夢いっぱいのお菓子 〜シーナとゾフィー〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月07日〜06月15日

リプレイ公開日:2009年06月15日

●オープニング

 冒険者ギルドの受付嬢シーナは自宅で早めの夕食をとっていた。
「ふ〜。もうお腹一杯なのです☆」
 満足したところで、シーナはケーゲルシュタットを始める。
 ケーゲルシュタットとはデビルに見立てた棒を並べ、遠くから木球を投げて倒して遊ぶゲームである。元々は修道院で行われていた儀式なのだが、もっぱら遊戯として世間には広まっていた。
「うん? 誰か来たようなのです」
 ドアがノックされる音にシーナは気がつく。
「どなた様なのです?」
「ライラさね、シーナ殿。開けてもらえるかい?」
 シーナがドアにある隙間から外を覗くと、確かにライラ・マグニフィセント(eb9243)である。
 もう一人見たことがない女性の姿があったものの、シーナは閂を外してドアを開いた。ライラの友達だと考えたからだ。
「どうしたのです?」
 シーナは二人を部屋に入れてテーブルに座らせる。
「シーナ殿、ちょっとお願いがあるのだがな。この行き倒れが見た事の無いお菓子を作れるみたいだが、言葉が通じなくてね」
 ライラはもう一人の女性をシーナに紹介した。
 言葉が通じないとライラはいうが、ほんのわずかな単語程度は知っているようだ。名前は石見瑞穂(ec6503)というらしい。
 だからといってゲルマン語が話せるとは限らない。名前というのは言語によらず同じ場合が多々あり得るからだ。
 ライラは『ノワール』というお菓子の店をパリで開いていた。迷い込んできた石見は店頭のお菓子の名前をいくつかいい当てたようだ。その後で身体を動かしながら妙な話し言葉を続けたという。
 その時の身振り手振りがお菓子作りの工程とよく似ていた。それ故に何か新しいお菓子の作り方を知っているのではないかとライラは推理したのである。
「異国のお菓子に興味あるさね。材料費だけで一杯で、お礼が試作品になるのが申し訳ないのだが」
「わかったのですよ〜♪ わたしも興味があるのです〜。どんなお菓子を知っているんだろ?」
 ライラの願いを承諾し、シーナは貼り紙を二枚用意した。一緒に手伝ってくれる親切な人を募る為である。
 一枚は自宅の外壁用、もう一枚はお店用としてライラに手渡す。
「それではよろしくさね」
 ランタンで道を照らしながらライラと石見瑞穂が帰ってゆく。
「楽しみなのです☆」
 玄関の外でシーナは手を振って二人を見送るのだった。

●今回の参加者

 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 ea3777 シーン・オーサカ(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb9243 ライラ・マグニフィセント(27歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec4988 レリアンナ・エトリゾーレ(21歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 ec5385 桃代 龍牙(36歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec6503 石見 瑞穂(26歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

リィム・タイランツ(eb4856

●リプレイ本文

●レシピ
 場所はライラ・マグニフィセント(eb9243)のお菓子の店『ノワール』。
 調理場にはたくさんの協力者が集まっていた。その中には冒険者ギルドの受付嬢シーナの姿もある。
 理由はそれぞれにあるだろうが、集約される目的はただ一つ。新しいお菓子作りだ。
「まず、石見からお菓子の種類を色々聞いて、その中から作れそうな物に絞り込んでいく事になるかな」
 ライラが話し始めると、隣りに立っていた石見瑞穂(ec6503)がペコリとお辞儀をする。
 今日を含めての八日間で異国のお菓子を作りたいとライラは意気込みを語った。それが終わると石見瑞穂が喋りだす。
「なるほど‥‥分かりませんわ」
 石見瑞穂の言葉にレリアンナ・エトリゾーレ(ec4988)は首を傾げる。それでもまずは打ち解ける為の挨拶として窓の外にいる愛犬のレイモンドに芸をさせてみせた。
 ぐるりと円を描くように歩いたレイモンドが最後に一吠えすると、石見瑞穂は拍手をする。
「ふむ‥‥。え〜と、日本人‥だよな?」
 桃代龍牙(ec5385)は故郷の言葉で話しかけてみた。どう見ても同郷にしか思えなかったからだ。桃代龍牙の勘は当たっていて言葉が通じた。どうやらジャパン語によく似ているらしい。
「え〜と、初めましてなのです☆」
 クリス・ラインハルト(ea2004)も石見瑞穂にジャパン語で話しかけてみたが、しっくりとこなかった。ここは魔法の出番だといってテレパシーを自らに付与したクリスである。
「ふむふむ――」
 クリスは石見瑞穂とテレパシーでやり取りした内容をみんなに伝えた。
 石見瑞穂は、ある時気がついたらアトランティスにいたらしい。そして月道を通れば故郷の天界に戻れると噂を耳にする。その通りにしてみたら、何故かノルマン王国のパリに辿り着いてしまったようだ。
 天界にいた直前まで、石見瑞穂はお菓子作りの勉強をしていたという。
「思った通りさね」
「さすがなのですよ♪」
 ライラとシーナは顔を見合わせて頷き合う。
「遠い世界からようこそ、可愛いお嬢さん。心細いとは思いますが力になれることがありましたら協力しますよ」
 エルディン・アトワイト(ec0290)は石見瑞穂の手を取ってジャパン語で挨拶をする。瞳のついでにエルディンは白い歯もキラッと輝かせた。
 エルディン曰く、女性には三割増しのサービスらしい。
「ねぇ‥‥天界にはどないなお菓子があるんやろか?」
 我慢しきれずにシーン・オーサカ(ea3777)はクリスを通じて石見瑞穂に訊ねた。錬金術を知るシーンにとっても未知のお菓子は興味津々である。
「えっとですね。パンみたいだけど固くなくてフワフワとしたスポンジケーキというのがあるらしいのです☆ それとフワフワというよりもしっとりとしていてホロリと口の中で崩れるシフォンケーキ。そしてなんと冷たくて甘くてフンワリとしたアイスクリームというのも――」
 クリスの通訳内容に一同は唾を呑み込んだ。中でも一番大きな音を立てたのがシーナである。
 お菓子の紹介が終わったところで、ライラが教えてもらいたいお菓子を決めた。最初に伝えられたスポンジケーキ、シフォンケーキ、アイスクリームの三種に決まる。
 そして作り方を含めたレシピも石見瑞穂から聞きだされる。
「重曹? それらしいもんを聞いた事あるような、ないような。なんやったろか‥‥」
 錬金術を知るシーンが腕を組んで考える。
「どうやら乳が必要なようですわね。わたくしは牧場や市場を回りまして集めたいと思いますわ。山羊に羊に牛や水牛も必要かしら?」
 レリアンナはパリ近郊を探し求めるつもりでいた。同じ動物の乳でも個体が違えば味が違う事もあり得る。なるべく多くの種類を集めようと考える。
「道具作りにアイスコフィンを利用しようと考えている。もちろん、火をつかわない道具に限るが」
 桃代龍牙はライラが作るお菓子の他にアップルパイに手を付けるつもりだ。
「ハーブ類なら任せて下さい。それとクリエイトハンドとレミエラの組み合わせでとても甘い食材を作ってみようかと」
「甘いのなら桜の蜂蜜を持参したです♪ 良かったら使ってです〜」
 エルディンとクリスはにこやかに二人で買い物を相談した。
 それぞれに役割が決まり、さっそくお菓子作りの始まりとなった。

●試行錯誤・シフォンケーキ
 まずは失敗を恐れずに数日をかけての試行錯誤が行われる。
 最初は一番手頃に感じられたシフォンケーキからだ。
 食材は比較的簡単に手に入る。
 ただしバニラビーンズと石見瑞穂が呼ぶ豆は市場を探しても見つからなかった為に見送られた。このバニラビーンズはアイスクリームでも使われるのだが、香料ゆえに直接的には味と関係がない。しかし香りは食するときの重要な要素である。代わりにエルディンが探してきたペパーミントが使われた。
 石見瑞穂のいう白い砂糖はなく、また黒砂糖も非常に高価だ。そこでクリスが持ってきてくれた蜂蜜が用いられる。
 エルディンが用意しようとしていた甘い食材は失敗してしまう。煮詰めたら糊状になってしまい、他の食材と混ぜるには不便過ぎた。
 まずは鶏卵を黄身と白身に分けてそれぞれに泡立てられる。石見瑞穂のやり方を見よう見まねする。
 ライラの横で桃代龍牙も懸命に黄身をかき混ぜた。
 クリスは通訳をしたり、かき混ぜるのを交代したり、石釜を火加減をみるなど大忙しだ。連れてきたウンディーネのパディーが不思議そうにクリスの事を見つめていた。
 かき混ぜる為の複雑な先端を持った棒はライラのお手製である。焼くときに使う型についても銅を利用して既に完成済みだ。
 ベニバナの種から絞られた油はシーンが、新鮮な牛乳はレリアンナが朝早く郊外に出かけて手に入れてくれた。
 特に白身を主としたメレンゲ作りが重要だと、クリスは石見瑞穂の思念を通訳する。
 材料すべてが順序よく混ぜられて型に入れられ、熱い石釜の程良い位置に置かれた。
 ギルドでの仕事が終わったシーナがノワールを訪れた頃、丁度焼き上がる。
 さっそく試食してみたところ、美味しいとみんなから笑みが零れた。しかしただ一人、石見瑞穂は浮かない顔をする。
 どうやら考えていた味が出なかったようだ。バニラビーンズが使えない事は分かっているので問題はそこではない。
 市場で一番よいものを選んだつもりだが、天界の小麦粉よりも質が悪いものだったらしい。
 シーナが麦の状態から選んで挽こうと提案し、みんなが賛同してくれる。方々に散らばって麦をもらい、その中から厳選する。そして少しずつ石臼で挽いて粉にし、真っ白な小麦粉を作り上げた。
 今一度焼いたシフォンケーキを食べた石見瑞穂が笑顔になる。他のみんなも食べてみたところ、確かに粉を厳選して作ったシフォンケーキの方が美味しかった。

●試行錯誤・アイスクリーム
 ライラはあえて難しいアイスクリームの作り方を選んだ。
「構造は簡単だけど、大きさがすごいさね」
 まずは専用の器具作りから始まった。形は一本の軸を支えるような土台と、金属製の樽型の容器から成る。
 そして冷やしながら容器を回転させて、かき混ぜられるように取っ手がつけられた。人の腰の高さまであるアイスクリーマーの出来上がりだ。
 材料に必要な生クリームは以前にシーナと一緒に知った方法で牛乳から取りだされる。
「これでいいだろう」
 桃代龍牙がアイスコフィンで土台部分を凍らせる。さらに金属製の容器が取りつけられた。
「お酒を少し入れましょうか」
 エルディンは持ってきた蜜酒を材料に混ぜる。それらをすべて入れて準備は完成である。
「それではいきますでぇ〜」
 シーンはアイスクリーマーを囲む形でフリーズフィールドを発生させた。
「それでは僕から。なんだか楽しそうなのです☆」
 クリスは張り切ってアイスクリーマーの取っ手を回し始める。しかしわずかな時間で寒さに耐えきれずにフリーズフィールド内から飛びだした。
「ああ、あ‥‥ま‥りに‥‥さむ〜い‥‥のです‥よ」
 歯の根の合わないクリスは生地を焼いている石釜の近くで震えた。シーナが急いで毛布を持ってきて背中に被せてあげる。
「そういえば、冬に片づけ忘れていたこんなものを持っていたぞ」
 桃代龍牙が持っていたのはアザラシ皮の防寒着である。
「ちょっと貸して下さいなのです〜」
 さっそくシーナが借りてフリーズフィールド内に入ってみた。これならなんとかなりそうだとしばらくシーナが回した後で交代だ。
「これは結構きついですわ。でもあの集めた牛乳が美味しくなるのですし」
 レリアンナはシーナと交代して取っ手を回す。窓枠から調理場を覗き込む愛犬のレイモンドが吠えてレリアンナを応援してくれた。
 みんなで交代してはアイスクリーマーが回し続けられる。
 数時間後、石見瑞穂の指示で中身が取りだされた。
 お皿に分けられたアイスクリームを一同は恐る恐るスプーンで口に運んだ。
 シャーベットに似ているといわれればそうかも知れない。だが、初めての食感に石見瑞穂以外の誰もが目を丸くさせるのであった。

●試行錯誤・スポンジケーキ
 スポンジケーキの作り方はシフォンケーキに似ていたが大きく違う点が一つある。
 それは出来上がった生地の柔らかさだ。
 それを得るためには様々な方法があるとクリスは石見瑞穂の説明を通訳する。
 一番簡単なのは重曹を使うことらしい。
 錬金術の腕に覚えがあるシーンは様々な方法で挑戦してみるが、今一歩のところで失敗に終わる。完成させるとすれば、もっと錬金術の腕を磨かなければならないのかも知れない。
 そこで代わりの方法が模索された。
 石見瑞穂がいうグラニュー糖はないので、他の甘い食材が使われる。煮詰めない形でのエルディンが出現させた甘い食材も用いられた。
 パンで使われている酵母も利用されていくつかの試食が完成する。しかし石見瑞穂が満足する出来は最後まで作り上げられなかった。

●完成の宴
 最後となる八日目の夕方。
 ノワールの一室ではお菓子の会が開かれる。シーナの先輩であるギルド受付嬢ゾフィーの姿もあった。
 シフォンケーキは様々な工夫が凝らされて何種類も並んだ。ジャム入りや干しぶどう入り、なぜか桜まんじゅうが載せられたものもある。
 先に頂いたのは溶けてしまっては意味がないアイスクリームからだ。
「冷たさとふんわりとした食感のハーモニー。まるでハーブの奏でのような‥‥。天界の人達はこんな美味しいものを食べているのですね☆」
 クリスは凍えた経験も忘れてアイスクリームを食べ進める。
「これ、是非に持って帰りたいんやけど――」
 シーンは恋人にも食べさせたいとライラに願う。そこで全員に持たせるお土産として人数分の小さな樽にアイスクリームが詰められた。
 シーンと桃代龍牙が手分けしてアイスコフィンをかけてくれる。これでしばらくの間は溶けずに持ち運べるはずである。
「これで満足いかないなんて‥‥。本物はどんな味なのかしら?」
「あたしもそう思うさね。どんな味を石見は知っているやら‥‥」
 石見瑞穂に未完成とされたスポンジケーキを食べながらゾフィーとライラは語り合う。
「そうそう、これが食べたかったんだ」
 桃代龍牙は石見瑞穂に手伝ってもらって作ったアップルパイを頬張った。使った林檎は蜂蜜漬けにされたもの。パイの中身にはカスタードクリームが入れてあった。
「こう見えても甘いものが好きで‥‥」
 エルディンは幸せそうにケーキを食す。
 教会の人達にも食べさせたいとして昼間の手伝いを頑張ったエルディンだ。アイスクリームと一緒にもらう約束をすでにライラとしていた。
 ちなみに最後の締めとしてエルディンは創作スープを用意する。野菜を煮込んだ少々辛目の味付けだ。
「ああ‥‥もう幸せなのですわ」
「シーナも同じなのです〜♪」
 レリアンナとシーナは隣同士に座り、一口食べる度に胸元近くで両手を握りながら同じように身体をくねらせていた。
 甘い宴は終わる。
 最後にシーナが初めてあった人に友達の証のペーパーウェイトを渡す。おまけで全員にケーゲルシュタットのセットもだ。
「たくさんのレシピがわかってよかったさね〜」
 ケーキ類とアイスクリームのお土産を抱えて帰る協力者を、ライラは大きく手を振って見送るのであった。