●リプレイ本文
●出発
「あれ、一番乗りなのです?」
早朝のパリ船着き場。真っ先に現れたのは吟遊詩人のクリス・ラインハルト(ea2004)である。
クリスは近くにあった空樽の上に腰掛けて仲間を待つ事にした。ちょうどその時教会の鐘の音が響き始める。
(「久しぶりのルーアンで狐助けですか‥‥」)
クリスはルーアンの街並を思いだす。よく知る絵描きの夫婦もルーアン在中のはずだった。
「確かこの辺りが集合場所のはずだが‥‥」
二番目に到着したのはナイトのクー・スヴェルゲン(ea1530)だ。愛馬に乗ってロバを引き連れていた。
「あ、クリスなのです。よろしくお願いしますね☆」
「クーだ。よろしくな」
地面へと下りたクーにクリスが挨拶すると、さらに二人が近づいてくる。
「ジプシーのレア・クラウスよ。よろしくね」
一人は参加するレア・クラウス(eb8226)、もう一人は見送りのセイルであった。
「まだ依頼人はいないようだし、ちょっと占ってみましょ」
レアは小石を数個拾うと空へと放り投げる。そして地面に落ちた位置で今回の依頼を占った。結果は『でたとこ勝負』といった感じらしい。
(「船に乗って狐探しとは‥‥」)
セイルは呆れながらも必要になるだろうとレアとクリスに狩猟のコツを教えた。クーもそれなりの知識があるので何とかなりそうである。
「お〜い〜〜、俺だ〜〜!」
遠くから聞こえた男の声に全員が振り向く。鐘の鳴り終わりと同時に到着した男は、しばらく肩で息をし続ける。
「お、俺の名は‥‥パパガっていうん‥だ。よろしくな」
男が依頼人のパパガであった。
一行はさっそく出港間近のルーアン行き帆船へと乗り込んだ。セイルが軽く手を振って見送る中、帆船は船着き場から離れて下流を目指した。
●ルーアン
二日目の昼頃、一行を乗せた帆船はルーアンへ入港する。
一行は下船するとまずはパパガの家を訪れた。
「ゆっくりとくつろいで構わないぞ」
パパガが胸を張るものの、部屋はとても散らかっていて足の踏み場もなかった。冒険者三人は順番に顔を見合わせた後、仕方なく片づけを始める。
小一時間かかってようやく寝転げるスペースが確保される。女性のクリスとレアは布で作った仕切りの向こう側で寝ることになる。
「さてと船の中でも話し合ってきましたが――」
クリスがあらためて狐捕獲の作戦を切りだした。
まずは捜索だがクリスはテレパシーを使って犬猫などから聞きだすつもりである。
レアは動物知識で大まかな周辺を決めて町の人々への聞き込みを行う。
クーは街近くの森を調べるつもりでいたのだが、依頼書にあったようにルーアンは城塞都市である。高い城壁で周囲を覆われているので、狐は大きな檻に閉じこめられているといってよかった。当然簡単には外へ出られない。
そこで森というより街中の緑の多いところを探すそうとクーは考えを変える。
「探すのがうまくいったとして大事なのは説得よね。ま、相手が狐だから説得というよりもエサでつるって感じになるだろうけど」
「何がいいのだろうか。一口に狐といっても棲んでいた地域で食べるものも変わるはずだからな」
レアとクーが野ネズミや兎などの名前をあげていると、聞いていたパパガが大きく目を見開く。
「そうだった! 思いだしたぞ。狐はよく魚を盗んでいるらしい。ルーアンはセーヌ川沿いの街だし、あの狐が元々この周辺に棲んでいたのなら魚好きでもおかしくはない。いや、きっと魚が好物な狐なんだ!!」
少々決めつけすぎなパパガの考えであったが、間違ってはいなかった。
「魚ならいい感じなのです♪ 犬さんや猫さん、鳥さんへのお礼にも丁度よいですし」
クリスだけでなくレアとクーも賛成し、魚を用意する事が決まった。
「ちょっと待っててくれ!」
家を飛びだしていったパパガが三十分程して帰ってくる。手にしていたのは釣り道具一式四セットだ。
「魚を釣っておこうじゃないか。いつ狐が現れても構わないように。俺も一緒にやるぞ」
パパガは自分の分を残して冒険者三人に釣り道具一式を譲った。さっそく外に出て四人で川岸に並んでの釣りが始まる。
「それではいってきますです♪」
約一時間後、全員で釣った五匹を抱えてクリスが先に調査へと向かう。
残念ながらその後の成果は鈍り、小振りな魚が四匹釣れただけであった。
明日に持ち越すのもなんなので、焼き魚にして一人一匹ずつの夕食の腹の足しになる。それだけでは足りないので冒険者達は保存食も口にした。
クリスは川沿いの鳥に魚をあげながらテレパシーで訊ねたものの、会話の成立がうまくいかないまま終わっている。
夜明け前に起きて釣りをする事となり、全員が早々に眠りにつくのだった。
●調査
三日目からは本格的な狐探しが始まった。
釣り上げた魚を手に冒険者達は散らばる。パパガは仕事以外の時間を釣りに費やしてくれた。
「犬や勢子が用意出来るのなら簡単に追いつめられそうだが‥‥」
クーが呟いた勢子とは猟などで獲物を追いつめてくれる人夫を指していた。
しかし依頼人パパガが期待しているのは、冒険者が狐を捕まえて安全な場所に逃がしてくれる事だ。これ以上の費用を負担するとは考えにくかった。
「あの辺りなら」
林を見つけたクーは持ってきた魚を使って簡単な罠を仕掛ける。草むらに隠れて見張ったものの現れたのは狐ではなく他の動物ばかりだ。
それからもクーは木々や草が多く繁る場所を見つけて調査を続けた。
「占いではこれといった場所は浮かばなかったのよね」
レアはパパガが描いた大雑把な地図の木片を手にルーアンの街を歩いてみた。
得意の踊りを街角で踊って人を集め、狐の噂を何人かに訊いてみる。するとやはり食べ物に関係する周辺に出没するようだ。ただし神出鬼没で一個所には特定されていない。
「私、これでも動物学者なんだからね」
レアが拾った棒で地面に狐の出没位置を記しながら情報を整理した。
(「ふむふむ、わかりましたです。これはお礼なのでどうか納めてくださいね☆))
クリスはボス猫にお礼の魚を渡すとその場を立ち去る。
「ボス犬さんにも聞きましたけど、この辺りではなさそうですね」
レアと同じくパパガからもらった簡易の地図にクリスは印を描き込んだ。そして次の動物達のテリトリーへと向かうのだった。
●狐
三日目、四日目と過ぎ去る。
その間にも狐は出没したようだが、残念ながら冒険者達が接触する機会はなかった。ただ最新の情報は推測を強固にしてゆく。
レアが狐の出没地点から大まかな範囲を割だす。さらにクリスがテレパシーで動物達から得た情報を合わせて範囲を縮小させる。最後にクーが調べた狐がいなかった場所を除外すると一軒の古びた建物が残った。
五日目の朝方、冒険者三人とパパガは古びた建物を訪れる。
「怪我をしない程度の罠を仕掛けておこう」
クーは一番大きな出入り口付近に細工をする。持っていたボロボロのマントとパパガから借りたロープを使って。
「さて‥どう接触しましょうか?」
と一瞬考えたレアであったが、早々に諦める。接触の仕方はクリスに任せて、機会があれば好物であろう魚を見せびらかして誘惑する事に決めた。所有の指輪を使ってテレパシーを使えるようにしておくのも忘れない。
(「それでは入りますよ」)
クリスがテレパシーでクーとレアに突入を伝える。パパガは外で待機だ。
(「この建物で狐が棲むとすると‥‥」)
レアが一階の逃げ道がある部屋に狐は隠れているのだろうと推測する。
(「物音が聞こえましたです」)
クリスの後についてゆくと確かに狐は実在した。本来狐は夜行性のはずだが、どうやら街に棲んでいるせいで生活時間がずれている様子だ。寝ぼけながらも起きている。
(「それでは‥‥いきますです!」)
クリスは渾身のスリープ魔法を離れた位置から狐にかける。一度は立ち上がって千鳥足で歩いた狐だが、すぐにその場へと倒れ込んで眠ってしまう。
「何とかなったな。これなら――」
クーがパパガから借りたロープで狐の足を縛り、口には猿ぐつわをはめた。
乱暴にすると目を覚ましてしまうのでクリスやレアの手も借りる。最後には罠から外してきたボロボロのマントで狐をくるんだ。
「後は城塞を抜けるだけだ。俺に任せてくれ」
パパガが案内をし一番人通りの少ない城塞門へと向かう。狐はクーの愛馬の背に乗せられて運ばれた。
途中狐は起きてしまったが、クリスがスリープをかけ直してなおして再び夢の中へと戻ってゆく。
「今度見つけたら、叩きのめしてくれる!」
「まったく商売あがったりさ。あの狐! 棲んでる建物があるって聞いたんだけどね」
物騒な言葉を口々にする商売人達の横をすり抜けながら一行は石畳の道を歩んだ。どうやら街の人々に捕まるギリギリの所で狐を確保出来たようである。
城塞門を潜り抜けると、セーヌ川沿いにある森へと向かった。
森外縁に到着するとさっそくロープを外す。まもなく狐は目を覚ました。
(「お腹空いたでしょ。活きはよくないけど、まだ食べられるわよ」)
レアが持ってきた魚を念波で勧める。最初は怪しんでいたものの、すぐに狐はかぶりついた。
(「街は狐さんが棲むには大変なのです。餌をくれる優しい人もいたかも知れないですが、そうでない人もたくさんいるのです」)
魚を食べ終えた後、クリスはこのまま森へ戻るように狐の説得を試みた。
(「それがいいぞ。あの街は狐が棲むには窮屈だからな」)
レアからテレパシーリングを借りたクーも狐に念波を送る。
(「そういうことだ。毛皮にされないうちに森へ帰った方がいいぞ」)
パパガも借りたテレパシーリングで狐に呼びかける。
(「カエル、モリ‥‥」)
狐はパパガにテレパシーで返事をした後で遠吠えをする。それはきっと狐の感謝の言葉であったのだろう。
クリスはお別れの歌を狐に捧げた。最初は狐が驚かないよう静かに、徐々に声量を開放してゆく。
クリスの声に合わせてレアは舞った。これも狐への別れの表現だ。
クーがちらりと横目で眺めると、パパガの瞳は潤んでいた。
「もう変な所に来ちゃだめよ〜」
レアが叫ぶと去りゆく狐は一度だけ振り返る。そして森の茂みの中へと消えてゆくのだった。
●そして
「あの狐を無事に森へ帰せて本当によかった。助かったよ」
六日目の昼頃、パパガはパリ行きの帆船に乗り込む冒険者達を見送る。せめてものお礼にと途中で使った釣り道具一式を手渡した。
ルーアンを出港した帆船がパリに着いたのは七日目の夕方であった。