●リプレイ本文
●出発
早朝のシーナ宅。
家の前にはサロンテが住む村まで一緒に遠出してくれる仲間達が集まっていた。
「えっと、花さんが迷子になると困るので、まずは家までお迎えにみんなで行くのですよ〜。それから城塞門を抜けて出発なのです☆」
前に冒険者に作ってもらった騎乗服を着ていたシーナは、傍らにいた愛馬・トランキルへと跨った。仲間達も連れてきた馬などの騎乗動物に次々と乗ってゆく。
もう一人同行者がいたのだが、残念ながら急用で来られなくなったようだ。
川口花の実家をよく知るシーナが先頭になって一行は移動を始める。
「トランキルさん、大きいのです。すごいのです。私の馬さん、まだ乗れないので留守番なのです」
「あう、残念なのです〜。でもドンキーさんも元気そうなのです♪」
ドンキー・プルルアウリークスに跨るエフェリア・シドリ(ec1862)がシーナに追いついた。体重の軽いエフェリアならドンキーでも充分である。
子猫のスピネットがエフェリアの背中の袋から顔を出して小さなお髭を揺らしていた。
「僕のトランキルくんとの兄弟馬も、まだちょっと慣れていないからお留守番だよ。今回はこの麗と一緒にいくよ」
本多文那(ec2195)もシーナと並んで馬を歩かせる。
「次の機会もきっとあるのですよ。そのときには連れてきて欲しいのです☆」
シーナは本多文那と約束を交わす。
川口花の実家にはすぐに辿り着いた。
「このガタローと、ご一緒させて頂きますね」
花は愛馬・ガタローと共に庭で待っていた。以前に荷物運びをしてくれたドンキーのタメゴローはお留守番だ。
「もしかして‥‥あれは、ジャパンの七夕で使うもの?」
リリー・ストーム(ea9927)は軒先に置かれた緑色の長い植物を指さす。
「はい。ジャパンから取り寄せた笹です。七夕、もうすぐですし♪」
花はリリーに微笑んだ。
「初めまして、桂木涼花と申します。私達も七夕がしたいと話していたのです」
「花さん、そうなんですよ。パリで手に入りますか?」
桂木涼花(ec6207)と鳳双樹(eb8121)の質問に花は少し待ってと答える。そしてシーナにガタローの手綱を預けると家の中へと消えた。
戻ってきた時、花は母親のリサを連れてきた。
「七夕がしたいと聞いたわ。笹は余分にあるから、どうぞお持ちになって。これは短冊用の和紙よ」
「これが短冊。ジャパンのお祭りですよね」
リサから和紙を手渡されたアイリリー・カランティエ(ec2876)は、仲間から教えてもらった七夕の言い伝えを思いだした。年に一度しか会えない恋人同士の伝説があるという。
「調子は如何でしょう? 元気なお子さんが生まれると良いですね。いつ頃の予定でしたか?」
「医者の見立てでは十一月末から十二月初めぐらいなのだけど、花と菊太郎の時を考えると出産は少し早めかも知れないわね」
セシル・ディフィール(ea2113)は目立つようになってきたリサのお腹に視線を移す。
「菊太郎さん、元気でしょうか?」
「ええ、まだ寝ているけど、とっても元気よ」
見上げているエフェリアにリサが大きく頷いた。
「これを?」
「つけて、欲しいのです」
エフェリアは花にラビットバンドと織姫の指輪を貸す。自らは彦星の指輪をはめていた。すべては花の迷子対策である。
花を加えた一行はリサと別れを告げて城塞門へと向かうのだった。
●往路
パリを出発した一行は馬などに乗りながらゆっくりと進んだ。
水辺を見つけるとペット達に水を飲ませて、自分達は木陰の下で休んだ。もう夏の日差しといってよかった。
「紅葉、水を浴びさせてあげるわ」
桂木涼花は愛馬の紅葉に拾った桶で水をかけてあげた。赤い鬣を震わせる紅葉はとても気持ちよさそうに見える。
「そう、優しくね。うまいわ、双樹もシーナも」
リリーはシーナと鳳双樹に馬のブラッシング方法をアドバイスする。そして思いだしたようにオーラテレパスを使って愛馬ブリュンヒルデの耳元で囁く。
「花がガタローとだけで出掛けようとしたら、教えてね」
ブリュンヒルデはリリーに答えるように小さく嘶くのだった。
「トランキル、なんていっているのです?」
「シーナさんと一緒だと楽しいといってますよ♪」
馬の世話が終わると、鳳双樹はオーラテレパスでトランキルと話した内容をシーナに教えてあげた。馬・トランキルとケルピー・ハクトは主人達の近くでくつろいでいた。
「太って重たくなったら、きっとトランキルには丸わかりなのです〜。気を付けないといけないのですよ〜」
「シーナさんったら♪」
シーナと鳳双樹は一緒に大声で笑った。
「お魚、いるかしら? ものは試しと‥‥」
セシルはケルピー・フィルフィスを木の幹へ繋ぎ、持ってきた道具で休憩時間ぎりぎりまで釣りをしてみる。残念ながら釣果なく終わる。
「エスカルゴは、私のいる修道院でも食べていたよ」
「そうなのですか。エスカルゴさん、美味しいのです。スーさんも好きなのです」
アイリリーがエフェリアと轡を並べて愛馬グレースを歩かせる。二人は花の姿を必ず視界の中に置いていた。
大丈夫だと思っていても、花の迷子グセは半端ではないからだ。
「花さんは‥‥エスカルゴ、食べるの?」
「シーナさんから聞いて大分悩みましたけど、食べることにしました」
「僕も挑戦してみようと思ってるよ♪ 前にサロンテさんのところに行った時には、食べる機会がなかったんだけどね。サザエみたいな味だよ、きっと」
「サザエ、ですか?」
本多文那は花とお喋りをしながら道中を楽しむ。
二度目の休憩は昼食の時間となった。
「保存食だけじゃ味気ないので、生クリーム入りのふわふわパンをシュクレ堂で買ってきたのですよ〜。みんなで食べるのです☆」
シーナはカゴの中からふわふわパンを取りだしてみんなに手渡した。
ゆっくりと進んでも夕方にはサロンテの住む村まで余裕で辿り着く。垣根造りの葡萄の緑がとても眩しく感じられる。
「ようこそ、みなさん。お待ちしていました」
「いらっしゃい」
サロンテ嬢が恋人のラヴィッサンと共に一行を出迎えてくれる。一行はさっそく家へ入れてもらう。
「ジャパンのタ・ナ・バ・タというのが明後日にあるのですか? ええ、構いませんよ。一緒にやりましょうか」
サロンテは運んできた笹を眺めながら頷いた。
「えっと、どうしましょうか? シーナさん。例のやつを夕食にと用意しておいたのですが、初めての方もいらっしゃいますし‥‥」
「テーブルに並べて下さいなのです。エスカルゴをわたしが食べる事はみんな知ってるので、平気なはずですよ。食べるかどうかは本人次第なのです」
サロンテとシーナが小声でやり取りをする間に、ラヴィッサンが他の者達を部屋へと案内してくれた。荷物を置き、居間へ全員が集まる。
テーブルの上には噂に聞いたエスカルゴ料理が並んでいた。シーナが大好きなガーリックバター入りのオーブン焼き、そして煮込み料理もあった。
「ではさっそく。嗚呼〜この味、やっぱり美味しいです♪ ゾフィーさんは相変わらず駄目なのですよね?」
「ゾフィー先輩も一度食べれば虜になると思うのですけど〜」
それぞれのお祈りが終わった後、セシルとシーナは躊躇なくエスカルゴ料理を食べ始めた。村特産のワインと一緒に。
「スーさんも、食べるのです。でも食べ過ぎはよくないので少しなのです」
エフェリアはエスカルゴの身を子猫にお裾分けする。
「いざ食べるとなると緊張しますね」
「ぼ、僕もそうだよ。殻を見るとやっぱり‥‥」
花と本多文那はエスカルゴが乗っかったお皿をじっと見つめ続ける。
「これ、でんでん虫‥‥‥‥。いえ、命を粗末にしては、お天道様に叱られましょう。‥‥い、頂きます」
二度目のお祈りの後で桂木涼花はエスカルゴを口に運んだ。最初瞑っていた目を開けると、その後は何事もなく食べ続ける。
桂木涼花の様子を観察していた花と本多文那も意を決する。一口を食べれば後は何でもなかった。いわれなければ貝料理と間違えてもおかしくない味だ。
「美味しいですよ♪」
鳳双樹はワインと一緒にエスカルゴを頂きながらリリーに勧める。
「そうね。頂こうかしら」
仲間達の様子を確認してからリリーもエスカルゴ料理に手を付けた。特に臭みもなく、とても食べやすい。みんながいっているようにワインともよく合う。
ちなみにリリーは道中でつけていた甲冑を脱いで、エレガントな貴族の出で立ちである。
「ここのエスカルゴはとてもやわらかくておいしいね」
「そういってもらえると。もっとありますがどうですか?」
アイリリーはサロンテに葡萄畑のエスカルゴ獲りについてを切りだした。仲間達とエスカルゴ獲りを手伝おうと、すでに話し合っていたのである。
この時期に葡萄の葉がエスカルゴに食べられてしまうと、ワインの出来に影響が出てしまう。それに食べた分のエスカルゴを補充しておきたい気持ちもあった。
サロンテから無理のない範囲でお願いしますと逆にお願いされる。
楽しい晩餐は終わり、就寝の時間となる。
寝静まった深夜、鳳双樹の悲鳴がサロンテ宅に響き渡った。
ベットの数の関係で鳳双樹はリリーと一緒に寝ていた。どうやら寝ぼけたリリーが夫と間違えらしく、息が止まりそうになるくらいの濃厚なキスを鳳双樹にしたようだ。
「あん♪ あなたぁん‥‥」
掛け布団を抱きしめながら、リリーは夫を思い浮かべて寝言を呟くのだった。
●七夕
サロンテの家に滞在の間、一行は葡萄畑でエスカルゴ獲りを手伝った。
そして七月七日。
夕涼みをしながら笹に飾り付けを行った。それぞれに願い事を短冊に書いて枝に吊してゆく。
そよ風に笹の葉が揺れ、やがて夜空には天の川が広がる。
本多文那は故郷の気分に浸る為に浴衣へ着替えていた。
エフェリアは後でみんなの絵を描く為に、脳裏へ景色を焼き付けてゆく。
願いはそれぞれであった。
人との出会いを願う者。
新しき命について願う者。
健康を願う者。
武道の上達を願う者など様々だ。
中には未知なる料理との遭遇を願う者もいた。
最後には星を眺めながらお茶の時間となる。
エフェリアが提供してくれた紅茶とシュクレ堂の焼き菓子をみんなで頂く。
「お星様はどこで見ても綺麗なのですよ〜。言い伝えの二人もずっと一緒にいられるといいのです〜☆」
シーナはパクリと焼き菓子を頬張った。
●そして
「あ、いいのです〜。こっちこそ泊めてもらったし」
「いいえ。とても助かりましたので。少しですが気持ちなので」
四日目の早朝。パリへの帰路につこうとした一行に、サロンテはエスカルゴ獲りをしてくれたお礼を手渡そうとしていた。
一行を代表してシーナは断ったが、是非にといわれて最後には受け取る。ワイン二本ずつも一緒だ。
帰り道、シーナの馬トランキルを始めとして、どのペット達も元気であった。村でも世話をかかさなかったおかげである。
花が一度だけとんでもない方向に進もうとした以外は、何事もなく旅が終わった。ひとまず安全を期する為に花を全員で実家まで送り届ける。
「お友だちの印なのですよ〜。是非、もらって欲しいのです〜♪」
アイリリーと桂木涼花には、シーナからブタの形をしたペーパーウェイトが贈られた。
「トランキルをお願いするのです」
「ええ、ちゃんとお世話しますので」
シーナは愛馬トランキルを馬小屋に入れた後で花にお願いする。
そして一行は夕日に照らされながら解散するのだった。