●リプレイ本文
●トーマ・アロワイヨー領へ
セーヌ川沿いにあるパリの船着き場から一隻の帆船が鐘の音を浴びながら出航する。
「アロワイヨーさんとミラさん、やっと結婚、なのですね」
「本当によかったね。だけど王さまも来るみたいだし、二人とも緊張していないかな?」
エフェリア・シドリ(ec1862)と明王院月与(eb3600)は、川面を眺めながらアロワイヨーとミラを慮った。様々な困難を乗り越えてようやくといった感じだが、とにかく幸せになって欲しいと結婚する二人への祝福の心で満ちていた。
幸せといえば船首付近で一組のカップルが肩を寄せ合ってそよ風に吹かれている。依頼に参加したアーシャ・イクティノス(eb6702)とセルシウス・エルダー(ec0222)は恋人同士だ。
二人とも普段とは違い、付け髪でハーフエルフの耳が隠れるように細工をしていた。結婚式やパーティの場で騒ぎを起こさない為である。
「セラ、その髪面白い〜。楽しい〜とか言っちゃダメ?」
「あまりからかうな。そういうアーシャも、髪型がいつもと違うせいで‥‥」
「いつもと違うせいで‥‥どうかした?」
「‥‥とても、綺麗だ」
他人の入り込む余地がないアーシャとセルシウスだった。
「一緒に誘って頂いて助かりました。ルーアンに着いたのなら、メリーナ様と合流なされるのですよね」
帆船には結婚式に呼ばれた貴族キマトーナ・ロストーニ婦人も乗船していた。
「はい。ご出席なされるとパリ王宮黒分隊詰所のレウリー卿が仰られていましたので、そのようにしようと。ですが‥‥エフォール様はどのようになるのか、未だ決まっていないようです」
アニエス・グラン・クリュ(eb2949)が一緒に向かおうと誘ったのである。
エフォールとはブランシュ騎士団黒分隊副長、メリーナはその妹。レウリーとは黒分隊隊員だ。
「メリーナ様がおられるサン・アル修道院に立ち寄り、そのままトーマ・アロワイヨー領へと赴きましょう」
クリミナ・ロッソ(ea1999)は、考えていたより簡単に事が運びそうで安心する。
メリーナが未だルーアンのサン・アル修道院へ滞在しているのは、デビルに誘拐されないように安全を考えての事らしい。それ以上の理由はないようだ。
アーシャは船旅の最中に北海に面する港町オーステンデでの一件を話題にした。船乗りとして有名なカーゴ一家の女将エリスと協力し、ウェールズのドナフォンを倒したのだと。
しかし、遺跡探索が未解明で終わったのをアーシャは残念そうにアニエスに語るのだった。
一行を乗せた帆船は二日目の昼頃にルーアンの船着き場へと入港する。予定通り、サン・アル修道院に立ち寄ってメリーナ嬢が加わった。
「生きていればこそです」
「キマトーナ様‥‥」
キマトーナとメリーナは抱き合って喜ぶ。幼き頃に亡くなったとされていたメリーナ。長い時を経ての再会である。
冒険者達はアロワイヨー家の執事が手配してくれた馬車でルーアンを出発した。メリーナはもう一両のキマトーナ婦人用の馬車で目的地へと向かう。
そして夕方にはヴェルナー領との境になる関所を通過し、町の中央に佇む城へと到着するのであった。
●バヴェット夫人
キマトーナ婦人とメリーナは賓客としてそれぞれに別室での滞在となる。
冒険者達はアロワイヨーとミラ、そしてバヴェット夫人がくつろぐ城内の一角での寝泊まりだ。鍵はかけられるが、基本的に各室の移動は自由になっていた。
すでに日は暮れていたが、冒険者達はアロワイヨーの部屋へ向かう。護衛の仕事はすでに始まっているからだ。
室内に入ったアーシャは仲間達と一緒にアロワイヨーとミラへ挨拶をする。続いて別室から現れたバヴェット夫人に振り返ると、しばらく口をぱくぱくと開け閉めさせた。
「えっ、えっと‥‥えっと‥‥。バヴェットさん?!」
思わず指をさしてしまったアーシャである。
驚いていたのはアーシャだけでない。冒険者の誰もが瞬きもせずに凝視する。
「どう? まだまだいけるでしょう」
まだふっくらとはしていたが、見違えたバヴェット夫人の姿があった。背中を押したらごろごろと転がっていきそうなまん丸体型の名残など、どこにもうかがえない。
「まあ、それはそれとして、みなさん席にどうぞ」
微笑んだアロワイヨーに勧められて全員がテーブルにつく。
「あ、いいものがあるの♪ ちょっと借りるね」
月与は座ったばかりで席を立ち、侍女達の控え室へと消えてゆく。やがてパリのお菓子店『ノワール』のシフォンケーキ、淹れた紅茶やハーブティを運んできた。
まったりとした雰囲気の中、会話も自然と弾んだ。
「アロワイヨーさん、身体すっきりなのです。領主さんになって二年たったのです。ミラさんが、ここに来たの、今頃の季節だったのです」
アロワイヨーとミラを見ていると、いろいろと思いだすエフェリアである。
「祈紐っていうのがあるの」
月与は祈紐にまつわる話をアロワイヨーとミラに語る。ヘルズゲートによるデビル侵攻の最中、祈紐はみんなの結束を強めるのに非常に役に立った。
「彼が婚約者のセラです。実は、数ヶ月前に私から告白‥‥きゃ〜♪」
「あらためて紹介に預かりましたイスパニア国の辺境領のセルシウス・エル=ファルコ・エルダーと申します。此度のご結婚、心からお祝い申し上げます」
アーシャは以前からの約束である婚約者の紹介を果たす。
「ご両人とも、どうか互いに労わりあい、同じ想いを抱き、同じ愛を持ち、心重ねて人生を歩んで下さいましね」
クリミナはアロワイヨーとミラに立ち上がってもらい、グットラックの祝福を唱えた。結婚式の直前にも執り行うつもりである。
クリミナに続いてアニエスも二人に伝えたい事があった。
「人は皆幸せになる為に生まれ、その為に行動するというのが私の持論です。でも、お二人ならお二人にしか体現しえない幸せに至れると思うのです。どうかセーラの祝福あれ」
アニエスもまた二人の将来を祝福する。
夜、ベットで眠る前にアニエスは薔薇色の十字架を握って天使ハニエルに祈った。どうか結婚式にエフォール様がいらっしゃいますようにと。
是非にキマトーナ婦人とエフォール副長を再会させたいとアニエスは考えていた。
●結婚式前日
城下町にある領内で一番大きな教会。
そこで領主アロワイヨーの結婚式は行われる。
三日目は準備に追われながらも、アロワイヨーとミラの心は穏やかであった。よく知る面々が側にいたおかげであろう。
エフェリアはみんなの絵を描き続ける。アロワイヨー、ミラ、バヴェット夫人、そして仲間達。結婚式の最中に描くわけにはいかないが、目に焼き付けておくつもりだ。
月与はミラと一緒に調理場へ立った。これまでに様々な場所で得た料理でみんなを持て成す。
アーシャはアロワイヨーとミラがどのようなこれまで歩んできたかを、仲間達と一緒にセルシウスに聞かせる。
アロワイヨーのダイエットから始まって一人での丸太小屋作り。突然の領主就任。ミラの葛藤。ブラン鉱床の発見。領主の妻を狙う者の暗躍。デビルによる災い。
よい事、悪い事。たくさんの思い出があって話は尽きなかった。
セルシウスはミラに訊ねられてアーシャに一目惚れをしたのを吐露する。思わずハーフエルフの狂化について触れそうになったが、アーシャの機転で話題はそれた。
アニエスはキマトーナ婦人、クリミナはメリーナと一緒に時折、城へと繋がる長い通りを眺めた。
たくさんの馬車が結婚式出席の為に訪れていたが、待ち人はただ一人。
真夜中に馬の嘶きが遠くから聞こえて、メリーナが目を覚ます。来られるかどうか未定であったエフォール副長が到着したのだ。
メリーナは朝一番にキマトーナ婦人とアニエス、クリミナに兄エフォールの到着を伝えるのであった。
●結婚式
(「たくさん、いるのです」)
借りた青いドレスに髪飾りをつけたエフェリアは仲間達と一緒に教会の後席に参列していた。
出席者の殆どが貴族。国王ウィリアム三世の姿もある。
天窓などから適度に外光が採り入れられ、物影になる場所では蝋燭が照らす。教会の壁にはめられているガラス製のステンドグラスは眩しく輝いていた。
エフェリアは結婚衣装姿のミラはまだだろうかと椅子に座りながらも、ちょっぴり背伸びをしてみたりする。
(「みんな幸せになって欲しいな‥‥」)
月与はこれまで見てきた知人の結婚式を思いだしていた。いろいろとあってまだ式をあげていない友人もいる。いつか自分もと夢想しながら静かに待つ月与である。
「こんなに立派な結婚式に‥‥」
「ほら、涙を拭いて」
まだ式が始まっていないのにアーシャの瞳から涙がこぼれる。セルシウスはやさしく拭いてあげた。
「よき人生を」
クリミナは控え室でミラにグットラックで祝福する。その場にはアニエス、メリーナ、キマトーナ婦人の姿もある。アロワイヨーには先に祝福を済ませていた。
「私達も早く移動しましょう」
ミラが助祭の案内で控え室を出る前に、アニエス達は参列席へと静かに向かう。後のパーティで会う約束をしてキマトーナ婦人とメリーナとは別れる。
やがて式が始まった。
アロワイヨー、ミラの登場。
司教の挨拶。そして聖歌が教会内に響き渡る。祈りを唱えた後は聖書の朗読へと続く。
式は順調に運び、誓いの言葉が二人の口から刻まれる。
ミラのベールをアロワイヨーをあげて頬にキスをする。聖水で清められた指輪がミラの指にアロワイヨーの手によってはめられた。
はにかむアロワイヨー。満面の笑みのミラ。
涙でぐしゃぐしゃのバヴェット夫人。
式はまだ続いていたが、誰もがこの時の三人の姿を強く印象に残すのだった。
●パーティ
月与は城の庭にあるベンチに座り、夕焼け空の流れてゆく雲を眺めながら結婚式を思いだす。
エフェリアは忘れないうちにと城の部屋へと戻り、結婚した二人の様子を懸命に羊皮紙の上へ写し込んだ。
アーシャとセルシウスは、幸せそうなアロワイヨーとミラに自分達を重ねる。
アニエスはキマトーナ婦人の元に行き、この後開かれるパーティについてを相談する。
クリミナはメリーナと共にエフォール副長の部屋を訪ね、アガリアレプトが倒されて危急が去った時にどうするかを話す。キマトーナ婦人についても、さりげなく触れておいた。
やがて日が暮れて城内広間でのパーティが始まった。
アニエスとクリミナは別の依頼もこなすので、変装した姿でパーティ会場に現れた。
「お久しぶりです。キマトーナ様。メリーナが世話になったようで」
「エフォール様!」
エフォール副長がキマトーナ婦人に声をかけた。その様子を確認してからアニエスとクリミナは広間の別の場所へと消える。
「はい。これでいいかしら?」
「ありがとう、助かったのです」
エフェリアがテーブルが高くて困っていると、メリーナが料理を皿にとってくれる。
子供用の低いテーブルもあったが、どうしてもパンと菓子で出来た大きな城を食べてみたかったのだ。
(「よかったね。ミラさんとアロワイヨーさん」)
月与は料理を頂きながら、たくさんの貴族と挨拶するアロワイヨー夫妻を眺めた。何かがあった時には駆けつけるつもりだが、なるべく邪魔をしないようにひっそりを心がける。
「あれが、この国の王様か」
「でもここだけの話、セラが一番かっこいい」
アーシャがセルシウスの耳元で囁く。
演奏が始まると様々なカップルが踊り始めた。セルシウスもアーシャの手を取って広間の中央に移動する。
ダンスを楽しむ中にはエフォール副長とキマトーナ婦人の姿もあった。
バヴェット夫人もどこかの誰かと一緒に踊っている。
少々の騒ぎが起きたものの、パーティは楽しいままですべてが終了する。
その日の夜、冒険者達は結婚式とパーティの様子を夢の中でもう一度目にするのだった。
●そして
六日目の早朝。
昨晩のうちにエフォール副長は帰られたと、冒険者達はアロワイヨーから聞かされる。おそらくはヴェルナー領のヘルズゲート駐屯地に戻ったのであろう。
冒険者達は六日目も領内に滞在した。そして七日目の朝にパリへの帰路に就く事になる。
エフェリアは結婚式の様子を描いた絵を関わった全員に贈る。
アロワイヨー夫妻からは銀製のメダルが贈られた。刻印のデザインそのものは、先頃鋳造したブラン貨と同じである。
「お幸せに!」
冒険者達は馬車の窓から見送るアロワイヨー夫妻とバヴェット夫人に手を振る。
昼にはルーアンの船着き場へ到着。帆船に乗り換えてパリの地を踏んだのは八日目の夕方であった。