●リプレイ本文
●釣り
(「当日になればニノンさんが馬で運ぶだろうから――」)
まだ昼には余裕がある午前中。シーナの家にある小さな庭でジルベールの振るう金槌の音が響く。
ジルベールは鮭釣りに出かけたニノン・サジュマン(ec5845)に頼まれて簡易な木製ベンチを作っていた。
鮭料理の露店を開くにあたって必要な道具である。手伝えるのは今日だけだが、暇があれば露店に遊びに行くかも知れない。木などの材料は釣りに出かけたライル・フォレスト(ea9027)が家から持ってきてくれたものである。
ちょうどその頃、シーナの貼り紙で集まった一行はパリより下流のセーヌ川沿いを歩いていた。
「今、川面に跳ねたの、鮭だったのですよ〜。おっきかったのです」
「鮭さんなのですね。スーさんも見えましたか? わたしには見えたのです」
シーナと一緒に子猫を片手で抱えたエフェリア・シドリ(ec1862)が立ち止まる。それぞれに荷物運び用に連れてきた愛馬の手綱を握りしめて。
「本当に跳ねてる♪ ほら、ラードルフ。らーどるふ? ダメ〜ラードルフぅ〜〜!」
鮭の姿に興奮したセーヌ川へ飛び込もうとする愛犬ラードルフを追いかけるリュシエンナ・シュスト(ec5115)。
これまでのしつけのおかげか主人のいうことを聞いて立ち止まるが、それでもリュシエンナはドキドキで安堵のため息をついた。仲間達もほっと胸を撫で下ろす。
「わたしも釣りにそんなに知識があるわけじゃないのですが‥‥、この辺りがいいのでしょうか? 出発前に餌の付け方とかマナーを教えてくれた見送りのチップさんがこんな感じのところがいいといっていたような」
「大分歩いたし、戻るのも合わせて考えるといい感じかな? 令明さん、どこまでいったんだろ? あ、ちょうどやって来たのです☆」
鳳双樹(eb8121)とシーナが悩んでいると、フライングブルームで飛翔していた鳳令明(eb3759)が側に着陸する。釣り場と小舟を探しに先行していたのである。
「釣り船、借りられたのだにょ〜。鮭もいるのじゃ〜〜」
令明はもう少しだけ先でやろうと仲間を先導した。十分もすると小舟が繋がれた岸へ辿り着いた。
縁起を担ぐためにと双樹が持ってきた二つのラッキークッキーを小分けにしてみんなで頂く。
「さて収穫祭の露店用にもたくさん釣らないといけないな」
ライルは白波の針を含む自前の道具を取り出してさっそく準備を始める。
「今日はノンビリと行こうかな。ほいっと。‥‥え、ええぇ!!」
そう呟いて岸から餌付き釣り針を遠くに投げ込んだ本多文那(ec2195)だが、あまりの入れ食いにノンビリしている暇はなかった。
「これはすごいのう。どれ、わしも投げ釣りといこうか」
ニノンも竿を大きく振りかぶって釣りを開始する。すぐに手応えを感じ、鮭との戦いが始まった。
「この季節の鮭は脂が乗っていて美味だからな」
釣れたばかりの雌鮭を眺めながらイクス・エレ(ec5298)が何度も頷く。
釣り船に乗って川面から糸を垂らしたのはシーナ、双樹、令明、リュシエンナ。令明がうまく舟を操ってくれて、こちらもたくさんの鮭を釣り上げる。
「露店の時に兄様も食べに来るかも知れないから、気合いをいれないとね」
釣れた何匹かはその場での調理である。リュシエンナが中心になって様々な鮭料理が作られた。
足りない食材もあったのですべてではないが、露店用料理の試食も兼ねた早い夕食が始まった。
「秋はさいこうにょにょ〜♪」
令明は塩焼きの鮭の切り身にかぶりつく。シーナも隣で似たような姿で頂いていた。
「スーさん、生はダメみたいなのです。こっちの焼いたのを食べるのです」
でっかい生鮭に近寄ろうとした子猫を呼び寄せてリュシエンナは自分の鮭を分けてあげる。
(「これなら兄様の笑顔が見られるかな?」)
リュシエンナは鮭を使ったスープを口に運びながら収穫祭に想いを馳せた。
「今は鮭、チーズ、玉葱を挟み込んだパンじゃが、これにキノコも入れようか。ソテーした鮭にまぶすよりよいハーブも探したいところじゃ」
ニノンはアイデアを形にしたパン料理を口にしながら、さらによいものにしようと考える。
「ハーブなら詳しいので、俺がいいのを探してこよう」
イクスがニノンにいくつか候補となるハーブを説明する。
「たくさん釣ったり獲れたよね。余ったのは塩漬けがいいのかな?」
「鮭ならジャパンでは味噌で煮込む場合が多いですね。シーナさんはどう思います?」
本多文那と双樹が鮭料理を話題にしているところにシーナも参加する。味噌についてシーナは花に相談してみるという。
「これは屋台も気合いを入れて作らないといけないな。一緒にやろう」
「はい♪」
料理を頂きながらライルと双樹が意気投合する。釣りの日々が終わったら屋台作りに取りかかるつもりである。令明も加わって、これで不足はまったくない。
夕方にパリへ戻った一行は出来上がっていたベンチを見てジルベールに感謝する。そして翌日も同じ釣り場へと出かけた。
「はるばる故郷の川に戻ってきた所を悪いが‥そなたらが美味すぎるのが悪いのじゃ」
最後にニノンが魔女の煮汁と投げ網によって鮭を一網打尽にする。これで収穫祭で売りに出せる程の十分な量が確保された。昨日のうちに獲れた鮭卵はイクラにされてすでに醤油漬けである。
連れてきた馬にたくさんの鮭を載せて夕日に照らされたパリへの帰り路を歩く。
三日目は市場での食材探し、下拵え、屋台作りなどで忙しく過ぎていった。
そして露店開始の四日目の朝が訪れるのだった。
●華やかなる収穫祭
コンコルド広場の隅っこに露店が一つ。
近くに置かれた看板にはエフェリアによって川面に跳ねている鮭の絵が踊る。加えて『くいしんぼうさんのおみせ』と店の名が書かれていた。
二日間だけ収穫祭に合わせて開かれる鮭料理のお店だ。ちなみに誰が『くいしんぼうさん』かは公然の秘密である。おそらく本人に自覚はない。
屋台はライル、双樹、令明が手がけてくれた。全体に丸みを帯びているのは令明の好みである。わざと曲がった木材を使って屋根部分は作られた。他にも食器類や包装用の木の皮を薄く剥いだもの、フォーク代わりのジャパン風な楊枝も用意される。
料理は思いついた品がたくさんあったので、二日に分けて別メニューも存在する。
調理を担当するのはリュシエンナ、ニノン。それに料理人のティリアが手伝いに来てくれていた。ゾフィーの姿もある。
仲間の一部は屋台の近く、または離れた場所で呼び込みをしていた。
「さてと」
ライルから借りた空想の羽帽子を被ったイクスは作ったばかりの歌を唄う。
「こんがり焼けた鮭はいかがかな〜♪ 揚げても焼いても美味しいぞ〜♪」
故郷の村ではハーフエルフが故に収穫祭に参加出来なかった事をイクスは思いだす。しかしすぐに振り払って今は楽しもうと気分を切り替えた。
「おいしいおいしいさかなさん♪ です」
エフェリアはまるごとエスカルゴさん姿でイクスの歌に合わせてホーリー・ハンドベルを鳴らす。チリンチリンとリズムを取る度に子猫のスピネットがジャンプして踊った。
フェアリーのガユスは宙を舞い、狐のセブルスが主人の回りをぐるぐると回る。ケット・シーの妃古壱さん、アースソウルのルネも呼び込みを手伝う。
「新鮮な鮭を使った料理はいかがですか〜♪」
双樹はフィディエルの雲母、フェアリーの雫と一緒に広場内を回って宣伝する。冒険者の間ではかなり見かけるのだが、一般に妖精というのはとても珍しくてとても目立っていた。
「シーナさん、熱いですから気を付けてくださいね♪」
「大丈夫なのですよ〜♪」
リュシエンナは鮭と野菜のスープをよそってシーナが持つトレイにそっと置く。二人の笑顔の間に湯気が立ちこめる。冬が間近まで迫っているからであろう。さらにニノンの考えた鮭、玉葱、キノコを挟んだパンも合わせて一人前の完成である。
「朝から忙しいものじゃ。呼び込みもうまくいっとるようじゃし、みんな腹ぺこかのう」
裏方のニノンは鉄板の上で焼いた鮭にチーズを重ねていった。とろけたチーズにハーブを散らし、それを数粒のイクラと共にパンの中へ詰めて完成である。持ち帰り用の単品としてもパンはとても好評だ。
「はい。こちらを二つですね。追加を三、お願いしますねー」
笑顔のライルはアースソウルのアーシーと試食を勧めながらパンを薄い木の皮で包装して販売を手伝う。とはいえ午後を過ぎた頃には試食も必要ないくらいにお客が集まり始める。
「呼び込みはみんながやってくれてるし、こっちに専念しようかな。よいしょっと」
本多文那は薪割りをしながら火の用意全般をやってくれた。ゾフィーとティリアは調理全般を手伝う。
「ちょっと食べてもらえます?」
「これ美味しいね。醤油味か〜。なんだか新鮮」
ティリアがまかないで作ってくれた醤油漬けイクラ入りのスパゲッティを本多文那が真っ先に口にする機会を得た。ジャパン風味に感心する本多文那である。
「は〜いなのですよ〜♪」
シーナは元気にお客様のテーブルへと料理を運び続けていた。
「おまたせにょ〜。ごゆっくりするのじゃじゃ〜」
令明も給仕を手伝ってくれる。まるごとわんこさん姿のシフールが空中を漂っている姿は結構見物だ。羽根が出るように背中にはスリットをつけたらしい。
「あ!」
リュシエンナが大きく声をあげる。
暮れなずむ頃、焼き栗や茹でソーセージの差し入れをしに露店を訪れる男がいた。シーナにジビエ料理を提供している露店が広場から外れた位置にあるのを教えてから立ち去る。
「うまいにょ〜。あとでもっと買いにいってくるにょじゃ〜」
「シーナもつき合うのですよ〜♪」
令明とシーナが焼き栗をホクホクと頂いた。リュシエンナは当然ながら屋台にいたライル、ニノン、ティリア、本多文那、ゾフィーもご相伴に預かる。火の近くに置いておき、宣伝から戻ってきた仲間達にも差し入れは振る舞われた。
「僕の国でも秋の実りを祝う祭りとかあるけど、こっちのはこっちのでまた新鮮だよね♪」
本多文那はしみじみと秋空を眺めながら茹でソーセージをかじる。
「鮭のスープもパンも焼き栗もソーセージも、美味しいのです。あとで絵を描いておくのです。花さん、来たら一緒に食べたいのです」
シーナから花が明日来ると聞いたエフェリアは待ち遠しかった。膝に置いた子猫の頭を撫でる。
「二日分と思っていたら今日で持ち帰り用の木の皮と麻紐が終わりそうだね」
ライルは木の皮の束を数えた。アースソウルのアーシーに頼むと明日の分も持ってきてくれる。
「明日はジャパン風の鮭鍋なのですね」
「そうなのです〜。花さんがお味噌を持ってきてくれる約束なのですよ〜」
双樹はスープをよそるのをリュシエンナと替わり、客が空いた時に給仕のシーナとお喋りをする。
「実りに感謝する収穫祭とは、こんなに楽しいものだったとはな」
ちらほらと枯葉散る木の下で鮭のスープを頂きながら、イクスはしみじみと感慨ふける。
「鮭はたくさんあるからよいとして、パンを焼くのが間に合いそうもないのう。どうにかならんものか」
「それなら心当たりがあるのですよ〜」
悩むニノンにシーナはパン屋シュクレ堂を説明する。行きつけのよく知るパン屋なので、頼めば必要なパンを作ってくれるだろうと。シーナはニノンを連れてさっそくシュクレ堂に向かった。
盛況のまま、四日目は終了する。
五日目は花が持ってきてくれた味噌によるジャパン風の鮭鍋が作られる。鮭などを挟んだパンは販売続行だ。
シュクレ堂に頼んでパンを作る手間が無くなった分、鮭、香草、キノコ、野菜類を刻んで小麦粉をまぶして揚げたお団子が屋台に並んだ。
ティリアのスパゲッティは残念ながら客に振る舞う程の量を野外で作るのは難しかったので、仲間内のまかないとして振る舞われる。本多文那が食べた醤油味スパゲッティの他に、鮭とイクラのクリーム・スパゲッティも用意された。誰が一番食べたかは、誰もが想像する人物と一致する。
「ジャパンの鮭の食べ方、おいしいのです。スーさんもたくさん食べているのです」
「それはよかったです。なんだかこうしているとノルマンじゃなくてジャパンにいるみたい♪」
休憩時、エフェリアは花と一緒にジャパン風の鮭のスープを頂く。たまに吹く風が冷たく、温かい料理は身体に染み入る。
並びが出たものの、大きな混乱は起こらずにすべてが順調に進んだ。暮れなずむ頃、ついに鍋が空になる。
「これはみなさんへのお礼なのですよ〜。えっとですね――」
シーナは集まってくれた仲間達にいろいろな物を手渡した。まずは必要経費を差し引いて儲かった分のお金。そして今回初めての人には友達の印としてブタさんペーパーウェイトが贈られる。すでに持っている人にはシュクレ堂で買ってきた焼き菓子である。
さらに使い切れなかった鮭も全員で分けられた。自宅ですぐに食べきるのがちょうどよいくらいの量だ。
「なんだかんでいって、鮭以外にもいろいろと食べてたわね。シーナ」
「そ、そんなこと‥‥ないのですよ」
ゾフィーの突っ込みにシーナが視線を逸らす。
それを見ていた一同が笑い、ここに二日限りの露店は閉店した。