●リプレイ本文
●出発
「馬を購入する者として牧場を訪ねたいの。紹介状を用意してもらえるかしら? お時間が必要なら娘のアニエスに届けさせるつもりだけど」
「見本の文章を父から借りてきたので、すぐにご用意出来ます。少しだけお待ち下さい」
セレスト・グラン・クリュ(eb3537)からの頼みを快く引き受けたステファは個室を借りて羊皮紙にペンを滑らせた。最後に紋章印で封蝋して出来上がりである。
「お気をつけて」
ステファとアニエスに見送られながら馬車は動き始める。
御者は依頼者のフェリシーも含めて交代で行われた。冬の寒い時期は特に大変だからだ。
「そうなんです。父さんが変になったのは――」
依頼書で提示されていたが、あらためてフェリシーの口から状況が語られる。
フェリシーの父親の名前はモストン。以前は温厚な性格であったという。仕事は真面目で周囲とのトラブルも特になかった。
母親が亡くなったのはフェリシーが五歳の頃で流行りの病のせいだ。現在十四歳のフェリシーにはおぼろげな母親の記憶しか残っていない。
「ステファもいっていたけど、デビルの仕業が濃厚なのよね。フェリシー、滞在しているシフールについても教えてもらえる?」
「彼女の名前はピピリナ。見かけの年齢は二十歳前後です。リリスってデビルかも知れないってステファさんはいってました」
ルネ・クライン(ec4004)の問いにフェリシーが答える。とても丁寧な口調でお淑やかな印象のシフールらしい。
「まずは慎重に行うべきですね。フェリシーさま、ご承知とは思いますが慎重な行動をお願いします。そのシフールだけがデビルとは限りませんし」
「はい、注意します。みなさんは馬を買いに来られたお客様としてもてなすつもりです」
アマーリア・フォン・ヴルツ(ec4275)にフェリシーが大きく頷く。
「騎士にとって戦いを恐れない馬は有能な相棒になり得る存在。しかしデビルというのは厄介な敵だな」
ラルフェン・シュスト(ec3546)は出発前の挨拶時にステファから聞いた話を思いだす。ステファは教会の司祭からリリスの情報を教えてもらっていた。
リリスは魅了で人を陥れるのが得意らしい。矢印のような特徴的な尻尾をしているが、普段は隠しているようだ。シフールの姿をしているのならば羽根も含めて変身している可能性が高い。
「少しいいかしら?」
手綱を握るフェリシーの横にセレストが座った。そして他者には聞こえない小さな声で話しかける。
「親も弱さをもつ人間だという事、判ってね」
「あたしは‥‥」
セレストの言葉にフェリシーは口ごもる。
「全てが終ったらお父さんに愛していると告げてあげて。親はね、子供に軽蔑される事が一番辛いの」
セレストは微笑むだけでフェリシーを追いつめはしなかった。
(「親と子‥‥」)
フェリシーは集合時の楽しげなセレストとアニエスの姿を思いだす。
夕方になり、一行は焚き火を囲んで野営を行った。
ここでお互いの関係もはっきりと決められる。セレストはルネの乳母。ラルフェンとアマーリアはルネの友人である。
それぞれの行動に必要なアイテムの貸与、細工も行われるのだった。
●ノストーナ牧場
二日目の宵の口に一行が到着した時には、すでに牧場は静まりかえっていた。時折馬の嘶きが聞こえるのみである。
冒険者達は牧場の誰とも会わずに、フェリシーが用意してくれた部屋で一晩を過ごした。
セレストとルネは同室、アマーリアはフェリシーと一緒、ラルフェンは個室である。
必要なやり取りは筆談かテレパシーによって行われた。どこに誰の耳があるかわからないからだ。
ルネが龍晶球を発動させると反応がある。範囲からいって牧場にデビルが存在するのはあきらかであった。
「お嬢さん、おはようございます。昨晩お帰りになっていたのですか」
「父さんの様子はどう?」
早朝、フェリシーは使用人のトカに声をかける。食事などの家事を任された中年女性だ。
「昨日は荒れていましたが、先程朝食を食べた時は比較的普通でした。もっともあのピピリナが一緒なのは変わりませんが」
「そう、ありがとう」
フェリシーはトカに礼をいう。そして冒険者達を連れて広間を訪れた。
「こちらベルリオーズ家のステファさんの紹介で来られたお客様です。うちの馬が欲しいというので一緒に来て頂きました」
フェリシーが冒険者を紹介するとモストンは微笑んだ。
「これはみなさんよくいらっしゃった。どの馬も丈夫で力強く、懐きやすいですよ」
にこやかなモストンに冒険者達は少々戸惑う。フェリシーの説明と違うからだ。
「わたくしは席を外させてもらいますわ。後であらためてご挨拶させて頂きます」
冒険者達に会釈をしながらピピリナが広間を去ってゆく。
この時、ラルフェンが隠し持つ石の中の蝶の反応でピピリナがデビルだと判明する。
「まずは馬を見てもらいましょう」
紹介状を確認したモストンがフェリシーと共に冒険者達を厩舎に案内した。
たくさんの馬が繋がれ、そして何頭かずつ使用人が連れだして調教が行われている。
一通りの見学が終えると、セレストはモストンと共に広間へと戻る。他の冒険者は厩舎に残った。
「よい馬を育てるのは大変ですね。どんなところをみれば体調がわかるのでしょう?」
アマーリアは馬を世話する使用人達を手伝う。フェリシーも一緒だ。
「毛の艶をみるのが一番手っ取り早いかな」
「そうなのですね。この馬はどうですか?」
アマーリアは水鏡の指輪で魔法の水鏡を出現させた。もし人が光ったのなら、デビルの可能性が非常に高い。
牧場内のすべての者を調べるつもりのアマーリアであった。
(「元気がないようだ。痩せているし。フェリシーのいっていた事は本当だな」)
ラルフェンはオーラテレパスで馬達と会話しながら世話を続ける。
今日のようにちゃんと世話が行われるのは珍しいようだ。ここしばらくはモストンが使用人達に無理難題を押しつけて馬の世話を邪魔をしていたらしい。デビルの情報は馬達からは得られなかった。
「お願いがあるのよ。落ち着いて聞いて」
ルネは何人かの使用人に事情を話す。
アマーリアが普通の人だと確認した中からである。情報のやり取りはテレパシーだ。信用に足るかどうかはフェリシーから聞いた情報で評価した。
その頃、広間ではモストンの話にセレストが耳を傾けていた。
「――そうなのです。あれはまさに神の代行者に違いありません。あまりの――」
モストンが夢中で夢に観た天使についてを語る。
セレストは微笑みを絶やさなかった。頷く度に耳元の魅了のピアスが静かに揺れる。床には猫のキティアラをじっと待機させていた。ピピリナを足下に近寄らせない為である。
(「これはピピリナの罠なのかしら? それとも魅了が切れかかっているせい?」)
セレストはモストンを冷静に観察する。
穏やかなモストンの様子はピピリナが命じてそうさせているのか、それとも魅了が解けかかっているのか判別が難しかった。
はっきりとはわからないまま、モストンの話しは終わる。
夜、筆談やテレパシーを使って冒険者同士の情報交換が行われた。
リリスかどうかは別にして、ピピリナはデビルで間違いない。
魅了されているようだが、モストンはデビルが化けたものではなく本物である。
使用人の中にデビルが一人発見される。無口な青年で名はボボルという。
翌日の作戦決行を確認し、見張りを残して就寝する冒険者達であった。
●正体
四日目の夜、フェリシーの願いによって久しぶりに牧場の全員が集まる夕食となった。
「父さん、あたしがこのスープ作ったのよ」
「ああ‥‥」
昨日とはうってかわって不機嫌なモストンをフェリシーが必死に席へ留まらせる。
モストンの隣席にはピピリナの姿があった。フェリシーが阻止しようとしたのだが、こればかりは牧場の主であるモストンの言葉を受け入れるしかなかった。
広いテーブルにはセレストが持ってきた日本酒が並べられる。
アマーリアは使用人達の席近くに待機した。
ラルフェンは席を外し、セレストから借りた鳴弦の弓を手に取る。食堂の隣室で突入の機会を窺う。
ルネは指輪のレミエラを発動させてから夕食の場に座っていた。
冒険者達とフェリシーはテレパシーによる中継でやり取りをする。
「どうぞ。こちらジャパンのお酒になりますわ」
セレストは日本酒をモストンのカップに注ぐ。
「あまりお話する機会がなくて――」
セレストはピピリナに近づこうとする。そしてテーブルに置いた別の容器を手に取って歩きだそうとした刹那、つま先を床板の狭間に引っかけた。
「ギャアアアアッ!」
セレストの手から零れた酒を被り、ピピリナが悲鳴をあげる。その酒は『般若湯』といって魔を払う効果があるものだ。
零すまでの一連の動きはセレストの演技である。
般若湯でなくても、突然何かが降りかかれば誰でも驚く。しかしピピリナの場合は違う。苦しみながら飛び、天井の梁にしがみついた。そして姿を変える。
ピピリナは黒き翼に尖った尻尾を持つリリスとなった。デビルの正体がばれた事を悟り、少しでも戦いに有利な元の姿に戻ったのだろう。
「この中にいれば安全です。出ないようにお願いしますね」
アマーリアはホーリーフィールドを張って使用人達を中に呼び込む。ルネから説得を受けた使用人達が協力してくれる。
さらにフェリシーがホーリーキャンドルが灯し、聖なる釘も打ちつけられる。ルネとセレストが貸してくれたものだ。
「何をする!」
セレストはモストンを少々強引にホーリーフィールド内へ移動させた。
仲間が安全を確保している間、ルネとラルフェンはデビルと対峙する。
「デビルなのはわかっているわ!」
ルネの聖剣とデビルの爪が弾きあって火花を散らす。ボボルの正体はデビル・グレムリンであった。ルネが押していたものの、コアギュレイトを詠唱する余裕は残っていない。
「待て、ピピリナ!」
ラルフェンは弓をかき鳴らすのを止め、盾の魔力を発動させてフライの能力を得る。建物内を飛んで逃げようとするリリスを追いかけた。
何度か降魔刀の斬撃をリリスに喰らわせる。やがて天窓を抜けてリリスとラルフェンは夜空に飛びだす。
「卑怯な‥‥」
状況がラルフェンに選択を迫る。リリスは逃げる途中、火の魔法で木製の建物や厩舎に放火を続けていたのだ。
「リコッタ、皆に知らせてくれ!」
ラルフェンはリリスを追いかけるのを止めて消火を選ぶ。眼下にいた愛犬に建物内の仲間への連絡を頼み、燃え上がる藁山を退かそうとする。
リリスは夜空に消えていった。
食堂内のグレムリンはルネにアマーリアとセレストが加勢して仕留められる。
牧場の全員で消火が行われ、燃え広がる事なくすべてが鎮火する。人や馬に被害はなかった。建物もほんの一部が燃えただけである。
「わたしは‥‥何故‥‥」
混乱して跪くモストンにセレストが白勾玉を握らせる。
「父さん、もう大丈夫よ。愛してるわ‥‥」
フェリシーはモストンに抱きついて囁くのであった。
●そして
冒険者達が帰路についた六日目の朝までに、モストンへかけられていた魅了も消え去った。
天使の夢については判明せずに終わる。牧場の外にもう一体デビルが潜んでいたのかも知れなかったが、今となってはわからない。デビルの反応は一掃されていた。
魅了の恐ろしさは心の傷だ。後にまで引きずる可能性が高いのである。しかしフェリシーがいればモストンは大丈夫だと冒険者の誰もが信じていた。
「わたしに出来るせめてもの感謝です」
モストンから冒険者達にお礼が贈られる。
牧場を出発した馬車は七日目の夕方にパリへ到着した。
「本当に助かりました。ステファ様にお礼をいってから牧場に帰ります」
最後に冒険者達に深く感謝をしてフェリシーが馬車で去ってゆく。
冒険者達は馬車を見送り、そしてギルドの出入り口を潜るのであった。