●リプレイ本文
●落ち込み
いつものように賑わうパリ冒険者ギルド。多くの冒険者がテーブルを囲んで話し合い、または掲示板の依頼書を眺めている。
受付カウンターも人々が集まる一角なのだが、今日は少し様子が違っていた。
「はぁ‥‥‥‥」
カウンターの隅っこに座る受付嬢のゾフィーが溜息ばかりをつく。どうやら自分では気づいていない様子である。
「どうしたんだ? ゾフィーさん‥‥」
真っ先に憔悴のゾフィーを見かけたのが桃代龍牙(ec5385)。
先日、ゾフィーにトリュフ料理を教えた中の一人だ。
レウリーとの仲がどうなったのかが知りたくてギルドに顔を出したのだが、とても聞ける雰囲気ではなかった。シーナ嬢はルーアンに出張中で打つ手が見つからない。
(「まずいなぁ‥全体が見えないし‥」)
桃代龍牙が悩んでいるとゾフィーがいるカウンター前にライラ・マグニフィセント(eb9243)が近づいた。
「ゾフィー殿、顔色は悪いし溜息ばかりしていて気になるさね?」
「ライラさん、あの‥‥そんなにおかしいですか? わたし」
他の用事でギルドへ立ち寄ったライラがゾフィーから事情を聞き始める。これはチャンスと桃代龍牙もカウンターに近づいた。立ち聞きは気が引けるのでちゃんと挨拶をして会話の輪に入る。
ここでようやくゾフィーが落ち込んでいた理由がわかる。レウリーとの喧嘩の顛末がゾフィーの口から語られた。
(「んふふふ‥あぁ、二人とも可愛すぎるな。んだよぅ、この似たもの同士のすれ違いは。レウリーさん不器用で可愛すぎるぞ! 萌死にそうだ」)
桃代龍牙はにやけた顔をゾフィーに見られないよう背中を向ける。当人達は真剣なのだろうが、端からすると初々しく感じられたからだ。
「ゾフィーさん、落ち込んでいる、でしょうか?」
「ちょっと変だよね。いってみようか?」
一緒にテーブルを囲んでいたエフェリア・シドリ(ec1862)と明王院月与(eb3600)もゾフィーの様子が気になっていた。
エフェリアと月与に続いて土産のお菓子を抱えてやってきたのはリュシエンナ・シュスト(ec5115)である。
「ゾフィーさん!」
まるで病人のようなこけた顔のゾフィーの様子にリュシエンナは驚きを隠せなかった。同時に何も聞かなくても大まかな理由は想像出来た。おそらく聖夜祭の夜、レウリーとうまくいかなかったのだろうと。
「みんな、ありがとう‥‥。もうすぐ今日の仕事はお終いだから‥‥」
励ましの声をかけてくれる冒険者達に感謝してゾフィーが笑顔を作る。その姿がとても痛々しく感じられた。
約一時間後、エフェリアを除いた冒険者達は、帰宅するゾフィーを心配して一緒にギルドを去ってゆく。
エフェリアはしばらくゾフィーを知る仲間が来ないかを待ち続けた。そしてやって来たのが、アーシャ・イクティノス(eb6702)、リア・エンデ(eb7706)、鳳双樹(eb8121)の三人である。
エフェリアが三人に事情を話しながら向かったのはゾフィーの家。
「恋する女の子の味方、アーシャ参上〜! というわけで、落ち込んでいるゾフィーさんを励ましにきました」
アーシャが勢いよくドアを開けて室内に足を踏み入れる。すると椅子に座ってテーブルに上半身を伏せているゾフィーの姿が真っ先に目に入った。
「ゾフィーさん、鳳双樹です。事情はエフェリアさんから聞きましたよ」
「リア・エンデなのですよ〜。人を想うのは大切なのですよ」
鳳双樹とリアがゾフィーの両隣の椅子に座って声をかける。
お湯が沸くとアーシャとエフェリアが持ってきてくれた葉で紅茶が淹れられた。シュクレ堂の焼き菓子、リュシエンナのまだ温かさが残る菓子、ライラ特製の生クリーム入りのとても薄い生地のパンがテーブルに並んだ。
(「シーナさんならこれで元気、なのです」)
エフェリアは紅茶のカップを両手で持って頂く。
「レウリーさんの気持ちは分からないでもないです。とても黒分隊長を尊敬しているのでしょう」
「ええ、レウリーはとてもラルフ卿の事を尊敬しています」
アーシャは事の整理をしながらゾフィーに話し始める。
「でも、先にお二人が結婚して隊長さんを安心させたほうがいいんじゃないかな〜って思うのです。もしかすると『じゃあ、自分も‥』という気持ちになれるかもしれない」
最後に私も周りにアピールしてますよと『ノロケ』を忘れないアーシャである。
「大好きな人と一緒になりたいって気持ちは諦めちゃいけない事なんだって思うの」
「わたしもそう考えたいのですけれど‥‥」
月与は桃代龍牙とアーシャの紅茶を淹れ直しながらゾフィーに言葉をかける。
「状況が許さない時もあるけど、せめて婚約をして安心させてもらおうよ。その位は騎士の奥様になる人にだって、我慢せずにお願いしちゃっていいと思うの。ね」
月与が口にした婚約という言葉を聞いてゾフィーは深く俯いた。それを望んでいたのは確かだが、あらためて言われると顔から火が出そうになったからだ。
次にゾフィーへ語りかけたのはリュシエンナ。普段より強い瞳をしていたのは誰の気のせいでもない。
「感情が先に立つのは当たり前だと思うの。だって好きの気持ちから始まるんだもの。理屈で雁字搦めにしちゃったらその大事な気持ち、見失っちゃう。なりたいのは『騎士の妻』じゃなく先ず『レウリーさんの奥さん』‥でしょ?」
立っていたリュシエンナは中腰になり、ゾフィーの膝の上に置かれた右手へ両手を乗せた。赤い目をしたゾフィーがゆっくりと頷く。
「後の難しい事は、その時に二人一緒に考えてもいいと思いますよ。でも実際、騎士の家族って大変よね」
最後にゾフィーへ微笑むのを忘れないリュシエンナであった。
「問題はレウリー殿だが‥‥」
ライラはブランシュ騎士団の知人にレウリーの事を聞いてみる事にした。ただ今日のところはゾフィーを元気づけるのに徹するつもりだ。
「俺は城にいるはずのレウリーさんとの連絡をとろう。といっても人相を知らないからな。教えてもらえるだろうか?」
「少し‥‥待って下さいね」
桃代龍牙に訊ねられたゾフィーは似顔絵を描いてくれる。
「一緒にケーゲルシュタットするのです。みなさんもどうでしょうか?」
エフェリアはケーゲルシュタット・セットを荷物袋から取りだした。以前にも遊んだ事があるデビルに見立てた棍棒を木球で倒すゲームである。
「さあ〜一緒にやりましょう♪ ゾフィーさん」
元気いっぱいに鳳双樹が棍棒を床に並べ始める。
すぐにゲームは開始された。
「私にもとっても大切な人がいるのですよ〜。とってもと〜っても大好きで、自分よりも大切な私の一番の人‥‥」
リアが隣に座ったゾフィーに静かな声で語りかける。
「その人が悲しむと私も悲しいですし、その人が喜んでくれるのが私の一番の喜びなのです〜。いつだってその人の側にいたいし、その人を手伝ってあげたいのです〜。でも‥‥その人には愛してるとは言えないのですよ〜。言葉にしてしまったらきっとその人は困ってしまうのです‥‥」
「その人は、」
いいかけてゾフィーは口をつぐんだ。
「本当は私をもっと見てほしいとも思うのです〜。でも‥‥その人はみんなに愛されてる人で‥‥私もみんなの為に頑張っているその人がと〜っても大好きで‥‥それに早く年老いてしまうその人を私の為に縛りたくないから‥‥だからその気持ちも私の胸の中に閉まっておくのです♪ 楽しい時間はとても早く過ぎて‥‥私は言えない気持ちを抱いたままで‥‥でもそれが私の『愛のかたち』なのですよ〜。その人が幸せでいてくれれば良いのです〜♪」
ゾフィーがリアに何度も頷いた。
「でもでも〜、ゾフィー様とレウリー様の『愛のかたち』はきっと違うと思うのです〜。だからあきらめないで欲しいのですよ〜」
零れる涙を右の人差し指で拭うリアであった。
●調査
冒険者達は日々時間を見つけては訪ね、食事やケーゲルシュタットでゾフィーを元気づける。
「フェリクス卿から聞いたレウリー殿の印象はゾフィー殿とそっくりなのさね」
ライラはブランシュ騎士団緑分隊長のフェリクスから得た情報をゾフィーが仕事でいない時に仲間へと伝えた。さらに加えてここ数日の間、城内で姿が見かけられていないという。
「なるほどな。何となく想像はついていたが」
桃代龍牙は顎をさすりながらうんうんと頷く。
「そうと聞けば、やることは一つだ」
桃代龍牙が出かけた先はコンコルド城の門近く。ひたすらにレウリーが現れるのを待った桃代龍牙だ。
数日前から桃代龍牙はレウリーとの面会を断られ続けていたので、見張る作戦に切り替えたのである。
(「なかなか会えないな‥‥」)
桃代龍牙は食事の時間も惜しんで、道ばたでシュクレ堂で買った焼き菓子をかじり牛乳を飲む。たまたま売っていた固茹で卵も頬張ってみた。
「お前、ここで何をしている!」
突然、喉元に槍を突きつけられた桃代龍牙は数歩退いた。槍を手にしていたのは城の門番。どうやら不審人物と間違えられたようだ。
「その顔、見覚えあるぞ。レウリー卿との面会をしつこく願っていた輩だな。もしや命を奪おうと」
「ち、違う。何もしないからレウリーさんに会わせてくれ。ほら、抵抗するつもりはない」
桃代龍牙は両手を挙げて降参の格好をする。
「わたしの名を呼んでいたようだが‥‥。どうかしたのか?」
騎馬に乗った鎧姿の男が桃代龍牙の近くで停まる。その騎士はレウリーであった。
●レウリー
門番からの誤解が解けて桃代龍牙は解放される。レウリーと約束をし、仲間を連れてやって来たのはレストラン・ジョワーズの個室。
簡単な食事をとりながらレウリーと冒険者達は話し合う事になった。
「どうしたらいいのかわからないのですよ〜」
たまたまジョワーズに向かっていた時に合流したのがシーナ。ルーアンから帆船で帰ってきたばかりである。幸せ一杯だと思っていたゾフィーとレウリーの仲が大変になっていると聞かされて、オロオロと戸惑うばかりだ。
「冒険者してると色々な人のお話を聞く機会があるんだけどね。一番悲しく思うのって、大切な人を待たせて、幸せにするぞ‥って時に何かの事故でそれが果たせなかった人達の様な気がするの。どんなに大切に思って、どんなに必死に守りきろうとしても守れない時があるの」
月与は後悔しないようにとレウリーに結婚を促す。
「そうなのですよ。ゾフィー様はきっと待っていると思うのです〜、その不安を打ち払い幸せにするのは男の人の役目なのですよ〜」
「その通り、その通りです」
懸命にレウリーに話すリアの横で鳳双樹が相槌を打つ。
「自身の結婚と黒の分隊長殿を敬愛する事は別の話だと思うさね」
ライラは部下が結婚しないその事実が逆にラルフ卿に気をつかわせてしまうのではとやんわりと伝えるのだった。
「いつまでもゾフィーさんが待っててくれるって、レウリーさん、安心してませんか? 幸せは‥必死に捉まえていても、思いがけず零れていくもの。今ある幸せは全然当たり前の事じゃなくって。レウリーさん、隊長さんと結婚する訳じゃないですよね?」
リュシエンナの言葉に一同から笑いが洩れる。
「ゾフィーさんへの言い方がまずかったな、言葉ってのは、特に恋が絡むと難しいんだぞ? ゾフィーさんから聞いた話だと、まるで結婚したくないみたいだ。それじゃあ上司二人が朴念仁の――」
桃代龍牙は言いたいことをいった上で、なるべくレウリーのフォローに回る。
「仲直りしたりするのなら、ケーゲルシュタットなのです。知らないならやり方教えるのです」
エフェリアの意見でレウリーとゾフィーを含めて全員でケーゲルシュタットをやることになった。
「これでいいさね」
大会が始まる前にライラは会場となるシーナの家の玄関に祈りを込めて天の破魔矢を掲げておく。
「目が回るのですよ〜。はぅ〜」
さっそくの第一投目。木球を投げ損なってグルグルと回って倒れたリアを鳳双樹とシーナが看病する。
「守るべき人がそばにいるなら手をさし伸ばしましょう。それが騎士じゃありませんか」
アーシャはゲームの合間にレウリーへ話しかけるのだった。
「たくさん倒したのです。倒したので、デビルさんいなくなってしまいました。いなくなったので、ブランシュ騎士団さん、おはらいばこなのです。おはらいばこ、なのです」
エフェリアはレウリーを見上げながら何度も呟く。倒した棍棒はデビルを意味する。昨今の状況を表現しているのは間違いなかった。
「わかったよ、エフェリアさん。少し失礼するね」
レウリーはエフェリアの頭を撫でてからゾフィーの元に近づいた。そして庭へと連れだす。
「わたしが間違っていたよ、ゾフィー。結婚しよう、君がよければ出来るだけ早くに」
「レウリー‥‥」
ゾフィーは涙を零しながら何度も頷いてみせる。
室内に戻ってきた二人はみんなに結婚する意志を報告した。
「それではちょっと買い物にいってくるさね。前祝いとしてご馳走を作るよ。っと、その前に」
ライラはおめでとうと声をかけながら二人に『蜜酒「ラグティス」』を贈る。
「一緒に行ってくるね。金剛を連れていけば荷物運びは楽だからね」
月与は愛馬を連れてライラを追いかけてゆく。
「シーナさん、おうちにあるもの使ってもいい? たくさんありそうだけど」
「もちろんなのですよ〜♪ お野菜もあるし、ルーアンからアイスコフィンで凍らせて持ってきた、お刺身用の海のお魚もあるのです☆」
リュシエンナも調理の開始である。シーナから食材をもらって、まずは出来るものから始めた。
「双樹ちゃんと一緒にいってくるのですよ、シーナ様」
「助かるのです〜。焼き菓子といろいろなパンも買ってきてくださいな〜」
リアはシーナに声をかけてから鳳双樹と出かける。行き先はパン屋『シュクレ堂』。さすがに自家製パンを焼く時間は残っていないので、ここはシュクレ堂製を頂く事にしたのである。
「早くにといっていたが具体的に決めているのか?」
「それそれ! わたしも気になっていました!」
桃代龍牙とアーシャに訊ねられたレウリーは困った顔をしたが、教会さえ押さえられれば来年の一月中にと答える。
「結婚するなら、結婚衣裳を着たふたりの姿、絵に描きたいです」
エフェリアの呟きにレウリーとゾフィーが目を大きく見開いた。教会の前に製作時間がかかる指輪と結婚衣装を注文しなければと。
その日の夜、美味しい食事を頂きながらレウリーとゾフィーを祝福した一同であった。