●リプレイ本文
●エテルネル村へ
夏の日差しはすべてを輝かせる。
路傍の草木は強い緑を彩らせ、生命力を発散していた。
荷馬車一両と馬車一両が草原に伸びる道を駆けてゆく。
青年村長デュカスの麦刈り依頼に直接参加した冒険者は八名。
他に冒険者ギルドの受付嬢シーナ、そして以前はちびブラ団を名乗り、今は冒険者として活動する少女コリル、少年アウストが同行していた。
元ちびブラ団の二人はアニエス・グラン・クリュ(eb2949)に誘われての参加である。ちなみにもう二人もアニエスは誘ったが、少年ベリムートは愛馬の世話と家族行事の為、少年クヌットは妹のジュリアに遊ぶのをせがまれてパリに残った。
「麦畑がどうなっているのか楽しみなのだぁ〜♪」
韋駄天の草履を履いた玄間北斗(eb2905)は、愛馬・駒と一緒に仲間達が乗る二両と併走する。
何度も通ったこの道だが、今回は特に玄間北斗の足取りは軽かった。収穫はこれまでのの作業の集大成である。
喜んでいるであろう村人の事を考えると玄間北斗の表情も自然に綻ぶ。それだけエテルネル村の未来を親身に考えてくれていた玄間北斗だった。
「稲刈りなら経験あるんだけど、麦刈りも似たようなものかな?」
「似てるらしいですよ。妻がそういってましたから」
荷馬車の御者をするデュカスが一瞬だけ振り返り、荷台の本多文那(ec2195)に答える。
「故郷の稲穂が頭を垂れるのはもう少し先だが――」
ククノチ(ec0828)は同じ荷馬車に乗る仲間達との会話に参加しながら、後方で併走させているドンキー・パピリカの様子を確認した。自前の農耕具をちゃんと運んでくれている。
(「エテルネル村に行くのも久しぶりだなぁ〜」)
荷馬車の動きに合わせて揺れる壬護蒼樹(ea8341)は、パリ出発前にデュカスと交わした挨拶時を思いだす。自らが関わる他の依頼において、困っている人々に対しデュカスに食料を提供してもらった事があった。今回はその恩返しの意味も含まれていた。
荷馬車後方を走る馬車の御者を引き受けていたのはアニエスだ。
「アニエス、どうかしましたか?」
「い、いえ‥‥なんでもありません。ブノワ叔父様」
落ち込んだ様子のアニエスに叔父のブノワ・ブーランジェ(ea6505)が心配する。
見送り時の母親であるセレストから杏ジャムの壷を受け取っていた時のアニエスは普通だったのだがとブノワは心の中で呟く。
祖母の容態が悪いのをブノワはセレストから聞かされていた。だがアニエスには伝わっていないはずである。
「デュカスさんって優しそうだよね」
「うん。村にいるフェルナールさんはどんな人なんだろうね〜」
アウストとコリルはエテルネル村がどんな所なのか二人で想像していた。
「ライラさん、お願いがあるのですよ〜♪」
「なんだね? シーナ殿」
シーナはライラ・マグニフィセント(eb9243)が以前に作ったシフォンケーキを、もう一度食べたいと願った。
「あの味、忘れられなくて、夢にまで見たのです〜」
「わかったさね。それならご期待通り、腕を振るって作ろうとしようか」
ライラは快く引き受けてくれた。シーナが食べた一品と、以前のよりさらに一工夫を凝らした別のシフォンケーキも作るつもりらしい。
「エテルネル村、どんなところでしょうか? スーさんも楽しみでしょうか?」
エフェリア・シドリ(ec1862)は子猫のスピネットを抱えながら車窓から流れる景色を一緒に眺めた。
鳴いたスピネットが楽しみと答えたように思えて、エフェリアはやさしく頭を撫でてあげる。
車両を停めての休憩中、ブノワはデュカスにここしばらくのエテルネル村周辺の天候を訊ねる。留守の間はわからないが、ここのところは晴天が続いていたようだ。
安全とは思いながらも本多文那は警戒を怠らずに道中を過ごす。
一晩の野営を経て、一行は二日目の暮れなずむ頃にエテルネル村へ到着した。
●麦刈り作業
三日目早朝からさっそく手伝いが始まった。良い天気で麦刈り日和である。
すでに村人のよってある程度の麦刈りは行われていたので、どの仕事からも作業可能だが、まずは最初の作業となる麦刈りを全員で手伝う。
雨に降られる前に早く刈ったほうがよいし、それに麦刈りの体験は誰もがしたいだろうとデュカスが考えていたからだ。
「さ〜て、麦刈りがんばるのですよ〜♪」
借りた作業用の服に身を包んだシーナは鎌を手に張り切って麦畑に入ってゆく。麦わら帽子も被って準備万端である。
「麦、かるのです」
エフェリアは鎌を持ってトコトコとシーナの後を追いかける。
「あっ、待って。僕もそっちでやるよ〜」
追いついた本多文那はシーナ、エフェリアと並んで麦を刈り始めた。
麦を束ねるようにしっかり握り、鎌の刃の奥で引くように刈ってゆく。デュカスやブノワからコツを教えてもらったが、エフェリアはあらかじめ調べてきていた。聞くと実際にやるとでは大違いだが、何も知らないより習熟は早くなる。
「私もこちらで始めさせてもらおうか」
「大歓迎なのですよ〜♪」
市女笠を被ったククノチは大地に祈りを捧げた後でシーナ達の横で麦を刈った。ある程度溜まったら近くの杭に繋げてあるドンキーのパピリカに乗せて運ぶつもりである。エフェリアのドンキー・プルルアウリークスと本多文那の愛馬・麗も繋がれてあった。
よい天候が続いていたおかげで天日干しの日数は少なくて済みそうである。
「わたしたちも麦刈りを始めましょう」
アニエスはコリル、アウストと共にシーナ達とは別の畑に入った。
よそ風が吹き、麦の穂がかすかに揺れて畑が波打つ。思わず見とれてしまった三人だが、我に返って作業を始めた。
「結構‥‥むずかしいね。力の入れ具合とか」
「大変な作業なんだね‥‥。麦刈りって」
コリルとアウストが懸命に鎌を使う。少しは心得があったアニエスは二人に教えながら次々と金色の麦を刈っていった。
疲れる作業ではあるが、小気味よい音と共に麦を刈ってゆくのはどこか楽しいものがある。これが収穫の醍醐味なのだとアニエス、コリル、アウストの三人は感じ取った。これまで育ててきた村の人々にとっては、自分達とは比較ならない喜びだろうとも思う。
「いろいろと教えてもらえて助かるのだぁ〜」
狸浴衣を羽織り力たすきをで気合いを入れた玄間北斗は、村の子供達と一緒に麦畑に入る。麦刈りのコツを教えてもらいながら、稲藁と麦藁の違いを確かめた。後でジャパンの草履や藁靴の作り方を伝えようと考えていたからだ。
「これは大きいですね。取り扱いに注意しないと大怪我するし、それにさせてしまうかも‥‥」
「こういう感じで刈ってください。刃をなるべく土にはつけないようにしてくださいね」
身体が大きく体力のある壬護蒼樹は、ブノワに使い方を教えてもらった大鎌を腰で構えた。取っ手を握り、大げさにならない範囲で左右に振って麦を一気に伐ってゆく。
ブノワはしばらく壬護蒼樹にアドバイスを施した後で自らも大鎌で収穫する。
デュカスも大鎌を使っての収穫作業である。
大鎌での作業はどうしても大雑把になるが、作業全体を通してから考えればとても効率的といってもよい。村の女性達が刈られた麦を集めたり、束ねたりしてくれる。刈り損じた麦も収穫してくれる。
「よいパンができそうさね」
麦刈りの休憩中、ライラは大地に座りながら麦穂の一つを手に取った。太陽の恵みをいっぱいに受けて育った麦。
デュカスから村の食材を使った料理作りを冒険者一行は頼まれていた。よい食材があれば、それだけ腕の振いがいがあるというものだ。
この日は麦刈りと、それらを倉庫に搬送する作業で終わる。
四日目からは麦刈りの後に続く作業を各自分担する事となった。
●広い麦畑
「あの時は助かりました。おかげで関わった集落では飢えずに、なんとか立ち直りの道を歩んでいるみたいです」
「僕たちの村も冒険者のみなさんのおかげで復興したようなものですから、お互い様ですよ」
壬護蒼樹とデュカスは引き続き麦刈りに従事していた。二人は水を飲みながら木陰の下で休憩をとる。
目前にはまだ風に穂をなびかせる麦穂が並んでいたが、すでに目処はついていた。すべてを刈るのにそんなに時間はかからないはずである。
(「こんな風に、実りを得ることで幸せを感じることが出来るなら‥‥」)
壬護蒼樹は思いを心の中でそっと呟く。
噂ではデビルとの戦いは一段落ついたようだが、まだまだ局地的なものは残っていた。壬護蒼樹が関わっている依頼でも、デビルの暗躍は続いている。
金色の世界の中、静かな優しい日々の訪れを壬護蒼樹は祈るのだった。
●乾燥
「次はあの山を干してゆくのだぁ〜」
「わかったさね。その前にこっちを終わらせようか」
玄間北斗とライラは麦を乾燥させていた。うまく麦の束ねたものを台の上に段々にして干してゆく。
今は麦穂がついたままだが、脱穀後の麦粒も今一度乾燥させていた。麦の収穫とは雨を避けて、どれだけ水分を除くかにかかっているのがよくわかる。
当然、村人達もそれがわかっている。雨が降りそうな気配になったのなら、総出で干してある分の麦を倉庫へと仕舞う。
日の当たりもそうだが、強い風が吹いたりしないかの監視は必要なので、他を手伝いに行く訳にはいかなかった。そこで玄間北斗は藁を使ったジャパンの草履や藁靴の作り方を村人達に教える。
「ジャパンではこんな履物を使ってたりするのだぁ〜。泥濘や雪の上も滑りにくいから意外と重宝するのだ」
さっそく出来上がったものを村人にプレゼントする玄間北斗であった。
●脱穀と藁の束
「スーさんはドンキーさんと一緒にいるのです」
エフェリアは麦束を運んでくれたドンキー・プルルアウリークスの背中に、今度は子猫のスピネットを乗せた。そして日陰になる木の幹に繋げると棒を手に取る。
「この棒で叩いて麦を落とすのかあ〜」
本多文那は握る棒をじっと見つめた。これで脱穀が出来るのはわかるのだが、もっと効率的なやり方がないかと首を捻る。しかしよいアイデアは浮かばなかった。
「それでは〜っと〜♪」
シーナが穂先を棒で叩き始めるとエフェリアと本多文那も脱穀を始めた。アニエス、アウスト、コリルも脱穀作業を手伝う。
「太鼓と似ているのです」
エフェリアはリズムをもって板の上に乗せた麦を叩き続ける。
「いいですね。拍子を合わせましょう」
ククノチとエフェリアが一緒のリズムで叩き始め、他の者達もだんだんと合わせてゆく。まるでみんなで演奏をしているような気分になる。
「袋に詰めてっと‥‥」
アニエスは用意されていた麻袋に製粉前の麦を詰めてゆく。アウストとコリルも一緒に袋詰めを手伝った。
麦の入った袋を載せた荷車をアニエスの愛馬・赤龍王が頑張って牽いてくれる。その他にも冒険者達のペット達は活躍していた。
乾燥を受け持つ玄間北斗とライラのところに麻袋を降ろし、今度は乾燥済みの麦粒の入った別の麻袋を水車小屋へと運んだ。
水車小屋には作業する村人達とは別に、フェルナールとブノワの姿もある。
ブノワは脱穀に便利な道具を作って欲しいとフェルナールに頼んでいた。
「串状の金属棒が並んだものを使えば、もっと早く麦粒を落とせますよ。落ちない部分だけ叩いて落とせばよいですし」
「わかりました。作ってみます」
フェルナールはブノワから詳しく道具の構造を聞いた。翌日には新たな道具を使っての脱穀が行われる。叩く作業は残ったが、削ぎ落とせなかった部分のみとなって大分楽になった。
滞在の最終日前には麦刈りが終わり、作業は徐々に楽になる。
「こうやって粉ができるのです」
ある時、エフェリアは水車小屋を見学させてもらう。
残念ながら水車小屋は完成してからそれほどの年月は経っていない。しかし水車が回る様子は心に響くものがあり、スケッチをしたエフェリアだ。
特に水車小屋の近くで小さなカエルを追いかける子猫スピネットの絵は、エフェリアのお気に入りとなる。
食事には常に焼きたてのパンが並んでいた。
料理の腕に覚えがある者は創作心がうずく。そして食べるのを楽しみにしている者は新たな美味しい料理を楽しみにするのだった。
●玄間
玄間北斗はエテルネル村内に別荘宅を持っていた。名は『縁生樹』といい、主に村に役立つ備蓄を保管する倉庫として使っている。
今回、新たに備蓄したのは木材と大凧、そして鬼の守り刀である。
「みんな、ありがとなのだぁ〜」
時間が空いた時、玄間北斗は村の子供達に手伝ってもらって縁生樹内の掃除と整理をした。普段人が住んでいないので、暇がある時にやっておかないと酷い状態になってしまうからだ。
頑張ったおかげで、人が寝泊まりしても大丈夫な状態にまで戻される。
「どうかこのエテルネル村を守って欲しいのだぁ‥‥」
玄間北斗は邪気を祓うという鬼の守り刀を両手にもって掲げる。
白と黒と分かれているとはいえジーザス教の教徒で占められている村なので、宗教的な雰囲気は表に出さないように気をつかって祀る。
「こんないいものを。ありがとうございます」
「使ってもらえると嬉しいのだぁ〜」
いろいろと村で役立つ物作りに精を出すフェルナールに、玄間北斗はデザイナーのペンを贈った。
喜ぶフェルナールの姿に玄間北斗は目を細めて何度も頷くのであった。
●アニエスとブノワ コリルとアウスト
玄間北斗と同じくエテルネル村に専用の家屋を持っていたのがアニエスの母セレストである。正確にいえば譲渡は保留状態なのだが、アニエスはデュカスに許可をとって村での滞在に利用する事にした。ブノワ、コリル、アウストと一緒である。
「すごいよね、このパン。ライラさんが作ったみたいよ」
「ホント、美味しいね。いくらでも食べられそう〜」
食卓のアウストとコリルは目を丸くしてパンを頂く。パーティ用にとアニエスが持ってきた杏ジャムも少しつけさせてもらって。
「みなさん驚きますよ、このジャムの味。僕も晩餐会の時には、このジャムに負けないものパンを作らないといけませんね」
「母にそう伝えさせてもらいますね。喜びます」
杏ジャムをつけてパンを頂くブノワに、アニエスが口元を緩ませる。
別の日、アニエスは時間がある時に村内にある白教義の教会を訪ねた。
「こちらを母から預かって参りました」
「お母様には以前からいろいろとお世話になっています」
アニエスはジャン司祭に清めの聖錫を寄進するのだった。
疲れてコリルとアウストが寝息を立てていた日の夜。ランタンの赤い灯火の中でアニエスはブノワに相談をした。
「叔父様、あの――」
アニエスの悩みは、今後悪魔とどう接したらよいのかというものだった。
「悪魔には怒りではなく憐れみを持って接しなさい。神に祈る様に、剣を振るいなさい。彼等は食べる喜びも愛される事も、死を悲しまれる事も体験する事が出来ぬのだから」
ブノワは真向かいに座って真剣な瞳で見上げるアニエスに微笑むのだった。
●晩餐の用意
八日目の暮れなずむ頃には作業は終わる。
脱穀まではすべて終わり、後は時間のかかる乾燥を残すのみとなった。製粉は必要に応じて行われるので、手伝いとして考えなくてもよい範囲である。
集会用の施設に併設されている調理場では多くの冒険者が集まっていた。
「麺麭はこうやって作るのか。結構、力がいりそうだ‥‥」
「よいバターが手に入ってよかったさね」
小麦粉を捏ねるライラの手つきをしげしげと踏み台の上に乗ったククノチが見つめる。途中で代わると見よう見まねで生地をこね始めた。
顔にかいた汗を腕で拭ったつもりが、鼻の頭に粉がついたのはご愛敬である。
隣りでは発酵が終わった生地をアウストが切り分ける。それをコリルがガスを抜きながらパンの形に丸めた。
「このパンも美味しいはずですよ」
ブノワはライラ達と別のテーブルでパン作りをしていた。
「これぐらい捏ねれば、いいですかね」
「お酒を入れるなんて、とても不思議なのだぁ〜」
こちらの生地を捏ねる作業は壬護蒼樹と玄間北斗の役目である。膨らませる種はブノワが持ってきた酒類が使われていた。麦酒、どぶろく、甘酒と多彩な種類があった。
「出来上がったら石釜のシーナさんのところへと‥‥」
アニエスは生地を均等に切り分けて丸める作業を行う。身長が伸びたおかげでコリルやアウストのように踏み台に乗らなくても充分に手が届くアニエスである。
「美味しいパンのためなのです〜。熱くてもがんばるのですよ〜」
汗だらだらのシーナは、石釜の近くで火の番をしていた。
「あ、もう始まっているんだ。僕も手伝うよ」
農具の手入れが終わった本多文那がシーナと合流する。薪運びや石釜の様子を一緒に見続けた。エフェリアも一緒である。
「熱さより、この香りの方が残酷なのかも知れないのです〜」
「いいかおりなのです」
焼けるパンの美味しそう匂いがエフェリアの横にいるシーナを惑わせた。身体をくねらせているシーナを見て、エフェリアと本多文那がさもありなんと笑った。
「パンが焼ける時間、そろそろなのです」
「エフェリアさん、ありがとなのです☆ 熱いのでヤケドしないように気をつけないと‥‥」
エフェリアがリヴィールタイムで正確な時間を把握し、焼き上がりを教えてくれた。巨大なヘラを使って石釜の奥からパンを取りだす。
「思わず今すぐ食べたくなっちゃうね」
シーナと同時に本多文那も思わず唾を飲み込んだ。石釜による熱気の最中にあっても、食欲をとてもかき立てる香りだ。
パン以外の料理も作られる。やがて一緒に麦刈りの仕事をした村人達が、集会所に集まり始めるのだった。
●楽しいひととき
室内には料理が並べられたテーブル。壁には金属製の荒い網の中で篝火が灯る。
各自にお祈りをした後で晩餐会が始まった。
「パン、すごいのです〜。アニエスさんとこの杏ジャムもすごいのです♪」
シーナはまずは待望のパンを頬張って頬を膨らます。
各テーブルにはアニエスが持ってきた特製の杏ジャムが小分けにして置かれていた。
「このスープ、美味しいね。なんていうの?」
「蝦夷風の煮込み汁だ。干物とはいえ魚類は手に入らなかったので、獣骨だけの出汁になったが」
本多文那に訊ねられた作った当人のククノチもあらためて煮込み汁を頂く。下処理とアク取りに奮闘しただけあって臭みはないはずである。村で穫れた香草も使われていた。ノルマン王国出身の者達にも好評のようでククノチは心の中で喜んだ。
「いろんなスープがあるのです。スーさん、食べ物は逃げないのでゆっくりと食べるのです」
エフェリアは蝦夷風煮込み汁を頂いた後でライラが作ったポトフもよそってもらう。子猫のスピネットは床に置かれた器から懸命に煮込み汁の具だけを頂いていた。
「シーナ殿、おかわりはどうさね?」
ライラがトレイにたくさんのパンを乗せてシーナの席で立ち止まる。
「これが食べたかったのですよ〜♪ こっちのは形がちょっと違うのです?」
「ガトー・バチュ。シーナ殿が食べたがっていたシフォンケーキの応用だな」
シーナは両方を分けてもらい、さっそく食べてみる。独特の食感がシーナを魅了し続けた。
ブノワがお酒から作ったパンも控えており、シーナは覚悟を決めた。今夜は並んでいるパンやケーキのすべての種類を食べ尽くすと。
「シーナさん、こっちのパンも美味しいですよ。小麦の風味が効いてますね」
「どれどれ?」
壬護蒼樹はシーナの隣りで食事を楽しんでいた。二人の食いしん坊が並んで食べる姿はとても豪快である。
「どうでしょう。麦を使ってエールを造ってみては?」
ブノワは村長デュカス、ジーザス教白教義のジャン司祭、黒教義のマリオッシュ司祭と同じテーブルを囲んだ。そしてビールの醸造所を作る気はないかと持ちかける。
簡易に作るビールに関しては、すでに村でも造られていた。ブノワが切りだしたのは広く販売を目的としたビール造りについてだ。
本格的なビール造りとなると税の問題も出てくるので、デュカスにも即答出来なかった。しかし前向きな検討をするつもりだとデュカスはブノワに答えた。
「収穫の時期は楽しいのだぁ〜」
玄間北斗は村の子供達と一緒に料理を頂いた。一緒に柵や水路の修理なども行い、すでに仲良しである。
「このシフォンケーキ、とっても美味しいよね。シーナさんが気に入るのもわかるな」
「でしょー。‥‥そうなのです!」
本多文那とお喋りしていたシーナは思いつく。すぐにライラの元へと走り、何かを相談する。
食事が一通り終わると、歌と踊りの時間となる。
秋を控えての収穫の祝いが繰り広げられるのであった。
●そして
九日目の早朝、一行を乗せた馬車と荷馬車がエテルネル村を出発する。
パリのエテルネル村出張店・四つ葉のクローバーまで運ぶ荷の他に、シーナがライラに頼んだ品も載せられてある。
それはたくさんのシフォンケーキであった。
まずは今回参加した仲間達に分けられる。その他の多くはゾフィーを始めとしたパリで帰りを待つ人々へのお土産となった。
「お友だちとしてよろしくなのです〜♪」
シーナはブタさんペーパーウェイトを冒険者の何人かに手渡す。
「あら、シーナ。何なの? その袋」
「じゃんじゃじゃ〜ん♪」
冒険者ギルドの個室でエテルネル村の小麦粉で作ったシフォンケーキをシーナがゾフィーに贈る。
冒険者達は喜んだゾフィーの顔を見た後で解散するのであった。