●リプレイ本文
●出発前
集合場所のエテルネル村出張店『四つ葉のクローバー』には夜明け前から冒険者達が集まっていた。
「こんな感じでいいだろ」
「助かりました」
早めに来ていた諫早似鳥(ea7900)がコルリス・フェネストラ(eb9459)の髪型を直して耳を隠し終わる。田舎ほどハーフエルフのへの風当たりは強くなるし、ザワートがどのような人物か依頼書からでは判断が出来ない。いらぬ騒動は前もって避けておくのが吉だからだ。
まもなくデュカスとザワートが現れて簡潔にガルイを取り巻く状況が語られた。
「デュカスさんの考えだと、その村にデビルがいるってこと?」
「昨今の状況から推理するとそうではないかと思うだけで何も確証はありません。ですがそう考えると納得がゆきます」
褐色の巨体を持つジャイアントの文月太一(ec6164)がデュカスの前で首を捻りながら想像する。もしもそれが現実であるのなら、ガルイは投獄された上に魂を抜かれているかも知れない。他の村人もとても危険である。
「司祭が一番怪しいですね。いきなり有無をいわさずに閉じこめてしまうなんて」
李雷龍(ea2756)はザワートが話してくれた内容を頭の中で反すうする。ガルイが疑われた理由はどう考えても言い掛かりだ。聖職者の指示とはとても考えられなかった。
「率先して拷問を指示する聖職者なんてハナから怪しいわぁ〜」
ポーレット・モラン(ea9589)は悪魔崇拝者などデビルに関わる者が発見された場合の通常の手順を語った。
それからザワートはポーレットの質問に答える。
村の雰囲気は日に日に悪くなっている。だがまだ完全に秩序が破綻している訳ではないらしい。
村長は司祭をかなり尊敬していたようだ。但し、ここ最近の行動に不信感を持っている様子も窺える。教会でのミサは二ヶ月程前から行われていない。
司祭からの施しはなかったが、村長がどこからか手に入れてきた食料を配給した事はあった。
「教えて欲しいのだ。毒草はどんなものだったのだぁ?」
「いやそれがだな。確かに司祭は枯れ草を握ってガルイを糾弾したんだが、俺にはそれが何て草なのかまではわからなかった。村に戻れば枯れ草は手に入ると思うんだが」
玄間北斗(eb2905)は初日のみお手伝いのシルフィリアに毒草の種類を調べてもらおうと考えていたが時間的に無理であった。諫早似鳥も毒草の知識に秀でていたのですべてを任せる。
「私は騎士姿が重要なので着替えませんが、みなさんの多くは変装していった方がよいでしょう」
コルリスは四つ葉のクローバーの店長ワンバが用意してくれた古着を仲間に薦めた。そして仲間同士で化粧をし合う。
玄間北斗は購入してきたニカワで顔に傷痕を作って普段とは違う怖い表情を作り上げる。一緒に行動する文月太一にも同じような化粧を施した。
初日のみ手伝いのセレストはザワートから村を統治する領主宛に報告の手紙を書く。送り主の名はザワートのみに留められる。
用意が出来た一行はさっそくデュカスの馬車へと乗り込んで出発した。パリ城塞門を抜けた頃、ちょうど日の出の時間となる。
(「ガルイ、待っていてくれ‥‥」)
デュカスは馬車を牽く馬達を急がせる。ザワートが居を構える村までは馬車で二日の道のりであった。
●長い時
村へ到着する直前にかなりの仲間が馬車から下りる。
そのまま村にあるザワートの家へ入ったのは本人とデュカスのみである。ただザワートの護衛を主人から命じられた犬の小紋太と、文月太一のペガサス・雪花は一緒に連れてきた。
李雷龍は村の様子を知る為に宿屋へと泊まった。
ポーレットはシフール飛脚の伝令として、夜遅くにザワートの家屋を訪ねる。
残りの者達はわざと村には入らずに一晩を野外で過ごした。
日が暮れてから大っぴらに行動しても怪しまれるだけだと考えたのである。田舎の夜は早い。ガルイへの拷問も中断しているはずだ。
長い夜が過ぎ去って空が白み始めた頃、諫早似鳥は鷹の真砂を飛ばす。
真砂は主人から指輪のオーラテレパスで指示された壁の空気穴に細長いスカーフの包みを落とす。ザワートの情報が正しければ中にガルイが監禁されているはずである。
三日目の太陽が昇るのと同時にガルイ救出作戦が動き始めるのだった。
●演じる者達
「なんだ、ザワートか。どうかしたのか?」
「いや、手紙を親戚からもらったんだが俺には読めないんでね。でも、なるべく早く読んでくれっていう緊急の印があったんで、朝早くて悪いがやって来たって訳さ」
ザワートが早朝に村長宅を訪ねると、目的の村長が庭にある井戸から水を汲んでいた。
「そちらの方々は?」
「ああ、こっちは友人のスカデ。もう一人は手紙を運んできてくれたシフール便の嬢ちゃんだ。二人ともゲルマン語の文字は読めないらしくてな。俺も含めて困ったもんだよ」
ザワートはデュカスをスカデと偽名で呼んだ。デュカスとポーレットはゲルマン語の読み書きに達者であったが、ここは知らないふりである。
「どれどれ‥‥。物騒な事が書かれてあるぞ。うちの村のように悪魔崇拝者が親戚の娘さんの町にも現れたらしい」
村長は概要の後にすべての文をザワートに読んで聞かせた。ザワートの親戚からの手紙というのは嘘で、すべてはポーレットが書いたものだ。異端審問について勝手な行動をした者の末路が描かれていた。
「似たような噂をパリで聞いたわぁ。最近悪魔が頻繁に出没するでしょ? 悪魔絡みの事件を至急報告しない村長は騎士に逮捕されて領主に罰せられるんですってぇ。怖いわよね〜」
だめ押しの独り言をポーレットは呟く。
「そうはいってもだ‥‥。あの司祭様の言葉は――」
村長は困った表情を浮かべる。
「あなたがこの村の村長でしょうか?」
「その出で立ちは‥‥。騎士の方?」
村長に話しかけたのは騎士コルリスである。
コルリスの後ろでは盗賊役の文月太一と玄間北斗が縄で上半身を縛られて地面に座らされていた。二人から伸びる縄を持って監視していたのが、ヘアバンドをつけて少女の姿に変装した諫早似鳥と旅人風の李雷龍である。
「てめぇら、じろじろみやがって。殺すぞ!」
巨漢の文月太一が近くにあった桶を蹴り飛ばして中の水を地面へとぶちまける。
「見世物じゃねえぞ! けっ、相手が名の知れた英雄様だって気付いてりゃ誰が襲ったかよ。女連れの手頃な獲物だと思ったのによぅ、やってられねぇ〜よな、相棒」
顔にいくつもの傷を持つ玄間北斗が唾を吐き散らす。盗賊役として普段とは違う態度を二人は演じ続けた。
「貴女、もしや領主様が派遣した騎士様ぁ?」
「そうではありませんが、何かこの村であったのでしょうか?」
ポーレットがコルリスに話しかけると村長が慌てて間に入る。
「騎士様、な、何かご用でしょうか?」
「迎えの者が来るまでこの悪党二人を預かって欲しいのです」
コルリスの願いに自宅で盗賊二人を預かろうとした村長だが、ちょうどよい施設があるとザワートがしゃしゃり出てくる。
「それだけ頑丈な施設なら安心出来ます。是非にそこへ入れておいて下さい」
「いや、それは、何といってよいのやら――」
コルリスの前で困った様子の村長に諫早似鳥が近づく。そして何かを握らせた。
「施設使用料。何かと物入りでしょ♪」
綺麗なダイヤモンドを渡された村長は悩みながらも建物の使用許可を出した。
「さあ、早く歩きなさい! お尋ね者のくせに酒場で僕達に絡んで捕まるとはあまりに思慮が足りませんね」
李雷龍が盗賊役二人の背中を小突くようにして監禁用の建物へと歩ませる。コルリスは当然として村長とザワート、デュカス、ポーレットも同行した。
諫早似鳥はそっと一同から離れると一人教会の方角へと向かうのだった。
●牢
「行ったのだぁ?」
「はい。離れて行きましたね」
玄間北斗と文月太一は牢の中で素に戻って小声で話し合う。二人は同じ牢へと入れられたが他には誰もいなかった。但し、廊下で通り過ぎた隣りの牢にガルイらしき人物がいたのを確認していた。
「ガルイさんいるのだぁ?」
玄間北斗がガルイがいる方角の石壁を叩きながら囁く。
「ザワートさんとデュカスさんの願いでやって来たのですけど」
文月太一も頬を壁にあてながら声をかける。
「‥‥そうか。それでわかった。回復の薬とかが外から牢に放り込まれたのはそのせいか。わざわざ助けに来てくれるなんて‥‥すまんな」
「薬の事は諫早さんがやったのだぁ」
ガルイからの返事に玄間北斗はほっとする。
「デビルは変な魔法で魂を抜いちゃうらしいんですけど、ガルイさんは平気ですか? すごく身体の調子が悪くなるみたいなんです」
「鞭で叩かれたりはしたが‥‥そういうのはなかったはず。気絶していた間もあるんできっぱりとは答えられないがね。薬である程度は回復させてもらった」
ポーレットから聞いた話によればデスハートンで魂を抜かれると、薬やリカバーでは体力を元通りには出来ないらしい。回復するならガルイは魂を盗られていないのだろう。文月太一は安堵のため息をついた。
「もう少しですよ。この程度の鍵なら俺でも開けられますから」
文月太一は開錠の術で牢の鍵が開けられそうかを確かめる。
「脱出までもうすぐです。ですけど外までの道案内はお願いしますね。迷うことには絶対の自信がありますので」
「あらららら〜なのだぁ〜」
文月太一の言葉に玄間北斗はずっこける。
隣からガルイの笑い声も聞こえてきてより安心した二人であった。
●教会
(「この草かい。飛んだ茶番を演じたようだねぇ。ここの司祭は」)
ヘアバンドを外し黒頭巾を被って教会内に潜入した諫早似鳥は、ガルイが井戸に投げ込んだという枯れ草を発見する。
想像していたドクニンジンやジギタリスでもない。染料としても使われることがある毒はないただの草であった。
諫早似鳥はデビルを探知出来る指輪『石の中の蝶』の動きを観察しながら、さらに教会の奥へと進む。その反応から司祭が待機している部屋に見当をつけておいた。
やがて盗賊役の二人を牢に閉じこめてきた一団が教会にやって来る。諫早似鳥は目につきやすい礼拝場の壇上に枯れ草を置いてから一時的に教会から脱出した。
「村長、突然どうかしたんじゃろか?」
冒険者達から様々な手で追いつめられた村長は村人に教会への集合をかけた。司祭から詳しく事情を聞く為である。
「これはなんでしょう?」
「それは悪魔崇拝者と疑われているガルイが井戸に放り込んだとされる毒草だ。司祭がそういってたぜ」
壇上の草を手に取ったコルリスにザワートが答える。
「確かにザワートのいう通り。司祭様がそう仰った時に握っていた枯れ草に間違いない」
村長もザワートに同意した。
コルリスは大きめのカップに水を汲んできてもらい、枯れ草を浸したあとで飲み干す。
「妙な色がつくだけでこのように何でもありません。遅効性だと疑うのなら、しばらくこのままで待機致しましょう」
コルリスは諫早似鳥からのテレパシーで教えてもらった口上を村人達の前で語る。
窓から教会の中を覗く諫早似鳥の側には牢から脱出してきた玄間北斗と文月太一、そしてガルイの姿があった。
諫早似鳥は玄間北斗に貸してあった指輪を返してもらい、テレパシーを使った次第だ。
教会の中では身体の調子が悪いという村人にコルリスが解毒剤を飲ませる。自分が平気で、さらに解毒剤を飲んだ村人の体調が元に戻らないのは非常におかしいとコルリスは説いた。
「待ちなさい! そいつらこそ奇術でたぶらかそうとする賊に違いありません」
突然礼拝場に声が響き渡る。司祭は奥でコルリスの話を聞いていたようだが、ついに我慢しきれなくなったようだ。
「人間の社会で平和を乱すデビル‥‥絶対に許しません!」
村人の群れから飛びだした李雷龍が有無を言わさずに龍叱爪を司祭に叩き込んだ。
デビルなのはすでに判明していたので躊躇はなかった。本物の司祭に憑依していた場合に備えて急所を外しておいたが、それも杞憂に終わる。
すぐに村人の非難の声も静まった。司祭がデビル本来の姿に戻ったのである。
「ネルガルよ!」
デビルの正体を見抜いたポーレットが声をあげる。
すでに安全地帯として張っていたホーリーフィールドを出来る限り増やしてゆくポーレットだ。
「ここから奥に行くんじゃないよ!」
諫早似鳥はガルイや仲間、村人達の守りに徹する。
「大丈夫なのだぁ〜」
「安心して下さいね」
玄間北斗と文月太一も守りの一角として配置についた。
「今のうちです!」
コルリスは鳴弦の弓をかき鳴らしてデビルを弱らせる。
「簡単には抜けられなくなっています。僕達を見くびらないように!」
教会から逃げだそうとするネルガルを追いかけながら李雷龍は叫んだ。追いつめられたネルガルは圧倒的な李雷龍の力の前にやられるのみだ。
デュカスは聖剣を構え、唯一の出口からネルガルが逃げださないように注意を怠らなかった。
衆人環視の中、李雷龍はネルガルを仕留め終わるのだった。
●そして
司祭が使っていたとされる教会の部屋の床下から遺体が発見される。腐敗が酷いために所持品からの想像になるが、どうやら本物の司祭の亡骸であった。
ネルガルが倒された後の床には十二の白き玉が残されていた。デスハートンで抜き取られた人の魂であり、それらは全部体調を悪くしていた村人達に戻される。
ネルガルは慎重に行っていたのか、誰も魂を抜き取られた時の事は覚えていなかった。
部屋に残されていたネルガルのレミエラは、村長の判断によって冒険者達に贈られた。特殊すぎてそのままでは使えないのでギルドで交換してもらう事になるだろう。
ガルイは使わなかった分の差し入れを諫早似鳥に返す。村長も受け取ったダイヤモンドを諫早似鳥に返却するのだった。
「それがガルイの選んだ道なんですね。僕がいうのも変なのですが、どうか身体を大切にして頑張って下さい」
「まだやり残しがたくさん残っているからな。またエテルネル村には顔を出すよ」
デュカスはエテルネル村へガルイを誘ったが断られる。酷い目に遭いながらもガルイの決意は固かった。
ガルイの生活を元に戻す手伝いをしてからデュカスと冒険者達は馬車で村を去った。パリの四つ葉のクローバー店に到着したのは七日目の夕暮れ時である。
デュカスは初めて手伝ってくれた文月太一と諫早似鳥に弟フェルナール特製の手綱を礼として渡す。そして去ってゆく冒険者をワンバと共にいつまでも見送るのであった。