●リプレイ本文
●出港
一日目の早朝、パリ船着き場は賑わいをみせていた。
「それではみなさん忘れ物に気をつけて参りましょうか」
アロワイヨー家の執事は集まってくれた者達に挨拶をすると、さっそくでルーアン行きの帆船へと乗り込んだ。
執事に続いて針子の三人、そして冒険者五人も乗船する。
布や裁縫道具などの荷物類は御者によって馬車ごと帆船へと載せられる。どのような状況になってもアロワイヨーとミラの結婚衣装が出来るようにすべてが多めに用意されていた。
「あなたたち冒険者なんでしょう? あたし、アミナっていうんだ。よろしくね」
甲板で針子の一人、赤毛の娘アミナが自己紹介をする。
「わたしは‥‥サラリーナです。よろしくお願いしますね」
黒髪の娘サラリーナは顔を真っ赤にして囁くように話す。
「最近デビルのせいで物騒ですものね。注意するに越した事はないわ。ホートラといいます。道中お願いしますね」
銀髪の娘ホートラは針子の三人のうちで一番年上のようだ。
「そうなのです。デビルさん、活発という話、聞くのです」
エフェリア・シドリ(ec1862)はホートラに頷くと、クリミナ・ロッソ(ea1999)の顔を見上げた。
「鉱床の一件からしてデビル再来襲の可能性は十分考えられますわね」
クリミナは以前に起こったブランシュ鉱床でのデビル襲撃事件を針子の三人に説明した。
「お二人の結婚が決まっても気は抜けませんからね。ここはあらゆる意味で、しっかり護衛しませんと!」
アーシャ・イクティノス(eb6702)は針子の立場であってもデビルに狙われるかも知れないと注意を促す。
「あたいたちの役目は採寸が完全に終わるまでの護衛だし、当分の間ずっと一緒だね」
明王院月与(eb3600)は針子三人に近づいて微笑む。
話し合いの末、針子一人に冒険者一人ないし二人が護衛としてつく事となった。
「それではあたし、アミナさんとお喋りしようかな。針子さんの仕事とか興味あるので♪」
鳳双樹(eb8121)はアミナと握手を交わす。
サラリーナを護るのはアーシャ。ホートラはクリミナとエフェリアが担当となる。
月与は城へ着いたのならミラの護衛だが、それまでは執事の身辺を注意する事にした。
●アミナ
「アロワイヨーさんとミラさんに会うのは久しぶりなんです」
「鳳さんは二人をよく知っているんだ。どんな感じの人達なの?」
鳳双樹はアミナと二人で甲板の片隅に座り、流れる景色を楽しんでいた。
鳳双樹からはアロワイヨーとミラ、アミナからは針子の仕事についてが語られる。
服のデザインや生地の選択なども大切だが、一番苦労するのは装飾だとアミナは説明した。刺繍やフリル部分の作成にはどうしても時間がかかるものである。
(「今のところは何もない感じだけど‥‥」)
鳳双樹は護衛をするにあたり、特に臭いに対して感覚を研ぎ澄ましていた。
見えない何かが近づいてきても何かしらの臭いはするであろう。一部の毒物に関しては独特の臭いを放つものもある。
何かしらの異臭があれば、即座に仲間へ知らせるつもりだ。もし間に合わなければ一人で対処する覚悟もしてある。
「こんにちは♪ 賢そうな犬ね」
「たろって名前なんですよ」
アミナは屈むと鳳双樹の足共にいた犬のたろの頭を撫でた。
(「注意は忘れないようにしないといけないですね‥‥それがたとえアミナさんであっても」)
鳳双樹は犬と戯れるアミナの姿を見て心の中で呟くのだった。
●サラリーナ
「前にも危険な事があったし、どんなのが紛れているか分かりませんから‥」
アーシャはベットに座りながら、きっちりと備え付けの椅子に座る同室のサラリーナに声をかけた。
「冒険者っていろいろなモンスターと戦うって聞きますけど、やはりデビルとも?」
「もちろん戦いますよ〜。私は戦うことしか能がないから。つい最近もデビルをぶっ飛ばしてきました。えっへん」
アーシャは胸を張ってサラリーナに答えた後で、自らがはめている指輪にちらりと目をやる。石の中の蝶と呼ばれる冒険者の間では有名なデビル探知のアイテムだ。
デビルがアロワイヨーとミラを狙うとすれば、今回は絶好の機会である。一行に潜り込めれば易々と二人に近づけるからだ。
(「こちらは、大丈夫なのです。鳳さんも大丈夫、といってました」)
(「私も平気ですよ。エフェリアさん、ごくろうさまで〜す」)
時折隣室のエフェリアからテレパシーで問い合わせがあり、アーシャは無言のまま脳内で呟いて答える。
アーシャは机の上にあった布が張られた木枠に気がつく。
「それはサラリーナさんが刺したものですか?」
「え、ええっ。到着まで時間があるので刺繍でもと思いましたが、揺れる船の上では難しいですね‥‥」
「わあ、細かい〜。すごいのですね」
「そ、んなことないです‥‥」
本気で関心するアーシャにサラリーナは恐縮した様子であった。
●ホートラ
「こん棒がデビルさんなのです。木球を投げて、倒すとやっつけたことになるのです」
「それがケーゲルシュタットという遊びですか。どこかで聞いたような気もしますが、やったことはありませんわ」
船室の窓際でエフェリアとホートラがお喋りする様子をクリミナは眺めていた。
(「何もないと考えてよいのでしょうか‥‥。それとも‥‥」)
帆船に全員で乗り込んだ時、クリミナはデティクトアンデッドで不死者を探った。しかし反応はなく、レミエラのデビルサーチも同様に何も示さなかった。
さらにホーリーフィールドもすんなりと張れる。範囲に効果を嫌う者がいたのなら、完成しないのがホーリーフィールドの特徴だ。
間接的な証拠ではあるが、つまりは一行の誰にもデビルに関与する疑いはないと考えられた。それ故に邪悪な者にだけ衝撃を与えるホーリーを唱えての改めはひとまず中止にする。
何もないのが一番よいと考えながらも、クリミナは一抹の不安を持っていた。
(「ロッソさん、どうかしたのですか?」)
(「いえ、このまま注意を怠らないようにしましょう」)
エフェリアが悩んだ様子のクリミナにテレパシーを送るのであった。
●監視の目
「今は寝てていいよ。夜になったら周囲の見張りをお願いね」
月与は胸元に抱える梟の月光に優しく声をかける。
執事から聞いた話によれば、城内での警備もかなり強化されているようだ。しかし相手がデビルならば安心は禁物である。
(「着いたら特にアロワイヨーお兄ちゃんとミラお姉ちゃんを守らなくちゃね。前に暗殺未遂もあったし、どんな手を使ってくるのかわからないし‥‥」)
川面の輝きを眺めながら、月与はこれから数日間の事を考える。
針子の三人は採寸時にアロワイヨーとミラと直に接するはずだ。しかも裁縫道具というのは凶器にも成りうる。針先に毒を仕込めば簡単に人を殺せるだろう。
針子の誰かが呪詛をかけられていたり、もしくは憑依や変身によって入れ替わっている可能性も考えておかなくてはならなかった。
その頃、一行が乗った帆船を川岸の茂みの中から眺めている存在がいた。
「変わった人間の娘よね。自分から魅了してくれって頼むなんて、なんかデビルとして失格な感じだけど、ま、いいか。元々デビルに傾倒してるみたいだし〜」
独り言を呟いていたデビルのリリスは遠巻きに飛んで帆船の後をついてゆく。
帆船は二日目の昼前にルーアンへと入港した。
下ろされた馬車に一行は乗り込み、夕方には無事トーマ・アロワイヨー領の城へと到着するのだった。
●不審な動き
三日目には馬車で運んできた荷物が城の一室に運ばれて、それらの配置や整理整頓で一日が終わる。
アロワイヨーは政務に忙しかった。またミラも領内の貴族の屋敷を回り、挨拶の日々を送っていた。
月与と鳳双樹は城外のミラに同行して護衛に徹する。他の者達は針子の娘三人を手伝いながらデビルへの警戒を強めた。アロワイヨーが立ち会う先で護衛も務める。
忙しい中、六日目の午後がアロワイヨーの採寸、ミラは一日前の五日目の昼頃にと決まる。
それまでの間、三人の針子はデザインなどに時間を費やすのだった。
四日目の深夜、エフェリアは物音を聞いて目を覚ます。みんなと一緒に寝ていたアミナが起きて部屋から出てゆく。
(「変、なのです」)
エフェリアは猫足のサンダルを履いてアミナの追跡を開始した。途中でテレパシーを使い、ミラの護衛をしている月与と連絡をとる。
月与はミラの護衛を鳳双樹に任せてエフェリアと合流した。
(「こんな夜中に、知らない土地でなにを‥‥」)
月与とエフェリアは巧みに警備を避けながら廊下を進むアミナを追いかけた。庭へ出ると梟の月光にも追跡を手伝ってもらう。
アミナが城壁の近くで立ち止まる。
物影に隠れて月与とエフェリアはアミナに近づいたものの、何をしているのかまでは判明しない。しかしわずかに口が動いているのだけはわかる。
まるでアミナは誰かと会話しているようであった。
●採寸の日
六日目の午後になり、ミラの採寸が始まる時間となる。
しかし予定から一時間が過ぎ、さらに二時間が経過しても、ミラは針子の三人が待つ部屋には現れなかった。
「ミラさんから、頼まれたのです」
エフェリアが部屋を訪れて針子の三人にミラからの言葉を伝えた。予定が変わったので別の部屋に来て欲しいと。
針子の三人は大急ぎで採寸用の道具をまとめて部屋を出た。
しかし針子の三人の内、出られたのはホートラとサラリーナだけ。
アミナは部屋に取り残される。何故ならドア近くの廊下にクリミナがホーリーフィールドを張っていたからだ。
「アミナさん、あなたの潔白を示させて下さい」
クリミナが廊下からアミナに対してホーリーを唱えた。邪悪でなければ効果がないはずのホーリーを受けてアミナはよろめく。
アミナは手にしていた荷物を捨てて窓枠に足をかけると、二階から庭へ飛び降りる。難なく着地に成功したアミナだが、近くには鳳双樹が待機していた。
「おとなしく捕まって、話を聞かせて下さいね」
鳳双樹はアミナが抜いたナイフで受け止めるのを計算に入れた上で愛刀を振り下ろす。見事ナイフの刃がくだけて役に立たなくなる。
「ばればれですよ! クリミナさんが感知した不死者の位置をエフェリアさんが教えてくれますし!」
庭の片隅に隠れていたアーシャはスリングで小麦粉入りの袋を空中へと飛ばす。すると何もないはずの空間に輪郭が浮かび上がる。
「そこなのです」
エフェリアは二階の窓から上半身を覗かせて風の刃を放つ。マジッククリスタル【グリーン】によるウィンドスラッシュだ。
悲鳴の後、輪郭が徐々にはっきりとする。その正体はデビル・リリスであった。
「逃がさない!」
エフェリアに続いて月与が刀を構え、ソードボンバーの衝撃をリリスに浴びせる。壁に叩きつけられたリリスは目をつり上げて間近な鳳双樹、アーシャ、月与を睨みつけた。
「ミラさんには幸せになって欲しいのですっ!」
戦いは冒険者の優勢で進み、最後アーシャが短刀でリリスに止めを刺す。
地面に座り込んでいたアミナは城の衛兵達によって捕まえられるのであった。
●そして
数日前にアミナが深夜の外出をした後、冒険者達はアミナの持ち物を念入りに調べ上げていた。その際、鳳双樹の嗅覚によって毒が染み込まれた布が発見される。
これによってアミナが、アロワイヨーかミラの殺害を画策している事が判明した。そこで冒険者達はミラが採寸する日に一芝居をうったのである。
パリ出発の時、アミナが近くにいてもホーリーフィールドを張れたのは、リリスの魅了のせいだと想像された。
アミナはリリスの魅了で命じるままに冒険者達と仲良くなろうと努めていた。さらに薬などで記憶の混乱が生じていたとすれば敵対の意識が限りなく薄れる。
加えてあの時点ではアミナが殺したい人物は近くにいなかったので、ホーリーフィールドが意味をなさなかったのも理由の一つかも知れない。
アミナが悪魔崇拝者としての心を蘇らせたのは深夜に庭へ出た時であろう。
月与とエフェリアには見えなかったが、アミナの側にはリリスがいたはずである。魅了をかけ直したか、もしくは新たな指示を出したかに違いなかった。
「魅了が残っているのか、アミナさんはほとんど話さない。エフェリアさんのリシーブメモリーのおかげで最初の動機はわかったけどね。彼女の恋人がこの土地の前領主ブロリアに仕えていて亡くなったらしい。思い詰めた心に狂気が宿り、いつの間にか矛先がわたしとミラに向けられたと考えてよさそうだ‥‥」
六日目の昼頃、アロワイヨーは冒険者達と針子二人を執務室に呼んで拘留中のアミナについてを語った。
「ブロリアとアロちゃんの接点はないに等しいのに、とんだ濡れ衣ね」
暗い雰囲気を吹き飛ばさなくてはとバヴェット夫人は別荘宅で晩餐会を開いてくれる。
「あのね、私も結婚が決まったのですよ。優しくてかっこいい〜人なんです♪」
アーシャはミラとアロワイヨーに恋人が出来た事を報告する。
「いつか紹介してくださいね。そうですね、結婚式に来てもらえると嬉しいです♪」
ミラが祝福の言葉をアーシャにかけると、その場にいた全員から『おめでとう』の声があがった。
「結婚衣装を着たら、その時に絵、描きたいのです」
「アミナについてはとても残念ですけど‥‥早く仕上げられるようにサラリーナと一緒に頑張らせてもらうわ」
ホートラはエフェリアと約束をした。結婚衣装を最高の出来で仕上げると。
七日目の朝、冒険者達はパリへの帰路についた。
馬車でルーアンへと向かい、帆船へと乗り換える。
セーヌ川を上り、パリの船着き場に下りたのは八日目の夕方であった。