●リプレイ本文
●対戦
パリ郊外で打撃音が響く。
一日目、西中島導仁(ea2741)はツィーネと手合わせをしていた。
周囲に人がいないセーヌの川岸で二人の剣が火花を散らせる。まずは魔法を使わない肉体のみの戦いだ。模擬試合用の刃は潰してあるので、余程がない限り怪我をする事はなかった。
(「今の実力がどの程度まで達しているのか‥‥」)
西中島は自らの力を試すべく、ツィーネにぶつける。
(「強い!」)
ツィーネは西中島の一撃を受けとめる度に骨の軋みを感じた。膝がいうことを聞かずに倒れそうになるのを必死で踏ん張った。
(「ここか!」)
西中島はツィーネの反撃をわざと鎧の肩口で受けた。そしてツィーネの腹へと一撃を叩き込む。
「くっ!」
土煙をあげながら吹き飛ばされたものの、ツィーネはかろうじて倒れなかった。
「まいった」
ツィーネは肩で息をしながら剣を収める。
「まだまだだな。わたしも」
「いや、さすがだ。俺も危ないときが何度もあった」
ひとまずの休憩を時間となる。
早くに回復した西中島は連れてきた愛馬・獅皇吼烈とペガサス・光刃皇に水を飲ませた。さらにオーラテレパスで心を通じ合せながら藁束でブラッシングをしてあげる。
「わたしも以前は飼っていたのだが、いろいろあって手放してしまった。新しく馬を飼うのもいいかも知れないな」
「馬はいいぞ。心休まるしな」
身体を休めるツィーネは馬の世話をする西中島をぼんやりと眺めていた。
休憩も終わり、今度は魔法付与をした上で行われる。勝負はこちらも西中島の勝ちで終わった。
「基礎的な訓練を欠かしてはいけないな。幽霊との関わりが多いとはいえ、やはりわたしの基本攻撃も剣術だからな」
「無事、ロジャーとのカタがついてよかったぜ」
帰り道、夕日に赤く染まる城塞門に向かって西中島とツィーネは歩き続ける。
最終日にエイジ・シドリ(eb1875)が開く食事会での再会を約束して別れる西中島とツィーネであった。
●デート
(「ふっふっふ、待ちに待ったこの日の為に情報は一杯集めてあるんだぞ、と」)
街角で笑顔を浮かべている男が一人。時折思いだしたかのように、パリの裏地図を取りだして予定の確認をする。
三日目の昼頃、ヤード・ロック(eb0339)はツィーネとの待ち合わせとなる教会の前に立っていた。
「少し遅くなってしまったかな」
「大丈夫なんだな、と」
「ん? ヤード、どうかしたか?」
「な、なんでもないんだぞ、と」
教会の鐘が鳴り響く中、ヤードはツィーネのスカート姿に驚いたのを誤魔化す。
ここしばらく男勝りな冒険者としてのツィーネの格好しか見ていなかったので、ヤードの目にはとても新鮮に映ったのである。
「夕食にはテオカも呼ぶんだぞ、と。たまには普段見逃してしまうパリ見物でもしてまったり過ごすんだぞ、と」
「それはいいな」
ヤードの誘いにツィーネが頷いた。
冬の寒空の下、セーヌ川を眺めながら二人は散策する。
「結構みんな釣っているんだな」
川縁ではたくさんの人達が釣り糸を垂らしていた。
「そういえばツィーネは普段、依頼がないときとかはどうしているんだ」
「う〜ん。聞いてもつまんないぞ。洗濯なんかの片付けで終わってしまう事が多いかな」
家事をてきぱきとこなしているツィーネもよいとヤードは想像する。
(「こ、今度こそ手を繋ぐんだぞ、と‥‥」)
ヤードは歩きながらツィーネと手を繋ごうとするが、なかなかうまくいかない。掴もうとした瞬間、ツィーネが上空の鳥を指さそうとしたりと空振りの連続だ。
「どうした? ヤード」
じっと恨めしそうに自分の両手を眺めていたヤードをツィーネが不思議に思う。
「寒いのか」
ヤードの手をツィーネの手が包み込む。
あらためて歩き始めたとき、ヤードはツィーネと手を繋ぐのであった。
夕方、テオカを連れて向かったのはヤードが見つけておいた料理店である。出来たばかりでまだ流行っていないが、とても煮込み料理が美味しいお店だ。
「ほら、こぼさないようにね」
テオカの横で世話をするツィーネを眺めながらヤードは食事を頂く。一段落ついた後で二人にプレゼントを贈る。
ツィーネにはジャパンの浴衣と花冠、テオカには人形である。
「ツィーネ、今日は楽しかったんだぞ、と。‥‥ジョワーズには浴衣を来ていて欲しいな、と。それと‥‥ツィーネ達のことは出来るだけ守るからな」
二人を家に送った最後、ヤードはツィーネの手の甲にキスをして去るのであった。
●ピクニック
「うむ〜〜。この時期で楽しいところですか‥‥」
六日目の冒険者ギルド。
受付嬢のシーナと話していたのはリンカ・ティニーブルー(ec1850)とオグマ・リゴネメティス(ec3793)である。パリ近郊で楽しく時間が過ごせる場所はないかという相談をしていたのだ。
「ありがとう、助かった」
「これから向かってみます」
リンカとオグマはシーナに礼をいって冒険者ギルドを出る。リンカはセブンリーグブーツ、オグマは駿馬で郊外へと出発した。
「ここならいいかも知れないな」
「そうですね」
シーナが教えてくれた場所は街道からそれ程離れておらず、丘陵と森の位置関係であまり風が吹き込まないセーヌ川の畔であった。
リンカとオグマは決定すると、すぐにパリへ戻って残りの時間を準備に費やした。
翌日の七日目朝、パリ城塞門近くの空き地にはたくさんの仲間が集まった。
リンカとオグマ、ツィーネとテオカ、そしてシュネー・エーデルハイト(eb8175)とリスティア・バルテス(ec1713)の姿がある。
「さーて、今日は遊ぶわよー!」
張り切るリスティアの隣りでシュネーが手で口をおおいながらあくびをする。
「‥ところでどこに行くのかしら‥‥? ま、ティアについて行けばいいわね、そうしましょう」
シュネーの目が完全に覚めるのはもう少し先であった。
ピクニック一行は出発し、城塞門を潜り抜けて街道を歩く。
「天気がよくて気持ちいいです」
「陽が当たっていれば冬でもけっこう暖かいからな」
オグマにつられてツィーネも天を仰いだ。
道先案内人のリンカが先頭で進んだ。続いてテオカと手を繋いで唄うリスティア。その後をふらふらとついてゆくシュネー。最後は並んで歩くオグマとツィーネである。
「あの丘の向こう側が、とてもいい場所なんだ」
しばらくしてリンカが遠くを指さした。
「テオカ、駆けっこしようか? 負けないからね☆ ほら、シュネーも一緒に!」
「え、ちょ、ちょっと〜」
リスティアとテオカに腕を引っ張られたシュネーも一緒に走るはめになる。ちなみに最初に到着したのはテオカであった。
「つ、疲れたわ‥‥」
シュネーは枯れ草の上に寝転がって休んだ。しばらくして落ち着き、周囲に目を配る余裕が出来る。
「‥穏やかな日々‥こうしてるとウエストたちの事、ようやく決着ついたって実感できる‥」
「そうだな。ウエストやロジャーか‥‥」
ツィーネがシュネーの横に座った。しばらくしてテオカをリンカに預けたリスティアもやって来る。
「ツィーネ、色々あったわね‥‥お疲れ様」
「みんなのおかげで、今もこうしていられる。テオカもな」
ツィーネがリスティアとシュネーに微笑んだ。
「こっちが風歌で、あっちが黒曜?」
「当たり。では少し遊んでみようか」
リンカがテオカに愛犬二頭を紹介すると、地面から木の枝を拾い上げる。念の為、テオカに肌を直接触られないように長袖と手袋だけは注意しておくリンカである。
「ほら、投げてみな」
「うん♪」
リンカに渡された木の枝をテオカが投げると二頭が追いかける。
「どっちもあたまいいんだね」
テオカは木の枝を加えてきた犬の頭を撫でてあげた。
昼が近づき、畔に流れ着いたすでに乾燥している流木をみんなで拾って焚き火をする。リンカが持ってきた食材であっという間にスープが出来上がった。
買ってきたシュクレ堂のパンと合わせて昼食の時間となる。
笑い声と共にゆっくりとした時間が過ぎてゆく。
小腹が空く頃、オグマが持ってきてくれた桜餅をみんなで分けて頂いた。
「色々な事が立て続けにあったけど、たまには何も考えず、心も頭も空っぽにする時があっても良いと思うんだ。それが明日に繋がる大切な一時になると思うからさ」
「また夏にでも来てみたいな」
透き通った空と輝く川面に囲まれながら、リンカとツィーネは語り合う。
日が暮れる前にピクニック一行はパリへの帰路についた。
「ツィーネさん、こちらを受け取ってもらえますか?」
別れ際、オグマはツィーネに聖なる守り、テオカにはファルコンアイの首飾りを贈る。思い出をツィーネからもらったお礼だと言葉を添えて。
「妙な話なんですけどね。幽霊退治の依頼を受けてた間の事を思い出す時、なぜか存外に楽しかったと思えるんですよ。なぜだろうとよく考えてみたら理由が分かりました。皆さんがいたからです」
「そうかも知れない。わたし一人ではどうにもできなかった。そしてみんながいたからウエストにもロジャーにも立ち向かえたのだと思う」
オグマとツィーネは二人で頷き合う。
そして夕日の中、ピクニック一行は解散するのだった。
●食事会
最終の八日目はエイジ主催の食事会である。予約したレストラン・ジョワーズパリ支店の個室には参加者達が集まっていた。
「さて、ここは腹一杯と頂こうか」
今日の日中も剣の練習をこなしてきた西中島はハラペコである。
「テオカはチーズ好きよ」
「それではテオカさんの為にこの子羊肉のチーズ添えは外せませんね」
リスティアとオグマは席に座るとさっそくメニューを眺める。
「もう少し時間があるわね」
シュネーは風のせいで乱れた髪型を直しに席を外した。
「リンカ、かわいいわよ♪」
「そ、見えるか? ティアも綺麗だぞ」
リスティアはドレス姿、リンカは女の子らしい格好と気合いが入っている。
「ツィーネ、似合うんだぞ、と」
「褒められるとやっぱり嬉しいものだな」
浴衣を着てやってきたツィーネの姿に満足のヤードである。
「それでは、そろそろ会を始めようか」
シュネーが個室に戻ってきたタイミングでエイジが食事会の始まりを宣言する。
「お待たせしました〜♪ ジョワーズへようこそ☆」
各自の注文の他にエイジが頼んだ料理がウェイトレス達によって運ばれてくる。細長い麺状のスパゲッティと呼ばれるパスタ。プレ・サレの羊肉料理。チーズと豆たっぷりのシチューなどが並んだ。
「ご用があればまたお呼び下さい〜♪」
「い、いやこちらこそ‥‥」
右と左からフリフリフリル姿のウェイトレスに挟まれたエイジは何故か顔を赤くしていた。いつもはあまり表情に変化のないエイジだが、どことなく嬉しそうであった。
(「‥そう‥こんな時間がいつまでも続くといい‥‥」)
笑顔で食べる仲間達を見てシュネーは心の中で呟いた。
「そうそう、ツィーネ――」
シュネーは思いだすようにツィーネへ訊ねる。ヤードの事をどう思っているのかを。
ツィーネからはっきりとした返事はなかったが、態度から想像するに脈ありだと感じたシュネーである。ただし、これをヤード当人に伝えるべきかは悩むところだ。
「ツィーネお姉ちゃん、スパゲッティつるつるだよ〜♪」
テオカはスパゲッティを気に入ったようである。細かく刻んだチーズをたくさん振りかけて食べていた。
「私、ツィーネやテオカ、皆と知り合えて良かったと思ってる。何があってもずっと友達だからね☆」
「ティア、わたしもだ。こういう時間をずっとみんなと過ごしたい。心の底からそう思う」
隣りの席に移動してきたリスティアにツィーネがしみじみと呟いた。
「これは俺からだ。特に意味は無い。何となくだから、もし気に入らなければ――」
「ありがとう、エイジ。大切にする」
食事会の最後にエイジが作ってきたブローチをツィーネが受け取った。貝を削り、アメジストが填められたものだ。よく磨かれていて光沢を放っている。
テオカには木材で作った笛である。ツィーネの分と合わせて二つが贈られた。
プレゼントと同時にエイジは昼間預かった武器防具をツィーネに返した。食事会までの間に手入れをしたのである。
「まあ、生きたいように‥‥前にもいったが」
そうツィーネに伝えたエイジである。
食事会が終わり、テオカの手から感謝の粗品が冒険者達に渡される。
旅にでかける事についてみんなに話そうと考えていたツィーネだが、またの機会にした。場の雰囲気を壊したくなかったからである。
ツィーネとテオカを参加した全員で家まで送り届けて、すべては終了するのであった。