●リプレイ本文
●春の日に
川口花の実家。
早朝の庭にはたくさんの人が集まっていた。
「お花見の会へのご参加ありがとうなのです〜♪」
シーナが挨拶をする仲間達の中には場所を提供してくれる川口花の姿もあった。
「咲きそろうには、あと三日か四日ぐらいかかるってお父ちゃんがいってたわ」
川口花が桜の枝をそっと触る。無理に急いで開催するのではなく、桜が一番美しく咲いた時に花見をしようと決められていた。
「花見の日までにいろいろと用意するのですよ。特に美味しい食べ物は絶対なのです☆」
シーナのキラキラした瞳に、多くの仲間はさもありなんといった感想を持つ。
「お花見なんて、何年ぶりでしょう。この桜の木ですね。ほんと、もうすぐ開きそうですわ」
大鳥春妃(eb3021)は桜のツボミを見つめながらジャパンを思いだして目を細めた。
「僕も久しぶりのような気がするよ〜。夜桜なんて綺麗だろうね。楽しみだな♪」
本多文那(ec2195)は少し背伸びをして桜の枝を眺める。みんながいうようにもうすぐ咲きそうな雰囲気が漂っていた。
「故郷にいたころはお姉ちゃん達と良くしたんですよ♪ 懐かしいなあ‥‥」
「やっぱりジャパンの人は桜が好きなんですね〜♪」
シーナはお肉の友である鳳双樹(eb8121)と笑顔を交換する。
「初めましてデス。ジプシーのラムセスデス。僕の盆栽もよいデスか?」
「どうぞ♪ 華やかになりますし大歓迎よ」
丁寧に挨拶をしたラムセス・ミンス(ec4491)は花から許可をもらうと桜の盆栽を木の側に置いた。
「あ、僕のも〜♪」
本多文那がラムセスに続いて盆栽を飾る。
「そう! 私も桜の盆栽を持ってきたのです」
思いだしたようにセシル・ディフィール(ea2113)も桜の盆栽を荷物の中から取りだす。
「実はあたいも持ってきたんだよ♪」
「桜の盆栽、ドンキーさんに運んでもらって、持ってきたのです」
明王院月与(eb3600)とエフェリア・シドリ(ec1862)の分も合わせて桜の盆栽が五つ並んだ。
「兄様の盆栽の桜ももうすぐって感じだったんですよ、シーナさん」
リュシエンナ・シュスト(ec5115)は腰を屈めて頬杖をつく。
「それは楽しみなのです。お家でも花見ができるのですね☆」
シーナも膝を曲げて一緒に桜の盆栽を眺めるのであった。
●用意
花見の日に向けて一同は様々な用意を始めた。
まず行われたのが団子作りである。
「花見はまず桜を愛でるんです♪ いきなり食べ始めちゃいけないですよ。シーナさん」
「あ、お肉の友にはバレているのです〜☆」
シーナと鳳双樹は二人で餅米を手に入れる為に買い物へと出かけてゆく。シーナの愛馬トランキルも一緒である。
「よいしょなのデス。けっこう重いのデス〜」
ラムセスが納屋から運んでくれたのは石臼であった。
「綺麗にしないと♪」
「結構汚れてますね」
リュシエンナとセシルが桶で水を運んでくる。ラムセスと一緒に三人で石臼をきれいに洗う。
しばらくして鳳双樹とシーナが戻った。トランキルの背から餅米を降ろすと炊事場へと運ばれた。石臼も炊事場に移動させる。
「そう、ゆっくりね」
「そっと、そっと〜〜」
餅米が石臼でひかれてゆく。月与が餅米と水を適量いれてゆき、本多文那が石臼の取っ手を回した。
ここで急ぐと餅米が熱をもってしまい、美味しくなくなってしまうらしい。途中で月与と交代しながら時間をかけて続けられる。
「では広げましょうね」
「乾かすのです」
濡れたままの米粉を大鳥春妃とエフェリアが日陰で乾燥させる。餅米を粉にする作業で二日目は終了した。
三日目に花見の準備は行われない。桜の開花が五日目になると判断されたからだ。
料理の用意は前日の四日目にと決まったので、何人かは川口花の実家を手伝った。場所を貸してもらう奉仕として。
「丈夫にやさしく育つのですよ〜♪」
シーナは冒険者ギルドでの仕事が終わると、愛馬トランキルの世話をしに花の実家へ現れる。すると手伝いがおわった仲間が馬小屋へと集まった。
「シーナさんと仲良くしてる?」
リュシエンナはシーナと一緒に藁束でトランキルの身体を撫でてあげる。
「うちの子馬は『ヴィントフェルト』と名付けたの。キラキラ輝く風の草原をイメージして。いつか一緒に走ってみたいな。シーナさんと」
「それ、とってもいいのです〜♪ きっとトランキルも楽しみなのですよ〜」
シーナとリュシエンナが話してると、本多文那が桶で水を運んできてくれた。
「トランキルくん、元気に育ってるね。食欲旺盛だし♪」
本多文那はトランキルの前に桶を置いて水をあげる。飼い葉は既に用意されていた。
「たくさん食べると、大きくなれるのです」
エフェリアが藁を乗せた台車を押してくる。トランキルが食べている間に敷いてあった藁をみんなで交換してしまう。
「わたしもあの時一緒にかった馬さん、名前つけたのです。ウェールノウムウルブスさん、なのです」
「エフェリアさんもつけたのですか〜。いい名前なのです☆」
シーナはエフェリアの子馬の名を知ってさらに笑顔になる。トランキルが大きくなったらリュシエンナがいっているようにみんなと一緒に走りたいと思いながら。
●料理の時間
四日目は調理の時間にあてられた。
午前はみんなで市場に買い物にでかけ、午後からは花の実家で取りかかる。
「お醤油もあるから、みたらし団子もいいよね♪」
月与は張り切っていた。
まずは米粉で団子作りである。
「これならお手伝いできそう♪」
鼻歌混じりのセシルは団子を丸めながら窓から桜を眺めた。もういくつかは咲いていてピンク色の花びらが遠くからでも眩しい。
明日は期待通りに花見日和であろう。
「こんな感じでいいかな? ちょっと頭でっかちかも」
リュシエンナはセシルのペット、スノーマンをモデルにして雪だるま団子に挑戦する。
「かわいいのをつくるのデス〜」
ラムセスは桜の花をじっと観察すると急いで炊事場へと戻った。基本通りに丸い団子だが、木のヘラで咲いた桜の花びらを刻んだ。
「だんご、スーさんに似せるのです」
エフェリアは丸めた団子の二個所を摘んで耳を作り、シルエットを子猫の頭にする。
「さて、わたくしも団子を作らせて頂きますね」
大鳥春妃もテーブルに立って団子を作り始める。先程までは月与を手伝って花見用のお弁当作りを手伝っていた。
一つだけ丁寧に形作った団子を観て大鳥春妃はクスリと笑う。デフォルメした夫の顔を模したのだ。
「こ、こんな感じかな?」
本多文那は見よう見まねで団子を丸めてゆく。
「いい感じなのですよ☆」
シーナは本多文那の横でたくさん団子を丸めてゆく。形より量と味、それがシーナの正義であった。
「だめよ〜。食べ物で遊んじゃいけません〜〜」
鳳双樹は空飛ぶ水の女の子フェアリーと男の子アースソウルを追いかけた。そして団子を投げっこしていたのを注意した鳳双樹だ。
「さてと、お醤油とお味噌があるから味付けの方は大丈夫♪」
月与は根野菜の煮っ転がしの味を確かめる。すべてがジャパンの食材と同じとはいかないが、そこは腕の見せ所である。ある程度は日持ちもするので、お弁当には都合がよかった。
「あ、私も作らないと!」
リュシエンナは団子は他の人達に任せて鶏卵を使って料理をし始める。さらにシーナが欲しがるだろうと、お肉の塊を炉で焼いた。
「肉汁の味見だけですよ。摘み食いはだめ」
「あう、ばれたのです。とてもいい匂いなのですよ〜」
肉の塊へ指を伸ばした時、リュシエンナにたしなめられたシーナは舌を出す。
調理は順調に進み、後は仕上げというところでお開きになる。
帰り際、桜の木と盆栽を確認するとかなりの桜が咲いていた。
明日は満開になる。そう誰もが確信するのだった。
●お花見
当日は朝からのお花見となった。
夜明け前にお弁当を一気に仕上げて広げた敷布の上に並べる。
冒険者達が持ち寄ってくれたものも多彩だ。
酒類はワイン、どぶろく、花見酒、甘酒。
菓子類はシュクレ堂の焼き菓子に始まり、生クリームたっぷりのふわふわパン、桜まんじゅう、吉備団子、エチゴヤのももだんご、桜餅風の保存食、雛あられと溢れる。
他にも桜蕎麦、飲み物の元としては緑茶の葉と紅茶の葉もある。
「綺麗なのです‥‥」
シーナは自分の身長より少し高い桜の木を見上げた。枝一杯に咲き乱れた桜の花の色が心に染み入る。
このときばかりは食欲を忘れたシーナであった。
「ごめんね、みなさん。準備に参加出来なくて」
ギルドの仕事が忙しかったゾフィーは手伝えなかった事を詫びる。代わりにかかった費用のすべてはゾフィーが受け持ってくれるという。
元々はシーナが払うつもりであった。しかしここは先輩を立ててシーナは何もいわない。
「みなさんよろしくね。ほら、菊太郎も」
花の母リサが赤子を抱えてやってくる。花の弟、菊太郎である。一歳を越えてようやく歩き始めたばかりだ。
「これりゃ豪勢だな。お母さんもこちらへ」
花の父源造は花の祖母オイレーナと一緒である。
「あら、もしかして‥‥お腹の中にもお子さんが?」
「ええ、そうなんですよ♪」
大鳥春妃が微妙なリサのお腹の形を見抜いた。
「あたしも昨晩聞いて驚いちゃって」
花はリサと源造の側に座り、家族でまとまった。
「これはめでたいのですよ〜。大いに楽しむのです〜♪」
シーナの一言で花見は始まる。
「花さん、最近、迷子になっていないでしょうか?」
「ええ大丈夫ですよ。どんなに遅くても翌日にはちゃんと家に戻ってますし♪」
「花さん、それは、迷子なのです」
「そうなの? 前に比べたらすごいんだけど」
エフェリアは花と話しながら紅茶を煎れた。ストレートとミルクティの二種類である。
「これもお茶なのですわ。お口に合うかどうかは、分かりませんが」
「ジャパンのお茶なのですか〜。どんな味なんだろ。香りも紅茶と違うのですね」
振り袖姿の大鳥春妃はシーナの隣りでお茶を用意する。
ここは紅茶と緑茶を飲み比べとなった。
さっそく緑茶が入ったカップを手に取ったシーナは一口飲んで苦そうな顔をする。
「団子を食べてお茶を飲むとちょうどいいんだよ」
「そ、そうなのです?」
シーナは月与にいわれたように団子を頂いてからお茶を口に含んだ。
「なるほどなのです☆ ちゃんと土地のお菓子とお茶というのは合うようになっているのですね」
今度はミルクティとふわふわパンを食べて確かめるシーナだ。
各自好みに合わせてどちらかのお茶を頂いた。もちろん、各自工夫した団子を頂きながら。
一通りのお菓子を頂いた後には大鳥春妃の舞いが行われる。
「シーナさん、これがジャパンの優雅っていうんですよ」
「そうなのですか〜。シーナも真似してみるのです」
シーナは鳳双樹の腕を引っ張って一緒に見よう見まねで踊り始めた。同じように掌を返し、鳳双樹もシーナの隣りで身体を動かす。
「僕も花水木さんと、それいゆさんと練習してきたのデス〜」
ラムセスも精霊達と踊り始める。とても力強いラムセスらしい動きだ。
「ジャパンのリズムなのです」
「そうです。そんな感じ♪」
エフェリアは花に教えてもらいながら太鼓を叩く。
「いいですわね。本当に‥‥」
セシルは菊太郎をお膝しながら、舞い落ちてきた桜の花びらと一緒にお酒を頂いた。
「次のお子さんはいつ頃の予定で?」
「年末頃かと思うわ」
みんなの踊りが終わるとセシルはリサに菊太郎を返す。そして竪琴を手に立ち上がり、ベルを鳴らすエフェリアと一緒に歌を唄い始めた。
青空と桜。
春の日に合う、ほんのりと暖かくて優しい歌であった。
「みんなうまいね♪」
本多文那は美味しく頂きながら、合いの手をし応援をする。
お菓子を頂きながらも昼を過ぎてくるとお腹が空いてくるものだ。今度は特製のお弁当の出番である。
「おいひ〜のですよ〜♪」
シーナはお肉を頂いて大満足である。リュシエンナが作った卵料理もパクリと頂く。
「これ、なんかすごいよ〜。シーナさん、みてみて」
「あ、なんだか箱の中が桜の木みたいになっているのですよ〜」
本多文那がシーナに勧めた月与特製の弁当は様々な色の食材で桜の木が描かれていた。
「食べるのもったいないけど‥‥食べちゃうのです☆」
さっそくパクリと一口頂いたシーナであった。
日が暮れても花見は続いた。
セシルはランタンを用意し、リュシエンナはライト・リングで光球を作りだす。
みんなが持ち寄った盆栽の桜と桜の木。どちらもピンク色をより鮮やかにさせる。
「桜‥本当に美しいです‥‥」
夜桜を眺めながらセシルは呟き、今度は竪琴を奏でた。
「みんなに渡すのです。想い出なのです」
エフェリアは一生懸命に絵を描いた。咲いた桜の花のわずかな時間を留める為に。
「結構、苦労していましたですよ、お兄さん。滑って頭を打ったのも三度ぐらい。わたしが観ていたときだけですけど」
「そういえば何度か頭の後ろを触っていたかも。家で聞いても微妙に簡略化しちゃうんだもの。そうそう、家で私も遊んでいますよ♪」
リュシエンナとシーナはケーゲルシュタットを話題にする。
宴もたけなわという所で花見は終わった。
最後、本多文那は桜の盆栽を地植えさせてもらう。
月与は旧聖堂の花畑に桜の盆栽を植えようとしたが、その時間は残っていなかった。
大鳥春妃、月与、ラムセスにはシーナからブタさんペーパーウェイトが友達の印として贈られる。
「楽しかったのです〜♪ それではゾフィー先輩、一緒に帰るのですよ〜」
「桜ってあんなに綺麗だったのね。知らなかったわ」
片づけが終わってシーナはゾフィーと共に家路につく。
他の者達も桜を話題にしながら住処へと戻ってゆくのだった。