●リプレイ本文
●出航
次々と乗客が帆船へと乗り込む早朝のパリ船着き場。
その中にはギルドの受付嬢シーナや、少年ベリムート、少年クヌット、少女コリル、少年アウストの姿もある。
他にもたくさんの冒険者が乗船していた。
「共に聖夜祭を過ごさないのは久しぶりね。でも、お祖父様を一人にしてはおけないでしょ?」
見送りのセレスト・グラン・クリュは娘のアニエス・グラン・クリュ(eb2949)の肩に手を置いた。
「わたしの分としてお預けしますので。こちらはマホーニ助祭。もう一つはピュール助祭へです」
アニエスがセレストに預けたのは寄付金だ。パリ市内にある二つの教会、それぞれにである。
寄付金はパリにある四つ葉のクローバー店の店長ワンバに渡せば双方の教会に届けられるだろう。セレストはそうするつもりでいた。
船着き場へ来る前にアニエスはパリの仕立屋に立ち寄って晩餐会用のドレスを受け取り済みである。川に落とさないように慎重に帆船へかけられた板を渡るアニエスだ。
「あ、セレストちゃん、白教義の教会にこれもお願い〜」
帆船の甲板から船着き場に羽ばたいて戻ってきたポーレット・モラン(ea9589)もセレストに寄付金を手渡す。
ポーレットが甲板に戻ってまもなく遠くの教会の鐘が鳴り響いた。それを合図に帆を張った船は下流へと出航する。
「月日の経つのは早いですわね。もうこんな時期ですか」
船縁に立つクレリックのクリミナ・ロッソ(ea1999)は感慨深げに呟く。
「クリミナ先生と一緒に聖夜祭なんて、ツイているよな。ラルフ様にも会えるし。あ、晩餐会の時はちゃんとした話し方をするから心配はなしだぜ」
「わかっていますよ。ベリムートさん」
クヌットを見下ろしながらクリミナは微笑んだ。彼だけでなく他の三人にも緊張した様子は見られない。子供の成長を見るのは楽しいものだと思う。以前にラルフ卿から借りた本はアウストが持ってきていたので安心していたクリミナである。
「お父さん、ありがとうね〜」
マストに寄りかかるコリルは首から下げた袋をラルフェン・シュスト(ec3546)を手にとって見せる。袋は実の母親が作ってくれたもの。中身は養父であるラルフェンからもらった勾玉と縫いぐるみの集合絵が描かれた羊皮紙が入っていた。
「何度もお礼をいわなくていいぞ、コリル」
「だって嬉しかったんだもん♪」
川面に吹く風は冷たかったが、コリルの笑顔に心が温かくなったラルフェンだ。
「遠く、遠くぅ〜の西の海を渡るのですか〜♪」
「うん。世界の果てに辿り着いちゃうかも知れないぐらいの航海になるみたいよ」
食堂室のシーナはベリムートと一緒に朝食を頂きながら、西へ向かう航海についてを聞いていた。そしてもし美味しそうな植物の実などがあったら持ち帰って欲しいとお願いする。二つ返事で引き受けるベリムートであった。
「大聖堂の礼拝、出席したかったの?」
「‥‥そりゃあ参列したい! わよぉ〜?」
ポーレットはアウストと一緒に甲板室でお話である。
「でも教会であれば愛するジーザス様のご生誕は祈れるもの〜」
といってポーレットは手をぽん、と叩く。
「それじゃ〜カトナ教会のミサに参加しな〜い? 大聖堂より小規模だけど〜美麗な宗教画が飾られてるから皆の勉強になると思うの〜☆」
「それはいいね!」
「いっそ『最後の晩餐』もいっとく〜? チビちゃん達にも滅多にない機会だと思うのよ〜」
「最後の晩餐かぁ。ルーアン大聖堂にある大きな壁画だよね」
「そうなのよぉ〜」
アウストは自分からもみんなを誘うとポーレットと約束をするのだった。
●ヴェルナー城
一晩を経て帆船は二日目の昼頃にルーアンへ到着する。
時は十二月二十四日。降誕祭当日である。
泊まるヴェルナー城で荷物を預かってもらう。それからしばらくてカトナ教会へ向かったのだが、アニエスは城へ残った。
「お仕事中、すみませんが――」
アニエスは庭師に二年程前に植え替えられた樅の木があるかどうかを訊ねる。位置を教えてもらうと確かに小さな樅の木があった。枝振りからして、まず間違いなくアニエスがラルフ卿に贈ったものである。
城内で礼拝室を見つけたアニエスは戦没者の為に祈る。ラルフ卿が挑んだアガリアレプト地獄階層での戦いは激しかったと聞いていた。正式な発表はこれからであろうが、かなりの死者が出ているはずだ。
執事に宿り木の枝と天使の絵を描いた木札を渡して机の上に置いてもらうと、アニエスは門の近くでラルフ卿の帰りを待つ。しかし一向に戻ってくる気配はなかった。門番の監督官に聞いたところ、ラルフ卿が帰還する際に届く連絡はまだないという。
(「ラルフ様‥‥」)
それでも日が完全に暮れるまでアニエスは待ち続けた。
●ミサ
日が暮れるまでにアニエスを除く一行はルーアン内にあるカトナ教会を訪れる。
司祭の元で様々な式が執り行われていた。
(「全ての人々に安らぎを」)
クリミナは降誕祭を祝う気持ちと共にデビルとの戦いで命を落とした者達への祈りを捧げた。その隣で元ちびブラ団の四人も並んで目を瞑る。
式の一通りが終わり、比較的くつろいだ時間となる。
「見つけたぁ〜♪ やっぱりいたのねぇ、ブリウ先生にモーリスちゃん」
邪魔にならないように天井付近を飛びながらポーレットは見つける。ポーレットと同じくブリウとモーリスは宗教画家を生業としていた。
「あの、えっと‥‥。手紙に応えてくれて砦に絵を提供してくれてありがとぉ〜。‥‥ところでモーリスちゃんのハニーのローズちゃんはどこぉ?」
「ローズは家で休んでいます。あの、子供が産まれたばかりなので、その‥‥今日はわたしが家族の代表してこちらに」
「パパァンになったのねぇ、モーリスちゃん〜♪ おめでとぉ〜♪」
「そうなんですよ。ありがとうございます。ちなみに男の子でした」
ポーレットに報告するモーリスは猛烈に照れていた。笑いながらブリウはモーリスの背中を叩く。しばし談笑する三人であった。
●晩餐会
二十五日の夕暮れ時、騎士の一団がルーアンの城塞門を潜り抜けた。ラルフ卿を中心としたアガリアレプト討伐隊の一部帰還である。
「ラルフ様!」
城の敷地内に入ったラルフ卿に声をかけたのはアニエス。
「以前、頂いた手紙にあったように晩餐会へ参加されたのだな」
ラルフ卿は馬から降りてからアニエスに挨拶をする。
「そういえば立派な軍馬を二頭、頂いたと連絡が届いている。ありがとう、アニエスさん。今日見に行くのはこれから晩餐会故に無理だが明日にでも」
「それより、お疲れでしょうに。馬に乗られて戻られた方が」
「これくらいの距離、造作もない。歩いて行こう」
赤く染まる城の庭をアニエスはラルフ卿と一緒に歩んだ。
再会したら話したい事が山のようにあったはずなのに何故か言葉にならない。思い浮かぶのはどうでもいい事ばかりであった。
執事に預けた手紙の事は内緒にしたまま、アニエスはラルフ卿と別れる。そして晩餐会用のドレスへと着替えるアニエスであった。
やがて晩餐会が始まる。
鎧姿から身なりを整えたラルフ卿が現れて簡単な挨拶が行われた。十分も経たないうちに自由な時間となる。
「すごいのですよ〜♪ お肉料理だけ一口ずつ食べても、全部は無理そうなぐらい並んでいるのです☆」
立食の晩餐会が始まって一番はしゃいでいたのはシーナだ。とはいえ食い散らかすような真似はせずに最低限のマナーだけは守っていた。一緒に行動していたベリムート、アウスト、クヌットの目があったおかげかも知れないが。
ラルフ卿との挨拶の時間はテーブルの区画ごとに決まっていた。順番の時が近づくと誰もが食事を一度止める。シーナとラルフェンは長く話したい者もいるだろうと日常的な挨拶程度で留めた。
「初めまして。シスターのクリミナ・ロッソと申します」
クリミナはラルフ卿とは初対面だが、様々な形で間接的に繋がりがあったのも事実である。その一つが四人の子供達が借りた礼儀作法の本だ。
「おかげでいろいろと覚えられました。直接ポーム町のリュミエール図書館に届けた方がよいでしょうか?」
「役に立ってくれたのなら、わたしも嬉しい。届けるには及ばぬ。定期的に荷を運ぶので、その便で送るとしよう」
アウストが代表してラルフ卿に本を返す。本はそのまま近くにいたシスター・アウラシアに手渡された。
(「こうやって、子供達が大きく育っていく姿を見るのは本当に嬉しい事ですわ。ええ、まるで我が事のように――」)
子供達四人とラルフ卿のやり取りを優しい瞳で見守ったクリミナだ。
「絵が趣味ってお聞きしたのですけどぉ〜」
ポーレットは挨拶の際に絵画の趣味についてをラルフ卿に訊ねる。子供の頃は本気で絵描きになりたかったのだとラルフ卿は語ってくれた。
国土を奪われての復興戦争の直中、折った絵筆の代わりに刀剣を手にして今に至る。立場を越えて絵描きを目指せたとして、それがモノになったかどうかまでは定かではないとラルフ卿は笑った。
他にもモン・サン・ミシェルへの巡礼の旅をポーレットは話題にした。
「ステファちゃん達と泥に塗れて干潟を渡った時は、ホント死ぬかと思ったし〜」
「噂には聞くが、あの土地を渡るのはそんなに大変だとは」
興味のある話題の傾向がかなり合ったポーレットとラルフ卿であった。
(「コリルは仲良くやっているな‥‥。礼儀もちゃんとしている」)
ラルフェンは椅子のあるテーブルに腰掛け、頬杖をついて子供達の様子を眺めていた。カリナとコリルが女の子同士で笑っている姿はなかなかに微笑ましい。
「あ〜楽しかった♪ お父さんも楽しんでる?」
「もちろんだとも。そうそう。聖夜祭と誕生日の祝いを兼ねてになるが、これを渡すつもりでいたのだ」
隣の席に座ったコリルにラルフェンはリボンのついた木箱を贈る。その中には一本のナイフが仕舞われていた。
「聖夜祭に贈るには夢も可愛げもないが‥‥俺が家を出る時に爺様に貰った物だ」
「いいの? 大切なものなんじゃ」
「ナイフにしてはとても『重い』だろう? 魔力は込められているがあまり実用的でない。爺様は俺が意味を量り兼ねていると自分で考えろ、といっていた。結局教えて貰えなかったが、自分なりにその意味を考え納得してお守りとして来た。故にその意味でもってこのナイフをコリルに託そう。答えを言うのは簡単だが、コリルも考えてごらん」
「うん‥‥」
コリルが両手で持ってまじまじと眺めている姿をラルフェンは見つめ続けた。
やがて音楽が大きく演奏されるようになる。広間の中央でのダンスの時間が始まったのだ。
「アニエス、緊張しているな」
ラルフェンが青いドレスを着たアニエスを目で追う。
たくさんの着飾った美しき女性達にラルフ卿は取り囲まれていたが、どうやらうまくいったようで、アニエスが最初のダンス・パートナーとなったようだ。
ちなみに昨日の夜と今日の昼間、アニエスに頼まれて踊りの練習をつき合ったのがラルフェンである。
(「この時間がずっと続いたのなら‥‥」)
誘いの言葉の後、ラルフ卿は無言でアニエスと踊り続けた。高まる心臓の鼓動で舞い上がり気味のアニエスだが、だんだんとその事が心配になってくる。
「手紙は読んだよ。中庭だと人目がある。樅の木を知っているようなので、明朝にその近くで」
最後に頬をあてた挨拶をしたラルフ卿は囁いてからアニエスの元を立ち去る。立場上、たくさんの女性と踊らなくてはならないのが領主であった。
ラルフ卿と踊っていた時間が短かったのか、長かったのか。アニエスにはわからなかった。
「‥‥いい夜ですわね。この平和が続く事を祈って。出来る事なら、子孫の代まで」
クリミナは暖炉の近くで暖まりながらみんなの笑顔を見守る。
「あ、クリミナ先生ここにいたんだ。俺と一緒に踊ろうぜ」
クヌットがやってきてクリミナを踊りに誘う。最初は遠慮したクリミナだが、少しだけならといってダンスの相手を務めるのだった。
●樅の木
二十六日早朝。朝霧の中、アニエスが樅の木に向かうと影が見える。
「おはよう、アニエスさん」
「おはようございます。ラルフ様」
少しのためらいの後でアニエスはラルフ卿の瞳を見上げながら口を開いた。
「貴方の心の空にも、心の海にもなれないかも知れません。‥けれど、下書きされたまま、白と黒だけの『貴方の人生』に彩りを添える事は、きっとできると思うのです」
アニエスの、産まれてこれまでで一番の決心が言葉になる。
「‥‥たわいもない日常が綴られた手紙。気こそ張っていたがアガリアレプトワールドで迷いがなかったとしたら嘘だ。そんな中、あの手紙には自分が守るべきモノを再確認させてもらっていた」
ラルフ卿はマントの中に左手を入れて手紙を取りだす。それはどれもアニエスが送ったものだ。時にはヴェルナー城へ、時には砦『ファニアール』に送られた手紙は他の荷物と一緒に地獄階層のラルフ卿の元へ届けられていた。
「わたしはアニエスさんのことを大切に思っている。結婚しよう」
ラルフ卿の言葉にアニエスは頷いた。
「立場上、様々な仕来りを守らなくてはならないのですぐにとはいかないのだ。それに‥‥アニエスさんが満十五歳になるまでは待ちたいと考えている。誕生日の来年六月はきっとすぐ。聖夜祭が終わってしばらくしたらこの城に居を移してくれ。その為にわたしの近くへいられる安全な職を用意しよう」
最後にもう一つだけラルフ卿からの願いがあった。
地獄で無くした右腕だが自らの戒めとして治すつもりはないという。これだけは納得しておいて欲しいとラルフ卿はアニエスに告げるのであった。
●最後の晩餐
シーナは用事があった為に二十六日の朝方、パリ行きの帆船へ乗り込んだ。
残った一行はルーアン大聖堂内の壁画『最後の晩餐』の鑑賞をする。ミサの際に再会したブリウが案内をしてくれた。
「ポーレットさんに誘ってもらってよかった‥‥」
子供達四人の中で一番感激していたのはアウストである。他の子達も見とれていたが、アウストは誰にもいわれなければずっとその場に立ち尽くして動かなかったであろう。
「この音は‥‥笛のようだが違うな」
ラルフェンはどこからか聞こえてきた反響する調べに耳を傾ける。
「これはオルガンの音よぉ〜。大きな教会にしかないはず〜」
ポーレットに教えてもらってラルフェンはさらに耳を澄ます。大聖堂の反響と相まってこれまでに聞いたことがない、とても心を揺さぶるものだ。
「これは‥‥お会いできるとは思いませんでした。大司教様」
クリミナは現れた大司教と聖職者同士の挨拶を交わす。
しばし大司教の話を聞いた後で一行はルーアン大聖堂を後にする。
翌日の昼、帆船へ乗り込んで様々な思い出を胸に抱きつつルーアンを去った一行であった。