食べ物でした」
「そういえば蕎麦も食べたな。あれは美味かった‥‥」
 話している間にデュカスは切り蕎麦の味が懐かしくなる。
「今度、パリで醤油とあの魚が干からびたやつを手に入れてくるよ。戻る頃には年は明けているだろうが構わないさ。一緒に蕎麦を食べよう」
「そうですね。僕も話しているうちに蕎麦が食べたくなりましたよ」
 兄弟は湯気で立ちこめる小屋の中で笑う。
 翌日、デュカスは馬車に村の特産品を載せるとパリを目指すのであった。

●今回の参加者

 eb2905 玄間 北斗(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3537 セレスト・グラン・クリュ(45歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ec0037 柊 冬霞(32歳・♀・クレリック・人間・ジャパン)
 ec5115 リュシエンナ・シュスト(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ec5957 シアリー・マウンテイン(26歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)

●サポート参加者

シャクリローゼ・ライラ(ea2762)/ 諫早 似鳥(ea7900)/ イリアス・ラミュウズ(eb4890)/ フィーレ・アルティース(ec2044

●リプレイ本文

●四つ葉のクローバー店
「何か新しいものでも入っているかな♪ これは‥‥何?」
 四つ葉のクローバー店を訪れたリュシエンナ・シュスト(ec5115)は見たこともない食材に首を傾げる。さっそく棚に商品を並べていた店員に声をかけた。
 丁寧に答えてくれた店員はデュカスであった。
「エテルネル村に? そういえば秋に兄様が訪れた村‥だったかしら」
「よろしかったら一緒にどうでしょうか?」
 話題が広がり、リュシエンナはデュカスにエテルネル村へと誘われる。
 リュシエンナは行く事に決めた。兄の事以外にも、冒険者ギルドのシーナ嬢をデュカスがよく知っていたのも後押しの一つとなる。
「とっても変わった匂い‥‥美味しそうな‥‥」
 シフールのシアリー・マウンテイン(ec5957)がまるで風に流されてきたかのように店内へと現れる。人一倍嗅覚が敏感なシアリーはデュカスが用意していた鰹節に誘われたのだ。
「その懐に入っている品物、教えてもらえるかな?」
「これは、ジャパンの料理で出汁をとるために必要な魚を干したりして作られたものなんですよ。確か名前は鰹節というはず――」
 デュカスは売り物ではなく、切り蕎麦の汁に使うものだとシアリーに説明する。
「譲ることは出来ませんが、お時間があるなら村で蕎麦をご馳走しましょう。そのとき存分に香りを楽しまれたらどうですか?」
「いいお話だね。他の香りの素材も見つかるかも知れないし‥‥」
 シアリーは余裕があるので、村までついてゆく事にした。
「こんにちはなのだぁ〜。デュカスさんが店員してるなんて珍しいのだ」
「玄間さん、ちょうどよかった。昼頃に村へ出発するんですけど一緒にどうですか? 仕事ではなく、たまにはくつろぐのもいいんじゃないかと思って」
 デュカスはよく知る玄間北斗(eb2905)にも声をかける。
「それは楽しみなのだ、一緒に行くのだ。あ、セレストさんなのだぁ〜」
 玄間北斗につられてデュカスが視線を移す。ちょうどセレスト・グラン・クリュ(eb3537)が諫早似鳥と一緒に来店したばかりであった。
「あら、デュカスさん。どうかなさったのかしら?」
「実はみなさんを村にお誘いしていたところなんです。休暇としてどうかなって思いまして」
 デュカスはセレストと諫早似鳥の二人も村に招こうとする。
「あたいはちょっとね。クリュ領にならお供するところだったけど。一年前みたいに餅でもつくのかい?」
「今年は切り蕎麦を主役にって考えているんです。でもお餅も美味しかったな」
 デュカスと諫早似鳥の会話は餅から汁粉へと繋がる。
「それなら再現するのは簡単だわ」
 セレストは諫早似鳥から汁粉の作り方を聞いておく。
 諫早似鳥が知るジャパンの食材を扱う店に玄間北斗も行く事になった。デュカスは二人に馬車を貸しだす。セレストも向かうつもりだったが、ある人物を見かけて店に残る。
「旦那様」
 聞き覚えのある声をデュカスは耳にする。振り向くと立っていたのは妻の柊冬霞(ec0037)であった。
「冬霞!」
 デュカスが久しぶりにあった冬霞を抱きしめる。
 セレストは少しの間だけデュカスの代わりに店の切り盛りをしてあげるのであった。

 昼頃、ワンバとノノに店の営業が引き継がれる。
 用事を済ませた全員が再集結して馬車へと乗り込んだ。横に冬霞が座ると御者のデュカスは手綱をしならせて馬車を走らせた。
 御者台には寒さ対策として柔らかな熱を発する玄間北斗のヒーターシールドが置かれてある。
 リュシエンナはまるごとたぬき姿でゴロゴロと寝転がる玄間北斗から村の様子を聞いて思いを馳せた。
 シアリーは近くに豊かな森があるのを知り、とても興味深い瞳で玄間北斗の話しを聴き続ける。
 セレストは来年の夏以降に出産が増えるのではないかと心配をしていた。レナルド医師とクラーラに相談するつもりである。
「ご相談もせずに洗礼うけた事、申し訳ありません」
 デュカスが知らぬ間に、冬霞はジーザス教白教義に改宗していた。
「いや、無理に合わせさせてしまったんじゃないのか? そうなら謝るのはボクだ」
「今までの私を否定するような事ですから迷いました、でも後悔はしていません。私の一番大切な気持ちは変わりませんから」
 吹き抜ける冬の風はとても冷たかったが、デュカスと冬霞の心はとても暖かかった。

●エテルネル村
 三日目の昼頃、馬車はエテルネル村へと到着した。
 さっそく行われたのは切り蕎麦と汁粉の用意である。
 セレストが中心となり、村の女性達を集めての調理が開始された。もちろん同行した仲間達もお手伝いである。
 玄間北斗、デュカスとその弟フェルナールの三人は蕎麦打ちに挑戦する。これは結構体力を使うので男の仕事だ。
 冬霞、シアリー、リュシエンナは村の女性達と小豆を煮る。一度灰汁が出た湯から取りだしたり、新たに煮込んだりと手間がかかる。村人全員分となるとかなりの量だからだ。
 セレストは全体を監視しながら、切り蕎麦の汁作りを始めた。本気で作るとかなりの日数を要するのだが、その辺りはご愛敬である。
 かなり厚めに削った鰹節を煮込んで返しと呼ばれる出汁を作って醤油と合わせる。酒や甘みを足して味を整えたりもした。その時、冬霞が養蜂の蜂蜜を持ってきてくれる。
 汁粉は後日のお楽しみとして、切り蕎麦が出来上がった。
「これがジャパンの香りなんだよね‥‥」
 シアリーは切り蕎麦を前にして興味津々に瞳を輝かせる。打ち立ての蕎麦、そして鰹節の風味と醤油の立ちのぼる香り。
 まさにジャパンの香りがそこにあった。食べるよりも詳しくメモを取る方が忙しいシアリーである。
「この時期に食べるお蕎麦は特別なんでしたっけ?」
 いろいろと思いだしながら、リュシエンナはフォークで蕎麦を絡めて汁に浸し、すすっと頂く。以前に食べたスパゲッティと同じ麺類でありながら、その食感、風味などはまったく違った。
「そうそう、こないだ冒険者ギルドのシーナさん達と面白いお料理を食べたんですよ。スパゲッティっていうパスタなんですけど――」
「そんなものが。さすが食べ物には詳しいシーナさんですね。今度会ったら聞いてみますよ。やっぱり汁があるんですか?」
 リュシエンナはデュカスと麺類の話題に花を咲かせる。
 周囲を見回すと誰もが笑顔で切り蕎麦を頂いていた。美味しい物は人を幸せにする。それがとても嬉しいリュシエンナであった。
「ジャパンでは月にウサギが棲んでいるといわれているのだ。お餅をペッタンってついているのだぁ〜♪」
「え〜、嘘だ〜」
 玄間北斗は村の子供達と一緒に切り蕎麦を食べる。
 食べ終わると持ってきた兎餅を見せながらおとぎ話を始めた。化けウサギだと誤解がありそうなので、そこは妖精としておく。ちなみに兎餅は後で他の餅と一緒に汁粉に使われる予定である。新巻鮭は仲間の夕食に使われた。
(「ノルマンの人達なら、これぐらいの濃さが丁度よいはず‥‥」)
 セレストは汁の味を確かめながら切り蕎麦を頂いた。お酒も嗜みながらのゆっくりとした時間が過ぎてゆく。
 食べ終わった頃にデュカスが挨拶に現れる。
「聖夜祭リースは好評だったようね」
「おかげさまで助かりました」
「もし余ってるなら、一つ冬霞さんに差し上げて? それと‥‥」
「え?」
 セレストが冬霞のいる方向を視線で示した。
「きっと村長としてのデュカスさんを邪魔をしないようにしていたのよ、冬霞さん」
 セレストは微笑み、デュカスが頷く。
「切り蕎麦をまだ食べていないだろう? 一緒に食べようか」
「はい、旦那様」
 デュカスは冬霞と並んで切り蕎麦を食べ始めた。
「先程、家の方に破魔矢を飾らせて頂きました。この蕎麦の汁の甘みは森の蜂蜜を使ったのですよ」
「それでとても懐かしく感じるのか。それはそうと、ゆっくりしていいんだよ」
「いえ、我侭ばかりの私ですが、ただお側にいられれば‥旦那様‥‥愛しております」
「えっと‥‥僕もだ」
 デュカスと冬霞は囁くように言葉を交わすのであった。

●浴場
 エテルネル村の浴槽付きの小屋。
 冬霞、リュシエンナ、セレスト、シアリーの女性達はゆっくりと湯に浸かっていた。
「とてもいいものを旦那様はお作りになられたのですね‥‥」
 冬霞が昇ってゆく湯気を見上げる。
「雪景色が見えるのにぽかぽかだなんて贅沢♪」
 リュシエンナは足を伸ばして両手を広げた。浴槽はかなり広くて余裕があった。
「あら、クラーラさん」
「セレストさん、みなさんこんにちは〜」
 現れたクラーラにセレストが出産介助の経験を訊ねると未経験だと返事がある。
 レナルド医師は若いし男性だ。若い妊婦がためらうかも知れず、出産に関しては女性が赤ん坊をとりあげるのが望ましい。後で指導を施すとセレストはクラーラに約束をした。
「この香りは‥‥」
 浴槽から飛びだしたシアリーは小屋の木壁に鼻を近づける。どうやらいい香りがする木材が使われているらしい。
 そういえばと冬霞が檜の浴槽についての話しを始めると、シアリーは興味津々に聞いていた。
「合わせはこちらで‥‥はい、これでいいです」
「ありがとう、冬霞さん。こんな感じなんだ♪」
 湯からあがった後、リュシエンナは冬霞に手伝ってもらいながら浴衣をまとう。寒くならないように半纏も着込んだが、気分を出すために下駄も履いた。
 浴槽付きの小屋から冒険者用の家屋までは大した距離はないので寒さ対策は充分である。新雪が積もった所を歩き、下駄の跡を残したリュシエンナだ。
 男性用の浴槽では玄間北斗とデュカスが湯浴みを楽しんでいた。他にも村の男衆も三名程一緒である。
「雪見酒はとっても風情があるのだぁ‥‥」
「いいですね。とっても贅沢です」
 玄間北斗とデュカスは湯に浮かした盆からカップを手にとって日本酒の熱燗を頂く。他の男衆にもほろ酔い気分であった。
 他の日にも冒険者達は各々浴槽付きの小屋を訪れる。
 セレストは湯に浸かりながらお酒を頂きながら夜月を眺めた。
 冬霞は他に誰もいない時にデュカスの背中を流してあげる。
 リュシエンナは一人の時に思う存分泳いだのは内緒だ。
 シアリーはフェルナールに頼んで、ちょっとだけ小屋の木材を削らせてもらう。
 玄間北斗は村の子供達と雪合戦などで遊んだ後、一緒に湯船に浸かりながら歌を唄ったのであった。

●汁粉
「お餅、焼けたよ♪」
 シアリーが網の上で焼き上がった餅をお皿に移す。
「焼け具合がいい感じです」
 冬霞はそのお皿をセレストと玄間北斗の元に運んだ。
 シアリーと冬霞は餅をひっくり返して焼く係である。
「大体は行き渡ったかしら?」
 セレストが大鍋からカップに汁粉をよそる。
「みんな美味しそうに食べているのだ。後はおかわりの人だけなのだぁ〜」
 玄間北斗がカップの中にお餅を入れて完成させた。ちなみにお餅は焼く前に小さめに切られてある。
「はい、お待ち遠様です〜♪」
 村の人達の元に運んだのはリュシエンナであった。デュカスとフェルナールも手伝う。全員に行き渡ったところで、作っていた人達も汁粉を食べ始めた。
 広場のあちらこちらにある焚き火にあたりながら会話も弾む。
 明日には帰路につかなくてはならない冒険者達だが、すでにやりたいことは終えていた。
 セレストはクラーラだけでなく村の女性達にもお産の指導を行った。人形を使って順序などを説明する。逆子や後産の処理など教えておきたい事は多くあった。
 ジャン司祭にはデビル対策用のアイテムを三つ寄進した。その中の含まれている剣は元冒険者のデュカスならば扱えるはずである。
 別荘については保留にしたセレストだ。
 玄間北斗は別荘『縁生樹』に木材を始めとする様々な品を保管する。村に何かが起きたときに使ってもらう為のものだ。
 天の破魔矢を飾り、玄間北斗は安全を祈願した。
 冬霞は家事を済ませると、なるべくデュカスの側にいた。
 デュカスは冬霞に別荘の話題を話さなかった。何故なら彼女の居るべき場所がエテルネル村だからである。
 リュシエンナは持ってきた筆で初書き初めをする。四つ葉のクローバーを描いたリュシエンナだ。
 リュシエンナに勧められてデュカスが描いたのはブタの絵だ。パリの四つ葉のクローバー店では様々な品を扱っているが一番人気は肉類である。
 今の状況が続く限り供給に問題はないが、先の事は不透明だ。現状に甘えない覚悟が込められた可愛いブタの絵であった。
 シアリーはよい香りを求めて村中を飛び回り、そして近くの森の中も探した。
 たくさんのメモを抱えたシアリーはとても満足そうである。調香師として様々な資料が手に入ったようだ。
 雪舞い散る中の温かな汁粉の甘さは深く舌に染み入るのだった。

●そして
 冒険者達は馬車で帰路につき、八日目の夕方にはパリの四つ葉のクローバー店に到着する。
「これ、村のみんなが持たせてくれたものです」
 別れ際にデュカスは一人一人にお土産を渡す。
 持っていない方には軽快の手綱を、既に持っている方には魚釣りに便利なゴールドフレークが贈られる。冬霞には特別にリースがデュカスから渡された。
「また寄ってください。いつでも歓迎しますので」
 冒険者達はデュカスに手を振りながら四つ葉のクローバー店を立ち去るのであった。