●リプレイ本文
●集合と出発
「シーナさん、よだれなのです」
「はっ!」
集合場所のレストラン『ジョワーズ・パリ支店』前。シーナはエフェリア・シドリ(ec1862)の一言で我に返った。
これから向かうアリエフの故郷にあるチーズに想いを馳せて、起きたばかりだというのに立ったまま夢の世界を漂ってしまったシーナだ。
「嫁入り前の娘がダメですよ、シーナさん。気持ちはわかりますけど」
側にいたセシル・ディフィール(ea2113)がシーナをたしなめる。
「気をつけるのですよ〜」
「それはそれとして楽しみですね♪ 美味しいチーズが頂けそうで」
シーナとセシル、そしてエフェリアの三人が話していると陰守森写歩朗(eb7208)が愛馬二頭と共にやってきた。
「荷馬車二両での移動だと聞きましたので、自分の馬を連れてきました。馬が多い方が何かと便利だと思いまして」
陰守は荷馬車に愛馬を繋げるつもりのようだ。
「おはよ〜〜♪」
「あ、本多さんなのです〜。おはよ〜なのです〜☆」
街角から現れた本多文那(ec2195)の挨拶にシーナが応える。
「ちゃんと仕事はやるとして、チーズは期待大だよね♪」
本多文那も出来たてのチーズをとても楽しみにしていた。
「シーナ、お弁当持ってきたわよ♪」
「うわぁ〜いい匂いがするのですよ」
シュスト兄妹と一緒に訪れたルネ・クライン(ec4004)は、持ってきたカゴをシーナの前で軽く持ち上げた。
「私は手作りの焼き菓子を用意してきました。途中の休憩で食べましょうね♪」
はつらつとした様子のリュシエンナ・シュスト(ec5115)はシーナをから始まって仲間達へ挨拶をする。その様子を見送りの兄ラルフェンはにこやかに眺めていた。
しばらくして二両の荷馬車がジョワーズ前に停まった。
「ジョワーズのマスターをしていますアリエフです。これから数日間、よろしくお願いしますね」
御者台から下りてきたのは依頼人のアリエフである。ここまで荷馬車二両を運んできてくれた従業員二人は役目を終えてジョワーズの店内に消えた。ここから先は冒険者達の仕事である。
陰守の愛馬を荷馬車に繋げ終わるとさっそく出発だ。
まずは荷馬車Aの御者を陰守、荷馬車Bの担当をルネが引き受ける。
「そうそう、あの時買った子馬の名前はヴィンターになったよ♪」
「いい名前なのです〜♪ わたしのトランキルは元気に育っているのです〜」
本多文那が御者の時にシーナは隣りに座ってお喋りをした。
「気持ちよさそうに飛んでいるわね」
セシルは大空を飛翔する鷹のイグニィを見上げる。その様子から特に危険がないのを確認する。
昼過ぎになったので荷馬車一行は停まって昼食にした。
「このハム入りのパン、おいしいのです」
「春の日差しの中で食べると一層美味しいわ♪」
エフェリアとセシルはルネの野菜と厚切りハムが挟まれたパンを食べて微笑んだ。もちろん他のみんなもだ。
「リュシエンナさんの焼き菓子、口の中でホロリと崩れて食感がとてもいいのですよ☆」
「そういってもらえると嬉しい♪」
焼き菓子をシーナに褒められたリュシエンナは目を細くして照れた様子だ。
再出発した荷馬車一行だが、夕方には夜を過ごす為の野営準備を始める。アリエフの故郷の村に到着したのは二日目の午後であった。
●期待
「それではチーズの生産者達との話し合いをしてまいります。見学の許可も頂いてきますので宿で休んでいて下さい。後で訪ねますので」
村に到着するとアリエフはさっそく下車して一人姿を消した。
荷馬車一行は教えてもらった村の宿へと向かう。荷馬車を宿の納屋にしまい、繋げてあった馬を馬小屋へと預ける。
通された部屋はとても広かった。
「この村ではチーズの香りがしますね。あと、これは‥‥ハーブでしょうか?」
陰守の指摘に他の仲間達も神経を鼻へ集中させる。
「それだけチーズをたくさん作っているってことだよね」
本多文那は窓から顔をだすと辺りを見回した。
「あのジョワーズで食べた時より美味しいなんて」
「チーズ、譲ってもらえるといいのだけど‥‥」
ルネとリュシエンナはチーズを手に入れていくつかの料理を作ろうと考えていた。
「シーナさん、頼んでおいた醤油はありますか?」
「ちゃんと持ってきてあるのですよ〜」
陰守もチーズが手に入ったのなら調理をしようと張り切る。たくさんの道具類も持ち込んでいた。
「ハーブワインがテーブルに置かれていますね‥‥」
セシルは宿の者が部屋前の廊下を通りがかった時に訊ねる。すると自由に呑んでよいとの返事をもらった。どうやらこの村ならではの持て成し方のようである。
「あそこにあるの、きっと、ハーブなのです」
エフェリアは子猫のスピネットを抱えて宿の外にある畑に近寄った。屈んで確かめると確かにハーブである。きっとハーブワインに使うのであろう。
夕方になるとアリエフが宿に現れた。交渉はうまくいったようでチーズを増産してもらえるらしい。チーズ作りの見学許可もとってきてくれた。
●チーズ作り
三日目の午前中、アリエフを除く一同はチーズ作りを見学する為に酪農を営むモイリーア家を訪ねた。
「せっかくなので見ているだけでなく一緒に作りましょうか」
モイリーア夫人の提案は冒険者達にとって願ったり叶ったりである。
さっそくチーズ作りが始まった。
「まずは乳を温めましょう」
モイリーア夫人はカマドの上に載せたとても大きな鍋に湯を張る。そして一回り小さい鍋を浮かせて、その中に乳を注ぐ。
村では羊の乳でも作るが、今回は水牛の乳で作るチーズだ。
「最初はこんな感じなんだね」
本多文那が木箱に乗って大きなヘラで乳をかき混ぜる。
一肌よりも温かく沸騰させないくらいが目安だ。火加減はモイリーア夫人の指示でシーナがやっていた。目標とした温かさまで達すると、たまにかき混ぜる程度に抑えられる。
(「調べるのです」)
作業はすべてモイリーア夫人の勘で行われたが、エフェリアは勉強の為にリヴィールタイムで時間を計っておいた。
約三十分後、乳が入った鍋は一旦引き揚げると水につけられて一気に冷やされる。冷水を運んでくれたのは陰守である。
人肌よりわずかに低い温かさまでに下げ、もう一度湯煎にかけられた。
「重労働だけどがんばるわ!」
今度はルネが大きなヘラで鍋の中の乳をかき混ぜるが休みはなかった。ゆっくりと回して鍋の中の温かさを均一にさせる。
その間に予め発酵させておいた乳をモイリーア夫人が何回かに分けて入れた。パン作りでいう種のようなものだ。
「よし、私も♪」
疲れたルネと代わり、今度はリュシエンナがヘラを回す。
発酵の乳が完全に混ざり終わった所で、湯煎の温かさを維持したまま三十分間待ち続ける。それから塩と子牛の胃袋からとったレンネットを溶かしたものを加え、さらに三十分を待って湯煎から取りだした。
もう一度レンネットを混ぜて約二十分の間沈殿を待つ。溜まったものがチーズの元になるカードだ。
「凄いです。こんな風にチーズが出来るのですね!」
カードを切って程良い大きさにしたのはセシルである。
そのカードを小さめの鍋に移して再び湯煎で加熱する。今度は人肌よりも少し熱い程度だ。ヘラでかき混ぜてゆくと徐々に半透明のホエーが沸きだしてくる。
ホエーを取りだしてカードを一塊りにし、今度マットと呼ばれる一枚状にしてしまう。マットをさらに湯煎で温めて時折ひっくり返す。この作業は二時間に及んだ。
頃合いをみてマットの端を少しだけ切り取り、かなり熱い湯煎で温めて柔らかくする。
「このぐらいの伸びはどうかしら?」
「もう少しね」
ルネが伸ばしてみせたチーズを見てモイリーア夫人はマットをひっくり返す作業を続行させた。
「むにょーん、と。まるでこの柔らかさ、リュシエンナのほっぺみたいね?」
「私よりルネさんのほっぺみたい。でも一番はきっとシーナさんよね」
ルネとリュシエンナの会話を聞いていたシーナは自分の頬を摘んでみせた。
二度目の確認でマットをひっくり返す作業は終了する。
マットは一度賽の目切りにされ、熱湯の中でヘラを使ってこね合わされた。それが終わると拳大の大きさに分けられる。
冷水に続いて塩水に沈められて約十五分。ここにチーズが完成した。
「出来たてが美味しいといっても一晩ぐらいは寝かせた方がいい感じよ」
すぐにもチーズを囓りそうなシーナを見てモイリーア夫人が苦笑する。
(「なかなかなものですね。これは」)
小さなチーズの欠片を隠れて摘み食いしたのはセシルであった。
「この白さ、兄の犬のリコッタみたい」
リュシエンナは出来たてのチーズを見て呟く。
作ったチーズの半分は冒険者達に譲られた。代金はアリエフが出してくれるのでいらないという。
明日の仕上がりを楽しみにしながら一同は眠りに就いた。
●チーズ料理
四日目は待ちに待ったチーズを食べる日となる。
調理の腕をふるったのはルネとリュシエンナ、そして陰守である。他の者達はお手伝いを務める。
お腹と背中がくっつきそうなシーナだが、ここは我慢のしどころだ。
昼を少し過ぎた頃、たくさんの料理が宿のテーブルに並んだ。
アリエフも一緒に豪華な昼食会が始まる。
「‥‥ん‥‥どれもとっても美味しそう♪」
セシルはハーブワインと一緒に料理を頂いた。まずは陰守が作ったフォカッチャである。中の熱いチーズが何ともいえない味わいだ。
ワインの他にも陰守が用意してくれたベルモット、招興酒、ハーブエールといったお酒も並んでいた。
「このチーズとシュクレ堂さんの焼き菓子、合うのです」
エフェリアは気になっていた食べ合わせをしてみて満足する。子猫のスピネットにもほんのちょっとだけ食べさせてあげた。
午前中には村で飼われている水牛を絵に描いておいたエフェリアである。テレパシーで話しかけたものの、恥ずかしがり屋なのか特に返事がなかったのは残念だった。
「これってなんだろう?」
恐る恐る本多文那が口にしたのはスズギのムニエルにチーズが添えられたものだ。陰守の特製である。隠し味に醤油が使われていた。
「シーナさんも食べてみなよ♪ きっと気に入るから」
「どれどれ‥‥、お魚にもとっても合うのですね〜!」
とても気に入った本多文那に勧められてシーナもスズキのムニエルを頬張る。
(「食べて喜んでもらえるのはなにより嬉しいものです」)
本多文那とシーナのやり取りを眺めた陰守は満足げに頷いた。
その他には牛肉をハーブワインで煮てチーズをかけたもの、揚げた細かなパンと野菜、チーズをまぶしたサラダなどが用意された。
「こっちはわかるのですけど、これは何なのです?」
「さすがシーナ、お目が高いわね。どちらもお召しあがれ」
ルネが大きな塊を切り分けてシーナの皿にのせる。一つはステーキにチーズを加えたもの、もう一つは鳥肉と野菜のチーズパイ包みである。
シーナはどちらもペロリと食べ尽くす。
「こんなに美味しそうに食べてくれるだなんて感激だわ。さあ、もっとお替りしてね! 前にジョワーズの林檎入りパイを教えてくれたお礼よ♪」
ルネはシーナの食べっぷりに驚きつつも、お代わりをすぐに用意する。
「これも、おいしいのです。蜂蜜とチーズはけっこう合うのです」
エフェリアはリュシエンナが作ったチーズに蜂蜜とジャムを混ぜ込んだパンを食べる。先程試した焼き菓子とチーズの食べ合わせに通じるものがあった。
「エフェリアさん、これはどう?」
リュシエンナはエフェリアにチーズたっぷりのパン入りグラタンを勧めた。
「! なんとなく、エスカルゴさんの味を思いだすのです。ガーリックとハーブが効いているから、でしょうか?」
どうやらエフェリアの好みらしく、一生懸命に食べてくれる。その様子にリュシエンナはほんわかとした気分になった。
「この歯ごたえのハーモニーがたまんないのですよ♪」
リュシエンナが作ったニョッキにチーズソースを絡めたものは、シーナに大好評であった。
「それでは僭越ながら一曲‥‥」
食事が進むとセシルは妖精の竪琴を奏で始める。
「いいですね。ジョワーズが目指すのはこんな感じなのですよ。誰が訪れてもこういう気分になれる店作りをしなくては」
アリエフは満足げに頷く。
いつもより長い昼食を過ごした一行であった。
●そして
五日目の午後、増産してもらったチーズを荷馬車二両へ積み込む作業が行われた。
冒険者達はチーズが納められた専用の木箱を荷台へと重ねてゆく。
途中崩れないようにロープを張って固定する。積み込みの作業は手の空いた村人も手伝ってくれた。
翌朝にも寝かせ終わったチーズを荷馬車に積んで一行はパリを目指す。
冒険者達の手元にはハーブワインとチーズがあった。ハーブワインはアリエフがくれたお土産であり、チーズは調理で使い切れなかった分だ。
あまり日持ちしないのでパリに着いたら一週間程度で食べきった方がいいとモイリーア夫人はいっていた。
行きとは違って積んだチーズがあるので荷馬車二両をゆっくりと走らせる。パリに到着したのは七日目の暮れなずむ頃である。
さっそくジョワーズ前で木箱を降ろす作業が行われた。従業員も手伝ってくれて約一時間で終了する。
「これはお友だちの印なのですよ〜♪」
シーナはブタさんペーパーウェイトをルネに贈った。
帰りに一同は冒険者ギルドへ立ち寄る。報告の義務を果たす為だが、チーズとハーブワインのお土産をゾフィーに渡す行動も含まれていた。
「へぇ〜これがジョワーズで使われている生のチーズなのね」
チーズとハーブワインを受け取ったゾフィーはとても喜んだ。
「楽しかったのですよ〜♪ これでまたジョワーズに行く楽しみが増えたような気がするのです☆」
シーナは冒険者ギルドに残り、帰る冒険者達を見送るのであった。