一枚のブラン貨 〜アロワイヨー〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 44 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月24日〜07月03日

リプレイ公開日:2009年07月02日

●オープニング

 パリから北西、ヴェルナー領の北方に小さなトーマ・アロワイヨー領はあった。
 トーマ・アロワイヨー領主となった青年アロワイヨーにはまつりごとの他にもう一つ悩みがある。
 パリ近郊の森の集落で出会った娘ミラのことである。
 ミラは冒険者達のおかげで無事にアロワイヨー家の親戚であるバヴェット家の養女になれた。これで家柄について文句をいう者は少なくなるはずだ。
 バヴェット家の屋敷はトーマ・アロワイヨー領内ではなく、別の領内にある。ミラが移り住むとアロワイヨーと離ればなれになってしまう。そこで別荘宅がトーマ・アロワイヨー領内に用意される事となった。
 アロワイヨーとミラとの結婚も決まり、周囲はより慌ただしくなってゆく‥‥。


 冒険者がデザインして、彫りだした木製のコイン。
 表面の中央では肉と野菜が並び、それらを麦穂や葡萄の蔓が囲むように飾る。裏面は四頭身ぐらいのデザイン化された男女が手を繋いでいた。
 この木製コインから型が造られ、最終的にブラン貨が鋳造される。
 そのうちのかなりの枚数がヴェルナー領の領主ラルフ卿に贈られる予定であった。トーマ・アロワイヨー領の復興に際し、力を貸してくれたせめてものお礼である。
「そうか。やはりラルフ卿は未だ地獄の階層におられるのか。そこに訪ねてゆくのはあまりに失礼だな」
 トーマアロワイヨー領内の城の執務室でアロワイヨーは配下の者から報告を受ける。
 配下の者が退室するのと入れ違いにバヴェット夫人が現れた。さっそくアロワイヨーはブラン貨の届け先についてをバヴェット夫人に相談する。
「そうね、難しい問題だわね‥‥」
 机に置かれていた一枚の真っ白に輝くブラン貨をバヴェット夫人は手にとって眺めた。
「こんなのはどうかしら。アロちゃんとミラは殆どのブラン貨を土産にルーアンのヴェルナー城を訪問する。それとは別にブラン貨を一枚を届けさせる為にヘルズゲートの駐屯地に使者を送るっていうのは?」
 良い案だといってアロワイヨーはバヴェット夫人の考えを即座に採用した。アロワイヨー家の執事に使者として向かってもらう事になる。
 執事が執務室に呼ばれて事情が伝えられた。
 翌朝、執事は馬車でヴェルナー領のルーアンに向かう。懐の奥に一枚のブラン貨と手紙を忍ばせて。
 セーヌ川を上る帆船に乗り換えてパリへと到着すると、執事は冒険者ギルドに直行する。ブラン貨を運ぶ際の護衛を募集する為だ。
 ヴェルナー領のヘルズゲートを中心にした付近にはデビルが潜んでいるという噂があった。騒ぎが起きていなくてもデビル側の監視の目が光っていてもおかしくはない。
「それではよろしくお願いしますぞ。馬車や御者はこちらで用意させてもらいますので」
 執事は受付のカウンターから立ち上がると、脱いでいた帽子をかぶって冒険者ギルドを立ち去った。

●今回の参加者

 ea3785 ゴールド・ストーム(23歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 eb3600 明王院 月与(20歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb6702 アーシャ・イクティノス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec1862 エフェリア・シドリ(18歳・♀・バード・人間・神聖ローマ帝国)
 ec6567 賀茂 慈海(36歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)/ 御陰 桜(eb4757)/ セイル・ファースト(eb8642

●リプレイ本文

●出発前
「ヘルズゲートのあるヴェルナー領の駐屯地までよろしくお願いしますぞ。噂では御座いますが、周囲にはデビルの監視がある様子。私一人ではとてもとても」
 早朝のパリ冒険者ギルドの個室。依頼人であるアロワイヨー家の執事は挨拶を終えるとこれからの予定を冒険者達に伝える。
 目指すはヴェルナー領の中央に位置するアガリアレプト討伐隊の駐屯地。地下にはヘルズゲートがあるという。
 そこに滞在するブランシュ騎士団黒分隊エフォール副長に、執事は一枚のブラン貨を届けなければならなかった。冒険者達の役割は執事の身を守る事にある。
「賀茂慈海と申します。私はゲルマン語が出来ませんので――」
 賀茂慈海(ec6567)はイギリス語で語る。幸いな事に執事も含めて全員がイギリス語に理解があった。但し、執事は少々不機嫌な表情を浮かべる。
「ブラン貨完成、なのですね」
「おお、そうですな。せっかくなので皆様にも観て頂きましょうか」
 エフェリア・シドリ(ec1862)に応えて執事が懐から布袋に入った小箱を取りだす。蓋を開くと中に収まっていたのは真っ白な硬貨『ブラン貨』だ。
「見せてください。か‥かわいい〜〜♪ 平和的でいいですよね〜」
 アーシャ・イクティノス(eb6702)は目を輝かせてブラン貨に魅入る。
 表面の真ん中には肉と野菜が刻まれ、麦穂や葡萄の蔓などで周囲が飾られていた。裏面はデザイン化された二人の男女が手を繋いだものだ。
 手袋をした執事が掌の上でブラン貨をひっくり返してくれる。
 ちなみに裏面はアーシャの手によるものである。表面はエフェリアと明王院月与(eb3600)の合作だ。
「これがブラン貨ですか‥‥」
 興味ある鳳双樹(eb8121)も顔を近づけて眺める。
「それにしても希少金属のブランでコインを作っちまうとはねぇ? なんか勿体ねぇ気がするな」
「ブラン貨は一般に流通していませんが、貴族の間では少数ながら資産として昔から存在するものなのですぞ。仰る通り、武器や防具の素材として非常に優れておりますが、相応の腕を持つ鍛冶師も必要となりますし――」
 ゴールド・ストーム(ea3785)と執事は少しの間、ブランについて話した。
「アロワイヨーさんとミラさんとは、後で会えるんだよね」
「はい。ブラン貨を届けた後、同じヴェルナー領内のルーアンへと向かう予定です。お二人も今頃ルーアンに多くのブラン貨を届けに向かう準備を整えているはず。私の役目はサンプルをお届けする事にありますので」
 月与の質問に執事が丁寧に答えてくれる。
 お披露目が終わったブラン貨は小箱に戻された。そして外で待機していた馬車へと冒険者六人と執事は乗り込むのだった。

●道中
 馬車だと通常でパリから駐屯地までは約二日。しかし、デビルが待ち受けているかも知れない状況で呑気に向かう訳にはいかなかった。
 エフェリアの意見によって少しだけ遠回りをし、ヴェルナー領内の町へ到着したのが二日目の昼頃である。
 宿が決められ、出発は明日の朝となる。それまでの間に冒険者達はパリで出来なかった様々な用意を行った。
「デビルさん、この辺りに出るのでしょうか? それとこっちの方向はどうでしょうか?」
 エフェリアは官憲の詰め所で近辺の治安を訊ねる。
 この町周辺にデビルが出没したという噂はないようだ。しかし、駐屯地の方角で人や家畜がさらわれる事件が多発しているのを教えてもらう。
「ったく、だりぃったらありゃしねぇ‥‥。ま、タダ酒呑めるんならいいか」
 ゴールドはエフェリアに頼まれて酒場を訪れていた。酒を呑むついでに耳をそばだてて噂話を収集する。
 気になった巨大な鷹の目撃だけは、雑談していた者達にいくらか酒をおごって詳しく訊ねた。ちなみに宿や酒の代金は執事持ちだ。
「これぐらいでいいかな?」
 月与は駐屯地の人達に料理を作ってあげようと食材を買い求める。主な食材は駐屯地にもあるはずなので、味付けに使うものが主である。
「わかりましたぞ。合い言葉の返事は『ダイエット』ですな」
「はい。アロワイヨーさんの趣味はと問われたらそう答えて下さい。デビルは変装も得意のようなので、注意が必要なんです」
 鳳双樹は宿で執事の護衛に徹していた。今はまだ駐屯地から離れていても注意が必要である。
「さぁ〜てと、これでよし。明日もがんばりましょうね」
 アーシャは御者と一緒に宿屋の馬小屋で馬の世話をする。
(「この町にデビルを含めた不死者はいないようですね」)
 賀茂慈海は町を散歩していた。時折デティクトアンデットで不死者を探ってみるが特に反応はない。見張りは順番で行うとしても、今夜はゆっくりと宿で眠れそうである。
 夜になり、全員が宿の一室に集まった。
 エフェリアとゴールドの情報をつき合わせみると、駐屯地の方面で鷹のような巨大な何かが人や動物をさらっているようだ。黒い蝙蝠の翼をもった存在も目撃されている。
 詳しくはわからないが、どちらもデビルであろうと冒険者達の間で結論が出される。特に空を注意しようと決まったところで就寝の時間となった。

●デビル
「ったく、最近はどこへいってもデビルばかりだなめんどくせぇ」
 五日目の昼前、偵察に出たゴールドが一時間程で待機していた馬車に戻る。
 アーシャから借りたデビル探知の指輪『石の中の蝶』に反応があったとゴールドは報告した。
「もう大分遠回りをしているけど、デビルの反応は切れないね‥‥」
「そうですね。八方塞がりのような‥‥」
 月与がアーシャが二人で唸る。
 ここしばらくの間、一行は駐屯地を中心にした外縁に沿って旅を続けていた。駐屯地に向かおうと探ってみるとデビルの反応があって取り止めて移動するを繰り返す毎日だ。
「このままだと、間に合わないのです」
 エフェリアは執事の横で姿勢正しく座っていた。
「覚悟を決めての突破しかないでしょうか?」
 賀茂慈海はイギリス語で仲間達に訊ねる。
「安全な距離から駐屯地まで馬車で約半日。どの程度のデビルが潜伏しているかわかりませんが、その間、追いかけてくるデビルをやり過ごす事は‥‥出来るのでしょうか?」
 執事の質問に即答出来る冒険者はいなかった。
「こうなったら戦う準備をして突っ込むしかねぇだろ。戦うなんて面倒だけどよ」
 長い沈黙を破ってゴールドが口を開く。
「戦いになれば馬車を牽く馬達は暴れるはず。すぐに停まった方がいいですね。馬は御者さんに任せるとして、私達はデビルを倒しましょう」
 アーシャが腰掛けていた岩から立ち上がる。
「逃がしたらデビルが応援を呼ぶかも知れないし‥‥殲滅させるしかないよね」
 月与とアーシャは目を合わせる。
「賀茂さんのデティクトアンデット、アーシャさんと月与さんの石の中の蝶、あとエフェリアさんのデビルサーチ。これだけあればデビルに不意打ちされないと思いますけど‥‥」
 鳳双樹は手を見ながら指折り数えた。
「みんなが連携できるように、テレパシーで連絡をするのです。わたしは執事さんの近くで聖なる釘を使いたいです」
 エフェリアが仲間達にコクリと頷く。
「私はみなさんの補助を致しましょう」
 賀茂慈海もエフェリア、鳳双樹と一緒に執事を守るつもりでいた。
 決行は日が暮れるまでに余裕がある日の出の頃と決まる。
 夜間、可能な限り目立たないように工夫し、六日目の夜明け前を迎えるのであった。

●戦闘
 朝焼けの中、馬車は大地を駆けた。
 月与は愛馬・金剛、アーシャは愛馬・セネイで馬車と併走する。その他の者達は馬車内で待機である。
(「なにか、あったでしょうか?」)
(「急接近してくる影が一つ。今、指輪に反応あり! デビルに間違いないです!」)
 ラビットバンドを頭につけていたエフェリアは、一番先頭を走るアーシャとのテレパシーでやり取りをしていた。
 デビル急襲の報がエフェリアによって御者に伝達される。すると馬車は土煙をあげながら急停車した。
「少しお待ちを」
 賀茂慈海は戦いに馬車を飛びだそうとしたゴールドにレジストデビルを施す。その後で馬車内の者達にもかけてゆく。
「すぐに戻ってくるのです」
 ゴールドに続いてエフェリアも馬車を飛び降りる。そして停車中の馬車の下へと潜り、聖なる釘を地面へと打ちつけた。これで少しの間、デビルは執事のいる馬車には近づけないはずである。
 上空の敵は禿鷹のような姿をしていた。後に特徴をギルド員に告げて判明するがデビルのアクババである。
「早いところカタをつけないと!」
 アーシャは構えた氷の剣+3からレミエラの力を得てソニックブームを放つ。当たったアクババは軌道を変えるものの、地上スレスレを飛び回る。
「そこ!」
 月与も騎乗したまま、ソードボンバーをアクババにぶつけた。
 アクババはよろめきながら一度上昇し、そして急降下を始める。狙うは馬車を牽引していた馬達であった。
「馬がやられたら大変ですので」
 鳳双樹が馬車から飛びだし、馬達へと駆け寄る。暴れないように必死に馬達をなだめる御者の横で鳳双樹は『日本刀「無明」』を構えた。
 そしてアクババの爪に向かって刀を下から上へと振った。瞬間、刀と爪が衝突し火花が飛び散る。
「ったくよ!」
 ゴールドは魔力が込められたダガーを放ち、アクババの翼を狙う。
 アーシャと月与が加勢し、アクババの翼は叩き折られる。空を飛べないアクババなど冒険者達の敵ではなかった。
 仕留める途中で二体のグレムリンが現れたが、こちらも殲滅に成功する。
 冒険者達に戦いが始まってから終わるまで一時間弱が経過していた。
「今の内に行きましょうぞ」
 冒険者達が馬車へと乗り込むと執事が御者に発車を命じる。手綱がしなり、落ち着きを取り戻した馬達が馬車を牽き始めた。
 アーシャと月与はそれぞれの愛馬で併走を続け、やがて目的の駐屯地に到達する。
 テントだけの駐屯地と思われたが、頑丈そうな建物が建造途中であった。
 執事はさっそくエフォール副長との面会を取りつける。連絡は届いており、すんなりと事は運んだ。
「これがアロワイヨーさんとミラさんの結婚記念のブラン貨ですか。確かに預かりました。必ずラルフ分隊長に届けましょう」
 エフォール副長は執事と握手を交わす。
「あ、あの‥‥」
「なんだね。冒険者のお嬢さん」
「実は‥‥デザインは冒険者が考えました。裏面の手を繋ぐ男女は特に私が」
「ほう、とてもかわいらしいデザインだ。分隊長にもそう伝えておこう」
 アーシャは表面が月与とエフェリアのデザインである事もエフォール副長に説明する。
 エフォール副長からレミエラを贈られた一行は一晩泊まらせてもらう事となった。
「えっと‥‥石釜もあるし、道具も、食材も全部あるみたい‥‥。よし♪」
 月与は張り切って夕食の用意を始めた。手が空いている他の冒険者も下拵えなどを手伝う。
 その日の討伐隊の夕食は、焼きたてのパンや温かいスープ、煮込み料理などが用意された。
 月与は笑顔で食べてくれる隊員達の顔を見て『よかった』と心の中で呟いた。

●そして
 七日目の早朝、一行は馬車で駐屯地を後にする。
 討伐隊の隊員三名が比較的安全なところまで同行してくれたので、帰りは楽な道中となる。
 夕方にはセーヌ川沿いにあるヴェルナー領の中心地ルーアンへと到着した。
「みなさんご苦労様でした。こちらの役割も無事に終わりましたよ」
 執事を守る冒険者一行は大きめの宿でアロワイヨーとミラ一行と合流する。
 晩餐はルーアンで有名な料理店で頂く事になった。
 帆船を使えばルーアンから海までは半日の距離である。内陸部なのに容易く新鮮な海産物が手に入るのがルーアンの特長の一つだ。並べられた料理も海の幸を使ったものが多かった。
 冒険者達はブラン貨を届けるまでの話をアロワイヨーとミラに聞かせた。特にアーシャはデビルとの戦いを話題にする。
「だからデビルにいってやったんです。私を倒したかったらもっと上のデビルを連れて来るんですねっ、て。‥‥本当に来たら嫌ですけど」
 アーシャの言葉に、みんなの口から笑いが零れた。
「結婚、もうすぐ、でしょうか?」
「そうですね。あと一ヶ月か、二ヶ月後には式をあげられると思うわ」
 エフェリアにはミラがとても嬉しそうに感じられる。これ以上のミラの笑顔をエフェリアは見た事がなかった。
「よかったね♪ ミラさん」
「ええ、ありがとうございます」
 ミラとエフェリアの話を隣で聞いていた月与も大喜びである。
「アロワイヨーさん、最近ダイエットはどうですか?」
「それが忙しくてね‥‥。結婚式までには元に戻しておくよ」
 アロワイヨーと内緒話をした鳳双樹である。
「この辺りの酒はシードルが有名なのか。せっかくだから呑みまくってやるぜ」
 ゴールドはさっそくカップを飲み干して次の酒を注文する。
「結婚とお聞きしました。おめでとう御座います。ゲルマン語だと――」
 賀茂慈海は鳳双樹に教えてもらった片言のゲルマン語でアロワイヨーとミラに祝福の言葉を贈った。
 八日目の昼頃、冒険者達はアロワイヨーの計らいでパリ行きの帆船に乗り込んだ。その時に追加の謝礼金がミラから手渡される。
 そして翌日の夕方、冒険者達は無事にパリの地を踏んだのであった。