●リプレイ本文
●出発
早朝のパリに教会の鐘音が響き渡る。
ちょうどその時、シーナの家の前には人が集まっていた。外壁の貼り紙にあった日時に合わせて来てくれた親切な人々である。
仲がよくてあらかじめ同行を約束してくれた人や、偶然に家の前を通りがかってその気になってくれた人もいる。
シーナは知る由もなかったが、来ようと思っていて来られなかった人もいた。一言でもシーナに声をかけてくれたのなら一緒に行けたのかも知れない。
「一人で馬を買いに行くの心細かったので、とっても助かるのです〜♪」
シーナは四人と挨拶を交わしてさっそく出発しようとする。その前にシュクレ堂に立ち寄って蜂蜜入りの焼き菓子やホイップした生クリーム入りの雲のようなふわふわパンを買い込んだ。
幸いに風もあまりなく、冬場であっても比較的暖かい日よりであった。
「シュクレ堂で旅のお供も買ったし準備万端♪ たくさんのお馬さんに会いに行こう〜!」
愛馬・麗を連れた本多文那(ec2195)が張り切って城塞門を潜り抜けた。
「テレパシーで馬さんと話して、良さそうな馬さん見つけたいのです」
「よろしく頼むのですよ〜。わたし馬さんのこと、あんまりよくわからないのです〜。これから勉強なのです」
シーナは歩きながらエフェリア・シドリ(ec1862)の背中のバックから顔だけを出している子猫のスピネットの喉を撫でる。スピネットはゴロゴロと気持ちよさそうに鳴いた。
「良い子馬に巡り会えるといいですね。私も馬が好きだから楽しみ♪」
リュシエンナ・シュスト(ec5115)は愛犬のラードルフを連れてきていた。
ラードルフにとって牧場までの道のりは一日かけての大好きな散歩のようなものだ。リュシエンナの目には心なしかラードルフが弾んで歩いているように見える。
「この度はパリへと置いて来ましたが、驢馬のウナが些か高齢となりました。貼り紙によればシーナ殿は馬を購入との事。通り掛かったは主のお導き。わたくしにも馬との善き出会いがあればと考えております」
「ゾフィー先輩の紹介状があるので欲しい馬があったら買えるのですよ。ただ、先輩の希望で子馬限定になっているのです〜」
フランシア・ド・フルール(ea3047)からシーナは馬の飼育に関する注意点をいくつか教えてもらう。馬を購入したのなら川口家に預かってもらう予定だが、懐いてもらう為にもなるべく世話をしに行くつもりのシーナであった。
「みなさんはどうなのです?」
シーナが訊ねるとフランシアだけでなく、エフェリア、本多文那、リュシエンナも馬の購入を考えていた。
牧場での出来事を楽しみにしながら歩みは続く。
「たまんないのです☆ 雲を眺めながら雲を食べるのですよ〜」
昼頃、草むらに座っての昼食の時間となる。シーナが頬張ったのはシュクレ堂で購入した生クリーム入りのパンだ。もちろん人数分が用意されていた。
「ふわふわ、なのです。スーさんも少しだけ食べるのです」
エフェリアは千切ったパンを子猫に与えた。
「ふわふわパン、たくさん売れていたみたいでよかったですね♪」
シーナに微笑みながらリュシエンナがガブリとパンをかじる。
「ノルマンの食べ物って美味しいよね♪」
ジャパン出身の本多文那もがっつりと頂いた。
「面白い味ですね‥‥」
フランシアは蜂蜜で甘くされた生クリームの味に驚く。
昼食が終わると再び歩き始める。目的の牧場に着いたのは日が暮れる寸前であった。
●馬選び
「ゾフィーさんの紹介だ。ゆっくりと選んでいってくれ」
翌日、泊めてくれた牧場主が一行を厩舎に案内してくれる。しばらくすると牧場内の柵の中に馬達が放たれた。
一行はひとまず柵の外から馬達の様子を観察した。
牧場主の意見としては草を食べて元気な馬がよいらしい。
「わたくしは足は遅くとも丈夫で、気は弱くとも忠誠心があり、色は構わず毛艶の良い子馬がよいのですが」
フランシアは望む条件を口にしながら個々の子馬に視線を移した。動物調教の知識を活かして何頭かの候補を絞っておく。後は滞在の間、注目してどれが一番良いか決めるだけである。結果として買わない選択もあり得るが、この様子ならそうはならなそうだ。
「仲良くなれそうな子はいるかな? ラードルフは吠えてはダメよ」
リュシエンナは緑の草を摘むと柵の間から馬達にあげてみる。しかし寄ってくるのは大人の馬ばかりで子馬達は近づいてこなかった。
(「子馬さん、少し教えてほしいのです」)
エフェリアがテレパシーを使って子馬に訊いてみると芽吹いたばかりの草が好きだと返事がある。
「子馬さん、この草がおいしいっていっているのです」
エフェリアがいくつかの草を摘んで近づいてきた子馬に見せる。その中の一つを子馬が食べて嘶いた。
「ありがとう、エフェリアさん。さっそく集めてみよう〜と♪」
「シーナも集めてみるのです〜♪」
リュシエンナとシーナは屈んで子馬が好む草を摘み始めた。
「僕は牧場の人を手伝いながら買いたい子馬を探そう♪ とその前に、シーナさんはどんな子馬がいいの?」
走りだそうとした本多文那が立ち止まり、シーナへと振り返る。
「懐いてくれて身体が丈夫な馬さんがいいのです〜♪」
シーナの希望を知って本多文那だけでなく全員が心に留めてくれた。
「まずはシーナ殿が候補を決めてみたら如何でしょう? その上でわたくしたちが意見を伝え、最終的に決めてみては?」
「おー、それが良さそうなのです。まずは自分で選んでみるのですよ〜」
フランシアにシーナはニコリと微笑んだ。
「良さそうな子馬さんがいたら、わたしがテレパシーで聞くのです」
「そのときはエフェリアさんにお願いするのですよ〜」
エフェリアとシーナは一緒に子馬選びをする事にした。
「あ、わたしも一緒がいいな。それとシーナさん、まずは目を見ればその馬の性格がなんとなくわかるかなって思うのです。人と同じですね」
「確かにそういうものなのです。ギルドで受付している時に鍛えた洞察力で探してみるのですよ☆」
リュシエンナもエフェリアとシーナの組に加わる。
「人懐っこくて身体が丈夫な子馬さんだね。僕も気にかけておくね〜♪」
そうシーナにいって本多文那は厩舎の方へと消えていった。
フランシアは茶色い雛鳥を掌に乗せて草むらに座りながら馬達を眺め続けた。子馬とは目星をつけてから触れ合うつもりでいたのである。
リュシエンナ、エフェリア、シーナの三人は柵の中に入ってさっそく子馬達に草をあげた。子供の頃から気の荒い馬もいる。シーナは追いかけられたがリュシエンナの愛犬ラードルフのおかげでちゃんと逃げ切った。
本多文那は飼い葉集めや厩舎の掃除などを手伝う。
特に厩舎の汚れ方は馬の健康とも結びついている。神経質にならなくてもよいが、体調の悪い子馬だけは避けるべきと考えた本多文那である。もちろん仲間にも教えるつもりであった。
「てくてく、なのです」
エフェリアはなるべく身軽にして子馬に乗った。無理をするつもりはないのでシーナかリュシエンナに手綱を引っ張ってもらう。ゆっくりと柵内の外側を回る。
「この子は歳のわりに身体がしっかりしているようです」
フランシアが目の前を通過したときに子馬の評価をしてくれる。
「それじゃあ、次はこの子がいいかな」
一周し終えると本多文那が別の子馬と交代してくれた。
「次は私ね♪」
次はエフェリアに代わってリュシエンナが子馬に乗る。
「この子はおとなしい感じですね〜」
手綱を引っ張りながらシーナも子馬の調子を観察した。
滞在は四日目まで続いた。
その間にシュクレ堂で買ってきた焼き菓子とシーナが持ってきた紅茶でお茶会を開く。エフェリアの甘い保存食もみんなで摘むのだった。
いくつかの候補の中から子馬は選ばれた。
「では、この子馬に。名は‥‥フィリポと」
フランシアは手に入れた子馬を『フィリポ』と名付ける。
「う〜ん‥‥。シーナさんはなんて名前つけるのかな?」
「わたしはトランキルってつけるのですよ。『静かな』って意味なのです☆」
子馬を選び終わったリュシエンナだが、まだ名前は決めていなかった。シーナが選んだ子馬の名は『トランキル』となった。
「麗もこの子を気に入ったみたいだから、決め〜た♪ でも名前はどうしようかな?」
本多文那はたくさんの名前の候補を考えてきていた。風を表すヴィント、旋風のヴィルベルヴィント、東風のオストヴィント、冬を示すヴィンター、新しいを意味するノイなどだ。ちなみに麗とは連れてきた馬の名である。どれを選ぶかは悩みどころだ。
「馬さん、なんて名前が良いでしょうか?」
エフェリアもリュシエンナと同じように名前で迷っていた。
「本多さんの名前からもらってもよいと思うのです〜。わたしの他の名前候補は可愛いの『ジョリ』とか、ゆっくりの『ラントマン』なんて考えていたのですよ♪」
エフェリアもまたゆっくりと考える事にした。さっそく特徴を知る意味も含めて愛馬を絵に描くエフェリアである。
最終日の夜、大勢のリクエストによって厚い牛肉を焼いたステーキ料理が振る舞われた。
「ブタさんのお肉とは一味違う美味しさなのです♪」
シーナはナイフとフォークに握ったまま、両方のホッペタを膨らませる。
「牛さん、おいしいのです。シーナさんの特別ソースはあたりなのです」
「ね♪」
エフェリアも気に入って食べ進めた。シーナが持ってきた醤油と大蒜で味付けられた牛肉は独特の風味があった。焦げた醤油の香りはとてもよいものである。
「ここの牛は格別だね♪ それにお醤油がこんなに合うなんて」
本多文那はペロリと一皿を平らげる。
「わ、わかったからそんなに急かさないでね。ホラ♪」
リュシエンナは急いでラードルフに牛肉料理のお裾分けする。いろいろと活躍してくれたご褒美でもある。
「わたくしは個室の方で」
牛肉を焼いた料理はフランシアの分も用意されたが、それを食べたかは本人が知るのみであった。
●そして
五日目の朝、一行は牧場を後にする。無理に子馬へは乗らず、行きと同じように歩いて帰る事になる。まだ慣れていない上に子馬だからだ。
「その鳥さん、気持ちよさそうなのですよ♪」
「先日拾ったは主命と考え、世話をしている雛です。きっとフィリポを気に入ってくれたのでしょう」
フランシアの子馬フィリポの背中で茶色筋の雛鳥は揺られながら寝ていた。シーナは思わず笑顔になってしまう。
「スーさんも仲良くするのです」
子馬の手綱を握るエフェリアが呟くと、背中のバックの入っていた子猫のスピネットがニャーと鳴いた。
「他の馬達と一緒によろしくね」
リュシエンナは住処で既に馬を飼っていたので、愛犬ラードルフとの相性の心配はしていなかった。
「名前、どれにしよう‥‥。シーナさんならどれがいいと思う?」
「そうですね。本多さんの中だとヴィントがいいかな?」
本多文那は帰りの道中、どの名前にするかを悩み続けた。
夕方頃、一行はパリに到着する。
まずは川口花の実家へと出向き、シーナの子馬トランキルを預けた。その際、たくさんのシュクレ堂の焼き菓子を花にあげるエフェリアであった。
「知り合った印にもらって欲しいのですよ♪」
「文をしたためる時に役立ちますね」
シーナからフランシアにブタさんペーパーウェイトが贈られた。花にあげた残りの焼き菓子も一つずつ全員で分ける。
「とっても助かったのです☆ トランキルは大事に乗るのですよ〜♪」
最後、シーナは各々の住処へと帰ってゆく仲間にさよならの手を振り続けるのだった。