●リプレイ本文
●行きの道中
地平線に太陽が昇り、流れる地面へと長い影を作りだす。
大地を駆ける馬車を操るのはセレスト・グラン・クリュ(eb3537)。
冒険者一同は依頼人サガリア司祭と共にティリグ助祭が眠り続ける村の教会を目指していた。
「いくつか質問をさせて頂いてよろしいですか?」
クリミナ・ロッソ(ea1999)は比較的平坦な道になってからサガリア司祭に質問を始めた。これまでの間、あまりの揺れの酷さに会話どころではなかったのである。
セレストの馬の扱いが荒いのではなく、少しでも早く到着して現状を確認したかったからだ。それだけせっぱ詰まった状況であった。
「ええ、もちろんです。わたしでわかる事でしたら」
クリミナの質問にサガリア司祭は答えてくれた。
ティリグ助祭は穏やかな青年だが何かと考え込む性格だという。今回はそれが悪い方向に傾いてしまったのかも知れないとサガリア司祭は残念がる。
ティリグ助祭は現在教会の部屋でもう一人の助祭から看病を受けているはずだ。サガリア司祭が村を出発する時はすでにかなり衰弱していたらしい。
村人達にはティリグ助祭は病で伏していると伝えてあった。加えて近づかないようにと言い含めてある。
「ティリグ助祭がサキュバスに憑依されているのが真実ならば、村人には隠したままでおきたいのです。信仰心を疑う者もいるかも知れませんが、彼は誰も傷つけておりません。寛容こそが大切ではないかと」
サガリア司祭の話を聞いたセレストは道の先を見つめながら頷く。
「礼拝場はあまり広くありませんが、ティリグ助祭の為に壊れたとしてもジーザス様が咎める事はないでしょう。もちろんわたしもです」
サガリア司祭が胸の前で十字を切る。
「なるべく村人に知られぬように到着の仕方も考えないと。馬車での到着が目立つのであれば冒険の途中に寄った事にするとかがよいかな?」
「堂々とみなさんを招いた方が村人にも怪しまれないと思います。それぞれに薬草や医療に詳しいわたしの友人と致しましょう。小さな村なので外から来た人達には、どうしても注目が集まりますので」
アリスティド・メシアン(eb3084)はサガリア司祭の意見を受けいれる。
仲間からの反対もなく極普通に馬車で村へ入る事になった。ただし村に近づいたのなら急いでやって来た素振りはみせないようにしなければならない。事態を悟られないようにする為だ。
(「死に別れた恋人か‥‥」)
アリスティドは夢に漂い続けるティリグ助祭の心を察した。竪琴の弦を軽く弾いて耳を傾ける。疾走する馬車内はうるさいものの、弦の音は長く余韻を残す。
「助祭に取り憑いてるのがサキュバスだとして、他にもデビルがいるかも知れません。注意は必要でしょう」
妙道院孔宣(ec5511)は教会に着き次第デティクトアンデットで周囲を探るつもりでいた。サガリア司祭の意向があるので、村人に気づかれないようにさりげなく調べる必要がある。
「デビルは倒さなくてはならないですわ。ランタンで照らせば蟻が抜け出せるような穴もわかるかしら?」
レリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)は馬車に揺られながらランタンの手入れを続ける。デビルは小さな虫にも化けられのでわずかな壁の隙間も注意しようとレリアンナは考えていた。
馬車は二日目の夕方前に目的の村へと到着した。
「お、なんだい。お客様かい?」
馬車とすれ違う村人達が一同に声をかけてくる。サガリア司祭に紹介された冒険者達は笑顔を振りまくのだった。
●眠る助祭
教会に一歩踏み入れた冒険者達は表情を引き締まったものに変える。
まずは状況の確認が行われた。
セレストがベットに横たわるティリグ助祭の容体を調べるとため息をついた。かなりの衰弱であまり持ちそうにない状況である。
指輪『石の中の蝶』の羽ばたきからティリグ助祭がデビルに憑依されているのがはっきりとする。
状況からいってもサキュバスに間違いなかった。当たっては欲しくなかった現実にサガリア司祭は強く奥歯を噛んでいた。
すぐにでも悪魔払いをしたいところだが、他にデビルが潜んでいるかも知れない。それにサキュバスをティリグ助祭から引き離したとしても戦う準備がまだ整っていなかった。
クリミナはひとまずサガリア司祭の聖職者としての仕事を手伝う。もう一人の助祭も看病で手一杯であろう。明日の午前に行われる予定のミサに備える。
ティリグ助祭が起きた時の事を考えて薬草を手に入れたかったクリミナだが、朝まで待つ事にした。
アリスティドとレリアンナは手分けして教会の穴を塞ぎ始める。
ベゾムに跨ったアリスティドは空中に浮かび、主に礼拝所内の隙間を担当する。外から洩れてくる月明かりで探ってはボロ切れなどで埋めてゆく。
レリアンナはティリグ助祭の部屋にランタンを灯しておいて天井裏に潜る。作業はアリスティドと同じく、光の洩れによって穴を見つけては布きれや削った細い木の棒で塞いだ。
ランタンの油はサガリア司祭が提供してくれたのでとても助かる。天井裏が終わると外壁の穴も埋めたレリアンナである。
妙道院はデティクトアンデットと石の中の蝶の反応で教会の周囲を探った。真夜中の行動としては目立つので近場のみに留める。日が昇ったのならもっと広範囲を探すつもりでいた。
セレストはティリグ助祭の看病を見ながら石の中の蝶の反応に気をつける。ティリグ助祭に憑依しているサキュバスが突然暴れださないかを監視する意味もある。
これまでは看病の助祭が近くにいただけなのでサキュバスも安心していただろう。だがもし冒険者達が現れたのを怪しんでいるとすれば事情は変わる。ティリグ助祭の命を奪う事よりも保身の為に逃げだすかも知れなかった。
●夜に備えて
「みなさん、こちらの方々はわたしの友人でティリグ助祭の病気を看に来てくれたのです」
三日目午前のミサが終わるとサガリア司祭は冒険者達を村人達に紹介した。
ほとんどの村人がティリグ助祭の容体を心配していた。その様子に冒険者達は互いの顔を見て頷き合う。
「それでは少し出かけて参りますわね」
クリミナは村人に教えてもらった野草が生えている場所に薬草を探しに行く。
「ええ、そうなの。回復したら是非ティリグ助祭を見舞ってあげて」
セレストは滋養のある食材の提供を呼びかけるのと同時に、回復後にティリグ助祭への見舞いを子供達にお願いした。
「ちょっと散歩してきます。後は頼みます」
妙道院は教会の警戒をアリスティドとレリアンナに任せて出かけた。散歩に見せかけたデビル探索である。
「今夜に予定した礼拝所での戦いには負けられませんね」
アリスティドはセレストから受け取った白勾玉を身につける。夜になるまではティリグ助祭の容体を見守る事にした。
「これを使うのを忘れないようにしないといけませんわね」
レリアンナは赤の聖水を眺めてから大事にしまう。デビルの行動を制限させられる有用なアイテムであった。
●憑依のサキュバス
「‥‥もう叶わない想い、か。目覚めさせるのも酷だけれども‥‥」
アリスティドは礼拝所に運び込んだティリグ助祭の顔を覗き込んだ。頬は痩けて青白い肌をしていたが、どこか微笑んでいるようにも見える。
サガリア司祭には教会の外で待機してもらう。調査の結果、ティリグ助祭に取り憑いてるサキュバス以外にデビルの影は見当たらなかったので襲われる心配はないだろう。
「これでどこにも死角はないはずですわ」
クリミナはホーリーライトで輝く光球を作りだし、礼拝所の各所へ浮かべておく。
「――神のご加護を――」
レリアンナが祈りを捧げながら赤の聖水を振りまいた。
「クリミナさんとレリアンナさんはこちらに」
妙道院の役目は仲間達の護衛だが戦いの最初は違う。セレストがサキュバスの分離に成功したら、元に戻ったティリグ助祭を安全な場所へ移動させなくてはならなかった。
「それでは‥‥いくわよ」
セレストはレジストデビルなどの付与魔法が終わった後で、クリエイトハンドをティリグ助祭にかける。
すると何かがティリグ助祭の身体から飛びだしてくる。よく見れば女性の姿をしていたが、次第に形を崩して霧のように変化していった。
「逃がさないわよ!」
セレストはソニックブームを飛ばし、天井へと昇ろうとしたサキュバスの動きを牽制する。
「ティリグ助祭は確保しました!」
ティリグ助祭を抱きかかえながら妙道院が叫んだ。無事に仲間が作り上げた結界内へとティリグ助祭を運んだ妙道院であった。
「もしもわたくしが憑依されることがあればホーリーを!」
レリアンナが盾を前に押しだすようにサキュバスとティリグ助祭の間に入る。
「ゆっくりとこの毛布の上へ」
クリミナはティリグ助祭を妙道院から預かる。そして予め付与してあったデティクトアンデットでサキュバスの位置を正確に把握した。急な動きをした場合は大声で仲間に知らせる。
妙道院は護衛として立ち塞がり、サキュバスが近づいてきた時には聖剣で払った。誰かに取り憑いて窮地を凌ごうとしているのだろう。
ホーリーフィールドの障壁が危なくなった時のみクリミナはホーリーでサキュバスを攻撃する。
レリアンナは魔力が込められた鞭をしならせて空中を漂うサキュバスを威嚇した。
「あなたの敵はあたし!」
床まで下りてきたサキュバスをセレストの漆黒の斧が捉える。振り下ろされた斧がサキュバスの身体の一部を弾き飛ばした。
「そうやって助祭をたぶらかしたのね‥‥!」
セレストはサキュバスからの魅了による圧迫感に一度は立ち止まるものの、怯むことなく突き進んだ。そして止めを刺す。
一瞬女性の姿に変化したサキュバスがこの世界から消えてゆく。
「テオノーラ‥‥」
ティリグ助祭の呟きを周囲にいた冒険者達が耳にする。まだ完全に意識が戻らないティリグ助祭の閉じた瞳から涙が一筋流れ落ちるのであった。
●目覚め
ティリグ助祭を元の部屋に戻して一晩が過ぎ去る。
「わたしは‥‥」
窓の隙間から射し込む朝日に反応したティリグ助祭がようやく目を覚ます。衰弱が酷く、自力では上半身を起きあがらせるのがやっとの様子だ。
「無理をしてはいけませんよ。まずはこちらを」
クリミナが予め作っておいた薬草入りのスープをよそって持ってくる。
「残念だけど、そういうことよ」
「テオノーラの正体は化けていたデビル。しかも夢の中まで現れてわたしを取り殺そうと‥‥」
セレストからこれまでの経緯を聞いたティリグ助祭が項垂れる。
「今日はとてもよい天気ですね」
アリスティドは窓の戸を大きく開けるとティリグ助祭に振り向いた。心地よい微風が肌を撫でて春を感じさせる。
「もし、村の方が悪魔の呪いで悪事を為したら、貴方はその方をお見捨てになりますか?」
「‥‥いえ、全力を持って助けるつもりです」
「助祭殿のお答えこそ、貴方の信ずる神の言葉ではないでしょうか。神は今も、貴方の心の側に居ると、僕は思います」
「わたしは‥‥」
アリスティドの問いに答えたティリグ助祭はしばらく震える自分の掌を見つめ続ける。
「痛みを知らぬ者が痛みを訴える人を慰める事は出来ません」
クリミナは一つだけティリグ助祭に助言を与えた。
(「ここは無理に言わなくてもよさそうですわ。重々わかっているでしょうし」)
レリアンナはティリグ助祭に少し釘を刺すつもりでいたが胸の奥にしまい込む。
「あらためて村全体を確かめましたが大丈夫でした」
外から戻ってきた妙道院が一同に村の状況を報告する。心配した村人達に何度も容体を聞かれた事もティリグ助祭に伝えておく。
「ティリグ助祭、元気になったの?」
しばらくして窓の外から男の子がひょっこりと顔を出す。背伸びをしているようで左右にフラフラと危なっかしい。
昨日のミサにいた中の一人である。
「もうわたしは大丈夫ですよ」
ティリグ助祭が微笑みながら返事をする。ニカッと笑った男の子は村のどこかへ駆けていった。
●そして
男の子が村の人々に伝えたのか、滋養のある食材が教会にたくさん運ばれてくる。それらを使ってセレストが喉に通りやすくて美味しい料理を作り上げた。
「みなさんのおかげでティリグ助祭も元気を取り戻すでしょう。これは礼拝所に落ちていたものです。サキュバスが落としたのでしょうか。わたしどもでは必要ありませんので、みなさんでお分け下さい」
五日目の朝、サガリア司祭が冒険者達へ感謝の言葉と共にレミエラを手渡した。
冒険者を乗せた馬車は村を後にし、六日目の夕方にパリへと戻るのであった。