●リプレイ本文
●毛皮
「集まってくれたようだな。ありがとうよ。ギルドで聞いた所によると、もう一人来るとかいってたんだが‥‥。まあしょうがねえ。忙しかったんだろうさ」
熊の毛皮を使って出来た服を着る猟師は馬車の荷台から降りると、冒険者達に挨拶をした。
「よろしくお願いしますわ」
クレア・エルスハイマー(ea2884)がパートナーであるペガサスフォルセティのたてがみを撫でながら挨拶をする。
「ほっほっほっ、わしは小丹(しゃおたん)というんじゃ。よろしくのう」
小丹(eb2235)は真っ白なつけヒゲを触りながら挨拶をする。わざとボリュームを出すために防寒具の上にサンタクロースローブを重ね着しているようだ。
「お願いします」
龍皇院瑠璃華(eb8986)は丁寧にお辞儀をした。
「猟師さん、毛皮ありがとうございます」
アニエス・グラン・クリュ(eb2949)は猟師に感謝する。
「私が頂く訳ではないのですが、そんな気持ちに‥‥何かおかしいですね」
猟師と冒険者達は照れるアニエスの背中を軽く叩いて笑った。
「それと猟師さんのお名前は? 差し支えなければご住所も教えて頂けませんか?」
「俺の名か? シャシムというんだ。住所は‥‥忘れちまったな。いや、教えたくなくて忘れたんじゃなくてだな。本当に忘れたんだ。この馬車で三日位行った山中の集落に住んでおるぞ」
「シャシムさんですね。あの、その熊の服よく出来てますね。うまく裁縫する方法ってあるんでしょうか?」
アニエスはペンと羊皮紙を取り出してシャシムのいうコツを書き留める。
クレアは配布が終わればもう一度集まりましょうと提案した。シャシムと三人の冒険者は了解し、それぞれに用意をしてからパリの街に散らばるのだった。
●アニエスの場合
「よいしょと」
アニエスは愛馬テオトコスに毛皮を積んでゆく。
襟巻や帽子にあつらえられそうなモノを選ぶ。子供の首に巻くに相応しい兎や鼬の他に比較的毛が柔らかく、肌に刺激を与えないモノを選別する。その他にも子供に毛布として使って貰える大きなサイズのも十数枚は積んだ。
さらに雨など対策に覆いをすると、愛馬の手綱を手にアニエスは歩きだす。
まず向かったのはパリにある白の教会である。教えてもらうのは寄進が少なく、特に困っていそうな孤児院だ。
あせらずゆっくりと歩いて着いた孤児院をアニエスは眺めた。修繕がされていないせいか、壁がかなり痛んだ孤児院であった。大きな穴はないが、すきま風はどうしても入りそうだ。
「あの‥‥少しお話よろしいでしょうか?」
アニエスは外の掃除をしていたシスターに話しかける。そして経緯を説明した。
「まあ、そんなお方がいらっしゃっるのですか。少しだけお待ちになってね」
シスターは孤児院の中に入るが、すぐに戻ってきた。
「院長の許可もとれました。どうぞ、お入りになって」
アニエスは愛馬の連れて小さな庭に移動する。戸が開けられると、子供達が建物から顔を覗かせた。
「あっお馬さんだ」
何人かの子供がテオトコスに近づく。
「このお馬さん、テオトコスっていうのよ。荷物降ろすの手伝ってくれるかな?」
アニエスのお願いに子供達は元気よく返事をした。次々と毛皮が手渡されて、孤児院の中に運ばれてゆく。アニエスは孤児院の中にお邪魔した。
「このままでも使えますが、こういう風にやるとうまく裁縫出来るみたいです」
アニエスはシャシムから教えてもらったコツを書いた羊皮紙をシスターに渡した。
「そうですか。せっかくですから、私たちも子供達一人一人にあつらえましょう」
「私でよければお手伝いします」
アニエスは三人のシスターと一緒に針と糸を持つ。子供達の要望を出来るだけ聞きながら、縫製をしてゆく。ミトンや襟巻き、帽子にと毛皮は姿を変えていった。身につけた子供ははしゃぐ。
中には体調を崩している子供もいた。そういう子供には積んできた大きめの毛皮を毛布代わりに敷いたり、掛けてあげたりする。
「お願いがあるんです」
アニエスは院長にお願いして子供達に何かを書いてもらう事にした。残念ながら手紙を書ける程の子供はいなかった。なので、自由に絵で表現してもらう。
自由に描かれた絵は子供達の奔放さとやさしさを表していた。最後に唯一読み書きが出来る院長が猟師のシャシムに感謝の言葉を手紙を書くのであった。
●龍皇院の場合
「どこにいったのかな?」
龍皇院は空き地をテクテクと歩く。
愛馬に毛皮を積み、裕福ではない地域に足を踏み入れると、子供達がかくれんぼをしていた。龍皇院は子供達に話しかけてかくれんぼに混ぜてもらったのだった。
最初は大人の龍皇院に驚いた子供達であったが、探す役をやるというと喜んで入れてくれた。
空き地には五人の子供達が隠れているはずだ。
龍皇院は廃材が積まれた下を覗いてみる。
「見つかっちゃったよ」
「あちゃー。まさか最初なんて」
幼い兄弟が廃材下から飛びだす。兄が服の埃を叩くと、弟も真似をして服の埃を叩いていた。
次に探したのは建物の間だ。
板をひょいと外すと中から一番年上らしい男の子が現れる。
「お姉さん、探すのうまいね。ぼくいつも最後なのに。もしかしてかくれんぼのプロ?」
年上らしい男の子は小生意気であった。龍皇院からみればかわいいもんである。
龍皇院がふと振り向くと愛馬が道ばたにあった藁を食べていた。よく見てみると赤い何かが覗いている。近づいてみると、ズボンを履いた誰かのお尻である。
「見つけた〜」
「見つかっちゃった〜。でもお姉ちゃんじゃなくて馬さんに見つけられたのよ」
女の子は髪についた藁を取りながら笑う。
「さて、最後の子はどこに‥‥?」
空き地周辺には隠れられそうなめぼしき場所は残ってないように感じられる。大きな素焼きの壷があるが、真っ先に調べた。中には誰もいなかったはずである。
龍皇院は念のためもう一度調べる事にして上から覗く。目を凝らして暗い壷の底を見る。何かが動いたように見えた。壷の縁に沿って回ると、子供の姿があった。どうやらうまく死角に逃げていたらしい。
「最後の子、見つけました」
「もう少しだったのに」
最後の男の子が壷から出ると、教会の鐘の音が響く。子供達と決めていた終了の合図だ。
それからしばらくかくれんぼを続けていると、子供の数は増えていった。
最後に龍皇院は子供達と話す。どの子の家庭も、どうやら大変らしい。
「これ、差し上げます。お父さんやお母さんに渡して下さいね」
龍皇院は馬に積んでいた毛皮を子供達に分ける。
「では。真っ直ぐ家に帰りなさいー」
龍皇院が手を振り、子供達も手を振る。荷物がなくなった馬に跨り、龍皇院は戻るのであった。
●クレアの場合
「シスター、あれ何?」
子供達が空を指差す先には白い翼が舞っていた。
ペガサスフォルセティに乗ったクレアは孤児院の前に着地した。
「シスター、突然の訪問お許し下さい。実は――」
道に現れたシスターにクレアが話しかける。子供達はフォルセティに近づいて撫でたりしている。
「そうですか。それはとても立派な事を。その猟師様と貴方に感謝を。そして神に感謝します」
シスターは祈りを捧げた後で、仲間を呼び積まれていた毛皮を孤児院に運び込んだ。
「お姉さん、この馬すごいね。空とんじゃうなんてボク初めて見たよ」
「嬉しいわ。ありがとうね。フォルセティも喜んでいるわ。幻獣は恐くないでしょ?」
「うん。すごいかっこいいよ!」
クレアが子供に笑うとフォルセティも返事をするようにいなないた。
毛皮を降ろし終わると、クレアはシャシムのいる馬車の所に飛んで戻る。
再び毛皮を積むと、今度は教会を回った。大分少なくなっていたが、未だセーヌの一件で住処をなくした人達がいる。そういう人達を教会は受け入れていた。特に小さな教会を回って毛皮を置いてゆく。
残念ながらパリには私塾はあっても子供達の学舎はなかった。代わりに最初以外の孤児院にも毛皮を渡す。
「ありがとうございますじゃ。ぬくいのお」
老人達がクレアからの毛皮を肌に当てて喜ぶ。
施術院にはたくさんのお年寄りがいて、様々な治療を受けていた。この冬の寒さはとてもこたえているらしい。
「お身体を大切にしてくださいね」
クレアは一人一人の老人に声をかけてまわった。裁縫が得意な老婆が毛皮を使って何かを作り始める。他の人のも作ってあげるようだ。
善意の輪の広がりを感じるとクレアはフォルセティに乗り、施術院を立ち去る。
買い物を済ますとシャシムのいる馬車近くに戻る。他の冒険者に書き置きを残し、シャシムと一緒に冒険者ギルドに向かった。
●小丹の場合
白いお髭に赤い服、借りた白い袋を背負う者が一人。
誰か見てもわかる扮装をして小丹は貧民街を歩いていた。焚き火を囲んで暖をとっている人達を見かける。手作りのテントが近くにある所からして、いろいろと苦労している人達なのだろう。
「そこの嬢ちゃん、毛皮はいらんかのう?」
三十路はすぎていそうな女性に小丹は声をかけた。袋を開けると何枚かの毛皮を渡す。
「ほっほっほ、猟師の親父さんからプレゼントじゃ。食べ物の方がいいかもしれんが、それは教会を当てにしてくれかのう」
「いえいえ、すごくいい毛皮です! 手触りもいいし、とても温かいわ」
女性の様子を見て他の人達も集まりだした。
「今はこれを使って暖まって欲しいそうじゃよ」
「おお、これはいいなあ」
誰もが手に取ると毛皮を頬に当てていた。
「売るのはまだまだ後じゃよ、もう少し温くなってからのう」
小丹は手招きをしてみんなの耳を集める。
「でないと親父さんにセーヌに放りこまれるぞい」
「わっわかったわ。サンタさん」
小丹の潜めた声に女性は怖々と答えた。
「いや、わしはサンタではないのう。ほっほっほっ。のう、この近所で皮を細工できる者はおるかのう? 出来れば儲かって仕方がないというより、ぼろぼろの落ちぶれた職人がいいのじゃが」
そういえばと、集まった一人が革職人の居場所を教えてくれた。小丹はまだまだたくさん毛皮を積んである愛馬を連れて革職人を訪ねる。
家に入る前に小丹は白髭にちょちょいと細工して赤くした。理由は本人にしかわからないが、確固たる信念があってやっているようだ。
「何だてめえは?」
昼間から酒をかっくらう親父が一人寝転がっていた。
「ちと、聞いてくれんかのう」
小丹は経緯を話し始めた。一見乱暴そうでどうしようもない印象を受けるが、実は優しい人物だと小丹は見抜いた。
「――親父さんは肉を売るのが生き甲斐だそうで、毛皮を売りには出さんかったそうじゃ。じゃがパリの窮状を見て、たまりにたまった毛皮を放出することをしたというわけじゃ」
「なっ、泣かせるじゃねーか」
革職人の親父は腕で零れた涙を拭う。
「おぬしはその義侠心に答えられるかのう?」
「よしわかった。俺も男だ。預かった毛皮はタダで加工してみんなにあげよう」
革職人の親父は胸をどんと叩く。
小丹はこれからたまる分の毛皮に関しては、この革職人に流してもらおうとシャシムに交渉するつもりでいた。馬から毛皮を降ろし終わると、馬車のある所に戻るのであった。
●お茶会
シャシムと冒険者達はギルドの個室を借りていた。
クレアが用意したお茶と茶菓子を頂き、くつろいで今日あった出来事の話をする。
「これをシャシムさんにと預かってきました」
アニエスは書いてもらった羊皮紙をシャシムに渡した。
「おーおー、みんな喜んでいるみたいだなあ。字も書いてあるのがあるが俺は読めねえ。だがわかる。心が温かくなる」
「みんなすごく喜んでました」
「こいつは大切にするわ」
シャシムは羊皮紙を綺麗に畳むと、懐にしまった。
「子供達とかくれんぼをしたんです。楽しくした後でみんなに毛皮を分けました」
「そうかー。父ちゃん母ちゃんが毛皮を使っていいもんを作ってくれたら、それが一番だ」
龍皇院の言葉にシャシムは腕を組んで頷いた。
「私は孤児院や教会、施術院を回りましたわ。未だ住処を追われた人達がいるのは心が痛みましたわ」
「大変だったみたいだな。山奥のわしの所まで噂が聞こえて位だからな」
「でも、皆さん喜んで頂けましたわ。少しでも助けになったのはシャシムさん、あなたのおかげですわ」
クレアにいわれてシャシムは照れた様子だ。
「ほっほっ、猟師の親父さん、毛皮をタダで加工してくれる革細工職人を見つけたのじゃ」
「そんないい奴がパリにもいたのか! こりゃ驚いたな」
「わしの勝手なお願いじゃが、これから皮がたまったら卸してあげてもらえんかのう? まだ革職人には内緒の話なんじゃが」
「わかった。場所を教えてくれ。たまったら届けてやろう」
シャシムは胸を叩く。革職人と同じ承諾の仕方に小丹の『ほっほっほっ』は長く続いた。
お茶会が終わり、ギルド員に報告を終えると、冒険者達は馬車で帰るシャシムを見送るのだった。