●リプレイ本文
●集合と出発
一日目の早朝、冒険者ギルド前に一両の荷馬車が停まる。
「カマスカといいます。この度はトロル退治を引き受けて頂いてありがとうございます」
依頼人カマスカは御者台から下りると帽子を脱いで、集まってくれた冒険者達へ丁寧に挨拶をする。お互いに簡単な自己紹介をし終わると本題に入った。
「お肉ですか?」
「そう、肉。トロルをおびき寄せる為に必要だと話していたところや。現地で猟師さんに頼もうか、パリで購入するか、どっちがよいかね?」
ジルベール・ダリエ(ec5609)に訊ねられたカマスカはしばし考える。カマスカは猟師ではなく木こりを生業としていた。
「もしパリで購入するならアイスコフィンで凍らせるから大丈夫よ」
シフールのミシェル・サラン(ec2332)は愛馬ルイーザの背中に舞い降りてカマスカへと振り向く。
「購入するには及ばないでしょう。向こうで手に入るはず‥‥いや、猟師のパパンガも含めて集落のみんなにも手を貸してもらえるように説得しますので‥‥だ、大丈夫です。任せてください」
少々頼りない返事であったが、冒険者一同はカマスカの言葉を信じる事にした。
さっそく荷馬車を中心にして一行は出発する。パリ城塞門を抜けて一本道を進んだ。
「冬を過ぎると荷物が軽くなってとても楽だわ♪」
鼻歌混じりのミシェルは愛馬で荷馬車の後をついてゆく。
「矢にいちいち魔法付与してもらうんも大変やもんな」
ジルベールは愛馬ネイトで荷馬車と併走しながら胸元に下げたダガーに目をやる。
持ち前の知識からすると、弓を使ってトロルに対抗するには、すべての矢にバーニングソードを付与してもらわなければならない。それをジュリオ・エウゼン(ec2305)に頼むのは流石に気が引ける。それに魔力にも限りがあるのでもったいなく感じられた。
「カマスカ殿、先程集落の人達にも手伝ってもらえるようにすると仰ってしましたが、トロル出没地域への案内は頼めますか?」
ジュリオは隣りで手綱を持つカマスカに話しかける。
連れてきた愛馬フロンテーラは、デニム・シュタインバーグ(eb0346)の愛馬ワインドと一緒に荷馬車を牽く力となっていた。
「集落の者達も森で目撃していますが‥‥生息域は特定されていないのです。わかっているのは集落を襲うことのみなので、どうにも」
それならばとジュリオはトロル出没の地図作りの協力を頼んだ。少しでも被害を抑える為に集落の外でトロルと戦おうと予め相談していた冒険者達である。
(「それならば仕方ないですね‥‥。肉が調達できれば何とかなるでしょう」)
デニムも集落の誰かにトロルの居場所まで案内してもらうおうと考えていた一人だ。
(「民の盾となる事こそ騎士の本意‥‥これ以上の悲劇を防ぐため全力を尽くさなくては」)
デニムは遠くの空を見上げる。
春の空はとても優しく感じられた。その優しさを本物にする為に頑張ろうとデニムは誓うのだった。
●集落に到着
「それで集落が助かるんなら手伝おうじゃないか。任せてくれ」
二日目の夕方に集落へ到着した一行は猟師のパパンガを訪ねた。冒険者達は胸を叩いて引き受けてくれたパパンガに感謝する。
それからカマスカの家に泊まった。カマスカと妻、息子二人、娘一人の計五人家族である。
「こんなものですみませんが――」
カマスカの妻が用意してくれた食事はとても質素だった。トロルとの遭遇を考えて森へ出てもあまり遠くには行かないようにしていたからだ。
そもそもカマスカが依頼をしに一人でパリへ出かけたのも危険を覚悟しての行動である。
「おじちゃん、あそぼ」
「もちろん遊んでやるとも。ただ俺はおにーさんやからな」
「うん♪ じゃ、おにいちゃん」
「それならいいんや」
食事の後、ジルベールはカマスカ家の娘ミトトのままごとにつき合う。家では恒例になっているようで息子二人も一緒だ。
「馬はしばらくこちらで預かってもらえるだろうか? 森の中での捜索だと邪魔だし」
「もちろん構いませんよ。仲間の方のもよろしければ預かりましょう」
ジュリオの頼みをカマスカは快諾してくれた。
(「ヒュペリオンも置いていった方がよさそうだな」)
ジュリオはままごとで遊んでいるフェアリー・ヒュペリオンの様子を見て心の中で呟く。
「わ、わたくしも?」
ミシェルはミトトに腕を引っ張られてままごとに混ぜられてしまった。どうやら役割はままごとにおけるミトトの主婦仲間のようだ。
「そうだ、これがあった」
ジュリオはミシェルの代わりにとミトトにシフールのぬいぐるみをあげる。それでもミトトはミシェルを放そうとはしない。
「だって隣りのミクちゃんとトックくん、どこか遠くにいっちゃったんだもん。だからかわりなんだもん。いつもいっしょだったのに‥‥」
ミトトの言葉に一同は沈黙する。トロルに食べられてしまった中の二人だとカマスカに訊くまでもなく想像出来たからだ。
「それでは僕も混ぜてもらえますか? 何の役でも構いませんので」
「うん♪ じゃ集落のえらいひとね〜」
デニムはミトトの笑顔を見て考えた。トロルにとっては生きるために食べているだけ。それでも僕は人で、騎士だから、子供が殺されているのを許すわけにはいかないと。
ミトトが疲れて眠るまでままごとは続くのだった。
●トロル
三日目の朝から冒険者達はトロル探しに奔走する。
カマスカだけでなく集落の人々からもトロルの出現場所を訊きだして地図に記してゆく。
危険なのを承知で狩猟をしてくれたパパンガのおかげで生肉が大量に確保される。保存が効くようにとミシェルはアイスコフィンをかけておいた。
問題はどこに生肉を仕掛けるかだ。
トロルが目撃されたいくつかの場所に仕掛けてみたものの、うまくはいかなかった。
そこでミシェルが囮役となる。生肉を紐で吊して森の上空を飛び回った。
「うっ‥‥、なかなか臭いがキツイわ」
ミシェルは鼻をつまみながら器用に低空を移動する。臭いを際だたせる為にわざと血抜きをしていない部位をぶら下げていた。
五日目、暮れなずむ頃になっても進展はなかった。
「トロル、見たことないのよね‥‥‥‥」
依頼書にあった特徴とジルベールから聞いた情報がミシェルの知るトロルのすべてだ。もう戻ろうかと諦めかけた頃、青銅色の何かが木々の葉の間で動くのを見かける。
「いたわ! お、大きいわね」
ミシェルの声に気がついたトロルは振り向いて天を仰ぐ仕草をとった。いきなり助走を始めると跳ねながら持っていた棍棒を振り回す。
「危ないわね! おいで、こっちよ」
素速く避けたミシェルは適度な間隔を保ってトロルを誘導する。目指すは仲間が待機するわずかに森が拓けた場所である。
「来たようやな。この大きさはトロルや」
スクロールで付与したブレスセンサーでトロルらしき存在を感じたジルベールは、側にいた仲間二人に知らせる。
ジュリオはジルベールとデニムの武器にバーニングソードを唱えた。そしてファイヤーボムの準備を始める。
「召された子供達の無念‥‥その身を以って償え!」
ジュリオのファイヤーボムから戦いは始まった。トロルの頭を中心にして真っ赤な火球が膨れあがる。
万が一にも森へ引火した時は、ミシェルがウォーターボムの水球で消してくれるという。
「持ち慣れんけど、やるしかないや!」
ジルベールはバーニングソードが付与されたダガーを飛ばす。トロルの左目を切り裂いたダガーはレミエラの効果でジルベールの元まで戻ってきた。
「トロル! こっちです!!」
トロルに近づいたデニムは無闇に振られた棍棒を盾を受け止める。同時に大上段に構えていた剣を振り下ろした。
腿の付け根に刃が深く食い込み、トロルは悲鳴をあげる。
一旦デニムが離れると、ミシェルはシャドウバインディングでトロルを足下の影に縫い止めた。
今一度ジュリオのファイヤーボムが放たれる。ジルベールのダガーがトロルの右目も潰す。
無闇に棍棒を振り回すだけのトロルはすでに冒険者達の敵ではなかった。
デニムが止めを刺して、トロルはただの巨大な肉塊に変わる。
トロルの持ち物を探ると集落の子供達が着ていたと思われる服の残骸が発見された。その他にどこで手に入れたのかレミエラも持っていた。
「これ、見覚えあるやろか」
ジルベールは子供達の服の残骸を返しに集落の家々を回る。
泣き崩れてそれ以上話しかけられなくなった遺族。手を握りながら感謝してくれた遺族などジルベールは様々な状況に遭遇する。
レミエラは一度カマスカに渡したが、自分には用がないものだといって冒険者達の物となった。
●そして
六日目になると集落の人々によってトロルの死骸は埋められた。
ミシェルは森で摘んできた花束を亡くなった子供達の墓に供える。
「終わったわよ。安らかに眠ってね」
ミシェルはしばらくその場に留まって墓に話しかけた。
その日の夕方に出された食事は豪華であった。これまで控えていた食用植物の採集や野生動物の狩りが再開されたからだ。
七日目の早朝、パリへと戻ろうとする冒険者達を集落の人達が見送る。
「もう怖い化物は出ない。安心しなさい」
「うん、ありがとー♪ ジュリオおねえちゃん」
ジュリオはシフールのぬいぐるみを胸元で抱くミトトの頭を撫でた。
「またもし助けて欲しい事があったら、すぐに駆けつけますから、どうか頼って下さい」
デニムは最後に集落へ言葉を残す。
まもなく荷馬車は動きだし、一行はパリへの帰路に就いた。