●リプレイ本文
●出発
夜明け前の冒険者ギルドにコカトリスを食そうとする同志が集まる。
「本当に、どんな味なのか楽しみです」
これ以上ない笑顔を大宗院鳴(ea1569)は浮かべていた。
いつもはおっとりとしているのだが、今日はどことなく落ち着きがない。それだけコカトリスが食べられる事に興奮していたのだ。
「私も前から気になっていたのですよね〜。食べたらどんな味がするんだろう?って」
アーシャ・イクティノス(eb6702)はマッパ・ムンディと呼ばれる本をつい先程まで読んでいた。
コカトリスがどのような生態を持つのかを調べていたのだが、つい他のモンスターにも目移りしてしまう。ミノタウロスなど牛の味をしているのではないかと考えてしまうアーシャである。
「モンスターも生き物だから、食べれるんなら、食べた方がいいけど、わざわざ、狩りに行かなくてもいいかな。まぁ、被害がでる前に倒した方がいいことはいいけど」
ティズ・ティン(ea7694)は素直に意見をいったが、大宗院鳴とアーシャの耳には届いていない。二人の頭の中はすでに美味しそうなモンスターで一杯だ。
「鶏に似た部分はいいとして、蛇の部分どうしよう? 食べる勇気ある?」
ふと思った疑問を風生桜依(ec4347)が口にすると、大宗院鳴とアーシャが声を揃えて食べると答える。それならばと風生桜依はジャパン風の蒲焼にしようと考えた。
準備は整い、大宗院鳴が勝手に命名した『モンスターを食する友の会』、略して『モン食会』の四名は出発する。
冒険者達はギルドを出てパリの一角へ向かう。そして大宗院鳴があらかじめ話をつけておいた馬車へと乗り込んだ。
コカトリスが棲み、デビルが徘徊するという森の外縁に到着したのは三日目の昼頃。高鳴る気持ちを押さえて、その日は森へ踏み込まずに次の日が訪れるのを待つ一同であった。
●森の廃墟へ
木漏れ日が落ちる森の中。
空を飛ぶとデビルに発見されやすいので、冒険者達はコカトリスが棲むという森内の廃墟を徒歩で目指した。
木の根が地表に表れているせいでとても歩きにくい。たまに大宗院鳴が連れてきたアースソウルの葉舞がプラントコントロールで邪魔な植物の部分を退かしてくれる。
大宗院鳴は集合前に冒険者酒場へ立ち寄り、あらためてこの森の事を調べていた。残念ながら地図は手に入らなかったが、森一番の巨木が近くにあると教えてもらう。
デビルに関しては風生桜依とアーシャが持ってきてくれた指輪『石の中の蝶』がとても役立つ。姿が見えなくても半径十五メートルの距離に近づいたのなら反応があるからだ。
とはいえ運が悪ければ十五メートルの距離では目視で発見されてしまう。それを防ぐ為にも目と耳による警戒も必要であった。
時々アースソウルの葉舞にグリーンワードで周囲の植物に訊ねてもらうものの、コカトリスらしき存在は見かけられていない。どうやらコカトリスは廃墟から滅多に外へ出ないようだ。
黒い翼で羽ばたく何かを見かけると、全員が茂みに隠れた。連れてきたペットを抱き寄せてじっと息を潜める。
指輪の石の中の蝶が羽ばたく。おそらく近くを飛んでいるのはインプかグレムリンだと推測された。
何度か同じようにやり過ごしては先に進む。時には気配や姿そのものを消すアイテムも活用して。
早い時期に森で一番高い巨木は発見したものの、なかなか近づけない。日が暮れ始めた頃、ようやく目的地だと思われる廃墟に辿り着いた。
廃墟には石造りの建物が並ぶ。完全な状態の建物はなく、どこかしらが壊れている。蔦などの植物が絡み、建物の中心から大きな木が育っていたりもする。
「いませんね。どこにも」
ティズが呟いた通り、コカトリスらしき姿は見かけられなかった。
ただ、廃墟にはたくさんの地下へと続く穴や階段があった。もしかすると今は地下に隠れているのかも知れない。
冒険者達は雨風が防げそうな石造りの建物を選んでテント代わりとする。もうすぐ夜なので、どのみち野営はしなければならなかった。
「廃墟にコカトリス‥‥。飼っていたニワトリが化けたのでしょうか‥‥」
アーシャが保存食をかじって胃に収める。
コカトリスと接触出来なかった事実に、アーシャの心の中はわびしい気持ちで一杯だった。
「コカトリス‥‥」
落ち込んだ様子の大宗院鳴が建物の隙間から外を眺める。もう日は暮れていて暗く、視力のよい大宗院鳴でも何も見えない。
「最初は私が見張りね」
風生桜依が最初の見張りを引き受けてくれた。
「平気よ。きっと見つかるから」
ティズは大宗院鳴とアーシャを励ます。
明日にはコカトリスと会えるようにと願いながら冒険者達は順番に眠るのだった。
●コカトリス
夜明け前、突然の鳴き声が響き渡る。例えるならばガチョウのような鳴き声だ。
そのせいで眠っていた風生桜依、アーシャ、大宗院鳴の三人が飛び起きた。
見張りをしていたティズも、外が暗くてまだ何も把握していない。ちなみに見張り用に貸しだされていた石の中の蝶に反応はなかった。
「もしかしてコカトリスの鳴き声ですかね?」
アーシャもティズの隣りで建物の隙間から外を眺める。風生桜依と大宗院鳴も、それぞれ別の隙間から暗闇を窺う。
時間が経つにつれて、だんだんと外が明るくなってゆく。
ぼんやりとした像ながら、大宗院鳴はその姿を目にした。
雄鳥のような頭と胴に所々蛇のような身体。蝙蝠のような翼を持つのは間違いなくコカトリスである。
次第に仲間達にも見えるようになる。そして一羽だけでなく、何羽もいることがわかった。
コカトリスは鶏よりもかなり大きい。
道中で立てておいた作戦に従いオーラエリベイションなどの補助魔法をかけると、冒険者達はさっそくコカトリス狩りを始めた。
目を付けたのは三羽で固まっているコカトリスらである。遠くにいる他のコカトリスは無視して、この三羽を手に入れる事に冒険者達は集中する。
「いいわよ。いつでも」
前回の守りとして立つティズが後方の大宗院鳴に声をかけた。
「これが合図になります」
大宗院鳴は魔法詠唱を始め、仲間に当たらないようにライトニングサンダーボルトを飛ばす。稲妻の光は直線上にいたコカトリスAとCを貫いた。
(「おとなしく食べられてくださいね!」)
アーシャは身体を捻りながらホイップの先を飛ばす。狙った両足へ思い通りに絡み、コカトリスAが腹を打ちつけるように地面へと転倒した。
(「やっぱり向かってきたわ」)
コカトリスBが風生桜依の存在に気がつくと駆けてくる。風生桜依の考えていた通りであった。
出来るならばアーシャと同じように足を狙いたいところだが体勢的に難しく、まずは翼を狙った。すれ違い様に片翼を切り落とすと、コカトリスBがバランスを崩して千鳥足となる。
コカトリスCはけたたましく鳴きながら、稲妻を放った大宗院鳴へ急速に走り寄る。その嘴の攻撃を防いだのはティズの盾だ。
コカトリスは馬程の速さで地面スレスレを駆け回った。とても戦いにくい相手である。
「きゃ〜〜、近寄らないでっ」
アーシャは握るホイップによって繋がるコカトリスAの攻撃を、片方の手で持つ盾で受け止めた。
アーシャ程の騎士ならば石化する事はまずないだろうが、それでも気を抜かずに時間を稼いでゆく。
「よし! 次は‥‥」
風生桜依はコカトリスBを仕留め終わるとティズと大宗院鳴が相手をしていたコカトリスCとの戦いに加勢する。稲妻攻撃によってかなり弱っていたので、すぐに決着がついた。
最後にアーシャが時間稼ぎをしてくれたコカトリスAを仕留め、三羽すべてを倒すのに成功する。
真っ先に嘴を切り落とし、すぐに血抜きをしてコカトリス三羽を絞める。念の為に血はある程度とっておいた。
そして他のコカトリスに気づかれないうちに廃墟の片隅へと冒険者達は隠れるのだった。
●料理、そして食事
廃墟を徘徊するコカトリスの姿が見られなくなった夕方頃、冒険者達はコカトリスの調理を始める。
コカトリスに見つからないように小川からは水、焚き火用の落ち枝などはすでに集められていた。
一般に肉の味は絞め方によっても変わるのだが、どのコカトリスも戦う際に暴れてしまったのでその点はついては仕方がない。
暴れさせた方がよい動物もいるので、コカトリスがそうであるのを祈るばかりであった。
火の番や簡単な下拵えを大宗院鳴とアーシャは手伝う。
調理は主にティズと風生桜依が引き受けてくれた。
持ち込んだ食材も含めて料理が出来上がってゆく。
使い切れない分の肉は、ティズが連れてきたスノーマンのスッスによって氷室と化せられたとても小さな部屋で保存される。すぐには使わないので既に塩漬けにされていた。
グツグツと煮込まれる鍋から聞こえる音。
焚き火で炭化した木の一部を使って焼き上げる肉からは香ばしい香りが立ちのぼる。
出来上がったのは三品。
コカトリスの肉を使った牛乳仕込みのシチュー。出汁としてコカトリスのガラも使用された、とても深い味の逸品だ。
シンプルに塩を振って焼き上げられたコカトリスの丸焼き。皮から滴った脂が肉に照りを与え、コンガリと焼き上がっている。
ジャパン風に開いて醤油をベースにしたタレで焼かれたコカトリスの蒲焼き。ジャパンから輸入された醤油はとても高価であったが、市場にたまたまあったのを大宗院鳴が買い求めてあった。それをうまく使って風生桜依が仕上げたのがこの蒲焼である。
コカトリスと水を除く食材のすべては大宗院鳴がパリから購入してきたものである。保存についてはスノーマンのスッスのクーリングが活用されていた。
行動だけでなく、美味しい物を食べるにはお金に糸目を付けなかった大宗院鳴だ。
「結構淡泊なお味ですね。でも美味しいです〜。カタツムリを美味しかったし、こういうのに目覚めそう♪」
アーシャはむしゃむしゃと三品をすべて頬張った。
鶏の味に似ているような、違うような、ともかく好みの味なのは確かだ。ちなみにカタツムリとは特定のエスカルゴの事である。
「こうしてみると、コカトリスの蒲焼も結構いけるね。タレが即席なのがちょっと残念かな」
風生桜依は自ら調理した蒲焼を頂いて微笑みながら頷いた。足りないと感じられた肉の脂分はタレ作りの際に皮も一緒に煮込むことで解消してあった。
「こんなにいっぱい、御馳走です!」
あっちへこっちへ、目を移りさせながら大宗院鳴は食べまくる。コカトリスの丸焼きもガブリといって満足そうな笑みを浮かべた。
「合いますね。シチューの具にコカトリスは」
自分が作ったシチューの味をあらためて確かめたティズは満足する。
最後にみんなで風生桜依が持ってきたお茶を頂いて人心地ついた。
その日の夜は誰もがコカトリスの夢を見る。
追いかけられる者、逆に追いかける者、夢の中でもコカトリス料理を頂く者など様々だ。
翌日の夜明け前、寝ていた冒険者達は昨日と同じようにコカトリスの鳴き声で叩き起こされる。
名残惜しさはあったものの長居は無用と、森の中の廃墟を後にした冒険者一行であった。
●帰り道
行きとは違い、デビルとの戦いを念頭に置いて冒険者達は森の外へと向かって歩いた。
それでも森の奥だと危険なので、外縁に近づいた頃に戦いを挑んだ。
アーシャが矢を射って少数のデビルをおびき寄せる。そして木の裏に隠れていた風生桜依、大宗院鳴、ティズが仕留めてゆく。
合計で倒したデビルは、インプ五体とグレムリン三体。グレムリンの三体目を倒したところで森の外に出た。
待ち合わせた場所で待機していると、行きに乗せてくれた馬車が現れる。
モン食会の四名は馬車へと乗り込んで帰路につく。そして二日半の後、パリの地を踏んだ。
「とっても美味しかっ‥‥いえ、助かりました」
大宗院鳴が仲間達に追加の報酬と共にコカトリスの肉を分ける。塩漬けとはいえ、夏場である。早めに食べなければ腐ってしまうはずだ。
モン食会の四名は満足げに冒険者ギルドで解散するのであった。