●リプレイ本文
●行き
「最初見たときは何が起きたのかと呆然としてしまって――」
依頼人の農夫リオスタは荷馬車を操りながら林檎園で起きたジャイアントスパイダによる災難を語る。早朝のパリを出発してまもなくの事だ。
「つい最近、トロル退治してきたんだから、蜘蛛くらいどうってことないわよ」
シフールのミシェル・サラン(ec2332)は荷馬車を牽く馬達の上空に浮かびながら胸を張る。
「何はともあれ、現地に着いたら林檎園のどの辺りでジャイアントスパイダが目撃されているのか聞き取りをさせていただきましょう。移動する可能性もありますし」
ワルキュリア・ブルークリスタル(ea7983)は荷馬車の片隅に腰掛けながら御者台のリオスタの後ろ姿を眺めた。
ちなみにワルキュリアの愛馬エルシードは荷馬車に繋がれている。
「リンゴ園が大変なんだね。秋にはたくさんのリンゴができるように、ジャイアントスパイダを何とかしないとだね!」
笑顔のエラテリス・エトリゾーレ(ec4441)は御者台のリオスタの隣りへと座り、足をぶらぶらとさせる。
「‥蜂の駆除はよく効きますが大蜘蛛の駆除とは中々興味深いですな」
フレイ・フォーゲル(eb3227)は顎の下に手をあてて考えた。もしかするとレミエラの素材を見つけられるかも知れないと。
「現地に着いたら灰をもらえるでしょうか? それなりにあると助かります」
「ええ、構いませんが‥‥。何にお使いになるのでしょう?」
愛馬・踊躍で荷馬車に併走する妙道院孔宣(ec5511)に灰を頼まれたリオスタは首を傾げた。
そこで妙道院は所有する『ブロッケンシールド+1』に秘められたアッシュエージェンシーの能力を説明した。灰によって身代わりを作る魔法である。
「それ、便利そうね。よかったらわたくしにも貸してね」
ミシェルの願いを妙道院が了解する。
荷馬車を中心にした一行は順調に旅を続ける。二日目の宵の口に林檎園近くの小屋へと到着した。
●巨体
三日目の早朝から冒険者達はさっそく大蜘蛛退治を開始する。
まずはリオスタと一緒に林檎園で働く者達に昨日までの状況を訊ねた。
どうやら林檎園からジャイアントスパイダが逃げだした気配はないらしい。言い換えれば、まだ占拠されているという事だ。
準備を整えた冒険者達はリオスタの案内の元、林檎園に立ち入る。周囲には簡単な柵が作られていたものの、大人がその気になれば乗り越えられる程度のものだ。易々とは思えないが、ジャイアントスパイダなら侵入する事も可能であろう。
「ボクは虫さんは平気なほうだけど、そ、それにしても大きなクモさんだね‥‥」
遠目にジャイアントスパイダを見つけたエラテリスは口元を引きつらせる。
「蜘蛛くらいって言ったこと撤回するわ‥‥」
大きく肩を上下させてミシェルがため息をつく。
「昆虫はまだ許せるけど、足8本ってどうして許せないのかしら。ヴィジュアル的にアウトよね」
独り言を呟きながらミシェルは妙道院と共にもらってきた袋から灰を一掴み取りだす。そして借りた盾の力で灰で出来た分身を作り上げた。
「私の身代わりは地上から、ミシェルさんのは蜘蛛の巣にひっかけるということで空から行きましょう」
ミシェルから盾を返してもらうと妙道院も分身を作り上げる。
「やっぱり曇りだったね」
早くに起きたエラテリスはあらかじめウェザーフォーノリッヂで天気を予想していた。
「薄暗いほうがインフラビジョンは使いやすいのですぞ」
曇り空の下、フレイは赤外線探知でジャイアントスパイダの位置を特定する。リオスタのいう通り、六匹の大蜘蛛らしき存在が感知された。それぞれに蜘蛛の巣を張って潜んでいるようだ。
「それでは始めましょう」
ワルキュリアの合図で始まる。一匹ずつを倒してゆく作戦だ。
灰で出来た偽・ミシェルと偽・妙道院が一番手近な蜘蛛の巣へと向かう。
(「自分の姿が蜘蛛の巣にかかるのを傍らで見る経験、めったにないわね」)
身を潜めながらミシェルは様子を窺う。
林檎の幹と枝の間に作られた巨大な蜘蛛の巣にゆっくりと偽・ミシェルが蜘蛛の巣に引っかかった。灰の身代わりは非常に脆いので、不自然なのは仕方がない。
枝葉の中に隠れていたジャイアントスパイダAが姿を現して糸をかけようとする。その間に偽・妙道院が巣の下に到達した。
ワルキュリアは自分を含めた全員にグットラックを唱える。フレイはフレイムエリベイションを仲間へかけていった。
ジャイアントスパイダAは欲をだしたのか、偽・ミシェルをある程度糸で巻くと対象を偽・妙道院に変える。
それを合図に冒険者達は一気に動きだす。
「こっちですぞ」
わざと遅れて蜘蛛の巣の様子を見守っていたフレイは立ち止まる。そして近づく仲間の存在に気がついたジャイアントスパイダAへ向けてムーンアローを放った。
輝く矢が命中し、ジャイアントスパイダAの意識をそらさせるのに成功する。
「動きが止まりました!」
妙道院が頭上のジャイアントスパイダAをコアギュレイトによって呪縛させた。
「よいしょっと」
エラテリスは探しておいた長い木の棒で低い周辺の糸を枝や幹から切り離してゆく。万が一糸に絡まっても逃げられるようにボロ切れを身体に巻いて何だかわからない格好のエラテリスだ。高いところはミシェルがやってくれた。
やがて自重に耐えきれなくなってジャイアントスパイダAは巣ごと地面へと落下する。
「これで!」
ワルキュリアはインセクトスレイヤーのメイスで打撃し、一気にジャイアントスパイダAの体力を奪う。動けなくさせているのではっきりとした反応はなかったが、ワルキュリアは手応えを感じ取った。
「動きだすと厄介ですので」
妙道院は今一度コアギュレイトをかけ直した後で、剣を勢いのまま叩きつける。
「この状態ならこれがいけますぞ」
フレイはヒートハンドで灼熱をまとわせた手でジャイアントスパイダAの足に触れた。
「こっちは平気よ。枝の間に隠れているし」
「あっちも大丈夫だよ。のんびりとお昼寝している感じだね」
エラテリスとミシェルは攻撃を他の仲間に任せて、他のジャイアントスパイダが気がついて応援に来ないかを見張る。
仲間の誰にも傷つくことなく無事にジャイアントスパイダAの退治に成功する。死骸の処理はリオスタを含む林檎園の人達が引き受けてくれた。
帰りの時間を考慮して逆算すると、一日に二匹の退治が必要となる。
冒険者達はジャイアントスパイダBも倒して三日目を終えた。
林檎園近くの小屋で過ごしている間は食事の心配はいらなかった。林檎園の人達がいろいろと世話してくれたのである。
四日目にはジャイアントスパイダのCとDの退治を完了した。Cを倒している最中にDが気がついたので少々の混乱があったものの無事にやり遂げる。
そして実質的な最終日である五日目の朝を迎えるのであった。
●二匹
「隣り同士といっていいわ」
空から眺めてきたミシェルが仲間に蜘蛛の巣の状況を伝える。
最後に残ったジャイアントスパイダのEとFの巣はあまりにも近く、一匹ずつ戦う訳にはいかない状況にあった。
そこでミシェルがアイスコフィンでFを凍らせておき、その間にEと対峙する作戦が立てられる。
まだ日差しもそれほどでもないので、凍らせるのに成功さえすれば余裕の時間稼ぎが可能だ。Eを倒す過程はこれまでと同じである。
気を引き締めてさっそく退治にあたった。
灰で出来た偽・ミシェルと偽・妙道院によってジャイアントスパイダのEとFがおびき寄せられる。
「糸に絡むのは嫌だし、ここからがいいわ」
ミシェルは遠距離からアイスコフィンを唱えた。ジャイアントスパイダFは徐々に凍ってゆき、やがて動かなくなる。
「そうですぞ。こちらに注意を向けるべきですぞ」
フレイはムーンアローを当ててジャイアントスパイダEの意識を向けさせた。
「うまくいきました」
妙道院は余裕で蜘蛛の巣に近づくとコアギュレイトを唱え、ジャイアントスパイダEを呪縛させる。
「だいたい切れたよ」
エラテリスはプチプチと枝や幹にくっついている糸を切ってゆく。高いところは苦手なので上の部分は手の空いたミシェルに任せる。
作戦に慣れたせいか、誰もが破綻なく順調に事を進めた。
「うまくいっているとはいえ、早い方がよいでしょう」
ワルキュリアは地面へと落下したジャイアントスパイダEを一気に仕留めてゆく。仲間も加勢してEの退治はすぐに終わる。
残るは凍っているジャイアントスパイダFのみだ。
手分けして糸を林檎の木から切り、巣ごとFを地面へと落とす。
このまま熔けるのを待つのもなんなので、林檎の木に被害が及ばない拓けた場所までは運んだ。そして周囲で焚き火をする。
その時フレイは少しだけ蜘蛛の巣の糸を採集して懐に忍ばせた。
「蜘蛛の糸って火に弱かったんだね」
瞬く間に燃えてゆく蜘蛛の巣を見てエラテリスは呟く。
やがて解凍が終わる間近で焚き火を消し、妙道院がコアギュレイトでジャイアントスパイダFを呪縛させる。
後は全員で仕留めてすべてのジャイアントスパイダ退治がここに終了した。
「あ、ありがとうございます!!」
遠くで様子を眺めていたリオスタと農園の人々が、冒険者達に駆け寄って感謝の言葉を贈る。
「これは以前に森の奥で拾ったものです。たまに立ち寄る行商人によれば珍しい実なのだと。他にわたしたちにお礼できるものはないので‥‥どうぞお納め下さい」
冒険者達はリオスタから実を二つずつ受け取った
その日の夜、冒険者達は林檎園の人々が丹精込めて作った料理でもてなされるのだった。
●そして
「あれは‥‥もしかして?」
六日目の朝。ワルキュリアは気になって林檎の木へと近づく。見上げてよく見ればツボミが開いて林檎の花がいくつか咲いていた。薄く赤みがかった白い花である。
「これはきれいね。香りもするわ」
枝へと近づいたミシェルが花を観賞する。
「これでリンゴがちゃんとできるかな?」
木登りして近くで見たかったエラテリスだが、やはり怖くなって途中で諦める。
「はい。これで大丈夫でしょう」
「ありがとうだね。妙道院さん」
ジャイアントの妙道院が肩車をしてくれたおかげで、エラテリスも間近で林檎の花を眺められた。
「これを頂いてまいりましょうぞ」
フレイは花を摘まずに下に落ちていたツボミを拾った。
よい林檎の実がなる為には摘花作業は欠かせない。それでも今は誰も摘む気にはなれなかった。何故なら自分達が守った花だからだ。
林檎園の人々に見送られて冒険者達はリオスタの荷馬車でパリへの帰路につく。
七日目の夕方、無事にパリへ到着するのであった。