●リプレイ本文
●雪山へ
馬が引く荷台に揺られながらユリゼ・ファルアート(ea3502)は白い息を吐く。
「もうすぐですぜ」
御者にいわれユリゼが振り向くと、吹雪く向こうに白い山がそびえていた。視線を下に向けると麓の集落が望める。仲間は既に足の早くなる装備で到着しているはずだ。
「よろしいのに」
「気持ちです」
ユリゼは送ってくれた御者に礼をいう。御者は依頼主の女性、コラニーの知り合いであった。相談したら運んでくれるという話になったのだ。
「来たな。改めて、少林寺の武僧、李風龍だ。よろしくお願いする」
ユリゼに気がついた李風龍(ea5808)が合掌礼をして迎える。
「炎の魔術士、クレア・エルスハイマーです。どうぞよろしくお願いしますわ」
クレア・エルスハイマー(ea2884)は柔らかい物腰で挨拶をした。ユリゼを含め、焚き火を囲む全員が挨拶をし直す。
「依頼人とその弟さんが笑顔になる様出来る限りの事をしたいと思います。それには薬草を何としてでも持ち帰りたいものです」
「そうですよね。まずは山登り成功しなくちゃね。がんばりましょ」
セシル・ディフィール(ea2113)の言葉にユリゼが答えた。
李が取りだした羊皮紙をみんなで眺める。熱冷ましの薬草となる植物の絵だ。
「地方によっていろいろと名前が違う植物ね。取り敢えず『熱冷まし草』とでも呼びましょう。群生している可能性が高いわね」
「花びらは赤く、花弁の数は5よ。高さは5センチから10センチ程度。雪に埋まっている場合もあるけど、積もりにくい場所に育つと思うわ。例えば清水が流れていて、凍っていない周辺とかね」
ユリゼとクレアが植物の説明をすると、李とセシルはその知識に感嘆の声をあげてしまった。
「お訊きしたい事がありますわ」
クレアが通りすがる集落の男を呼び止める。羊皮紙の地図の部分を見せて登れる方法を訊ねた。
「あんたら正気か? 地元のもんでも、そんな命知らずはおらんぞ」
クレアは集落の男に熱冷まし草の事を伝える。
「あれか。確かに効くが‥‥。この時期、晴天を見込んで採りに行く時もあるがな。だが、読み間違えて吹雪に掴まったら生きては帰れん。わかったか。そもそもこんな状態で採りに行くのは大バカ者のする事だ」
「依頼者の、弟さんを元気にしたいという想い。無視する訳にはいきませんね」
「目の前で困っている者を見捨てる事など、俺の矜持が許さない!」
「そう噛みつくな。心配していってるんだ」
クレアと李の勢いに集落の男がたじろいだ。観念した集落の男はわかりやすい道筋を教えてくれる。
「ここからなんとか見えるな。あそこ辺りだ」
集落の男は吹雪に見え隠れする山の崖上を指していた。
「あの上は平らになっている。この地図の丸の大半に引っかかると思うぞ。近くに洞穴もある。もし辿り着けたなら使うがいい」
集落の男が話し終わると、クレアはペガサスフォルセティからスクロールを取りだして先の天気を調べた。依頼三日目には一時的に吹雪が止む可能性があった。
クレアは山に登る間、フォルセティを預かって欲しいと集落の男に頼む。
「‥‥わかった。余分に薬草を採ってきてくれ。それで手をうとう」
集落の男は承諾した。
「いい? フォルセティ。あそこよ。飛べると感じたらあそこに来てね。待っているわ」
集落の男が教えてくれた場所を、クレアがフォルセティを撫でながら指差す。言葉は通じない。しかし頭のいいペガサスなら理解してもおかしくはない。絆があればなおさらだ。
「よし。これでいい」
李は石を焚き火で温めていた。それをどこからか手に入れた布に包む。自分のも含め、仲間に渡して懐の暖とする。
冒険者達は雪で煙る山に足を踏みだした。
白く、ひたすら白く、吹雪は世界を塗り込める。
李が膝まで埋まる雪の中を強い足取りで進む。仲間の疲労を可能な限り軽減できるようにだ。続いてユリゼ、クレア、セシルの順である。互いをロープで結び、遭難と滑落を防いでいた。
李は仲間の一部荷物も背負っていた。彼がいなければ、もう引き返す相談をしていたかも知れない。
冒険者達の大変さとは違い、鷹のイグニィは雪上を跳ねるように飛びながらついて来る。
なるべく草などが生える歩きやすい場所を選んでいたが、どうしても雪だまりも通らなければならない。
「あちらがいいかも知れないわ。木の根を伸ばしましょう」
ユリゼはよさそうな道筋を見つけると李に伝えた。
「あそこの崖は近づかない方がいいわ」
クレアはかなり遠くから危険な場所を察知する。
麓を出発してから二時間が経ち、夜までは少し時間があったが、早めに野営の準備を始めた。この寒さの中では設営程度でも体力を消費するからだ。雪崩がなさそうな、木々で風が弱まる場所にテントを張る。李は雪洞も掘った。
枝を折り、薪とする。クレアが魔法で火を点け、雪洞の中で暖をとった。
ユリゼのおかげで清潔な水を手に入れて沸かす。李は焚き火の中に拾ってきた石を入れ、温石を多めに用意した。寝る時にも必要だからである。
「依頼を受ける時に冒険者仲間から聞いた。依頼人は腹話術による人形劇が得意らしい。受付でやっているのを見かけたそうだ」
「弟さんが完治されたら、私たちも一緒に人形劇をみてみたいですね」
「熱が下がったらお姉さんの人形劇を見せて貰えたら嬉しいわ」
「腹話術の人形劇、私も是非拝見してみたいですし」
みんな人形劇を観た時を想像して微笑を浮かべた。
「三交代で寝よう。真ん中の時間は俺が引き受けよう」
李の言葉に三人が頷き、早めに寝る事となった。寝る者達は焼いた石を布で包んだものを持ち、テントに入る。見張りは雪洞で焚き火の番をしながらだ。
まずはクレアが見張り番となった。テントには遠火であるが焚き火の熱は伝わっているはずである。ちょうどテントが焚き火の風よけにもなっていた。
休む三人は寝袋とはいえ、体を寄せあっていた。この寒さではわずかでも熱を逃がすのは命取りの可能性がある。
「あ〜アーモンドがいたらな‥‥」
ユリゼは熱を帯びた石を抱きながらペットの三毛猫を思いだしていた。
●寒冷
二日目、朝から冒険者達は雪の中を歩く。
二時間登ると、焚き火をして一時間の休憩をとる。体を暖めて、石を再び焼いて懐に忍ばせた。
薪になる小枝だけは木々がたくさん生えているおかげで事欠かない。
無理はしなかった。
吹雪の山登りそのものが無理なのだから。
ただ、辛抱であった。
寒さに震え、雪を分け進み、休憩して、体を暖める繰り返し。
日が暮れ始めると、昨日の様に野営の準備をする。交わす言葉も少ないが、誰もが心の中で考えている事があった。
明日になれば目的の地に辿り着くはず。そう自分に言い聞かせては眠りにつくのであった。
●熱冷まし草
三日目の朝になる。一時間程歩くと冒険者達は山の上とは思えない程の広く平らな目的の場所に辿り着いた。
凍える風は相変わらずだが雪は止んでいた。繋いでいたロープを外し、周囲を探索する。
「ここに洞窟があるわ」
ユリゼの声がした方向に仲間は集まった。洞窟はかなりの大きさである。天井までの高さは四メートルはある。風向きのおかげか、雪も殆ど吹き込んでいない。
「フォルセティは‥‥いませんわ」
クレアは残念がりながらも、テントを張るのを手伝う。ここを拠点として熱冷まし草を探す事に決まった。
李とユリゼが洞窟の奥から戻ってくる。熊などの危険な動物はいないようだ。
セシルの肩に鷹のイグニィが乗って鳴く。セシルは洞窟の入り口に立ち、遠くを眺めた。
「クレアさん、あれは‥‥?」
セシルの言葉にクレアは洞窟を出た。視力のいいクレアにははっきりと近づいてくるフォルセティの姿が見てとれた。クレアは到着したフォルセティに抱きついて頭を撫でる。
冒険者達はまず前もっての準備として薪集めをし、焚き火を用意する。フォルセティを焚き火の側まで移動させて作戦を練り始めた。
セシル、クレア組と、李、ユリゼ組に別れて熱冷まし草を探す。三時間ごとに洞窟に集まって情報の交換をするのが決まる。
地図にある丸は直径約四キロはあった。植物を探すにしては、かなりの範囲である。
「お願い」
セシルは鷹のイグニィを空に飛ばす。何か気になるものがあれば教えてくれるだろう。セシル自身は雪を掘って木の根元を調べてみた。
クレアはフォルセティで空を飛び、土が表れた場所がないかを調べる。コンビを組むセシルが常に見下ろせる辺りを飛んでいた。
ユリゼは様々な土地感のおかげで、身軽に周囲を探しまくる。李はユリゼが教えてくれた怪しそうな場所の雪の下を掘った。
六時間後の二度目の集合の時、戻ってきた鷹のイグニィがセシルの肩の上で大きく鳴いた。気になったクレアは次の探索時間の時、フォルセティでイグニィの後を追った。
「あれは!」
イグニィが教えてくれたのは、湧き水のおかげで雪が溶け、小川になっている場所であった。途中に崖があったせいで、歩く範囲から外れ、気づきにくかったのだろう。
ユリゼが崖に木の根を動かして崖に橋を作る。
全員で小川周辺を調べた。
「見つけたぞ!」
李が声を上げる。
「これは確かに熱冷まし草ね」
クレアは頷いた。ユリゼが中腰になり、丁寧に掘り起こす。根の部分が特に効能があるからだ。仲間も同じように掘りだした。
まだまだ必要な量には足りなく、ユリゼはウォーターコントロールで水を動かして雪を溶かした。
新たに現れた熱冷まし草を全員で掘る。いつの間にか辺りは暗くなり、雪もちらほらと降り始めた。かじかんだ指先を大分緩くなった石包みの布で暖めながら続行する。
「ありがとうね。麓で待っていてね」
掘り終わり、クレアは天候が酷くならない前にフォルセティを麓の集落に返した。出来ることならクレア自身も乗って戻り、熱冷まし草を届けたかった。しかしこの強風で乗って戻るのは無理だ。代わりに集落の男に渡すお礼分の熱冷まし草を積ませた。
「イグニィ、一緒に麓へ戻ってくれますか?」
セシルはイグニィにフォルセティの後を追わせた。悪い予感がしたからだ。
冒険者達は洞窟に戻る。そして明日に備え、早めに寝るのだった。
●豪雪
四日目は朝から凄まじい吹雪であった。
下山をする冒険者達だが、一時間もすると体が冷え切ってどうにもならない。早めに休憩をとって体を暖め直し、再び下山を敢行する。
動物を一匹も見かけていない。登る時は雪ウサギなどの小動物程度は見かけた。それ程までに酷い吹雪という事だ。
助かるのは登りの時に残しておいた休憩場所の存在だった。すべてを使えた訳ではないが、一から用意するのとは雲泥の差である。残った焚き火場所に残しておいた枝を足して火を点ける。石を焼き、冒険者達は体を寄せ合った。
今日中に麓まで降りたかったが、それは無理であった。
寝袋の中で聞こえる風の音は、この冒険の中で一番大きかった。
●パリへ
五日目のお昼頃、冒険者は麓の集落に辿り着く。全員が足を引きずるように歩き、くたくたに疲れていた。
クレアはセブンリーグブーツをユリゼに貸した。自らはフォルセティに乗り、先に熱冷まし草を届けるつもりだ。
預かってくれた集落の男に礼をいい、クレアはフォルセティで天駆けた。セシル、ユリゼ、李の三人も力を振り絞ってパリに向かう。
「少し寄り道をしてきます。先に行ってて下さい」
セシルはパリに入ると二人と別れる。ユリゼと李は依頼主の家に向かった。
「ありがとございます」
家を訊ねると依頼主の女性コラニーが二人の手を取って礼をいう。涙を頬に流し、何度も繰り返す。
二時間程前にクレアは到着し、熱冷まし草を医者に渡していた。既に医者が煎じて弟リリクに飲ませたそうだ。平熱になった訳ではないが、大分熱が下がる。このまま飲み続ければ回復に向かうと医者はいった。
「頼みがあるんだが」
医者はユリゼが余分に採ってきていた熱冷まし草に視線をやった。同じような症状の患者を何人か抱えている。熱冷まし草をもらえないかとの頼みであった。
「その人達を救って下さいね」
ユリゼは唇に人差し指を当てて考えるが、すぐに熱冷まし草を渡した。
「代わりといってはなんだが‥‥そちらは四人だったかな。ちょうど四本ある。これを持っていってくれ」
医者はリカバーポーションを冒険者の人数分、手渡した。
「お待たせしました」
セシルが到着する。手には何かを持っていた。
「これを弟さんに」
セシルが渡したのは毛皮製の肩掛けであった。貧民街で毛皮を無料で分けている革職人がいるのをセシルは噂で耳にしていた。革職人の所を訪れると、最後の品としてこの肩掛けが残っていたのだ。
「ありがとうございます。ほらこんないいモノ頂いたよ」
コラニーはリリクに近づいて肩掛けを毛布の上に被せる。
「お姉ちゃんありがとう。ほわほわしててすごい暖かいよ。みんなありがとう」
リリクの言葉にセシルは微笑んだ。クレア、ユリゼ、李も同じく喜びの表情を浮かべる。
「大切な弟のために頑張る姉か‥‥」
李はコラニーとリリクのいるベットに近づこうするがよろめいてしまう。屈強な李でも疲れているようだ。
「苦くてもちゃんと飲んでね。お姉さんの祈りが沢山詰まっているんだから」
ユリゼはリリクに声をかけた。
「私は薬草師ですわ。無理して飲んでいるようなら蜂蜜を一匙加えて。お医者さんにもいわれてると思いますが、栄養のあるもの食べさせてあげて」
ユリゼはコラニーに耳打ちした。
「コラニーお姉ちゃん、お願いがあるんだ‥‥」
リリクが恥ずかしそうに毛布から顔を覗かせる。
「いつもの人形劇、ちょっとでいいから見せて」
コラニーは優しい表情で頷くと人形を手にはめる。
「おお、この毛皮はいつの間に手に入れたんだ? こいつをこっそり持ちだして‥‥」
「こら、そこの猫さん。また悪さをしてるな」
「おお、そこにいるのは、いつも居眠りの犬くんじゃないか。‥‥といっても起きているかどうか分からない程細い目だな」
「うるさい。せっかくリリクがよくなりかけているのに、毛皮を持っていくなんて酷いだろ」
「そういえば、リリクの奴、何だかいつもより顔色がいいな。どうしたんだ?」
「それは、親切な冒険者の皆さんが熱冷ましの薬草を採ってきてくれたからさ」
「そりゃすごい。いつも寝ている犬くんとは大違いだ」
「猫さん‥‥そりゃお互い様だ」
リリクは笑みを浮かべながらコラニーの腹話術人形劇を眺めていた。その横で冒険者達も人形劇を鑑賞する。
冒険者達は休ませてもらってから、ギルドに報告へ向かうつもりだ。それは疲れているだけでなく、この温かい雰囲気をもうしばらく感じていたかったからであった。