●リプレイ本文
●出発
「みんながんばってな〜」
馬車を貸してくれたクヌットの父親に見送られて冒険者一行はパリを出発する。目指すは馬車なら一日で辿り着ける町である。
「街中の猫が消えたら得をするのは誰でしょうね? 『猫可愛い♪』で大量拉致、とは考え難いですし」
「三人と話したんだけど、まず敵がいなくなったらネズミが元気になるはず。そうなると穀物なんかの食料が狙われるみたい。依頼したパン屋さんもそんな感じだよな。あと病気も増えるらしいし――」
クリミナ・ロッソ(ea1999)とベリムートは両向かいに座っていた。町に到着したら念入りに調査を行うが、それとは別に予め予想を立てておくべきだと考えたからである。
「アニエスちゃん、貸してくれてありがとう。‥‥使いこなせるかな」
「とても期待していますので」
アウストがアニエス・グラン・クリュ(eb2949)から借りたローズホイップ+1をいじる。アニエスは他の子供達にも魔法武器を貸していた。
デビルが敵ならば通常の武器ではまったく歯が立たない。子供達が装備しているのも魔法武器だが、威力があるのに越したことはなかった。
「アタシの目標は精霊魔法の腕を上げて精霊に友として認めて貰う事。頑張らなきゃね!」
タチアナ・ルイシコフ(ec6513)は馬車の後部にコリルと一緒に座り、遠ざかる景色を眺めながらお喋りをする。
「そうなんだ〜。えっとヴァルヌスちゃん、よろしくね。あたしはコリルだよ」
コリルはふわふわと飛んでいたアースソウルのヴァルヌスにも挨拶をした。
「猫は神様の使いだから大事にしないと駄目デス〜」
御者台にいたのはラムセス・ミンス(ec4491)とクヌットである。ラムセスはクヌットに故郷を語った。
「俺達もベリムートに負けず猫好きなんだよな。犯人の奴、ぜったいに許さないぜ」
クヌットはそつなく馬車を操る。馬車や荷馬車とすれ違っても慌てる事なく手綱をさばいた。
夕方、冒険者一行の馬車は目的の町に辿り着くのだった。
●パン屋の主人
「よくぞ来てくださった」
来訪した冒険者達をパン屋の主人が歓迎する。完全に日が暮れないうちにと麦が保管されている倉庫へと案内してもらう。
「前に飼っていたうちの猫もどこかにいってしまってね‥‥。この子猫二匹は他の町の友人から譲ってもらったんだ。まだネズミを獲るには幼すぎるが、いないよりマシだと思って――」
パン屋の主人がエサを持った皿を床へ置くと二匹の子猫が懸命に食べ始める。
「もう少し詳しく話を聞かせてもらえるかしら? 具体的にいつ頃から野良猫を見かけなくなったとか」
タチアナの問いにパン屋の主人が思いだしながら口を開く。
野良猫がいつから姿を消し始めたのかはわからないが、町の人々が気がついたのは大体一ヶ月前からのようだ。その頃から野良猫が見かけられなくなり、代わりにネズミの被害が増え始めたのだという。
そうこうするうちに家猫の失踪も増える。放し飼いの家庭が多いので一日や二日は姿を消しても不思議ではないが、一週間となれば別だ。
「最近では家から猫を出させない家庭も増えてきてね。うちの前の猫がいなくなったのは約二週間前。どこでどうしているやら‥‥元気ならいいんだが」
パン屋の主人は膝を曲げて屈み、二匹の子猫の頭を撫でる。
「‥‥鳴き声、血痕、屍。誘拐にせよ快楽殺害にせよ何らかの痕跡を残す筈ですが‥‥。まったくないのが不気味ですね」
「道中でみなさんと話しましたが、この間のクルードもネズミに似た姿をしていましたし――」
アニエスとクリミナのやり取りを聞きながらラムセスがうんうんと頷く。
「やっぱりデビルか?」
「その可能性は高いね」
クヌットとアウストがデビルの仕業ではないかと勘を働かせる。ただ今のところ証拠はまったくなかった。
「またクルードだとすれば大変だな」
「クルードがネズミの復讐のために猫さん襲ってるデス!?」
ベリムートはラムセスと相談した上でパン屋の主人に新たな質問をする。ここ一ヶ月の間、町に霧が発生したかどうかだ。
「朝靄の日はあったが、濃いのは一度もないな」
少なくてもクルードの仕業ではないとベリムートは判断する。しかし犯人がデビルではないかという疑いは晴れなかった。
「もうちょっと我慢してね。あたし達が犯人を見つけるまでね」
コリルは子猫に話しかけながら喉を撫でるのであった。
●消えた猫
二日目の朝から本格的な猫失踪の調査が始まる。
「この辺がいいかな。頼むわね」
タチアナはアースソウルのヴァルヌスにグリーンワードを使ってもらった。タチアナの問いをヴァルヌスがパン屋近くの雑草に訊ねてゆく。
「この辺りにも野良猫はたくさんいたのね。でもいなくなったと。なら次は――」
非常に単純な答えしか返ってこないが、数をこなしてみればおぼろげながら状況がわかってくる。どうやら一匹の黒猫が失踪に関与しているようだ。ただ、猫の行き先まではわからなかった。
ラムセスは町の一番人通りの多い路地の片隅にいた。壊れかかった丸太などを使い、簡易な机と椅子にして構える。やろうとしていたのは辻占いである。
運が良くなるという水晶のダイスを握りしめながら拾った木板に『占わせてください』と炭を使ってゲルマン語で書く。それを机の上に置いて待ち続けた。
「まったくダメなのデス‥‥」
一日目はお客が一人も現れなかった。占い用の水晶球に映るラムセスは半泣き姿だ。
「どうしたの? ラムセスさん」
肩を落とすラムセスと一緒にアウストが考えてくれた。文字を読める人は少ないから自分から声をかけたほうがいいと。
「アタシでよければサクラをやるわね」
タチアナが客寄せの為のサクラを引き受けてくれる。
翌日、タチアナのサクラのおかげで、ラムセスは町の人々の興味を引き寄せる事に成功した。さらに直接声をかけて客を得る。
とはいえ、客といっても結果的に無料の占いになってしまったのだが。
占いをしながら得た情報はやはり黒猫に関してである。
二、三日の間に黒猫を町中で目撃したと町の住人から聞かされる。
ラムセスは占いを続け、ウンディーネの花水木とシルフの柳絮には猫探しをしてもらった。
「こちらでも憂慮されておられたのですね」
クリミナは町の教会を訪ねて司祭と話す。猫がいなくなっている事象に司祭は心傷めていた。
「個人的には猫の姿をした悪魔の仕業と考えています」
クリミナの言葉に司祭は驚きの表情を浮かべる。
「そうですか。それならばすべての出来事が一本の線に繋がりますね」
「信者様達に広めて頂けるでしょうか。今、この町中を彷徨う猫がいたとするならば、悪魔の猫に間違いなく」
クリミナの考えに司祭が賛同してくれた。
他に猫がいなくなった家々が町でどのような立場なのかも訊ねられた。すべてが食料を扱う一家らしい。
(「真っ先に食べ物が狙われている‥‥という訳ですね」)
クリミナは心の中で呟く。そしてジーザスに祈りを捧げてから教会を後にした。
アニエスはベリムート、クヌット、アウスト、コリルと一緒にパン屋の倉庫を見張った。
子猫二匹とクリミナの猫『ピート』が囮となる。その他に様々なデビル対策の品が活用された。
アニエスから借りたテレパシーの指輪でクリミナは猫達に必ず守ると約束していた。
「アニエスと申します。つかぬ事をお訊きしますが――」
空いた時間に町の官憲や自警団の元を訪問し、アニエスは猫失踪についてを訊ねる。おかしいと感じてはいても、ほとんどの者は真剣に受け取ってくれなかった。
冒険者全員が集まった時、敵の正体について結論が出された。町を彷徨く黒猫とはデビルのグリマルキンであり、猫失踪に関わりがあると。
あらためて作戦が立てられる。まず行わなければならないのは、パン屋の倉庫に新しい猫がいるのを町中に知らしめる事であった。
冒険者達は子猫二匹や猫のピートを倉庫から連れだして町中を歩いた。
「ネズミ、時々見かけるよね。ちょろちょろと道の隅っこを走っているし」
子猫を抱えるベリムートが足下から隣のアニエスに視線を移す。
「猫いなくなったので、増えているのでしょうね」
これがグリマルキンの狙いだろうとアニエスは心の中で呟く。そして次の瞬間、瞳孔を大きく見開いた。
指輪の石に閉じ込められた蝶の羽ばたきをアニエスは目撃したのだ。
(「今、一瞬ですけどデビルの反応がありました。きっとこの近辺にグリマルキンが」)
(「それじゃすぐに帰ってみんなに伝えないと!」)
ベリムートとアニエスは別の指輪で付与したテレパシーで意志を伝え合う。
道ばたでグリマルキンと接触しないように二人は急いでパン屋の倉庫へと戻った。
●現れたデビル
やがて夜の帳は下り、倉庫の入り口付近には篝火が用意される。
倉庫で待機する者、外で見張る者など様々だが、すべてはグリマルキンを倒す為の作戦だ。
情報はアニエスが貸してくれた三個のテレパシーリングによって相互に中継される。中心になったのはベリムートであった。
(「たった今、反応がありました。百メートルの範囲に入りましたね」)
倉庫内のクリミナがデティクトアンデットで得た不死者の反応をベリムートに伝えた。
続いてクリミナは猫三匹にレジストデビルを付与する。さらにホーリーフィールドを周囲に張った。
(「今、わたしの石の中の蝶に反応がありました! 黒猫を発見!!」)
アニエスは倉庫の入り口付近の篝火にソロモンの護符を放り込む。これで燃えている少しの間、周囲のデビルの力が弱まる。
(「やるのデス!!」)
ラムセスがレミエラの力を借りて夜間にサンレーザーを詠唱し、黒猫へ一条の輝きを落とした。
「いまのうちよ!」
コリルが鳴弦の弓をかき鳴らし、さらにデビルを弱体化させる。
「これで!」
アウストの放った魔法の鞭が宙をしなって黒猫の前足に引っかかる。ラムセスも魔法の鞭で黒猫の身体を絡め取った。
「こいつ!」
クヌットが魔法の槍を突き立てた次の瞬間、黒猫の身体が膨らむ。そして翼が生えた黒豹へと変身をとげる。
「ここはアタシに任せてね!」
鞭に絡まれながらも空中へと逃げようとするグリマルキンを、タチアナがグラビティーキャノンで落下させてくれた。
アニエスはグリマルキンがみせた一瞬の戸惑いを見逃さず、シルヴァンエペで一文字に斬る。
グリマルキンが隙をみせたのはベリムートがテレパシーで話しかけたからである。
(「卑怯な手ばかりのお前なんかに負けるものか!」)
グリマルキンの喉元にベリムートが剣を突き刺した。
さらに何撃か加えるとグリマルキンは微動だにしなくなる。そして死体は残らずに消えていった。
「終わったようですね。怪我をなさった方はおられますか?」
クリミナが倉庫の中から猫達を抱えて現れる。そして怪我の治療がリカバーで行われた。
●すべてが終わって
ベリムートがテレパシーで知った単語をヒントにして、グリマルキンの隠れていた場所が発見される。
廃墟の地下室に井戸があり、その中に殺された猫達は捨てられていた。地下水を腐らせて病気を起こしやすくするのもグリマルキンの狙いの一つだったようだ。
しばらく町では井戸水の使用が禁止にされる。
殺された猫達は井戸から引き揚げられて丁寧に葬られた。これらの作業は官憲や自警団の者達がやってくれる。せめてもの罪滅ぼしだといって。
冒険者達は各々のやり方で死んだ猫達に祈りを捧げた。
「依頼を頼んだわしも驚いたよ。大変な事態が引き起こされる寸前だったなんて」
パン屋の主人は感謝の品を冒険者達に贈る。
七日目の朝に冒険者達はパリへの帰路に就いた。
「たくさんもらったのデス。美味しいのデス♪」
パンをお土産にもらってラムセスはご機嫌だ。今日のうちが柔らかくて美味しいといわれたので、食べ過ぎなぐらいにみんなでお腹一杯に頂いた。
夕方、パリに到着した一行はギルドで報告を済ませて解散するのであった。