待望の季節 〜シーナとゾフィー〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月03日〜09月10日

リプレイ公開日:2009年09月11日

●オープニング

 また巡る秋。
 冒険者ギルドの受付嬢シーナ・クロウルが待ちこがれる季節。
 実りの秋、食欲の秋。
 今年も農家のサロンテ嬢から冒険者ギルドに募集がかけられた。それをシーナが見逃すはずもない。
 葡萄を収穫し、ワイン造りを手伝ってもらう依頼である。
「さすがよね‥‥。こういうことには目ざといんだから」
 ゾフィー嬢はギルドの奥で自分の出勤日を確認するついでにシーナのも調べてみた。ちゃっかりとサロンテの依頼期間にあわせて休みが取られている。
「あ、ゾフィー先輩〜♪」
 うきうきとした軽やかな足取りでシーナが出勤してくる。今日のシーナとゾフィーは一緒のシフトではなくて入れ違いだ。
「出勤予定表、見たわよ。サロンテさんのところで出来たてワインを頂くつもりでしょ」
「う! バレバレなのです‥‥。そうだ、今年はゾフィー先輩も一緒にどうです? 去年、とぉっ〜ても美味しかったのですよ〜♪」
「そうね‥‥。一日だけ誰かに出勤日を代わってもらえれば、行けないこともないわね」
「無理にはエスカルゴも勧めないのですよ〜。だから一緒に行くのですよ☆」
 エスカルゴはともかくワインの魅力にはゾフィーも弱い。
 シーナの誘いにのって一緒にサロンテの住む村まで出かける事にしたゾフィーであった。

●今回の参加者

 ea6505 ブノワ・ブーランジェ(41歳・♂・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ec1862 エフェリア・シドリ(18歳・♀・バード・人間・神聖ローマ帝国)
 ec6164 文月 太一(24歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 ec6911 セッツァー・レイル(24歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

アニエス・グラン・クリュ(eb2949

●リプレイ本文

●初日
「少し用事があるとかで、買い物を頼まれたのですよ〜」
「どれどれ? 大蒜ならあそこの棚ね」
 早朝のエテルネル村出張店『四つ葉のクローバー』。シーナとゾフィーは木片に書かれた食材を次々と買い求めていた。
 シーナを含めた仲間達に買い物を頼んだブノワ・ブーランジェ(ea6505)は、アニエスと共に黒分隊詰め所のレウリーの元へ向かったようだ。すぐに戻ると言葉を残して。
 店の外には依頼主サロンテ嬢の恋人ラヴィッサンの荷馬車が停まっていた。
「エフェリアさんの馬ですか。とても丈夫そうでおとなしいですね」
「ウェールノウムウルブスさん、というのです。村に着いたらいろいろと運んでくれるのです」
 エフェリア・シドリ(ec1862)が連れてきた馬をラヴィッサンが荷馬車へと繋げてくれた。他の仲間達が連れてきた馬も同じようにする。その方が何かと都合がよいからだ。
(「えすかるごかぁ、どんな味なんだろう?」)
 みんなに挨拶を済ませた文月太一(ec6164)は一足先に荷馬車の後部に座って雲を眺めていた。
 エスカルゴの噂を聞きつけていた文月太一である。昔、ひもじさからジャパンででんでん虫とタニシを食べてお腹を壊してしまった苦い思い出もなんのその、エスカルゴには興味津々だ。
「これでよし」
 セッツァー・レイル(ec6911)も荷馬車に乗り込んで仲間達を待つ事にする。深めの帽子をかぶっているので、これでハーフエルフの耳は隠れて見えないはずである。
 文月太一とセッツァーはワイン造りの葡萄踏みと、互いに共通する迷子癖をどうにか出来ないかを相談し始めた。
 その頃、アニエスとブノワはコンコルド城の門番詰め所でブランシュ騎士団黒分隊のレウリー隊員と話していた。
「それでも伝えておいてもらえるでしょうか?」
 アニエスはラルフ黒分隊長が片腕を失ったのをギルドの報告書で知っていた。パリかルーアンの大司教ならばクローニング魔法による施療が行えるはずである。そうラルフ黒分隊長に勧める伝言をレウリーに託す。
 ただ、ラルフ黒分隊長はアガリアレプトとの戦いが終わるまで地獄の階層から一歩たりとも出るつもりはないらしい。残念ながら近々行われるアロワイヨー領主の結婚式にも欠席が決まっていた。
「きっとお考えがあるのでしょう。無事で帰って来られますよ」
 四つ葉のクローバー店までの道のりの間、ブノワはアニエスに優しい言葉をかける。
 全員が集合したところで出発となった。
 アニエスに見送られて荷馬車は出発する。
 パリからサロンテの村までは歩いても一日で到達出来る距離にある。少々出発が遅れても何も問題はなかった。
 暮れなずむ頃に荷馬車は村へと到着した。
「明日からで構いませんよ。今日のところはごゆっくり」
「みんな元気なので大丈夫なのですよ〜☆」
 水辺でワイン用の樽を洗っていたサロンテにシーナが近づいて手伝い始める。仲間達も藁を束ねた掃除道具を手に取った。
 仲間達より少し早めに切り上げたブノワは、サロンテ家の炊事場を借りて調理に取りかかった。
「うん、ジャパンのとは形が違う〜。これならおなか壊さないかな?」
 樽洗いが終わってサロンテの家に戻る途中、文月太一は通りすがりの葡萄畑でエスカルゴを発見した。葉っぱから摘んでみると、殻の中に引っ込んでしまう。
「こんなにいるのに音とか気配とか立ててない、俺も忍びとして見習うべきかな」
 中身を吸ってみようかとも考えたが、今は元の葉っぱの上にエスカルゴを戻した文月太一である。
 その日の夕食はブノワ特製の牛肉の赤ワイン煮込みが並んだ。当然ワインはサロンテのところで出来たばかりの今年のワインが使われていた。
「まだあんまり仕事してないのに、こんな贅沢〜♪」
 シーナは煮込まれた牛肉を頬張った。とろりと口の中で溶けて深いコクが広がる。
「明日からのワイン造り作業の活力として頂きましょう」
 ブノワの言葉にシーナが張り切った様子を見せた。
「豚肉もよいけど、牛肉も美味しいわよね。あまりお目にかかれないけど。それにしてもワインとの取り合わせは絶品ね」
 ゾフィーも満足げにナイフとフォークで食べ進めてゆく。もちろん出来たてのワインと一緒に。
 やはり出来たてのワインは格別である。口から鼻へと抜けてゆく芳香が何ともいえなかった。
「シーナさん、牛さんのお肉おいしいのです。スーさんも喜んでいるのです」
 エフェリアは少しだけ子猫のスピネットにお裾分けである。ソースをなるべくとってお肉の部分だけをあげると、スピネットはかぶりついていた。
「うわぁ〜、余程気に入ったのですね〜」
 シーナは床に顔を近づけてスピネットを眺める。
(「こんな味がこの世にあったなんて、驚きだなぁ。もしこれよりエスカルゴが美味しかったら俺、どうかなっちゃうんじゃないかな‥‥」)
 牛肉の赤ワイン煮込みを一口食べた文月太一は椅子に座りながら大きな身体を揺らす。すべてを飲み込んでも、舌の上にはまだ旨さが残っていた。
(「これを食べて明日から頑張ろうか」)
 淡々と食べ続けるセッツァーだが、その美味しさに感銘していた。
「後日のエスカルゴ料理も任せて頂きませんか。以前に所属していた修道院ではエスカルゴを食してはしていなかったのですが、調理法ならばいくらか心得がありますので」
 微笑むブノワにサロンテとラヴィッサンが頷いて了承する。
「明日は天気だとおもうのです」
 食事が終わった後、エフェリアは外に出ると履いていた天占の下駄を飛ばして天候を占う。仲間に伝えてからベットへ入り、エフェリアは眠りに就くのだった。

●葡萄とワインの日々
 二日目からは本格的な手伝いとなる。
 葡萄の収穫は垣根作りなので背の低い方がかえってやりやすい。エフェリア、シーナ、ゾフィーが主に担当する。実った葡萄を丁寧に摘んでカゴへ入れてゆく。
 エフェリアは楽に作業が出来るように、カゴを取り付けた愛馬を近くに待機させていた。
「エフェリアさんのお馬さん、大きくなったのです〜」
「あの時の馬なのね」
 シーナとゾフィーも葡萄でいっぱいになったカゴをエフェリアの愛馬で運んでもらう。
 ブノワはラヴィッサンの午後の絞り出し作業の準備を手助けする。使う器具の洗浄や壊れていないかの点検などである。
 文月太一とセッツァーはサロンテの手伝いだ。すでに出来上がったワインを他の容器に小分けしたり、氷室へと運ぶ。
 十分に葡萄が集まると雑味を防ぐために粒だけが集められた。
 そうこうするうちに午前は終了し、昼食の時間となる。
 午後からはワインの香り漂う倉庫に全員で集まり、足踏みによる絞り出しが始まった。
「そ、その格好‥‥」
「女の人なのです」
 シーナとエフェリアは倉庫内に現れた大柄な女性を見上げる。
「これなら大丈夫でしょ?」
 そういってにっかりと笑う女性の正体は文月太一だ。人遁の術でエプロンドレスの村娘に変身していた。ただし種別は変えられないのでジャイアントのままである。
 文月太一はくるりとエプロンをなびかせて一回転してみる。
「これでよし」
 セッツァーは持ってきたものより幅広な麦わら帽子をラヴィッサンから借りて、葡萄踏みに挑む。
 修道院に納めるワインは乙女が踏んだものと指定される場合がある。しかしすべてがそうではなく、作業効率から男性が行う場合も多々あり得た。
「葡萄踏みって、楽しそうよね」
 ゾフィーが綺麗に足を洗い始めると、葡萄踏みをする者達全員が桶の水に足をつける。
「こちらの準備は大丈夫ですよ」
 ブノワは足踏みをせずに葡萄果汁を集める作業を受け持つ。
「やっぱり、ひんやりなのです」
 踏み台を登って大きな桶の中に足を入れたエフェリアは、その冷たさから去年の葡萄踏みを思いだした。ちなみに果汁で染まっても構わないような服に着替えてきたエフェリアである。
「葡萄踏みの歌、あったのです。ラヴィッサンさん、唄ってほしいのです」
「ああ、もちろんさ。まだ覚えているかい?」
 エフェリアに頼まれたラヴィッサンはさっそく唄い始めた。
 歌のリズムに合わせて文月太一が入り、セッツァーが続く。そしてゾフィーとシーナが同時に桶へ足を踏み入れる。
「頑張って踏まないとダメみたいだなぁ。よ〜し!」
 文月太一はリズミカルに両足を上下させて葡萄を潰してゆく。これも美味しいワインの為、エスカルゴ料理の為だと文月太一は心の中で呟いた。
「足の裏で踏むことによって種を潰さずにすむのか」
「そう。種は苦みの元になるからそれで柔らかい足で踏むのがいいの。はい、どうぞ」
 セッツァーはひたすらに葡萄を踏み続ける。しばらくしてからサロンテが貸してくれた布で額に浮いた汗を拭い取った。秋とはいえ、まだまだ暑い。
「♪ 茜の空色が宿った葡萄から〜♪」
 シーナとエフェリアは手を繋ぎ、葡萄踏みの歌を元気よく唄いながら足踏みをする。
 足を滑らせて転ばないように、高い位置の桶の回りにはいくつかの棒が立てられていた。空いている手で掴まって葡萄を潰し続ける。
「これは上質ですね」
 ブノワが桶から伸びる筒の栓を抜くと絞りたての葡萄果汁が流れてくる。種や皮などの固形物が入らないように布を被した小さめの桶に集められた。
 用意された桶すべてが果汁で満たされる。後は横にした樽へ漏斗で果汁を注ぎ込めば、発酵を待つだけだ。
 赤ワインは他の酒と違って発酵の種がなくても自然と出来上がる。皮の部分が種となるらしいが、サロンテも詳しくは知らなかった。神の恵みと考えた方がしっくりとくるからだ。
 それから毎日、葡萄を摘んでは絞って樽に納める作業は続けられた。

●料理の数々
 ある日の夕食時、エスカルゴ料理がテーブルに並んだ。
 すでにサロンテとラヴィッサンによって下処理が終わったエスカルゴを使って、ブノワが腕を揮う。
 いつものガーリックバターのオーブン焼きの他に目新しい料理もある。
 それぞれに祈りを捧げた後で食事が始まった。
「こういう食べ方もあるのですか〜♪ 美味しいのです☆」
 シーナが食べたのはエスカルゴと一緒にキノコ類をバターで合わせ、パイで包んだ一品である。香草入りのソースもかけられていて彩りも美しい。
「わざわざ悪かったわね。ブノワさん」
「お気になさらず」
 ブノワは勘違いして食べないようにとゾフィーへはあらかじめどんな料理か伝えてあった。ゾフィーには氷室で保存しておいた牛肉を使った鉄板焼きだ。
「このチーズ、ワインに合うのです」
「これがあの時に買いに行ったチーズか」
 空いた時間でエフェリアは牧畜を営む村人の所に出向き、チーズを購入していた。セッツァーはエフェリアが買いに行くのを知り、村内の見学の意味も含めてつき合ったのである。
 酔わない程度にエフェリアも仲間達と一緒にワインを楽しんでみた。
「これが‥‥エスカルゴかぁ〜」
 文月太一はしばらく皿の上に置かれたオーブン焼きのエスカルゴとにらめっこをする。かと思えば席から下りてテーブルすれすれの高さで殻を見つめ続けた。
「頂きます」
 ようやく食べる気になった文月太一は殻の中から身を取り出して口に頬張った。聞いていた通りとても貝の味に似ている。でんでん虫とはえらい違いだ。
 お皿にあった六個のエスカルゴの身が瞬く間になくなった。文月太一は味に喜びを感じていたが、お腹をさする。さすがにまだ空腹は満たされていない。
「リクエストの品ですよ。ほんの少しですがシーナさんがジャパンのお酒を用意してくれていたので」
 ブノワが新たに運んできたのはエスカルゴの酒蒸しである。
 作り方は文月太一のいう通りにしたので、果たしてジャパンのそれと近いのかはブノワにはわからなかった。ジャパンの酒は文月太一の話を聞いたシーナがパリから出発する途中で懇意の川口花から譲ってもらったものだ。
「酒蒸し!」
 文月太一は夢にまで見た酒蒸しに躍り上がるように喜んだ。とはいえ異国の地でのエスカルゴであったが。
 何個かまとめて食べた文月太一はしばらく目を瞑った。噛みしめる度に少し大人になったように感じられる。
「一つ、いいか?」
「どうぞ食べて下さいね。一つといわずいくらでも。とても美味しいですよ」
 セッツァーは文月太一から酒蒸しのエスカルゴをもらう。オーブン焼きと食べ比べてみるとノルマンとジャパンの食の違いがよくわかった。
「スーさん、急がなくても食べられるのです」
 スピネットにせがまれたエフェリアは酒蒸しの一つを小さく切ってから床の皿にのせてあげる。
「サロンテさん、一つお願いがあるのですが――」
 食事が一段落した頃、ブノワが葡萄栽培についてサロンテに相談する。
 ブノワはここより海から高い位置の内陸部の村に住んでいるのだが、葡萄の生育が芳しくないという。精霊使いの力を借りるなど、これまでいろいろと対策をしてやってきた。もし寒さに強い苗がこの村にあるのなら譲って欲しいとサロンテに頼んだ。
「寒さに強い苗ですか。この村でもいくつかの種類の葡萄を育てているので、それでどうでしょうか」
 サロンテは村で育てている何種類かの葡萄の苗を譲る約束をした。加えて接ぎ木用の枝も贈るつもりである。
「ふ〜、お腹いっぱいなのです☆」
 シーナはエスカルゴ三昧で満足げな表情を浮かべるのだった。

●そして
 滞在の間に樽詰めまでのワイン造りが終わる。後は発酵を待つのみであった。
 サロンテとの別れを惜しみながら一行はラヴィッサンの荷馬車でパリへと戻る。
 買い求めた食材の代金はサロンテが出してくれた追加の報酬で相殺になる。
 シーナはもしもの食料として持っていた焼き菓子をみんなに配った。初めての冒険者にはペーパーウェイトを贈る。
「楽しかったのですよ〜♪」
「みなさんお気をつけて」
 報告を終えた冒険者達はシーナとゾフィーに見送られながら、ギルドを立ち去ってゆくのだった。