●リプレイ本文
●準備
「はい。まずは暖まってね〜」
早朝のキュレーラ宅。一人娘のコリル・キュレーラは白い息を吐きながら訪れる冒険者やちびブラ団仲間をテーブルに導いてホットミルクを用意する。
荷馬車なら祖母のノーリアの住む村まで半日弱である。急ぐよりも余裕を持って準備を整えてから向かう予定だ。
「そう、建設中だそうよ」
見送りに来たユリゼ・ファルアートはちびブラ団の四人とテーブルを囲みながら、京都村に建設中の学問所の事を話す。将来に向けての選択肢はたくさんあった方がよいとユリゼは考えていた。
「ま、ドレスタットに用事があったらバトルハンマー鍛冶屋をよろしくな。ん? 外から霜を踏む足音がするな。来たか?」
もう一人の見送りであるラーバルト・バトルハンマーが出入り口のドアへと振り向く。
ラーバルトの予想通り、引っ越しを手伝う冒険者五人が到着する。
キュレーラ宅の前に冒険者五人は吉多の元を訪ねていた。ちびブラ団四人が冒険者になるにあたって必要な資金を援助してきたのである。アニエスは『桃の木刀+1』四本、『月桂樹の木剣』四本も寄付してきた。
「お久しぶりデス、ラムセスデス。またお世話になるデス」
「さすがに家族の者だけでは大変なのでね。こちらこそよろしく頼むよ」
ラムセス・ミンス(ec4491)は出されたホットミルクを飲む前にキュレーラ夫妻へきちんと挨拶を済ます。
引っ越しの間、ちびブラ団と一緒にしっかりとした所をキュレーラ夫妻に見てもらうつもりのラムセスであった。
「それではコリルさんとアウストさん、手伝ってもらえますか?」
アニエス・グラン・クリュ(eb2949)はキュレーラ夫妻から許可を得ると、コリルとアウストを連れてノーリアが住む予定の部屋へ移動した。印をつけたロープをコリルと二人で持って部屋の間取りを計る。それらをアウストが正確に羊皮紙へ書き込んでくれた。
(「このダモクレスの剣は、子供らがちゃんと仕事したときにおいらから渡すんや‥‥」)
中丹(eb5231)は椅子に座りながら立派な剣を取りだして眺める。最初は吉多に預けようとしたのだが、考え直したのである。
「少しお聞きしますが――」
クリミナ・ロッソ(ea1999)はコリルの母親にいくつかの質問をする。やはりコリルの母親は村には行かずにこの家でノーリアを迎える準備を整えるようだ。
(「衣類や貴重品に関しては女性陣が担当した方が良さそうですね」)
村での作業プランを立てるクリミナであった。
「ボロ布などをたくさん用意してきたのだが、運ぶ家具はどのくらいなのだろう?」
「亡くなった父さんの形見も含めてかなりあるようです。荷馬車を二両用意したのもその為ですから――」
ラルフェン・シュスト(ec3546)はコリルの父親から運ぶ荷物の傾向を訊いておいた。
「そのままだと寒そうなので、こちらをプラティナに贈りますね」
「わぁ〜、ありがとう〜♪」
コリルはアニエスからとても小さな服をもらうと、さっそくフェアリーのプラティナに着せてあげる。もこもこした羊を模した服はとても暖かそうである。コリルの肩の上ではしゃぐプラティナだ。
用意が終わって全員の身体も暖まる。荷馬車二両に分かれて乗り込み、一行は出発した。行きの荷馬車Aはコリルの父親、荷馬車Bはラルフェンが担当する。
コリルはアニエスから借りたフライングブルームで空を飛んで村へと先に向かう。予め不要品リストを作成しておく為である。
アニエスはコリルの父親の隣りで荷馬車に揺られながら、自分が冒険者に成り立ての頃どうだったかを話した。
やがて話題は騎士についてとなる。コリルの希望を叶える為には、養女として送りだすしか方法は残っていない。
「コリルが望むのであれば‥‥手助けしてやるのが親だろう」
コリルの父親は呟く。
「女の子の騎士見習いの修業は女性騎士の師匠になるはずです」
アニエスはコリルの父親の不安を少しでも和らげるように努めるのだった。
「ちょっと教えてもらうのデス」
ラムセスは荷馬車を停めての休憩中に金貨を取りだしてサンワードを唱えた。
山賊ではあまりに曖昧なので、外見的特徴として周囲に武装した者がいないかで太陽に訊ねる。フェアリーのじんにブレスセンサーで警戒してもらうのも忘れなかった。
道中は特に何も起こらず、荷馬車二両は暮れなずむ頃にノーリアが住む村へと到着した。
「よく来てくれたね。待っていたよ」
ノーリアと先行していたコリルが一行を出迎える。
引っ越しの作業は明日からにし、その日の晩は食事とお喋りの時間で過ごす一同であった。
●引っ越し作業
二日目は朝から快晴であった。
ノーリアが作った朝食を頂いてからさっそく荷造りの開始である。
「荷物の梱包は紐を結ぶ訓練になりますよ。縄は船や山で重要な役目を果たしますからね」
「こういうのはどうやって結ぶの?」
クリミナはまず子供達に荷物をまとめるロープの縛り方を教える。『冒険に役立つ事』をキーワードにして一つずつ教えてあげた。
基礎を教え終わったクリミナはコリルを連れて衣服の木箱に詰める作業を開始する。ちゃんと畳んで皺にならないように注意しながら納めてゆく。
「これはコリルさんのお祖父様のかしら?」
「うん。なんとなく着ていたのを覚えているよ」
クリミナが見せた衣服にコリルが頷く。
「ラルフェンさん、ちょっと」
「何だろうか?」
クリミナはラルフェンの背中に服を当ててみる。やはり丈が足りないようだ。
「食器も結構ありますね」
「この棚に並んでいるのは持ってゆくってノーリアさんいってたよ」
アニエスはアウストと一緒に食器類を仕舞い始める。持ってきたボロ布や藁など敷いて擦れ合わないように気をつけた。
「お待たせ〜♪」
ベリムートとクヌットは荷馬車で運んできた空の木箱や樽を台車で家に運び込んだ。
木箱や樽が詰められると、今度は荷馬車に載せる作業である。コリルの父親の力を借りて木箱を積み上げると崩れないようにロープで固定する。
その他に不要品を集めて外に運ぶ作業もベリムートとクヌットは担当した。
「力仕事、がんばるのデス」
「まあまあ、力仕事はおいら達に任しときーや」
ノーリアの前で太い腕を見せるラムセスに対抗し、中丹はキラ〜ン☆とクチバシを光らせる。二人はさっそく家具運びを始めた。
「ゆっくりとこっちだ。そうそう、そのまま下ろして」
ラルフェンはラムセスと中丹に力を貸しながら荷馬車へと誘導し、家具類が傷つかないようにボロ布や毛布を活用する。
時々休憩をしながら引っ越しの作業は進められた。急がなくても明日がある。
「家や、持っていかん家具とか、どないするんやろ?」
「家は村の誰かに譲る約束だっておばあちゃんいってたよ。持っていかない家具は壊して燃やして欲しいって。家はしょうがないけど、想い出が詰まった家具とか道具は他の人に使われたくないみたい」
中丹の疑問にコリルが答えてくれる。遠い目で冬空を見つめた後で中丹はコリルに大きく頷き、かぱぱぱっと笑った。
家具の一部は大きすぎるので一部を解体し、パリで組み立て直す事になる。アニエスが中心になって壊さないように部材を外してゆく。
日が傾き、引っ越しの作業はひとまず終わる。
荷馬車二両は少々の雨や雪が降っても大丈夫なように、葉が茂っている近くの針葉樹の下へ移動させておくのであった。
●ラムセスのお願い
「ちょっといいデスか?」
就寝前、ラムセスは一人で居間にいたコリルの父親に話しかけた。
親元を離れて修行している自分だが、どうしようもなく両親に会いたくなる時があると語る。それでも応援してくれる人がいてとても心強いともいう。
「まだまだ僕はこれからなのデス――」
一生懸命に話すラムセスをコリルの父親は黙って見つめていた。そしてコリルにはいい友達がいるといって微笑みながらラムセスに握手を求める。
「不安もたくさんデスけど、出来たら応援してあげて欲しいデス」
ラムセスは緊張したまま就寝の挨拶をし、ベットの中に駆け込んだ。
●ラルフェンとベリムート
夜、暖炉の炎を見つめていたベリムートの側にラルフェンが座る。
「捉まえ所のない長短。例えば強い意志と頑固、気配りとお節介、その違いは何だろう?」
ラルフェンは以前に聞いたベリムートの悩みについて考えてきた事を語り始めた。
「もしかすると欲張りとは妥協しない意志の表れかもしれんな」
「そうなのかな? そうならいいんだけど」
「物事をより能く修めるのは誰にとっても難しい。躓き壁に直面するのが早いか遅いかの違いだろう。だが困難でも己の特別な事や必要な事なら諦めず打ち込めるものだ。俺には語学がその一つだな」
「俺が得意なもの‥‥。なんだろう‥‥。ずっと探しているんだけど、まだ見つからないんだ」
「焦らなくてもいい。飲み込みが良いベリムートの器用さは特技だと俺は思う。それを活かしていけばいずれ自然に見つかる。何より、頼れる仲間や良い先生もいるのだから」
ラルフェンとベリムートは長く暖炉の前で話し続けるのだった。
●想い出とさよなら
三日目は村における総仕上げとなる。
荷馬車に荷物が載せ終わり、家の掃除が始まった。
ちびブラ団の四人、ノーリア、アニエス、クリミナは家の中を担当する。ラムセスとラルフェンは外回りの片づけである。
コリルの父親は今一度崩れないように荷馬車に載せた貨物のチェックを行う。
中丹はノーリアの希望通りに持っていかない家具類を拳で破壊していた。最後には道具や衣服と一緒に燃やす。
もったいないという考えもあるが、ノーリアの想いもまた一つの答えである。ノーリアの意志を尊重した中丹であった。
最後にウンディーネの花水木が水を操作し、家の床や天井の細かなゴミや汚れを拭き取ってくれる。
食料は夕食分を残してほとんどを使い切り、わずかに残ったものはクリミナがアンチセプシスをかけて荷馬車に積み込んだ。
一同はがらんとした家で最後の一晩を過ごす。
コリルはノーリアから祖父の話を聞きながら眠りについた。
四日目の朝、二両の荷馬車は村を出発した。
帰りの御者はコリルの父親とアニエスであったが、途中でちびブラ団の四人と交代する。特に破綻せず四人は手綱を操った。これも普段から子馬のテルムと接してきた成果である。
暮れなずむ頃、一行は城塞門を潜り抜けてパリに到着する。
キュレーラ宅ではコリルの母親が夕食の用意をして待っていた。冒険者と子供達もお相伴にあずかった。
●そして
五日目に再集結した冒険者達は荷物の運び込みを手伝う。
まずは家具を配置し、それから木箱や樽に納められた品々を取りだして並べてゆく。
午前中に大体が終わり、夕方前にはすべてが終了した。
コリルの父親からお礼として冒険者達に回復の薬が手渡される。リカバーが使える者でも何かの機会に役立つはずである。
「そうそう、コリルさん。お婆様に騎士になる話はしましたか? 一緒に過ごして他家の養女になると言い出しにくくなる前にしておいた方がいいですよ」
「‥‥そうだよね。うん、今晩必ず話すね」
去り際のクリミナとコリルが約束をする。コリルの力強い瞳を見てクリミナは安心した。
冒険者達は吉多の住処に立ち寄った。
「近々あの子らを連れて冒険者の登録をしにいくつもりだ。預かったお金で装備類の手配もしておいた。届くのに大して時間はかからないだろう。以前話したように、登録時には保証人として一緒に来てもらえると助かる」
吉多は子供達の冒険者登録に向けて着々と準備を整えてくれていた。
報告をしにギルドへ向かう途中、冒険者五人はちびブラ団の行く末を想像しながら意見を交わすのであった。