●リプレイ本文
●集合
パリ市内を流れるセーヌ川沿いに吉多幸政が住む建物。一階は倉庫になっており、二階の住処に今回の参加者達は集まっていた。
「この子達の為に集まってくれてありがたい。冒険者ギルドの登録は十三日だ。わしと一緒に保証人としてついてきてくれる方はどなたかな?」
吉多の問いに何人かの冒険者が態度を示す。保証人として立候補してくれたのはアニエス・グラン・クリュ(eb2949)、ラルフェン・シュスト(ec3546)、ルネ・クライン(ec4004)の三人だ。
「戦う鍛冶屋の俺としては防具や盾を作らせてもらうぜ。四人分を七日間か。まあ、何とかなるだろ」
ラーバルト・バトルハンマー(eb0206)は一階の倉庫部分を借りる事にした。鍛冶をする時だけは仕事場に戻らなくてはならないが、革の防具作りをするには充分である。細かい調節をするには子供達の近くにいた方が何かと都合がよい。
「僕の面接を思いだしてドキドキするのデス。でもみんなならきっと大丈夫なのデスよ」
ラムセス・ミンス(ec4491)は回りに座るちびブラ団の四人に笑顔を振りまいた。
身体こそ大きなジャイアントのラムセスだが、年齢はちびブラ団に一番近い。冒険者になる時の不安を一番理解しやすいのもラムセスであろう。
「クヌットさん、ちょっとこっちに来てほしいのデス」
「ん? なに?」
部屋の角に移動したラムセスはクヌットに『俺様』と自分を表現することだけは止めた方がいいと注意を囁いた。クヌットも止めようとしているのだが、ついつい言葉に出てしまうらしい。
「防具の素材について皆と話したのだが何故革製の装備なのだろうか? 布製の装備でも良いのでは?」
「理由といわれるとはっきりとしたものはないのじゃが、あえていえば経験からだ。前衛が後ろに下がっていては意味がない。これからは守られる存在から、何かを守る立場へと変わるのだから。四人の子供らが最終的に目指しているのは騎士の道。ジャパン出身のわしではその意味を深く理解は出来まいて。だが武士にも通じた生き方と心得ておる。戦う際に布製ではあまりに弱すぎると感じたまで。重すぎるのであれば、マントは布製でもよいと思うぞ」
ラルフェンの疑問に吉多が答えてくれる。
ちびブラ団の四人も含めて冒険者達は相談したところ、マントは布製と決まった。
他の防具は革製だが、なるべく急所のみを保護して全体を軽くする希望が付け加えられた。盾は鋼と木を合わせたものとなる。
「盾も作って頂けるとはとても助かる。材料代はこちらの資金から捻出させてもらいますな。それと使う鋼に関してですが、こちらを使ってはもらえんじゃろか?」
「この延べ棒は特別な鋼材か?」
「想い出のあるジャパンの玉鋼なのだ。ブランのように魔力の込められたものとか特別なものではない。刃物にしない限りは他の鋼材と大して変わらぬはず。それでもせっかくの子供達の門出に何かをと思うてな」
「そうか。ならこいつを使おうか」
ラーバルトは吉多から玉鋼を受け取った。
盾の枠用に使う木材は手持ちの分で充分に足りる。もしもの時にはアニエスとルネの木材もあった。
問題は革だ。とても全員分足りるとは思えなかった。
「クヌットさん、お父様から革製品を扱うギルドを紹介してもらえませんか?」
「うん、わかったぜ。後で父ちゃんとこ連れてゆくよ」
アニエスは革を手に入れる為にクヌットと出かける約束をする。その際にクリュ領のガウィト卿宛の手紙を出すつもりでいた。子供達四人の決意と冒険者ギルドへの登録の経緯の説明、そして今後の助力を願うものである。
「この前はあの子に素敵な名前をありがとう。バルディエもとっても気に入ってるみたいよ♪」
「気に入ってくれたのなら、ぼくたちも嬉しいよ」
ルネは一番近くにいたアウストに愛馬の名前をつけてくれたお礼を述べる。他の子達にも後で声をかけるつもりである。
「ちょっとエレインと一緒に会っておきたい人がいるの。夕方には戻るからね」
ルネは初日のみお手伝いのエレインと一緒に出かけていった。
「心臓は確かに身体の左寄りだけど、胸の中央と捉えた方がいいのよ」
エレインと同じく初日のみ手伝いのセレストは、子供達四人の前で人間の急所を羊皮紙に描き込んでいった。ラーバルトも側で見守る。
全身が金属鎧ならば神経質になる必要はない。しかし防具に軽さを求めれば守るべきポイントは厳しくなる。防具そのものの構造とそれを着込む時の両方の注意が必要であった。
●革
「ここにいても革の匂いが漂ってきますね」
「さっそく入ろうぜ」
アニエスとクヌットは倉庫で構える皮革の店を訪れる。中はたくさんの木箱が積まれていた。
「どう見ても職人には見えないが‥‥、誰かの使いか?」
「あ、あのこれ‥‥ち、父から預かったものです」
強面の店主にクヌットが父親から預かってきた紹介状を渡す。普段とは違って丁寧な言葉遣いを心がけるクヌットである。
「防具用の革か。デュソーさんの頼みならいい品渡さないとな。ちょっと待っておくれ」
店主が指示を出すと店員がたくさんの革の端切れを持ってくる。一つずつに動物の名前と番号が書かれてあった。
「これがいろんな動物革のサンプルだ。職人に見せて選んでもらっておくれ」
「はい。それでは決まり次第改めてお邪魔させて頂きます」
アニエスが店主にきちんとした態度でやり取りをする。その様子をクヌットはよく観察していた。
シャンゼリゼに立ち寄ってシフール便を出すと、二人は吉多の住処へと戻っていった。
●剣術
ルネとエレインはパリ市内にあるブルーニ家の屋敷を訪れていた。
当主の名はガエタン・ブルーニといい、ブランシュ騎士団黒分隊の隊員である。エレインはガエタンの娘シレーヌ・ブルーニと共に冒険者として戦った経歴があった。
エレインのつてによってルネはシレーヌと面会した。まずはちびブラ団の四人がこれから成そうとしている事を説明するルネである。
ルネとエレインが同じ側の席につき、テーブルを挟んでシレーヌが座っていた。
「事情はよくわかりました」
シレーヌが目の前のテーブルにミルクティのカップを置く。
「時間がある時にちびブラ団の子達に剣術の指導をして欲しいの。御願いします」
ルネは初対面で不躾なのを承知でシレーヌに頼んだ。吉多の元での基礎だけでなく、騎士としての剣術修行もそろそろ必要だとルネは考えていた。
「父上を通じてその子達の話は聞いたことがあります。本格的に騎士になろうとしているのですか‥‥。どこかわたしと重なりますね」
シレーヌは父親の指示で冒険者になり、経験を積んだ過去があった。
「その時の予定次第ではありますが、前向きに引き受けるつもりでいましょう」
「ありがとう。あの子達もきっと喜ぶわ」
快い返事をしてくれたシレーヌとルネは強い握手を交わす。
帰り際、シレーヌを紹介してくれたエレインに感謝したルネであった。
●防具
「革はこいつとこれがあればいいかな」
夕方、ラーバルトはアニエスとクヌットが持ってきたサンプルの端切れから必要な革を選んだ。明日倉庫の店に再びアニエスとクヌットが買いに行く予定である。
戻ってきたルネも一緒に子供達の採寸が始まる。
「隣りの部屋を借りますね。行きましょうか」
コリルはアニエスが担当した。女の子なので別室で計られる。
「ほら、恥ずかしがってないで大丈夫よ」
紐をあてるルネにアウストが顔を真っ赤にする。
「そんなに笑っていると計れないな」
ラルフェンは計るのを中止して溜め息をついた。どうやらクヌットはくすぐったがりのようである。
「両手をあげるのデス」
ラムセスは座ったままでベリムートを計る。修行の成果は筋肉の付き方に表れていた。これからゆっくりと大人の体つきになるのだろう。
「よし、後は俺に任せろ!」
ラーバルトは明日からの作業を控えて気合いを入れる。他の用意は整えてあった。
「私も手伝うわね」
ルネは布製のマント作りを任される。空いた時間は子供達四人の礼儀作法を確認するつもりでいた。
●面接までの日々
面接で失敗しないようにとラルフェンとラムセスは子供達四人の指南を行う。
ラムセスは自分の体験を話して少しでも緊張をほぐせるように努めた。
「僕の時の保証人はお父さんとお母さんがなってくれたデス。あまり硬くならないでいつもどおり話せば大丈夫って応援してくれたデス」
「そうなんだ〜。他にどんなことがあったの?」
コリルの質問に答えながらラムセスはいろいろと思いだす。震えている自分を抱きしめてもらった事は恥ずかしいので秘密である。
「そういえば――」
ラムセスは四人にファイターとして登録するのかどうかを訊ねた。将来は騎士になるにしろ、最初は別の職業もよいのではと考えていたからだ。
四人はファイターとして登録するつもりだと答える。吉多の薦めもあったようだ。
「そうだ。視線はちゃんと相手の目を見た方がよい。但し、例えば陛下やかなり偉い方の場合は別とだけ覚えておいて欲しい。後、マントは室内に入る時に必ず外すように。かなりの失礼になってしまうからな。ではもう一度やってみようか」
ラルフェンは面接のフロランスとなって子供達四人の練習相手になる。急に言葉遣いを変えてもおかしくなるだけなので、なるべく自然体での会話を勧めた。
ラルフ卿からの教本で普段から練習しているらしく、四人ともそれなりの形にはなっていた。辺津鏡を貸して普段から身だしなみに気をつけさせる。
「アウスト、やけに真剣に見ているな?」
「えっとね。職人もいいなって思ってた頃があったんだよ。もう騎士になるって決めたんだけどね」
「そうか。もし気が変わったのなら鍛冶屋もいいもんだぞ。中には理由が見当つかねーのもギルドに登録されてるし、そんなに気にすることもないって。ギルドに登録しておけば職人をしながら冒険も出来るしな」
「それも楽しそうだね」
四日目の暮れなずむ頃、アウストはラーバルトの仕事を見学していた。
希望のマークはあるかと聞かれ、悩んだ末にラーバルトのマークを防具類に小さく入れてもらう。二本のハンマーが交差した図案である。
ルネが作ってくれたマントにはちびブラ団四人の顔を単純化した刺繍が目立たないように小さく入れられていた。
予定より作業は早く進み、六日目の夕方にはすべての装備が出来上がった。アニエスから以前に提供された魔力付きの木刀と合わせてお披露目となる。
互いの格好を眺める子供達四人の様子を、冒険者達は微笑ましく見守るのであった。
●面接
「大人になるためには何が必要と思います?」
冒険者ギルドに向かう時にアニエスは子供達四人に言葉を投げかけた。
「私は知識、経験、他者への思いやりと愛情、最後に確固とした善悪の基準を持つことだと考えています。円満な人間関係を築けることは精神的に成熟している証明になりますし、資産や自分の体をどのように用いるかは私達が考え決定することだからです」
すべてを理解するのは難しいだろうと考えながらアニエスは四人に話す。それでもいつかは気がつく時が来るはずだ。もし今の言葉を思いだしてくれて将来の舵取りに役立ててもらえればアニエスの本望である。
「お待ちしていたのです。どうぞこちらへ〜」
冒険者ギルドに到着すると受付嬢のシーナが待っていた。
「いつものようにな」
「自分の気持ちをお話すれば大丈夫デス」
ラーバルトとラムセスは広間に残って見送る。残りの者達はシーナによって奥の部屋へと案内された。
「こちらの四人が約束の登録の方ね。お名前を聞かせて頂けるかしら?」
部屋に入るとさっそくパリ冒険者ギルドマスターであるフロランス・シュトルームから子供達四人に質問がされた。
少々つかえながらも子供達四人はちゃんと受け答えをこなしていった。
吉多が一人につき登録金10Gを支払う。アニエス、ラルフェン、ルネは子供達四人の将来性を語ってから書類にサインをした。最後に吉多もサインをして登録が完了する。
「期待しているわよ。がんばってね」
子供達四人が部屋から立ち去るときにフロランスは微笑んだ。
「これで四人とも晴れて冒険者なのですよ♪」
シーナが普段使うギルド施設内の説明を四人にしてくれた。
「ここが一番肝心なのです。よく選んで参加してくださいね〜♪」
依頼書が貼りだされる掲示板の前でシーナの案内は終わった。
「これで一緒に歩く仲間よ。よろしくね。私はね、一人でも多くの人を救いたくて冒険者になったの」
ルネが床に膝をつきながら一人ずつ子供達を抱きしめてあげる。
「よかったな」
ラーバルトが生え揃わない髭を触りながらニヤリと笑った。
「シュクレ堂でお菓子を買ってきたのデス。みんなでお祝いにお茶を飲むのデス♪」
ラムセスの案で吉多の住処に全員で戻ることになる。
「ちびブラ団の名前だが‥‥もし改めるのなら良い機会ではあるだろう。だが決断は自分達でな」
お茶会の最中、ちびブラ団の名前を今後どうするかの話題が出た時にラルフェンが意見を述べた。アニエスも意見だけに留めて判断は子供達四人に任せる。
「時に壁にぶつかり伸び悩み、あるいは中途半端な状態に焦りを感じる事があるかもしれません。でも、歩む事はやめないで下さいね」
自分自身を奮わせる意味も含めてアニエスは子供達四人を応援した。
「これはわしからだ」
吉多が子供達四人にリカバーポーションを贈った。冒険者達にも今回のお礼として手渡される。
防具類の材料代も同時に支払われた。立て替えられた分や持ち寄ってくれた品の代金も含めて。
やがてお茶会が終わって解散となる。
家路を辿る子供達四人の足取りはとても軽かった。