迷いの若き領主 〜アロワイヨー〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 1 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月08日〜02月16日

リプレイ公開日:2009年02月17日

●オープニング

 パリから北西、ヴェルナー領の北方に小さなトーマ・アロワイヨー領はあった。
 トーマ・アロワイヨー領主となった青年アロワイヨーにはまつりごとの他にもう一つ悩みがある。
 パリ近郊の森の集落で出会った娘ミラのことである。
 ミラは冒険者達のおかげで無事にアロワイヨー家の親戚であるバヴェット家の養女になれた。これで家柄について文句をいう者は少なくなるはずだ。
 バヴェット家の屋敷はトーマ・アロワイヨー領内ではなく、別の領内にある。ミラが移り住むとアロワイヨーと離ればなれになってしまう。そこで別荘宅がトーマ・アロワイヨー領内に用意される事となった。
 バヴェット夫人は昔からアロワイヨーを気に入っている。二人の結婚が決まるまで、当分の間別荘宅でミラと過ごすつもりでいた。


「ねぇ、どうなのよ。アロちゃん」
 城の執務室を訪れたバヴェット夫人はアロワイヨーに答えを迫っていた。
「どうといわれましても‥‥」
 領主であるアロワイヨーも恩人のバヴェット夫人にはことのほか弱い。
「この間のオリアの一件。何事もなく済んだからいいものの、一つ間違えばミラの命がなかったかも知れなくてよ。他にも領主の妻の座を狙っている娘はたくさんいるわ。マリオシテ家のチタリーナ、マルピス爵の娘カネース以外にもね」
「だからといってわたしは‥‥。デビルとの戦いがどう進行するかわからないこの時期にミラと結婚だなんて」
「あのね。そんなこといってたら一生結婚なんてできないのよ。そんな目に遭うのはわたくしだけでたくさんなの! ミラの礼儀作法も、もう充分だわ。少々強引でも結婚なさい‥‥」
「バヴェット夫人‥‥」
 バヴェットは夫人と呼ばれているが未婚である。過去に何かがあり、それから独身を貫いてきたようだが、アロワイヨーも詳しくは知らなかった。
「わかりました。近々ミラに話します」
 アロワイヨーが頷き、バヴェット夫人は微笑んだ。
 しかし一週間が過ぎても何事もない。
「何か言いかけたようですが? アロワイヨー様」
「い、いや‥‥何でもない。うまいな、このジャム」
 ミラの前には言い出せないアロワイヨーの姿があった。
 はたから見れば相思相愛で、何を躊躇う必要があるのかといった状態なのだが、アロワイヨーはミラから断られる恐怖に取りつかれているようだ。
「仕方ないわね。まったくアロちゃんてば」
「アロワイヨー様らしいといえば、その通りなのですが」
 バヴェット夫人はアロワイヨー家の執事と相談をした。大切なのは雰囲気だという結論に落ち着く。
 翌日、執事はパリへと出発する。主要な用事を終わらせると冒険者ギルドに立ち寄るのであった。

●今回の参加者

 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb4840 十野間 修(21歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb6702 アーシャ・イクティノス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec1862 エフェリア・シドリ(18歳・♀・バード・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

●準備
「皆様、この度はアロワイヨー様の為に集まって頂いてありがとう御座います」
 早朝の冒険者ギルドの個室。アロワイヨー家の執事が四人の冒険者に礼をする。
 まずは冒険者達が計画を明らかにするところから始まった。パリ、そして周辺での用意が必要だからだ。
「バヴェット夫人の別荘でパーティを開いて、ダンスをすればきっとアロワイヨーお兄ちゃんとミラお姉ちゃんの二人、いい雰囲気になると思うの」
 明王院月与(eb3600)が代表して大まかな流れを執事に説明した。パリで買い揃えてゆくのはパーティに必要な品々である。食材や贈り物など多岐に渡るだろう。
 出発をずらして一日目は買い物などに費やす事となった。
「それではひとっ飛びしてきますね〜。夕方には帰る予定です!」
 話しが一通り終わると、アーシャ・イクティノス(eb6702)はギルドから飛びだす。そして元気にベゾムに跨ると浮かび上がった。飛んでゆく先はアロちゃんハウスのある森の集落だ。
「アロワイヨーさんとミラさん、結婚、なのですね。 ? アロワイヨーさんに、結婚をするようにする、でしょうか? でも、アロワイヨーさんにはひみつに、なのですね」
 エフェリア・シドリ(ec1862)は両手で持ち上げた子猫のスピネットに話しかけながら、一生懸命に情報を整理する。あらためて納得すると買い物に出かけた。月与と十野間修(eb4840)も一緒である。
「私が持ちますので。どうぞご遠慮なく」
 十野間修が荷物持ちをしてくれたおかげでエフェリアと月与は大いに助かる。
「少し大人になって、料理、たくさんうまくなろうと思うのです」
 エフェリアは手に取った野菜を真剣な眼差しで見つめる。
(「せっかくバレンタインが近いんだし‥‥」)
 月与はちらりと十野間修を横目で眺めた。
「どうかしました?」
「い、いえ何でも。こ、この人参くださいな」
 十野間修に気づかれた月与はとても慌てるのだった。
 市場で買い物を済ませると、三人はパン屋シュクレ堂にも立ち寄った。
 仲間達の買い物が終盤に差しかかっていた頃、アーシャは枝葉を避けながら森の集落へと着陸する。
「アロワイヨーさんとミラさんの大切な節目になるかもしれないパーティーをするのです」
 アーシャはさっそく集落に住む人々に二人の好物を訊ねた。
 アロワイヨーはやはり肉料理だ。痩せたとはいえ、好みがそう簡単に変わるはずもなかった。
 以前にアーシャも手伝ってアロワイヨーが猪を仕留めた事がある。あの時の猪の丸焼きがはどうだろうと集落の男衆が口にする。
 ミラにとっても大切な出来事であったのだろう。美味しそうに食べるアロワイヨーの横でずっと微笑んで見ていたそうだ。
 アーシャは集落の長の許可を得て森で猪を仕留める。一頭まるごと運ぶのは無理なのでよさそうな部位だけを持ってゆく事にした。残りの多くの猪肉は集落の人々に差し上げる。
「想い出の味は、その時の感情をも蘇らせるものです」
 雪を固めて作った氷で猪肉を保存しながら、アーシャはパリに戻るのであった。

●トーマ・アロワイヨー領へ
 翌日、冒険者達はセーヌ川に浮かぶ帆船の上で揺れていた。
 三日目の昼頃、ルーアンの船着き場に下りると馬車に乗り換えてトーマ・アロワイヨー領を目指す。夕方には関所を越えて城下町に到着した。
 冒険者達はバヴェット夫人の別荘宅で降ろしてもらう。
 執事は馬車で城へと戻っていった。六日目のパーティ開催をアロワイヨーに知らせる為だ。ただし冒険者の来訪は内緒である。
「みなさん、来て頂いてとても嬉しいです。バヴェット様がお呼びになられたようですが、具体的にはどのような?」
 ミラが冒険者達を居間まで案内してくれる。ミラもまだ事情を知らされていなかった。
 冒険者達はバヴェット夫人が現れてから依頼の趣旨を説明した。
「け、結婚‥‥ですか! えっと、いえ、それはいいのですけど‥‥」
 椅子に座るミラは揃えた膝の上に両手を置いて両肩をすぼませる。
「お料理のもてなしと社交ダンスで、いい感じにしたらアロワイヨーさんもきっと決心を固めると思うの」
 月与が自信ありげに作戦を語る。
「あの、アロワイヨー様の事ですから、みなさんの前ではきっと無理だと思うんです‥‥」
 それならばと、アロワイヨーがパーティの場に慣れた頃、バルコニーか別室にさりげなく移動したいとミラはいう。
 「もっともだわ」とのバヴェット夫人が頷く。アロワイヨーが告白の瞬間を人前に晒すとは考えにくい。覗き見、聞き耳は厳禁と決められた。
「私は準備がアロワイヨーさんばれないように、足止めを含めて話のお相手をしようと考えているのですが」
「アロちゃんはしばらく政務に忙しくてそれどころじゃなくてよ。アロワイヨー家の執事と相談してパーティの出席だけは死守させますけど」
 十野間修の心配をバヴェット夫人が一掃する。
 さりげない会話からでも、依頼の意図が洩れてしまっては計画が台無しである。
 これ以上アロワイヨーを急かせば、へそを曲げるに違いないとバヴェット夫人は考えていた。この場にいない執事も同様の考えを示すであろう。
 当日まで可能な限り、パーティの参加者達はアロワイヨーに会わない方がよいのである。
「愛の告白にはやっぱりお花ですよね。私は造花を作ろうと思って材料を揃えてきました♪」
 アーシャはジャパンの和紙を取りだして微笑んだ。枯れない造花なら二人の永遠の愛を象徴すると考えたのだ。
「シルバーリース、持ってきました。飾ってもいいでしょうか?」
「あら、いいんじゃないかしら。ヤドリギをつけたりすれば恋人同士にはぴったりだし」
 エフェリアのシルバーリースを眺めたバヴェット夫人はヤドリギにまつわる言い伝えを話す。
 聖夜祭のリースの材料にはヒイラギの他にヤドリギもよく使われる。そして新年を迎える際、ヤドリギの下でキスをすると二人に一年間幸せが訪れるという。
 バヴェット夫人の話を聞いたエフェリアは、パーティまでにヤドリギを探しておこうと心に決めるのであった。

●パーティ
「お招き頂いてありがとうございます。冒険者のみなさんがお越しになられているなんて、先程執事から聞くまでは知りませんでしたよ」
 六日目の夕方、アロワイヨーがバヴェット夫人の別荘宅に現れた。
「女の人から、誘うダンスパーティなのです。よろしく、なのです」
 居間で竪琴を奏でるエフェリアは椅子に座りながらアロワイヨーに挨拶をする。
 すでに月与と十野間修は竪琴の調べに合わせて踊っていた。月与は白いドレス姿である。
「大切に思う人にこの花を贈ると幸せになれます。そういうおまじないですよ♪」
 アーシャはアロワイヨーの胸元に赤い薔薇の造花を飾ってあげるとウインクをする。そしてアロワイヨーと一緒に現れた執事をダンスに誘う。
「アロワイヨー様、よろしいでしょうか?」
「ミラ‥‥、こちらこそ」
 ミラとアロワイヨーは手を取り合って踊り始める。
 バヴェット夫人はシュクレ堂の焼き菓子を頂きながら、みんなが踊る姿を微笑ましく眺めていた。
 ゆっくりのリズムの中で時は過ぎ去る。
 アロワイヨーはミラにそっと赤い薔薇の造花を贈った。
「そろそろお腹も空きましたし」
 アロワイヨーとミラが踊り終わった頃、早めに切り上げたアーシャが料理が載せられた台車を運んでくる。
 ダンスの間だけバヴェット家の使用人達に保温を頼んだが、基本は月与の指示の元、エフェリア、十野間修、アーシャが手伝って作り上げた品々である。
「これは‥‥、猪ですね。あの時と同じようなシンプルな味付けだ。それがとてもいい」
 アロワイヨーはアーシャが用意した猪肉の丸焼き風味の料理に満足してくれたようだ。食べ終わったアロワイヨーがとても感慨深い表情をする。
 猪肉を含めるパリから持ち込んだ食材の多くはスクロールのフリーズフィールドで作った冷たい部屋で保存したので、とても新鮮なまま料理に使えた。ちなみにスクロールは月与のもので、実際に使ったのは十野間修である。
 冷たい部屋ではプディングも作られた。肉一辺倒ではなく、野菜スープも用意される。
「こちらをどうぞ」
 月与はタイミングを見計らってアロワイヨーとミラのカップに魅酒を注いだ。
(「頑張って下さい。アロワイヨーさん」)
 アロワイヨーとミラが席を外したのを横目で確認した十野間修は心の中で応援する。
 エフェリアの竪琴で再びダンスの時間が始まった。
 ちょうどエフェリアが用意したヤドリギが取りつけられたシルバーリースの下で十野間修は月与にキスをした。
「今のは、予行練習‥‥って事で、本番を楽しみにしていてくださいね」
 十野間修の言葉に顔を赤くした月与はただ頷くだけだった。
 その頃、アロワイヨーとミラは二階のバルコニーで寄り添っていた。
「寒いね。大丈夫かい?」
「わたしには何故かこの寒さがとても心地よくて」
 強風に流れる夜空の雲が流れてゆく。月光の中、しばらく二人は見つめ合う。
「まだわたしには領主というものが、よくわかっていない。ノルマン王国の行く末がどうなるのかも。だが、ミラとならどんなことがあっても歩んでいける。全力でキミを守る。結婚してくれ、ミラ」
「アロワイヨー様‥‥」
 ミラはアロワイヨーに小さく「はい」と答える。
 アロワイヨーとミラがより近づくと流れる雲が月を覆い隠した。星明かりも月光もない暗闇がしばらく続くのであった。

●そして
「これでよいのです。仲良しがいいのです」
 パーティが終わった日の深夜、エフェリアは忘れないうちにパーティの絵を仕上げる。領内の風景を写し取った絵と共に大事に荷物の袋へとしまってから眠りについた。
(「戻ってきた二人の様子からすると、うまくいったはずです‥‥」)
 アーシャはベットで寝返りをうちながらアロワイヨーとミラの事を考える。
「修‥‥」
 月与は頭の中が十野間修で一杯のようで、なかなか寝つけなかった。
(「綺麗――」)
 隣室の十野間修は夢の中で花嫁姿の月与と出会う。
 翌日の朝、出発前の冒険者達はアロワイヨーとミラから結婚の決意を伝えられた。
 貴族の世界はとかく手続きが面倒だが、早く結婚するつもりだとアロワイヨーは語る。
 冒険者達は口々にお祝いの言葉を贈った。
 その様子をバヴェット夫人は遠くから眺め、そして頬に涙を伝わせる。
 ミラによってバヴェット夫人からのお礼を受け取った冒険者達は馬車に乗り込んだ。
 馬車は城下町を後にし、関所を抜けてルーアンを目指す。昼には到着して帆船に乗り換える。
 冒険者達を乗せた帆船は八日目の夕方、パリの船着き場に寄港した。