月の庭、狼の森

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月23日〜11月30日

リプレイ公開日:2009年11月30日

●オープニング

 輝ける月夜の晩。
 ラルフェン・シュスト(ec3546)の住処はとても賑やかであった。
 妹のリュシエンナ・シュスト(ec5115)はいつもだが、他にも二人のゲストがテーブルの席についている。
 最近よく姿を現すルネ・クライン(ec4004)。そして相談があるとラルフェンが呼んだ冒険者ギルドの受付嬢シーナ・クロウルだ。
「前に相談した指輪を、この機会に用意したいと――」
 ラルフェンとルネは互いに顔を見合わせてからシーナに振り向く。
「わかりましたです。知っている彫金師のボスコさん、ちょっと旅に出ているんですけど、もうすぐパリに戻ってくるはずなのですよ。来たらすぐにお知らせするのです〜」
 ラルフェンに答えるシーナはニコニコだが、ソワソワでもあった。
 何故なら炊事場から流れてきたリュシエンナ特製シチューの匂いが部屋中に漂っていたからである。それに気がついたラルフェンは先にみんなで晩餐を頂くことにした。
「指輪の他にもう一つ、お願いがあるのですが――」
 食事が終わる頃、ラルフェンはもう一つの願いをシーナに切りだす。それはかつてちびっ子ブランシュ騎士団と名乗っていた子供達の一人、コリル・キュレーラ(ez1187)についてだ。
「以前から俺はコリルが騎士になりたいのを知っていた。手伝いたいとも考えている。しかし彼女が騎士になる為には二つの段階を踏まなければならないらしい。その一つ目が少なくとも騎士の家系に入る事。具体的には俺の養女になりたいと相談されたんだが。そこでまずは理由を聞いて数日一緒に暮らしてみようかと思う。返答はとうに決めて――」
 何故自分が養子先としてコリルに望まれたのか、それをラルフェンはとても知りたがっていた。
 コリルが滞在している間にルネの誕生日会を兼ねた食事会も開きたいとラルフェンは考える。その際にコリルの家族も招待するつもりである。
「コリルさんがギルドの掲示板に入りたい依頼がないか確認しに来た時に伝えておくのですよ。きっと大丈夫なのです☆」
 椅子に座ったままのシーナは上半身を軽く左右に振りながらご機嫌な様子だ。テーブルに並んでいた皿はどれも綺麗に平らげられていた。
 夜も更け、ラルフェンとルネはシーナを自宅まで送る。
 帰り道、二人で石畳の道を歩む。ランタンがなくても月明かりのおかげではっきりと道筋は見えた。
 犬の遠吠えが月下のパリに響き渡る。ラルフェンにはそれが狼のものに聞こえる。
「急ぎましょ。リュシエンナが待っているわ」
 微笑むルネはラルフェンの手を引いて住処へと駆けだすのであった。

●今回の参加者

 ec3546 ラルフェン・シュスト(36歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ec4004 ルネ・クライン(26歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ec5115 リュシエンナ・シュスト(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●それぞれの思い
 賑わう冒険者ギルド内に小さな女の子が一人。
「いい依頼ないかな〜」
「コリルさん、こんにちはなのです〜♪」
 騎士を目指す少女コリル・キュレーラが掲示板に並ぶ依頼書を眺めていると、受付嬢のシーナ・クロウルに声をかけられる。
「ラルフェンさんが会いたいそうなのですよ。丁度よいことに今日のお昼頃来るっていってたので、忙しくないのなら待ってて欲しいのです」
「わかったよ〜♪ でも一体なんだろ? この間の返事かな?」
 シーナから聞いたコリルはテーブルに座ってラルフェン・シュスト(ec3546)を待つ事にした。テーブルに座らせたフェアリーのプラティナと遊んでいると出入り口付近にラルフェンを見つけて大きく手を振る。ルネ・クライン(ec4004)とリュシエンナ・シュスト(ec5115)の姿もある。
「コリル、シーナから聞いてくれたかい? 相談があるんだが、お昼でも一緒に食べながらどうだろうか?」
「うん♪ そのつもりで待ってたの〜」
 ラルフェンに頷いたコリルが腰の鞄を開けるとプラティナが自ら飛び込んだ。
「先に行ってましょうか」
「うん♪」
 右でルネ、左でリュシエンナと手を繋いでコリルは外へと出る。
「お約束のお手紙なのですよ♪ ボスコさんは読めないけど、中身を見ればわかってくれるはずなのです☆」
「これで指輪が頼める。ありがとう、シーナ」
 ラルフェンはシーナから紹介状を受け取ってから女性陣に追いついた。
 全員で向かったのはパリの酒場『シャンゼリゼ』。多くの冒険者が利用する場所として有名だ。テーブルにつき、それぞれが注文をした。飲み物が運ばれてきたところでラルフェンは緊張気味に軽い咳払いをする。
「俺の養女になりたいといっていたが‥‥どうしてなのか、その理由を詳しく教えてくれない‥だろうか?」
 ラルフェンはまっすぐコリルの目を見つめて話しかけた。
「えっとね‥‥」
 コリルは飲みかけの葡萄ジュースをテーブルに置く。隣のリュシエンナを観てからラルフェンを見上げるがすぐに下を向いた。
「リュシエンナさんと仲良し兄妹だから‥‥いいかなって思ったの。あたしも兄妹になれたらなって。養女になったらお父さんなんだけど」
 普段はハキハキとしたコリルだが、この時ばかりはモジモジと顔を真っ赤にしてうつむいたままだ。
「兄様ったら寝言でもコリルちゃんのこと、気にしていたのよ」
 耳元でリュシエンナが囁くとコリルは少し顔をあげる。
「よかったわね、ラルフェン」
 照れ気味のラルフェンにルネは微笑んだ。テーブルに乗せられていたラルフェンの手にそっと自分の手を重ねる。肩の荷が降りた様子のラルフェンにほっとするルネであった。
 しばらく一緒に暮らしてから養女については返事をしたいとラルフェンは語る。とはいえ、答えはすでに心の中で決まっていた。
 コリルも了承して数日間ラルフェンの住処に泊まる事となった。リュシエンナはもちろん、ルネも一緒だ。
 養女について返事をする際にラルフェンはコリルの両親の同席を望んだ。今日、家に帰ったら説得してみるとコリルは頷く。用意もあるのでラルフェンの住処へ泊まるのは明日からと決まる。
「おまちどおさまです。おめでとうございます♪」
 ウェイトレスのアンリがデコレーションチーズケーキを軽やかにテーブルへ置いて去ってゆく。今日11月23日はちょうどリュシエンナの誕生日。そしてルネの誕生日も今月の9日で、ついこの間であった。
「そうだったんだ! リュシエンナさん、おめでとう〜♪ ルネさん、おめでとうです〜♪」
 コリルがいつもの元気を取り戻して二人を祝う。
「それでは」
 ラルフェンがさっそくケーキを切り分けた。こういう作業はいつも甘いもの好きであるラルフェンの独擅場だ。
 食事が終わると全員で向かった先はシーナが紹介してくれた彫金師ボスコの店。店先は正直いって綺麗ではない。職人の作業場といった雰囲気であった。
「ん? なんだって? このわしに手紙なんぞ‥‥」
 ボスコはぶつくさいいながらラルフェンから受け取ったシーナからの紹介状を開いた。そして思わず吹きだして大笑いする。
「まったくあの娘は‥‥。わかった! シーナの紹介なら断れんな」
 ボスコがかざした紹介状の中身をみんなで覗き込む。紹介状には単純化された絵が描かれていた。
 シーナとボスコが一緒にブタの丸焼きを食べている絵。そしてラルフェンとルネの二人がそれぞれに指輪をはめて熱々のところを見てリュシエンナが喜んでいる絵だ。コリルの笑顔も隅っこにある。
「こちらを使って欲しいのだが」
 まずラルフェンは宝石のペリドットとトパーズをボスコに預ける。さらにデザインを含む細かな注文をした。
「よしわかった。期日までには必ず仕上げよう」
 ボスコが膝を叩いて承知してくれる。
「きっと素敵な指輪になるわよね、完成が楽しみだわ♪」
 ずっとラルフェンの横で説明を聞いていたルネが目を細めて喜んだ。
「ボスコさん、シーナさんとどんなお肉が美味しいと話したのです? あの絵のように豚のお肉がお好きなんですか?」
「豚をまるごとガブリというのは大好きじゃぞ。わしもシーナもな。それは別に噛みしめるうまさとして、シーナと意気投合したのはソリレスじゃ。ほれ、ここにも小さく描いておる」
 絵の中のテーブルに皿があり、そこに小さなお肉がたくさんのっていた。それこそがソリレスだという。鶏のモモの付け根の骨のくぼみにあるお肉。愚か者はそれをそこに残すといわれている一羽から小さな二つしかとれない貴重なお肉だ。リュシエンナは何度も頭の中で『ソリレス』と繰り返す。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。残る時間を四人で少し散歩しただけで夕方となる。コリルを自宅の前まで送り届け、よかったと話しながら家路を辿る三人であった。

●日常
 二日目の日の出と共にラルフェンの住処から飛びだしたのは二匹の犬。ラルフェンの愛犬リコッタとリュシエンナの愛犬ラードルフだ。
 朝霧の石畳の道を歩み、広場を回って空き地で駆け回る。
 ラルフェン、ルネ、リュシエンナの三人が犬の散歩から戻ると家の前に一人の少女が立っていた。
 ここからコリルも含めての生活が始まる。明日からはきっと犬の散歩にコリルも加わるのであろう。
 今日はルネが炊事場で朝食を作りを始めた。釜から取りだしたばかりの香ばしい焼きたてパン。優しくかき回される煮込みスープの鍋。
 ラルフェンは庭先でコリルの剣修行を見てあげる。打ち込まれるコリルの剣をラルフェンがいなしてゆく。
 リュシエンナは木に吊した麻袋を的にして弓術の稽古だ。
 ラルフェンと弓の稽古を交代したリュシエンナがコリルの耳元で囁く。兄様はお腹が空くとよく外すのだと。
 ルネの「食事なので集まって」の一言で見事ラルフェンは的を外す。その様子にやっぱりとリュシエンナとコリルは笑顔を見せた。
 テーブルを四人で囲んでの朝食。そしてルネが洗濯している間にリュシエンナは買い物に出かけた。
 ラルフェンが代筆の仕事を始めると、コリルも机を借りて文字の練習をする。午後には二人で騎士修行を見てくれている吉多先生のところに顔を出すつもりであった。その時にはベリムート、アウスト、クヌットにも会える事だろう。
 リュシエンナが帰ってくる頃には庭にたくさんの洗濯物が風でなびいていた。
 ルネとリュシエンナが取りかかったのは、ボスコに差し入れる肉料理だ。熱さを長く保つ為に岩塩で閉じこめた豚肉の蒸し焼きが一メニュー。さらにソリレス入りのワイン煮込みシチューも用意される。
 出来上がるとルネとリュシエンナは早速ボスコの店に向かった。最初は何事かといった雰囲気のボスコであったが、食べ始めるととても喜んでくれる。
 ちなみに紹介のお礼としてシーナの分もあった。立ち寄ったギルドで受け取った時のシーナの喜びようは例えようもなかった。残念ながら最後の日に行われる食事会には出られないらしい。ギルドの仕事があるのでとシーナは残念がっていた。
 空いた時間をリュシエンナは裁縫、ルネは編み物に費やす。リュシエンナはコリルと一緒にフェアリーのプラティナ用の服にも挑戦してみる。すでに持っていた小さな服を参考に、冬でも温かそうな首回りがしっかりしたものが仕上がる。
「強いな。コリルは」
「アウストに鍛えられてるもん。でも滅多に勝てたことないんだよ〜」
 夜の寝る前にラルフェンはコリルとチェスで対戦する。負けはしないが余裕はない。盤面を睨みつけながら腕を組むラルフェンの姿に、隣部屋から覗くリュシエンナとルネは微笑むのだった。
「これだけは得意なんだ。一緒にやるかい? コリル」
「うん♪」
 ある日の午後、ラルフェンは菓子作りにコリルを誘う。テーブルの上の板に粉を広げるとリュシエンナとルネも現れて一緒に作り始めた。
 鼻の頭にコリルが粉をつけてしまう。それを手の甲でこすって顔が真っ白だ。ラルフェンは優しく顔を布で拭いてあげた。
「兄様、ラードルフもお願いしますね」
 最後の焼き上げはリュシエンナとコリルが受け持ってくれる。その間にラルフェンとルネは愛犬二匹の散歩に出かけた。
「夕暮れの街並みをこうしてラルフェンと手を繋いでお散歩出来るだけで幸せだわ。勿論、ラードルフも一緒で嬉しいわよ♪」
 ルネは足下を歩くラードルフを見下ろす。二人の回りをリコッタがグルグルと嬉しそうに回る。
 階段を登ってパリの景色が見渡せる小高い場に二人は立つ。しかしルネの視線は風景ではなく、ラルフェンの横顔を見つめていた。
 夕焼けに染まる恋人の横顔にルネは思わず見惚れる。
 その日の夕食は簡単に済ませ、代わりに木札でカードゲームをしながらお茶をみんなで楽しんだ。
 手作りの焼き菓子の他に蒸しパンや蜂の巣を使ったこんがりパン。ジャパンの汁粉、雛あられ、それに西瓜まであった。飲み物はみんなで紅茶を頂く。
(「養女になったとしても、すぐに別れることになるのか。コリルとは‥‥」)
 ラルフェンはまだあどけないコリルの笑顔を見て切なく感じる。おそらく聖夜祭の後にはトーマ・アロワイヨー領での修行が始まる。コリルから見せてもらったアロワイヨー領主からの手紙によれば、女性騎士の元でいう配慮はされていた。それでも不安はどうしても感じてしまう。
(「まだ親ではないというのに‥‥」)
 これが親馬鹿なのだろうと思いながら、コリルの手元からカードをひいたラルフェンであった。

●食事会
 六日目の夕方にボスコの店を訪れたラルフェンは感謝しながら代金のすべてを支払う。そして完成した指輪を大事に受け取る。
 七日目は早朝から大忙しであった。
 夕方から開かれる食事会はいろいろな意味が込められている。
 ルネとリュシエンナの誕生の祝い。
 コリルへ養女の返事を伝える約束。同時にコリルの両親からの承諾。
 そして指輪‥‥。
 ラルフェンはコリルと一緒に部屋をこれまで以上に片づけて少々の飾り付けをする。リュシエンナとルネは料理作りをがんばった。
「今日は招待して頂きまして――」
 夕方の教会の鐘が鳴り響く中、コリルの両親がラルフェンの住処を訪れる。ちなみにコリルの祖母であるノーリアは用事があって今はパリにいなかった。
 まずは居間に入ってもらう。コリルとその両親、そしてラルフェンの四人で話し合いが行われた。
「コリルは扉を開こうとしている。自らの意志で選んだ扉を。その鍵となってコリルを助けるのは、俺の望みでもある‥‥。喜んでコリルを養女に迎えたいと思っています」
 ラルフェンはコリルと両親の前で決意を語った。
 コリルは両親の顔を見上げる。父親はコリルの頭を撫で、母親は抱き寄せた。
 しばし後、コリルの両親はラルフェンにコリルを頼むと口にした。言葉には悲しみが宿っている。それでも子の未来を考える親の姿があった。
 リュシエンナとルネが居間に呼ばれ、コリルがラルフェンの正式な養女になると紹介された。二人の祝福と同時に食事会が始まる。
 リュシエンナとルネが腕によりをかけて作った料理がテーブルに並べられた。
 食器はルネが持ってきた銀製。煮込み料理にスープ、ソテーされた肉に香草やパスタが添えられていた。他にも魚とキノコのパイ包み。コリルの好きな干し葡萄をアクセントとした野菜類などたくさんであった。
「‥‥ルネ」
 意を決したラルフェンに続いてルネも立ち上がり、互いに手を取り合う。
「結婚しよう」
「‥‥私で良ければ喜んで」
 ラルフェンの求婚に笑顔のルネは瞳に涙をためている。
「ずっと傍であなたを守っていきたいわ」
 ルネの左薬指にラルフェンが指輪をはめた。
 指輪は金のペリドットリングと銀のトパーズリングを重ね合わせたようなデザインをしていた。ラルフェンの指輪も基本的に同じだが細部が微妙に違う。
「俺に救いを与え晴れ渡る空を見せてくれた。未来へ臨むこの道を共にゆこう」
 ラルフェンは永遠の誓いを口ずさむのだった。
「この日のために作ったの♪」
 リュシエンナは夏の終わりの頃からがんばっていた淡い青のドレスをルネに贈る。
「わあ、素敵なドレス‥‥本当に本当にありがとう!」
 ルネはリュシエンナに抱きついて喜んだ。
「今度はわたしの番ね。リュリュ、お誕生日おめでとう♪」
「うぁ〜、かわいい」
 ルネは棚に隠しておいた袋から桃色のマフラーを取りだしてリュシエンナの首に巻いてあげる。
「コリルも、もうすぐ誕生日だったろう。これは俺からだ」
 ラルフェンがコリルにあげたのは勾玉であった。コリルが見せると母親は丁度良い袋を作りましょうと約束していた。
「前に人の感情を読み取る練習を忘れないようにねって言ったのを覚えてる? 人を知るにはまず人を好きになる事が大事だわ。疑ってばかりじゃ悲しいもの」
 ルネはコリルに人を見る目を養って欲しい優しく声をかけた。
 食事が終わりに近づくとラルフェンは横笛を吹き始める。それに合わせてリュシエンナとルネが唄い、コリルも続く。途中からコリルの両親も加わった。
 コリルの生活は支度が済むまではこれまで通りだ。しかしトーマ・アロワイヨー領で騎士修行が始まる時には最低限の荷物を持ってゆき、残りはラルフェンの住処で預かってもらう事になる。
「何があろうとも俺達は皆で家族だ‥‥」
 ラルフェンはルネ、リュシエンナ、コリルを呼び寄せると両腕を広げて抱きしめる。
(「生まれて来て‥大好きな皆と一緒にいられて幸せ♪」)
 新しく出来た家族の姿にリュシエンナは瞳を潤ませる。
 食事会が終わり、コリルは両親と共に一時的に帰ってゆく。今度この住処をコリルが訪れる時、ラルフェンは養父であった。