●リプレイ本文
●準備と出発
夜明け前の冒険者ギルド。
参加する一同が個室へ集まって初めにやったのは家族構成の相談である。
シルヴァンから預かった刀剣を届けるにあたり、依頼者のブランシュ騎士団黒分隊隊員レウリーは引っ越しする大家族に偽装して運ぼうとしていた。その為には演じる家族の役割をはっきりさせておく必要があった。
「それでは――」
アニエス・グラン・クリュ(eb2949)が各自の希望を聞きながらまとめてゆく。
まずは二家族に分けられる。
クリミナ・ロッソ(ea1999)の娘二人がそれぞれに家庭を持ったという構成だ。長女がセレスト・グラン・クリュ(eb3537)、次女がルネ・クライン(ec4004)とされた。
ディグニス・ヘリオドール(eb0828)とセレストを夫婦として、長女のアニエス、長男クヌット、次男アウストの三人が子供となる長女家族。
ラルフェン・シュスト(ec3546)とルネが夫婦となり、長男ベリムート、次女コリルの子供二人、そしてラルフェンの弟としてレウリーを加えた次女家族。
基本が決まったところで化粧と変装が始まる。
各自が工夫するのに加え、手伝いに来てくれたマグダレンが理容を手伝ってくれた。
「面倒見のよいお姉さんを目指して‥‥」
アニエスは銅鏡を眺めながら自分で化粧を施す。そしてある人物からもらったアメジストのピアスと一緒に香り袋も携帯した。
懸命な様子のアニエスを見て母セレストは微笑みを浮かべる。
「これでいいわ。次はクヌットさんね」
セレストは子供達の顔と手に小麦色の化粧をしてゆく。ディグニスの顔は逆に白さを目立たせる。セレスト自身は気合いを入れての本気メイクだ。
「これをつけるのか?」
「お話によれば誰よりもデビルと戦っているご様子なので」
マグダレンの手によってディグニスの口元には付け髭がつけられる。
「これでどうかな?」
ラルフェンは子供役のベリムートとコリルに訊ねた。顔右側面と耳を隠すように髪を整えたのだ。二人とも大丈夫だと太鼓判を押してくれる。後は後ろ髪を束ねて完成に至る。
「ありがとうね」
質素な服装に着替えたルネはラルフェンからシルバーリングを受け取って左手の薬指にはめた。
辛くはないだろうかとルネはラルフェンを心配する。ラルフェンの結婚に関する過去を知っていたからだ。
かたやラルフェンも真似事とはいえ未婚の女性に指輪をさせる行為に申し訳ないと感じていた。
「これで平気でしょう」
クリミナはクレリックではないごく普通の服装をしてお終いである。
レウリーはわざとだらしない格好をした。個室に立ち寄ったゾフィーがその姿を見て思わず吹きだしてしまう。
アイテムの貸し借りも終わり、一行はギルドから少し離れた空き地へと向かった。そこにはレウリーが用意した荷馬車六両が停められていた。
待機していた商人から引っ越し荷物で一杯の荷馬車六両がレウリーに引き渡される。アニエスが持ってきたテフィウトの棺も載せられて、中に布袋に入った大切な刀剣が仕舞われた。
御者は子供達四人を含めて馬を扱える者達で交代に行われる約束になった。
テフィウトの棺の上には布が被されてさらに御者と見張り以外の者達が上に座る。位置も前から三両目の中央付近である。
マグダレンとゾフィーに見送られながら荷馬車六両で動きだす。
「もしも敵が出てきても、ヌシ達は無理して前に出る必要は無いぞ。拙者達の戦い方を見るのも勉強じゃ」
「うん。僕たちは剣から離れないからよろしくね」
御者をするディグニスの隣りにアウストが座って今回の旅における心構えを話し合う。青空ではディグニスの鷲・ルファ、そしてアウストの鷹・ウェリビが舞って地上を見張る。
冒険者としての会話は終わり、これより目的地到着までは家族として振る舞う時間となった。冒険者としての発言は仲間が貸してくれた指輪のテレパシーのみに限定される。
「それではいただきます」
昼頃、一行は街道から外れて休憩をとった。それぞれにお祈りをした後でクリミナが作ってきてくれたお弁当を頂く。
「お、おばあちゃん、これ美味しいよ」
慣れていない様子でクリミナに声をかけるアウストである。それでも『クリミナ先生』といってしまったクヌットよりマシだったが。
まだまだデビルの危険は少ない。子供達は反省して早く慣れるように努めるのだった。
●近づく危険
三日目の夕方、一行はトーマ・アロワイヨー領を間近とする地点で野営の準備を行った。
「赤ん坊は元気かい?」
「うん、平気だよ」
ベリムートとレウリーが話題にした赤ん坊とは隠語であり、届けようとしている刀剣を指していた。
今いるのはヴェルナー領の北端付近だ。目的地のヘルズゲート付近を大きく迂回して北へと抜けた状況である。
食事は保存食だけでは味気ないので途中で手に入れた食材でスープなどを足して頂く。
「ほら、みんなで食べましょ♪」
夕食後のひとときとしてルネがパリで作ってきた焼き菓子をみんなで摘んだ。日が暮れて全員で焚き火を囲んだ。
「俺もいくつか手持ちがある。好きなのを食べてくれ」
ラルフェンもお菓子類を取りだして提供する。
「前より腕をあげたわね」
セレストもルネの焼き菓子を笑顔でかじる。しかし意識の大半は闇夜の周囲に向けられていた。
(「今の所は平気のようだ」)
(「そうね。でも油断は禁物だわ」)
セレストとディグニスは指輪で付与したテレパシーでやり取りをする。昼間に怪しい集団とすれ違っていたので特に警戒をしていた。
(「ここなら何かがあっても荷馬車を守りきれると思いますが」)
(「そうですね。もしもの時は真っ先に棺のある荷馬車へとホーリーフィールドを張るつもりですわ」)
アニエスとクリミナもテレパシーでやり取りをする。笑顔のルネとラルフェン、レウリー、子供達四人も同様である。
子供達四人はランタンの火を灯しながら犬のペテロとリコッタを散歩させた。野営地の周囲に人の臭いが残っていないかを探す為だ。
二頭の飼い主がオーラテレパスで訊ねた所、どうやら一行以外の臭いは感じられなかったようだ。
ラルフェン、ディグニス、レウリーは用を足してくるといって野営地を離れた。そして犬の嗅覚から外れてしまう風下を調べる。
子供達四人は棺を囲むようにして荷馬車の荷台で就寝した。自分達の中で順番を決めて、寝転がりながらも一人ずつ起きていた。寝つけない者はセレストから借りた枕を使わせてもらう。
コリルのフェアリー・プラティナもいざという時にはスリープの魔法で協力してくれるらしい。とはいえ臆病なのでどこまで役に立つかは未知数である。
犬二頭は大木に繋げた馬達の見張り番だ。
特にこの日の夜は長く感じられて誰もが強い眠気に誘われるのだった。
●さらなる警戒
四日目の朝は訪れるのが遅かった。夜のうちに曇り、小雨が降り始めたからだ。
「雨か‥‥」
最後の見張り役であったレウリーが薄暗い空を見上げる。
「これは急いだ方がいいな」
「ええ、すぐに起こすわね。あなたは馬の準備を急いでね」
ラルフェンとルネはベリムートとコリルを起こして準備を整えた。
ディグニスとセレストの偽夫婦も子供三人と一緒に馬を荷馬車へと繋ぐ。その際、車輪や車軸などの点検も忘れなかった。
「今日はこちらに乗せて頂きましょうか」
クリミナは先頭を走るディグニスが御者をする荷馬車へと乗り込む。子供達四人には棺の荷馬車で待機させる。
出発してからも雨は徐々に強まってきた。荷物への雨対策はなされているが、それでもあまりに酷くなれば影響が出てくるだろう。
「大丈夫ですから。もう少しこちらの方が雨に濡れませんよ」
アニエスは子供達四人を元気づける。少々不安そうな顔をしていた四人だが、目の輝きは失われていない。
「雷まで鳴り始めたか」
ディグニスはずれそうになった付け髭を片手で抑えながら雨雲を見上げた。
午後を越えてしばらくすると、ディグニスの見知った景色が現れる。ヘルズゲートがある地下抗まではもうすぐである。
冒険者達はデビルを探知できる指輪『石の中の蝶』を所有していた。御者で忙しい者は待機している者に貸してあった。
赤い夕暮れもないまま夜の帳が下りようとしていた頃、大きな丘を越えると灯りが見えた。ヴェルナー領の兵士と黒分隊が陣を構える駐屯地がそこにあった。
荷馬車六両は一旦停止する。そしてレウリーがランタンを板で何度か隠す。陣から望めば点滅して見えるはずである。
「これでいきなり矢は飛んでこないだろう」
レウリの一言で荷馬車六両は再び動き始めた。
「これが陣か‥‥」
ラルフェンは石などの建材が運ばれている様子を興味深く眺めた。砦か要塞を造っている途中らしい。
すぐに一行は簡易に建てられた施設へと案内される。
「ご苦労であった。レウリー」
「光栄であります」
そこにはノルマン側指揮権を持つエフォール副長が待っていた。
「冒険者のみなさんもありがとう。おかげで強力な力を一つ手に入れられる」
エフォール副長の感謝の言葉に四人の子供達は姿勢を正したまま固まる。
「黒分隊の方々の表情をよく見て、覚えておいてね」
セレストが子供達四人の側で囁く。
レウリーが布袋に仕舞われた刀剣をエフォール副長へ手渡した。
「せっかくここまで運ばれたのだ。一緒に見てもらえるだろうか。品定めをするようにと分隊長からも言付かっている」
一行にはエフォール副長の申し入れを断る理由はなかった。見学をさせてもらう。
布袋から刀剣が取りだされる。エフォール副長はゆっくりと鞘から刀身を抜いた。
「真っ白‥‥」
ルネが呟いた通り、刃は金属とは思えないほどの白さを保っていた。ランタンの暖色を消し去る程に。
大きめであったが、シルヴァンエペのように日本刀の姿をしていた。
「純粋なブランは名が示すように白いのだ‥‥。それにしても、思わず吸い込まれそうになる」
エフォール副長が刀身を眺めているとテーブルに置いた袋の中から一枚の紙が落ちる。目の前に落ちた折られた紙をアウストが拾った。
「きっとその紙にシルヴァン殿がつけた刀の銘が記されているはず。読んでもらえるかな? 確か、アウストくんといったね」
「は、はい!」
エフォール副長に頼まれたアウストは指先を震えさせながら紙を広げた。
「銘は‥‥『ヴェルナー・エペ』なのだそうです」
アウストはシルヴァンの書いた文面を読んだ。
以前にラルフ卿から許可をもらっていたので、こちらの銘にしたと理由が書かれてある。本来ならばもう一振りを打ったところで決めるのだが、今回は時間がないのでこちらのヴェルナーエペが裏打ちとされた。
正式な銘は『ヴェルナーエペ+2デビルスレイヤー 裏打』である。
「そうか。裏打ちならばわたしの刀だな。分隊長とはそういう約束だ」
今一度眺めた後でエフォール副長はヴェルナーエペを鞘に収めるのだった。
●安らぎ
一行は雨が降っている事もあって施設で一晩を過ごすことにした。
許可を得た上でペット達を連れ込ませてもらう。残念ながらさすがにクリミナの愛馬・ハイジは厩舎だ。
ディグニスは自前のオーラテレパスで鷲のルファに警戒の確かさを感謝し、別室で眠りに就く。
アニエスが持ってきたインタプリティングリングでオーラテレパスを付与し、飼い主達はペットと遊んだ。
「まだ鷹の名前をいってなかったと思うんだ。ウェリビっていうんだよ」
腕の上に鷹を乗せてアウストは語る。父親と一緒に小さい頃から育てているのでとても懐いているのだという。
試しにルネが話しかけてみると、鷹にしてはしっかりとした返事があった。どうやら飼い主に似たようだ。
フェアリー・プラティナはコリルのカバンののぞき穴が小さいのが不満らしい。誰が話しかけても話題はそれだ。
「もう〜わかったわ。家に帰ったらもう少し大きくしてあげるからね」
肩を落とすコリルに思わず笑い声があがる。
ボーダーコリーのペテロはたまには主人のアニエスのすぐ側で眠りたいと語った。
「それでよいならば」
そろそろ暑くなるので当分の間は無理になるだろう。せっかくなのでアニエスは今夜寄り添って眠る事にした。
「そうか。今も充分にしてあげているつもりなのだが‥‥」
ラルフェンがボルゾイのリコッタに望みはないかと聞くと、散歩する距離を長くして欲しいと嘆願される。普段もかなり歩かせているつもりなのだが、余程リコッタは好きなようだ。
●そして
雨は強くなってなかなか降り止まない。日程に余裕があったので一行は五日目、六日目と駐屯地に滞在する。
その間に子供達四人は兵士や黒分隊の働きを目の当たりにした。
いつデビルに襲われるかもしれない状況なのに笑顔の者が多かった。そして瞳の奥には確固とした意志が感じられる。
雨が上がった七日目の朝、一行は荷馬車に乗り込んで駐屯地を後にする。
「どうかご無事で。私の『Overlord』‥」
アニエスは遠ざかる駐屯地へと振り向いて呟いた。
ヘルズゲートの先にある地獄の階層にラルフ黒分隊長がいると思うと、心が張り裂けそうになったアニエスであった。
七日目のうちにルーアンへ到着した一行は待機していた商人へ荷馬車六両を返却する。
八日目の昼頃には帆船へと乗り込んだ。
九日目の夕方、パリに到着してギルドで報告を終える。
「これがエフォール副長から預かってきたものなん‥‥おや?」
個室で待っていた冒険者達に追加の報酬を渡そうとしたレウリーは、テーブルに突っ伏して眠るアウスト、ベリムート、コリル、クヌットに気がつく。
戦いにこそならなかったが、子供達四人にとってはかなりの緊張状態であったようだ。少々揺らしたぐらいでは起きる気配もなかった。
「わたしはゾフィーの仕事が終わるまでここにいるつもりだから、子供達の様子も見ていよう。みなさんのおかげで無事にあの刀剣を届ける事が出来た。ありがとう」
他の冒険者達はレウリーから追加の報酬を受け取る。
(「すぐに眠ってしまうほど神経をすり減らしていたのね‥‥」)
ルネは子供達四人に今回の感想を聞こうと考えていた。それは叶わなかったが、この様子が答えともいえる。
子供達四人の返済金は次回にまとめてとなる。
冒険者達はやり遂げた気持ちを携えてギルドを去ってゆくのだった。