●リプレイ本文
●捜索開始
「やられたデス‥‥」
二日目の朝、青い顔をして呆然と立ちすくむラムセス・ミンス(ec4491)。
ロストーニ領に連れてゆくべきシャシムは失踪。さらにロストーニ領へ向かっていたはずのフロリアまでいなくなったのが判明したばかりである。
見合いをする男女がいなければ、ロストーニ領に向かったところで何の意味もなかった。
「‥今朝は私とコリルさんが朝ご飯当番でしたけど。それが嫌だった訳ではありませんよね?」
「シャシムさんはいつも何でも美味しく食べるみたいだよ〜」
包丁と玉葱を握りしめるアニエス・グラン・クリュ(eb2949)は、隣のコリルと話し合う。
「見合いの前に消えるって、なんだかなぁ‥‥。せっかくなんだから、会うだけ会ってみてから断るかどうか決めれば良いのにね」
「そうだよな。館で見合いとくれば、うまいもん食べられるはずなのによ」
タチアナ・ルイシコフ(ec6513)はやはりクヌットは子供なのだと心の中でクスリと笑った。
(「お二人、大変そうやね‥‥」)
ルイーゼ・コゥ(ea7929)は見合いをお膳立てしたキマトーナ婦人とバムハットを心配する。
「まだ二人の気持ちがどうなんかわからへんし、ここで考えてもしょうがないと思うわ。早いとこ、シャシムはんとフロリアはん、見つけよか」
ルイーゼに頷いたキマトーナ婦人がバムハットと相談する。そして冒険者達に二人の捜索を頼んだ。
別々に失踪したので班は二つに分けられる。
シャシム班は、ルイーゼ、ラムセス、ベリムート、アウスト、バムハット。
フロリア班は、アニエス、タチアナ、コリル、クヌット、キマトーナ婦人。
御者などのお付きの者達には二両の馬車周辺で留守番をしてもらう事になった。
●シャシム班
「ソイルはんがいうには、森は迷宮になってないようやな」
ルイーゼは連れてきたアースソウル・ソイルからの情報を班の仲間達に伝えた。
森を迷宮化させるフォレストラビリンスをルイーゼが気にしたのには訳がある。フロリアの友人はどうやら人ではないとキマトーナ婦人がいっていたからだ。もしも森に住んでいる精霊だとすれば、地の魔法を扱える可能性が非常に高かった。
「シャシムの奴、そんなに見合いが嫌なんだろうか‥‥」
バムハットは腰に手を当ててため息をつく。シャシムの為を思って見合いを勧めたのだが、こういう展開になるとは露にも思っていなかったのである。
「大丈夫なのデス。ちょっとだけシャシムさんは恥ずかしくなっただけなのデス。恋の花を咲かせて、愛の実をはぐくむのは占い師のめんもくやくじょデス〜〜」
ラムセスは胸元で握り拳を作りながら鼻息を荒くした。
とりあえずサンワードでシャシムがどこにいるかを調べてみたラムセスだが、よい結果は得られなかった。どうやら木々の枝葉がシャシムの姿を太陽から隠しているようだ。
ルイーゼは絶えずブレスセンサーで生き物達の呼吸を探知する。大きなシャシムはとてもわかりやすいはずである。探知の範囲に収まれば見逃すはずはない。
洞窟などの空気が停滞している場所があれば、シルフのエコーの出番であった。ステインエアーワードの魔法で空気と会話してもらう。
アウストとベリムートはアニエスから犬のペテロ、空飛ぶ絨毯二枚、そして武器のミストブレイド二振りを預かっていた。
しばらくして空飛ぶ絨毯で低空を飛びながらの探索に切り替える。アウストとベリムートはそれぞれに絨毯の操縦役を買ってでた。
「シャシムおじさんは素手で獣が倒せるから、食料は大丈夫だろうね」
「でもさ。さすがに生肉は好んで食べないと思うんだ。普通、焼くには焚き火を用意するから、煙が昇っていないか空にも注意しないとな」
アウストとベリムートはゆっくりと空飛ぶ絨毯を飛ばしながら、周囲の状況に注意を向けるのだった。
●フロリア班
「停まってくれるかな?」
「は〜い」
タチアナの求めにコリルが空飛ぶ絨毯を停止させる。
そしてタチアナは連れているアースソウルのヴァルヌスにグリーンワードで周囲の植物に訊ねてもらった。フロリアの簡単な特徴を告げて、近くを通ったかを教えてもらう為だ。
「先程も話しましたが、人ではないとフロリアさんは仰っていました」
「エルフでなければ幽霊か精霊ですよね‥‥」
アニエスはキマトーナ婦人と空飛ぶ絨毯の上で話し合った。クヌットはアニエスから借りたベゾムに跨って入り組んだ場所を調べ回る。
アニエスはフォレトスという人物がフロリアを連れだした可能性も考えていた。フロリアの将来を案じたのかも知れないと。
「この辺りからフロリアさんらしき人物の足取りが途切れているわ」
「そうですか‥‥。もうすぐ日が暮れますし、一旦馬車のところまで引き返した方が良さそうですね」
タチアナとアニエスは相談し、班の仲間達の同意を得る。
焚き火を囲みながらフロリア班とシャシム班は情報を提供し合い、明日の捜索に備えるのであった。
●シャシムとフォレトス そしてフロリア
「塩ぐらい持ってくればよかったか。まあ、いいけどよ」
二日目の晩、シャシムは森の中で焚き火を前に座っていた。日中に獲った野鳥を処理して枝に刺し、丸焼きにしている最中だ。
「この俺が見合いなんて、相手に失礼だろ‥‥。まったく、適当に返事をしといたら急激に話を進めやがって、バムハットの奴」
悪態をつきながらもシャシムはバムハットの事が嫌いな訳ではない。ただ、少々お節介な所だけは苦手であった。
焼けた肉を一口食べようとしたシャシムが動きを止める。茂みの奥に気配を感じたからだ。
(「獣じゃなさそうだな。人でもなさそうだ‥‥」)
シャシムは猟師としての勘を働かせた。
「お食事中、すみません」
暗がりから現れた何かは青年の姿をしていた。
「俺はシャシムだ。いつもは別の山で暮らしているが、ちょっくら迷いながら帰る途中なんだ。この辺りはあんたの縄張りかも知れんが、何日かで立ち去るから見逃してくんな」
「別に僕の森ではありません。フォレトスといいます。この近くに僕の小屋があるのですが泊まりませんか? ここより眠れます」
シャシムはフォレトスの前で肉をかじる。フォレトスの話し方はイントネーションが少なく、辿々しく感じられた。
普段、山裾の森で暮らす猟師のシャシムは森の精霊と出会った事がある。地の精霊ではないかとシャシムはフォレトスを見て想像する。
「せっかくだから世話になろうか。しかしこの肉を食べ終わるまで待ってくれ。こいつの命を俺に取り込んでやらねぇとな。それが生き延びる側の礼儀ってもんだ」
シャシムは一気に肉を食べ尽く、骨を掘った穴へと埋める。焚き火も消してフォレトスの後をついていった。
「あら、お友だち?」
フォレトスがシャシムを案内した丸太小屋には一人の女性がいた。
「森の中で会いました。僕の丸太小屋で休んでもらうつもりです。朝、彼の分の食事もお願いします」
「ええ、構わないし。そうするわ」
フォレトスが話していたのはフロリアという女性である。
真夜中という事もあり、この時のシャシムとフロリアは互いに名乗らないままで終わってしまった。
●集合
「なかなかうまいな」
「褒めてくれて、ありがと」
三日目の朝、シャシムは丸太小屋に用意されたフロリアの作った朝食を口にする。テーブルにはフォレトスの姿もあったが、彼の分の食器は並べられていなかった。
(「つまりこの女性も、フォレトスが人ではないと知っているっているわけだ‥‥」)
スープを器から飲み干しながらシャシムは奇妙な現状を再確認する。
「シャシムさん、お見合い、なぜ逃げたんですか?」
「?! !!!!!」
突然のフォレトスの質問にシャシムはパンを喉に詰まらせた。フロリアから手渡された水の入ったコップを一気に飲み干して事なきを得る。
「‥‥え? シャシムさん?」
名前に覚えがあったフロリアは目前の人物が自分の見合い相手だと初めて気がつく。
「何故、それを知ってやがる!」
「フロリアさんから見合いの似顔絵、見せてもらいました。森の中に似た人いて、びっくりです。名前を聞いて、もっとびっくりしました」
ここでようやくシャシムも隣りの女性が見合い相手のフロリアだと知る。
「一晩の世話になった恩人にいいたかねぇが、おめぇには関係ねぇだろ。それにフロリアさんもここにいるってこったぁ、俺と同じように見合いから逃げだしたって訳だろ? バムハットとキマなんとかには悪いが、これで見合いの話はなかった事になるだろうな」
「あたしは‥‥、もう少しだけ時間が欲しかったの。お得意さまの夫人からの話があまりにも突然で、それで‥‥」
シャシムがフォレトスに放った言葉を聞いてフロリアが落ち込む。フロリアの様子を見たフォレトスは怒りをあらわにした。
「フロリアさん、泣かすの許さない!!」
「フォレトス! 正体がなんだか知らねぇが、やるならやってやろうじゃねぇか!!」
シャシムが丸太小屋の扉をけっ飛ばして外へと飛びだす。フォレトスもシャシムに続いて外に出た。
戦いが始まろうとしたその時、突然に辺りが霧で包まれる。
「な、なんだこりゃ」
そしてシャシムの手足に木の蔓が絡んで動けなくなった。フォレトスも同様だ。
「なんやわからんけど間に合ったようやな」
シャシム班のルイーゼが額の汗を拭う。試練ならともかく直情的なケンカに見えたので止めた次第である。
霧はベリムートとアウストがアニエスから借りた剣で発生させたもの。蔓はソイルのプラントコントロールによるものだ。
「ケンカはだめデス。ボ、ボクが占うのを待ってほしいデス!!」
ラムセスが緊張しながらシャシムとフォレトスの間に立った頃、フロリア班も現れる。
「フロリアさんですよね? これはどうなっているのかしら?」
タチアナが霧の中にフロリアを見つける。そして仲間達と一緒にこれまでの経緯を聞いた。
「シャシムおじさま! こんなのは‥‥こんなのは‥‥」
「お、おい‥‥。泣くんじゃねぇよ‥‥」
アニエスが涙を流してシャシムに抱きつく。
「‥あたしも、シャシムおじさんには幸せになって欲しいなぁ」
コリルの涙も加わり、シャシムは戦う気をなくした。ちなみにアニエスとコリルが握るハンカチーフの秘密は内緒である。
それから霧が晴れるまで、丸太小屋で状況の把握と話し合いが行われた。
「‥‥このままお見合いをすることなく終わらせたら、キマトーナ様や他の紹介した人達に恥をかかせる事にならないかしら? 会って話しをしてみるくらい、やってみても良いんじゃない?」
タチアナの意見をフロリアが黙って聞く。
「シャシムはんは『女泣かせても気にせぇへん男』なん?」
「そういう訳じゃねぇんだけどよ‥‥」
シャシムはルイーゼから視線を逸らすと、背中を丸めて大きな体を小さくする。
「フロリアさんも同じように抜け出したからきっと仲良くなれるデス〜」
(「姿は全然違うけど、二人とも似てるよな」)
懸命にシャシムへ話すラムセスの隣りでクヌットが何度も頷いていた。
(「シャシムおじ様は、町の人達に毛皮をただで配ったり、それに精霊の森にも――」)
アニエスはオーラテレパスを使ってシャシムの長所をフォレトスに伝える。
「こうなったのも神の何かだろうな。‥‥見合いはするから、これ以上はやめてくんな」
シャシムは隣りの丸太小屋へと逃げてしまう。
「わかったわ。あたしもそうする。迷惑かけてごめんね」
フロリアも納得してくれた。
「フロリアさんが幸せになれば、いうことは、ないです」
フォレトスも特に二人の見合いを邪魔をするつもりはないようである。ケンカになったのはちょっとした行き違いらしい。
一行は馬車の待つ野営地まで空飛ぶ絨毯で戻ると、ロストーニ領へと向けてようやく再出発した。
「‥‥はじめまして、十四歳の私」
真夜中の野営中、日付が変わろうとしていた頃。アニエスは銅製の手鏡を取りだして自らを見つめていた。
「アニエスちゃん、おめでと〜♪」
一緒に見張りをしていたコリルが祝いの言葉をかけてくれる。
「アニエスちゃん、おめでとね」
アニエスが振り向くと、テントの中からベリムート、クヌット、アウストが顔を出していた。
「ありがとう、みんな‥‥」
アニエスは瞳を涙で滲ませる。アニエスの誕生日は六月二十七日であった。
四日目の夕方、馬車二両はロストーニ領の館へと辿り着く。
様々な用意の後、六日目に行われた見合いは順調に進んだ。
一気に結婚までの話にはならなかったが、シャシムとフロリアはしばらくおつき合いする事となる。
八日目の朝、馬車二両はパリへの帰路についた。
「もう少し話してみたかったわ」
タチアナは地の精霊と思われるフォレトスとの会話が少なかったのを悔やんだ。
どうして人の世界に住んでいるのかという問いに、フォレトスはこの森を守るのを選んだからと答えていた。決意のきっかけがなんだったのかは、あまりに昔の事で忘れたらしい。
「お母さんがいっていた通りなのデス。世話した二人に恋が実ると、とてもうれしいのデス♪」
ラムセスは馬車に揺られながらご機嫌であった。
(「フォレトスはん、本当はフロリアはんをどう思っていたんやろ‥‥」)
一番年上のルイーゼはいろいろと考えを巡らしたが、それを仲間達に話す事はなかった。
十日目の夕方、馬車二両はパリへ到着して冒険者ギルドに立ち寄る。
「何か届いているわよ」
「え?」
アニエスは受付嬢のゾフィーからルーアンから届いた品を受け取った。差出人はラルフ卿である。
「いろいろとありましたが、二人の間を取り持てたようですわ。これはせめてもの感謝の印です。受け取って下さるかしら」
最後にキマトーナ婦人から冒険者達に、魅酒「ロマンス」とレミエラが贈られるのだった。