港町オーステンデの謎

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 75 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:12月02日〜12月12日

リプレイ公開日:2009年12月10日

●オープニング

 賑やかなるパリ冒険者ギルド。
 テーブルの一つを挟んで椅子に座る小柄な二人は、騎士の娘アニエス・グラン・クリュ(eb2949)と少年ベリムート・シャイエ(ez1185)である。
 冒険者ギルド宛で届いた手紙をベリムートがじっくりと眺めた。
 手紙の送り主は少女カリナ・カスタニア。港町オーステンデを含むミリアーナ領の領主ハニトス・カスタニアの娘だ。いつもは少女コリル・キュレーラ宛なのだが、今回はアニエスとの連名になっている。コリルの代理としてベリムートが封を解く。
「以前にお話した内容ですね」
 黒い質素な服をまとったアニエスがベリムートと一緒に目を通す。
 オーステンデの領主館地下には遺跡が眠っており、その探索許可をハニトス領主から得られたとあった。
 ちなみにカリナは現在取り決めによってセーヌ川沿いにあるヴェルナー領ルーアンにあるラルフ卿の城で暮らしている。今回の話が進めば一時的な帰郷となる。
「どうする? アニエスちゃん」
「約束ですし。もちろん行きます」
 気遣うベリムートにアニエスは微笑んだ。どうやらアニエスはつい最近肉親を亡くしたようだ。
「遺跡なら古代魔法語や罠解除に長けた人材が必要?」
「折角だし船に乗れればいいなあ」
 アニエスとベリムートは話し合った末、特技を持つ人材を紹介してもらえないかとギルド員に相談しようとした。だが真っ先に探したゾフィー嬢の姿はなく、次によく知るシーナ嬢もいない。ようやく顔見知りのハンスを見つけだすが、声をかけられるとしたら親友のウィザードしか心当たりはないらしい。そのウィザードはまだパリには戻っていないようだ。
 その時、ベリムートの肩に左手を置きながら近くの椅子に座って足を組んだ女性が一人。
「オーステンデを話題にしていたようだけど、詳しく教えて」
 その名を聞けば産まれたばかりの赤子も裸足で泣きながら逃げ出すと噂されているカーゴ一家の女将、エリス・カーゴであった。
「オーステンデの美味しいお魚、また食べたいです」
 アニエスの腕にすがりついたのは大宗院鳴(ea1569)だ。
 エリスも大宗院鳴も、オーステンデという土地にはいろいろと思い出があるらしい。領主館の地下にあるという古代遺跡の存在もすでに知っていた。
 エリスは手先の器用な船乗りも一人連れて来るという。
 アニエスとベリムートは他にも協力者を得る為、手紙に同封されていたお金で募集をかけるのであった。

●今回の参加者

 ea1569 大宗院 鳴(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1999 クリミナ・ロッソ(54歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8484 大宗院 亞莉子(24歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 eb2949 アニエス・グラン・クリュ(20歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb3532 アレーナ・オレアリス(35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 ec3546 ラルフェン・シュスト(36歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ec4491 ラムセス・ミンス(18歳・♂・ジプシー・ジャイアント・エジプト)

●サポート参加者

セレスト・グラン・クリュ(eb3537

●リプレイ本文

●港町オーステンデへ
 早朝、パリ船着き場から離れるカーゴ一家の帆船ヴォワ・ラクテ号。
 エリス嬢と船乗り達以外に冒険者十二名を乗せて目指すのは、北海に面する港町オーステンデである。
 その頃、アニエス・グラン・クリュ(eb2949)の母セレストはエテルネル村出張店『四つ葉のクローバー』のカウンター側で話しをしていた。
「フェルナールさんに軽快の手綱を4本頼める? 娘が気にかけてた子達が無事騎士見習いになれそうなの。遅い誕生日祝と兼ねるみたい」
「おおきに。ギルドに届けておけばよろしいんですな」
 店長のワンバは数日中に村から届くとセレストに答える。
 すでにエテルネル村と深い繋がりがあるセレストだからこそ出来たお願いである。発売当初は別にして、今では人気商品なのでなかなか手に入らない逸品となっていた。
 ヴォワ・ラクテ号は二日目の昼頃にルーアンへ寄港する。一緒に向かうカリナと合流する為だ。
 ヴェルナー領の兵士に守られた馬車でカリナが船着き場へと現れる。
「みなさんよろしくお願いしますね」
 カリナが甲板まで渡った時、アニエスは船着き場で兵士達に二頭の馬を預けていた。
「ラルフ様への誕生祝いの品です。手紙でカリナさんにお願いしたものになります」
「カリナ様からお聞きしております。お預かりさせて頂きますね。ラルフ卿が城に戻られた際には、これらの存在をお伝えしますので」
 非常に立派な軍馬二頭にはロッキングチェアとフットレストが積まれていた。そのすべてがラルフ卿への贈り物だ。
(「ラルフ様‥‥」)
 最後に二頭の鬣を撫でてアニエスは思いを込める。
「これで一緒に探検する全員が揃いました。遺跡においしいものがあればいいですね」
「それはさすがに‥‥」
 大宗院鳴(ea1569)に同意を求められて少年アウストは困惑する。町中ならいざしらず、領主館地下にある古代遺跡に美味しい何かが隠されているとはとても思えない。
 何かしらの生き物がいたとして、それを食べる気だろうかとアウストは少年クヌットとひそひそ話をした。
「鳴ちゃん、この世代の男の子は女の子がすきなのってカンジィ」
 大宗院亞莉子(ea8484)が大宗院鳴に話しかけながら近づくと、アウストとクヌットをまじまじと見下ろす。そしてウィンクをする。
「と、いうわけでぇ、お姉ちゃんがお洒落してあげるってカンジィ」
 亞莉子は右の腕でアウストを、左の腕でクヌットを抱きかかえて甲板室から船室へとさらってゆく。オーステンデに着くまでの間、亞莉子にいろいろな格好にさせられたアウストとクヌットであった。
「ノミオくんはオーステンデか」
 船縁に腰掛けながらアレーナ・オレアリス(eb3532)はルーアンの景色を眺める。
 ノミオとは港町オーステンデを含むミリアーナ領の次期領主。この船に乗っているカリナの兄にあたる人物だ。
「出航!」
 アニエスが戻るのを確認してエリスが声を張り上げる。ヴォワ・ラクテ号は再びセーヌ川を下る航路へと戻った。
「この度は遺跡探索の依頼を出して頂きありがとうございます」
「領主を兄と代わる前にはっきりさせたいと父がいっておりました。こちらこそ――」
 宿奈芳純(eb5475)はカリナに声をかけてしばらく雑談を交わした。
「えっと‥‥お父さんって呼んだほうがいいのかな」
「依頼の間は名前にさん付けがいいだろう」
 ラルフェン・シュスト(ec3546)はコリルと一緒にマスト上の見張り台にいた。コリルを養女に迎えたのは仲間達へすでに伝えてある。オーステンデに着く前にはカリナにも報告するつもりであった。
「迷宮を探検ってすごく楽しみデス!」
「実は俺もなんだ。何だかわくわくするよね」
 ラムセス・ミンス(ec4491)とベリムートは船室の窓枠に顎を乗せて流れてゆくルーアンの景色を眺める。どうやらラムセスはジェルに襲われた経験があるらしい。とても痛いので注意した方がいいと自戒を込めてベリムートに話してくれる。
(「悪魔との戦いが続いていたからでしょうか。危険もあるはずの場所に向かうのに、どこかほっとしている自分が」)
 クリミナ・ロッソ(ea1999)はのどかな風景を眺めながら自らの思いに苦笑した。とはいえエリスの話によれば、オーステンデを壊滅しようとしたウェールズのドナフォンが何かを求めて古代遺跡に潜ろうとしていたらしい。油断は禁物とクリミナは気を引き締める。
 ある時、身代わりを形作る為の灰をもらおうとアニエスとベリムートは船の厨房を訪ねた。
「ベリムートさん、船上だと妙に生き生きしていますね」
「そ、そうかな。ふ、船は好きだしね」
 袋に灰を詰めながらアニエスが首を傾げるとベリムートは焦った様子を見せる。実はベリムートの悩みに対して、かなりの図星の指摘だったのだ。
 夕方頃にはセーヌ河口を通過してドーバー海峡へと出る。オーステンデにヴォワ・ラクテ号が入港したのは三日目の夕暮れ時であった。

●領主館
 一行は上陸するとそのまま領主館へと泊まる。晩餐にはハニトス領主、ノミオも一緒であった。
「父様、また戻って来られて嬉しいです。兄様もお元気そうでなにより」
 カリナは父ハニトス、兄ノミオと語らう。
「気になる娘はいる? 早く身を固めて家族を安心させなよ」
「この間から変わりませんです。まあ、なかなか――」
 アレーナはノミオが一人になったところで話しかけてみる。公務が忙しくて恋人をつくる暇がないと以前もいったような答えを呟いてノミオが空笑いをした。
「ハニトス侯、ブローチは何処で発見を?」
「過去の遺跡探査で発見されたのだが詳しい事は不明なのだ。元々は先代の時分、遺跡の最深部までいって戻ってきた唯一の生存者が手に入れたもの。しかし詳しい事情を聞く前に死んでしまったらしい」
 アニエスの質問にハニトス領主が答えてくれる。復興戦争などの混乱もあって資料のほとんどは消失していた。唯一の生存者が殺害されたのか、それとも不慮の死なのかも含めて。
 ブローチに関してはすでに亡くなっているノミオとカリナの母親の手を経て今日に至る。生存者が戻ってきた直後に提出したおかげだ。
「どうも地下にいた誰かから唯一の生存者が何らかの鍵としてもらったらしいのだが。そもそも人ならば何もない地下で生きながらえようもなく――」
 ハニトス領主の話は食事が終わってからも続くのだった。

●古代遺跡へ
 四日目の早朝、一行は領主館の地下室からさら古代遺跡へと続く階段を下りる。
 昨晩のうちに武器を含む道具類の貸し借りは終わっていた。
 行く手を遮る扉が衛兵達によって動かされる。三重にもなっており、開通するだけでもそれなりの時間を要した。一見青銅のようだが、どうやら魔力が込められた素材で造られているようだ。
「カリナ、無理だと感じたら引き返す勇気を持つんだよ」
「はい。ノミオ兄様」
 見送りのノミオに笑顔で答えたカリナは冒険者達と一緒に扉を潜り抜ける。
「それではこちらをお持ちになっていてね」
 クリミナは昨日の就寝前に作っておいたホーリーライト二個をカリナとエリスに渡す。
 ランタンも灯されていたのは、どのような事態が起こるかわからない為だ。どちらかが突然使えなくなったとしても片方があれば心強い。
 通路は床から天井までは三メートル程、横幅は四メートル弱あった。余裕があるので一行は基本的に二列になって進んだ。役に立ちそうなペット達も一緒である。
 先頭は亞莉子とアレーナ、その次を大宗院鳴とエリス。中頃では宿奈芳純とコリル、カリナとラムセスが続き、クリミナとアウストが並んでついてゆく。そしてベリムートとアニエス、一番最後はクヌットとラルフェンである。同行予定であったエリスの部下は地上に残る事となった。
「どうやらこの通路の壁の石に魔力が込められているのは本当ですね」
 試しにエックスレイビジョンを使ってみた宿奈芳純が仲間に報告する。普通ならば向こう側が見えるのだが、まったく見通せない状態であった。
 通路の枝分かれは少ないがとにかく長い。歩いても歩いても同じ景色が続く。側壁などに隠し通路がないか注意をしながら進んだ。
「これは何かしら?」
「ちょっと見せてね」
 アレーナが見つけた壁の刻みをエリスが確認する。古代魔法語で太陽を示す文字の羅列であった。
「太陽が関係するといえば陽魔法なのデス〜」
 ラムセスは自分でも単純すぎる発想だとちょっぴり思いながら口にする。後で正しい事がはっきりとわかるのだが、この時点ではまだ何も確定されていなかった。
「この光があればアンデッドがいても近寄って来ないでしょう。ただ、他のモンスターはそうはいきませんので注意なさってね」
「このホーリーライトという光の玉はすごいんですね。こんなに明るく照らすだけではないなんて――」
 クリミナは前を歩くカリナと時々言葉を交わす。常に注目する事で体調不良の察知や、または何者かとの入れ替わりを防ごうと考えていたのである。
「ちょっと重たいってカンジィ」
「美味しいものを探すのにはこうするのが一番です」
 大宗院鳴は後ろから亞莉子の肩に手を乗せて周囲を覗き込んだ。ちなみに地下ということなので、まずはキノコを探す大宗院鳴だ。見つかったとしても果たして食べられるかどうかはとても怪しいのだが。
「ベリムートさん、そちらはお願いしますね」
「わかった。少しでも怪しいようなら報告する」
 アニエスはベリムートと並んで歩きながら周囲を警戒した。
「気をつけるべきは何かしらの動くものだ。罠があったのなら先を歩いている仲間によって仕掛けが発動するだろう。またモンスターが背後から近づいてくる事もあるだろうからな」
「なるほどだぜ。この暗さだと目よりも耳に集中するべきかな。動くなら音がするはずだよな」
 ラルフェンとクヌットは後方を常に確認しながら歩んだ。時には後ろ歩きをしながら仲間達との隊列についてゆく。
 クヌットが騎士修行をする場は、この地オーステンデを含むミリアーナ領で本決まりといってよい。つまりはすでにクヌットの評価が始まっているといってよかった。張り切りすぎずに頑張るクヌットをラルフェンは心の中で応援する。
 途中で両側の壁に穴がたくさん空いている区域があった。アニエスがブロッケンシールドのアッシュエージェンシーによって身代わりを作りだす。先を行かせてみるとたくさんの槍が飛びだしてきた。
「壊しちゃいましょう」
 引っ込んでゆくうちの一本を大宗院鳴が剣で叩き折る。壁には魔力が込められていても槍はそうではなかった。
「かなりボロボロだね、槍全体が。もしも当たったとして怪我はするかも知れないけど、深く突き刺さる前に折れそうなぐらい」
 アウストが折れた一本を拾って仲間達に見せた。
 アニエスがもう一度灰で作った身代わりを歩かせて槍を出現させる。前衛の者は手前の槍を、遠隔攻撃が可能な者は遠くの槍を叩き折ってゆく。何度か繰り返してすべての槍を破壊してしまう。
 それから小一時間程歩いてから今日の調査は終了となった。
「パリを出る前にラルフェンさんから養子になったって聞いたデス」
「うん。そうだよ〜。騎士になるにはどうしてもね。お父さんもお母さんも許してくれたの。寂しがってたけどね。あたしもそうだけど決めたことだし、ラルフェンさんは優しいし‥‥」
「ボクのお父さんに聞いたデスけど、生きているものは皆縁で結ばれているデス。親子だったり友達だったり、敵だったりするデス。でも、一度結ばれた縁は簡単に消えないデス」
 ラムセスは産んでくれた両親に二度と会えなくなるわけではないと時折寂しい表情を浮かべるコリルを励ました。
「貴石という感じではなさそうね。精霊に関するとすれば何なのかしら?」
「晩餐の時に父様が話した以上の事はわからないのです」
 アレーナはカリナから緑色の玉石がはめられたブローチをあらためて見せてもらう。ラムセスのリヴィールマジックによれば、魔力が込められた形跡はないようだ。よく見ればうっすらと文字のようなものが浮かんでいるようにも見えるが、はっきりとはわからない。
「ここまではネズミ程度しか見かけませんでしたが、ここから先はそうはいかないでしょう。ゴーレムやガーゴイルには注意しないと」
「そうだな。高低差から察するに、この迷宮は立体的な配置になっていて地図を描くのが困難だ。わざとそういう造りにしてあるのだろう。時間をかければ別だが今はそうはいってられない。奥へと進むしか方法はないな」
 宿奈芳純とラルフェンは四人の子供達を眺めながら話し合う。
「まだまだきっと罠があるってカンジィ〜」
「そうでしょうね。わたくしはコアギュレイトを試してみますわ」
 亞莉子とクリミナも子供達を眺めていた。
「さて寝ようか。さっき決めた見張りの人はよろしくね〜」
 そういってエリスは飛び込むように寝袋へ入る。コリルが近寄って手をかざしてみると、まだ一分も経たないうちにエリスが眠りの吐息をたてていた。さすがの度胸だと全員で感心する。
 クリミナは新たなホーリーライト二つを出現させてから横になった。
 最初の見張りはアニエスとベリムートである。
「あのさ‥‥。まだ誰にも話していないんだけど聞いてくれるかな?」
「何でしょう?」
 ベリムートは将来の選択について悩んでいた事をアニエスに話す。
 以前にルーアンを訪ねた時、船乗り達の噂をベリムートは耳にしていた。それはルーアンに本社のあるトレランツ運送社が秘密裏に建造中の新型帆船についてである。
 あくまで噂であったが、先日にベリムートが出したエフォール副長に宛てた手紙の返事によって事実だと判明した。
 トレランツ運送社と懇意であったラルフ卿が中心となり、海戦騎士団を率いるエイリーク辺境伯も一枚噛んでいるらしい。資金に関してはブランシュ鉱山が存在するトーマ・アロワイヨー領の協力がとても大きいようだ。当然だが国王ウィリアム三世からの承認も受けて計画は進められていた。
 目立たぬようデビルの妨害を未然に防ぐ為に運河の町ブルッヘの造船所で建造されている。
 アトランティスからやって来た設計技師と船大工が指揮を執り、完成したらこれまでにない巡航速度達成が予定されていた。ちなみにあくまで海上航行をする帆船である。空を飛ぶ船ではないようだ。
 建造にエリス率いるカーゴ一家からの人材もいくらか投入されている。よい船が出来たとしても、よい船乗りがいなければ意味がないからである。
 ラルフ卿が思い立ったのは月のエレメント・アルテイラの導きによるものだ。約一年程前のある晩、遙か遙か遠くの西の土地に月道が存在するとラルフ卿は告げられた。
 アルテイラによれば目指す広大な大陸に辿り着かなければ、その月道は永遠にノルマン王国と繋がる事はない。新たなる大地への展望をラルフ卿がウィリアム三世に進言したのはそれからまもなくであった。
「俺、騎士になるのも含めて、その遙か西の海へと向かう船の旅に賭けてみようと思っているんだ。ラルフ様の役に立てるし、その船には黒分隊や海戦騎士団の騎士も乗るみたいだから活躍して認めてもらって養子にしてもらうんだ。それで他の騎士にも頼んで修行をさ‥‥。自分でもそううまくいくかどうか怪しいのはわかっているんだけど――」
 手紙から熱心さを感じ取ったエフォール副長が予定名簿から欠員が出たときにベリムートを推薦してくれたようだ。
「あの‥‥、ラルフ様も行かれるのですか?」
「いや、ラルフ様とエフォール副長は行かないみたいだ」
 その後のアニエスの表情をベリムートは覚えていない。ほっと胸を撫で下ろしていたのか、その逆であったのかも含めて。

●右へ左の大騒ぎ
 日の出日の入りは拝めなかったものの、魔法やランタン油の消費で大体の時間は把握できていた。五日目の朝になって一行は古代遺跡を再開する。
 昼頃、突然に天井に穴が空いて落ちてきた巨大な玉を一行はそれぞれに回避する。ペットで飛んだり、壁に張り付いたりなど。ただ一人、思わず乗ってしまったのが亞莉子だ。
「なんだか大変ってカンジィ〜〜」
 玉乗りの要領で亞莉子は消えてしまう。しかしこの辺りの通路は円を描いており、五分もかからずに戻ってきた。
「あらあら、どうしましょうか」
 巨大な玉乗りをしている亞莉子を眺めながら大宗院鳴が呑気に腕を組んで考え込む。
「こちらに!」
 宿奈芳純は自分が収まる壁の窪みに大宗院鳴を引っ張り入れた。
「亞莉子様、跳ねて頂けますかしら!!」
 クリミナは叫んだ後で高速のコアギュレイトを放って巨大な玉を制止させた。
 急停止したせいで落下してきた亞莉子をテント生地で優しく拾ったのはアニエス、クヌット、アウスト、ベリムート、コリルの五人である。
「どうやら加工された岩のようだが」
 ラルフェンが短剣の柄で叩いて巨大な玉を確かめた。
「柳絮さんもこの球は呼吸をしていないといっているのデス。ただ呼吸をしないでもいいモンスターもいるのデス」
 ラムセスはシルフ・柳絮にブレスセンサーで確かめてもらっていた。さらに詳しい調査の末、モンスターではないのがはっきりとする。
「これがモンスターではなくても、あのタイミングで誰かが天井から落としてきた疑惑は残るわね」
 アレーナの意見はもっともだ。知性がある敵に狙われている可能性は残る。さらに進むと今度こそは潜んでいたモンスターが襲ってきた。
 巨大なネズミのジャイアントラット、不定形のグニャグニャしたシャドウジェル、目玉のお化けのようなゲイザー。それらの敵を倒してゆく。
 落とし穴が発見されて身軽な亞莉子はロープを張って渡ろうとした。空飛ぶ絨毯などの飛行アイテムは地面からの高さが不確定なので使用は控えられるが、他には飛翔可能な騎獣も活用された。
 全員が渡りきり、少し歩いた先に広まった空間があってそこで一晩休む事となった。
 見張りのカリナとアニエスを残して全員が就寝する。
「カリナさん間違っていたら悪いのですけど、もしかしてここって新米騎士のテストをする場所のような気がしているのですが」
「あ、やはりばれてしまいましたか。そうなのです。父様が話した昔話は事実なのですが、この辺りまでは訓練の一環として使われています」
 ひそひそとアニエスとカリナは話す。クヌットを始めとして、コリル、ベリムート、アウストの実力を計ろうとノミオが思いついた算段である。意地悪ではなく、もしも不足している実力があるのなら早めに自覚させてあげようという思いやりからだ。
 冒険者も一緒ならば大きな事故は起きないだろうと、故にカリナも同行を許されていた。
「わたしとしては、このブローチの謎が少しでもわかればと考えていたのですが――」
 カリナが上着を開いて胸元のブローチをアニエスに見せる。
『その緑の石を持つ者、ようやく現れたか。待ちくたびれたぞ』
 突然、頭が割れるような大きな声が通路内に反響した。
 次の瞬間、床が突然下降を始める。通路に飛び移ろうにも間に合わなかった。異変に気がついた仲間達が次々と目を覚ます。空を飛んで脱出しようにも天井も同じように下がっているのでどうにも出来ない。魔法攻撃も効かなかった。
 ようやく床が停まって一行は足を踏み出す。石材に囲まれた地下遺跡ではなくなっており、周囲は洞窟の様相を呈していた。
「これは‥‥水晶?」
 アレーナは最初見間違えるものの、すぐに違うと気がついた。ホーリーライトに照らされた巨大な結晶は塩が成長したものだ。
「何かいますね」
 宿奈芳純が何かに遠くのかすかな光に影を見かける。
 戦闘態勢を整えながら一行はゆっくりと奥へと進んだ。
「スフィンクス‥‥だ」
 アウストが奥にいたモンスターを見て呟いた。スフィンクスの周囲を照らしている光球はクリミナが出したホーリーライトではない。おそらくはスフィンクスが陽魔法で出現させたライトの光球であろう。
 途中で見かけた太陽を示す刻みはスフィンクスを指していた。
「緑の石を持つ者よ。どのようにしてそれを手に入れたのだ?」
 スフィンクスに問われたカリナだが、驚きのあまり固まっていた。コリルが声をかけてようやく動けるようになったカリナは経緯を説明する。
「そうなのか。あの者は亡くなったのか‥‥。ならば、その緑の石の意味もわからぬままであろう」
 スフィンクスは緑の石こそが『人』に託した希望であったと語る。
「わたしが持っている『これ』を手に入れる為の鍵こそが、その緑の石。地上で亡くなったその者は『これ』を欲して、ここまで来たといっておった。しかし『これ』はあまりに強力な代物。間違えば大惨事が巻き起こるはず。故に『これ』の管理をする覚悟があるのかをわたしは知りたかった。人を代表する者を連れてくると、あの者がいったのを今思いだした。あまりに長い待ちぼうけであったからな、許せ人達よ。とはいえ、これ以上は待てぬ。わたしがお前達から聞きたいのは未来だ。何、世界がどうのと大層な事をいわなくてもよい。自分の将来を語ってくれ。それで判断させてもらおう」
 スフィンクスは一行にしばらく考える時間をくれる。アウストの知識だとスフィンクスは謎かけが好きらしいのだが、この個体は意見を聞くだけのようで少し変わっている。
「それじゃあたしからいこうか。あたしはね、帆船ヴォワ・ラクテ号で世界中を繋ぐ交易をするのが夢なんだ」
 エリスは啖呵を切るが如くスフィンクスに告げる。
「わたしはノルマン王国が平和なら、それが一番いいと考えています。出来るのなら兄様の力になりたいです」
 カリナは顔を赤くしながら話すとエリスの背中に隠れてしまう。
「‥‥あらあら、私のようなお婆さんにまで将来の夢ですか? まあ、ない事もありませんが。‥‥こうやって繋がりの出来た若い人達が目標に向かって頑張ったり幸せに生活していくのを見ながら、ベッドの上で天寿を全うする事、でしょうかね」
 敵ではないと判断したクリミナは優しい表情でスフィンクスに語りかける。
「建御雷之男神の奥さんです」
 きっぱりすっぱりと大宗院鳴は言い切った。神に仕えると意味ではなく、どうやら本気のようだ。その建御雷之男神が本当に存在するかは誰も知る由もない。
「私は夢叶っているしぃ〜。あえていうなら素敵な夫婦になることかなぁ」
 亞莉子は夫を思いだしながら身体をよじる。
「結婚とかにも憧れはあるけれど、きっと今のままの私でいたいと思う。分け隔てなく人を愛し、愛しき人たちの為に戦える私でありたい」
 アレーナはスフィンクスに限りなく近づいてから微笑んで答えた。
「お初にお目にかかります。私は陰陽師の宿奈芳純と申します。よろしければお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
 宿奈芳純は夢は特になかった。その代わりに訊ね、スフィンクスがミラーラという名前だと教えてもらう。
「後進の道がより良きものとなるよう、技術だけでなく心を伝えるに相応しい自分に生きる事、生かす事、絆の意味…心や力の在り方に迷う時の灯火になりたい」
 ラルフェンは子供達を眺めてからスフィンクスに答える。
「僕は、ジプシーとして、悩んでいる人の背中を押せる人になりたいデス。だから、そろそろ旅に戻らないといけないデス。ジプシーは旅の中で色々学ぶデス」
 前髪の隙間から見えるラムセスの瞳が少し潤んでいた。それがジプシーの宿命とはいえ、やはり仲良くなった者達と離れるのは心が痛むからだ。
「俺は‥‥騎士になる!!」
 叫んだベリムートは心の中で自らの力で騎士になると心の中で誓っていた。
「あたしも。絶対になってノルマンを守るの〜」
 コリルは養父であるラルフェンと目を合わせてから宣言する。
「騎士っていうのは大変だぜ。だけどなるよ、俺も絶対」
 クヌットは強い瞳で凝視しながら未来を語る。
「僕たちが騎士になるというと大抵の大人が笑うんだ。冒険者は違うけどね。でも、この気持ちは絶対なんだ」
 アウストが握り拳を作る。
 最後はアニエスだ。
「‥‥ラルフ様の身と心を支え、彼の方が大切にする全てを護れる存在に‥なりたいです」
 アニエスは仄かに温もる懐の天使の羽根にそっと触れながら、真っ直ぐにスフィンクスを見つめる。
「皆の気持ちはわかった。お前達ならば『あれ』を託してもよさそうだ。受け取っておくれ」
 スフィンクスがカリナにランプを手渡す。
「この中に閉じこめられている炎は、街の一つ程度は平気で燃やし尽くすだけの力がある。くれぐれも使いどころを間違わぬようにな。これでやっとわたしもこの場から解放されるというものだ」
 スフィンクスはランプの他にカリナが持っていた緑石のはまったブローチと同じものを人数分手渡した。今となってはただのブローチだが、この場まで辿り着いた記念にはなるだろうと告げて。
 ウェールズのドナフォンが欲しがったのがこのランプだとカリナは気がついて背筋を凍らせる。これがあればオーステンデを滅ぼすなど造作もないだろう。
 一行はスフィンクスのいう通りの伝って遺跡の通路に戻った。そして七日目の昼過ぎに地上へと到達した。

●そして
 地下探索で手に入れた品は活躍した者に配分される。
 『あれ』と呼ばれたランプに関してはハニトス領主が預かる事となる。
 結局手に余ると判断したハニトス領主がランプをイグドラシル遺跡の島へ送る事になるのだが、それはまだ先の話だ。その時には世界樹に強力な力をもつ魔法の物品が増える事となる。
 八日目の朝、一行はヴォワ・ラクテ号でオーステンデを出航する。
 船上でベリムートがアニエスに話した決意が全員に話された。遙か西の地の果てを目指すのだと。
 途中のルーアンでカリナと別れ、ヴォワ・ラクテ号は十日目の夕方にパリの船着き場へと入港する。
「騎士を目指すみなさんへの贈り物です。馬に乗る機会もあるでしょうから」
 アニエスは母に頼んでおいた軽快の手綱をギルドのゾフィー嬢から受け取ると、ベリムート、コリル、クヌット、アウストに贈った。ベリムートとクヌットはすでに誕生日を迎え、コリルとアウストはもうすぐである。
「これすごいや。ありがとう、アニエスちゃん!」
 四人はアニエスの手を握りしめる。そして互いの頬に流れる涙を知るのであった。