●リプレイ本文
●立ちのぼる湯気
吹き荒ぶ冬の風がより寒く感じられる夕暮れ時、パリのエテルネル村出張店『四つ葉のクローバー』には多くの人が集まっていた。
その日は朝から店は休み。昼頃から店内にテーブルを運び込んで、さらに料理の準備が行われた。デュカスとフェルナールの兄弟、店長ワンバと店員ノノ。さらにギルド嬢シーナが張り切ってすべてが整う。早めに来店して手伝ってくれた参加者もいた。
「お久しぶりですデュカスさん。本日はお招きありがとうございます」
「本日はお招きありがとうデス。蒼樹のおじさんから御噂はかねがねお伺いしているデス」
一緒に訪れた壬護蒼樹(ea8341)とラムセス・ミンス(ec4491)は入り口近くにいたデュカスに挨拶をする。
「お二人とも来て頂いてありがとうございます。楽しんでいってくださいね」
デュカスが指し示した店内にはいつもと違ってテーブルと椅子がいくつも並ぶ。すでに何人かの参加者が席について談笑していた。
「このお礼は今度そちらの村を訪れた時、働いて身体で払いますね。ところでシーナさんはどちらに? 何だか豪快な料理をしていると噂に聞いたので」
「お礼なんて気にしなくてもいいですよ。シーナさんは裏の庭にいるはずです」
デュカスに会釈して壬護蒼樹は店内を通って裏側へと向かう。ラムセスは精霊の柳絮とそれいゆを連れて席に座る。
(「ご馳走デス‥‥」)
料理を前にラムセスは唾を飲み込んだ。
「一緒に座るのです。シーナさんの席もとっておくのです」
「はい♪」
到着ばかりのエフェリア・シドリ(ec1862)は会食に誘った川口花と並んで腰掛ける。ちなみに花の迷子癖が出ないようになるべく広い道を選んで、ここまでやってきたエフェリアだ。
「旦那様、そろそろでしょうか。皆様、揃ったと思います」
「そうだね、冬霞。シーナさんは先にやっていてくれっていっていたし」
デュカスは妻の柊冬霞(ec0037)に相づちを打ち、店内の奥へ移動する。
「それではみなさん。鍋底が焦げないうちにまず頂きましょうか」
デュカスの一言に歓声があがった。
どのテーブルにも湯気がのぼる鍋が置かれていた。主に白ワインとチーズで作られたチーズ・フォンデュで満たされている。
茹でた野菜や肉、それにパンが一口大に切られて皿に並ぶ。専用の鉄串も用意されていた。
●ブタの丸焼き
「こんが〜りっ、中まで火が通るように〜♪」
店内で会食が始まった頃、店の裏側にある庭ではシーナが唄いながら子豚の丸焼きをしていた。特別発注で作ってもらったブタの丸焼き用組み立て式台のハンドルをゆっくりと回す。
「いい匂いだな。とても」
ラルフェン・シュスト(ec3546)は屈んで薪をくべる。あまり火が強くならないように注意しながら。
回転するブタから脂が滴る様をリュシエンナ・シュスト(ec5115)がじっと観察していた。各所に切れ目を入れて背脂を足しているおかげで全体に旨味が行き渡っているはずである。
「シーナさん、そろそろいいかも」
外側を黒焦げにせず、中まで火が入るようにしなければ丸焼きは失敗してしまう。熱を中まで伝わらせる為に鉄串が何本も刺してあった。リュシエンナはそのうちの一本を抜いて確かめる。
「リュシエンナさん、了解なのです〜☆ あ、壬護さん」
シーナは裏口のドアから屈みながら出てくる壬護蒼樹を見つけた。
「運ぶの手伝いましょう」
壬護蒼樹は革製の手袋をした上で厚い濡れた布を巻き付けて鉄棒を握る。反対の端はラルフェンが持ってくれた。
「ちょっと待ってね」
「そこ危ないのです〜」
リュシエンナとシーナはドアを開けたり邪魔な物を退けたりしながらブタの丸焼きを運ぶ二人を店内に導いた。
●各々のテーブル
「それでは牧場の人達や牛達、チーズ生産の人達に感謝して頂く事にしましょう」
中央のテーブルではクリミナ・ロッソ(ea1999)が十字を切ってお祈りをしてから食事が始まる。
「どうしたらいいんだろ? クリミナ先生、知っていますか?」
「こういう時の食事は『楽しく頂く』事が一番ね」
アウストに微笑んだクリミナは、さっそく鉄串の先にパンを刺して鍋の中に沈める。底を擦ってとろけたチーズの海をかき回すようにパンへ絡めた。そしてチーズが乗ったパンを美味しそうに頬張る。
「こ、これでいいのかな?」
アウストを始めとして、元ちびブラ団のベリムート、クヌット、コリルもクリミナの真似をする。
「ダブルで頂くぜ!」
クヌットは両手に串を持ち、二つのチーズが絡まったお肉を口に入れる。
「アヂッ!」
「もぉ〜」
熱くてハフハフッしているクヌットの様子をやっぱりという表情でコリルは横目で眺める。さっと水の入ったカップを手渡すのも忘れなかった。
話しが盛り上がってきたところでバタンと店奥のドアが開く。
「お待たせしましたのですよ〜♪」
「熱いですから」
まずはシーナがドアを潜り抜け、続いてリュシエンナが入る。最後に壬護蒼樹とラルフェンが二人がかりで担いできた子豚の丸焼きを空いていたテーブルの上へとのせた。
「ここは任せてね。ハティにプレゼントしてもらったこの包丁でっと‥‥」
リュシエンナが手にしたのは玉鋼の包丁。ハティ・ヘルマン(ec6747)から譲り受けた逸品だ。力を大して入れずにすっとブタの丸焼きに刃が入る。
これでチーズフォンデュの他に美味しそうな料理が一品増えた。
「さてと、こっちもこれで。チーズに合うって聞いたんでね」
諫早似鳥(ea7900)は寒風にさらして乾燥させた乾餅を菜種油で揚げ終わる。一口大に切られた乾餅には塩味がついていた。皿に盛って各テーブルに置いてチーズフォンデュの具にしてもらう。
「すごい〜♪ チーズとジャパンのお餅がこんなに合うなんて〜。ほら、ハティさんも食べてみて〜」
「あ、ああ‥‥」
ハティはコリルがいうように乾餅をチーズに沈めてから口に運ぶ。コリルと目を合わせるとコクリと頷いて見せた。
「あらあら、もうすぐご結婚なさるの。おめでとう、レウリさんとゾフィーさん」
ナオミ・ファラーノ(ea7372)は向かいに座っていた結婚間近のレウリーとゾフィーのカップルを祝福する。
「そうね‥‥。知ってる? チーズフォンデュの楽しい食べ方。鍋の中に具を落とした時の罰ゲームを設けておくの。例えば指名された誰かの頬にキスをするとか、一曲歌うとか」
ナオミの言葉にレウリーとゾフィーが顔を赤くして見合わせる。初々しさに思わず『ごちそうさま』と声をかけるナオミであった。
ひとまず自分に課した仕事が落ち着いた諫早似鳥は愛犬の小紋太を呼び寄せた。引き続きセレスト・グラン・クリュ(eb3537)が招待した教会からの子供客を見守るよう言い聞かす為に。
「子供等が落ち着いていたら少しは自由にしてもいいからな。お零れ期待するならシーナか、子爵夫妻の足元へ、だ。幸運を祈る」
そういって諫早似鳥は再びテーブルの下に愛犬を潜らせた。
(「さてどうしたもんかね」)
諫早似鳥は仲むつまじいアニエス・グラン・クリュ(eb2949)とセレストの様子をそっと眺める。セレストが用意したスープフォンデュやオイルフォンデュをチーズフォンデュと一緒にみんなで楽しく頂いていた。
寄り添う笑顔の娘に微笑む母。
会食が始まる前に『アニエスについてルーアン城で暮らす気はない?』と諫早似鳥はセレストに問われていた。自分ではお互いに甘えるからダメだと。それはラルフ候に、そしてノルマンの為にならない事だからと。
答えを保留した諫早似鳥は裏手で料理を摘みながら考えるのであった。
店奥のテーブルにもたくさんの人が集っていた。
「アロワイヨーさん、ミラさん、お久しぶりです〜」
そういいながらアーシャ・イクティノス(eb6702)はアロワイヨーとミラのカップにワインを注ぐ。ちなみイクティノスは旧姓である。
(「炎のダイエットチェック発動! ‥‥よし、許容範囲内です」)
アロワイヨーの体型を確認するのも忘れないアーシャだ。かつて減量を手伝ったよしみである。
「私の夫はイスパニアへ一足先に帰っているから、しばらくは私だけパリに残っているのです」
「あら、それは大変です。寂しくはありませんか?」
心配そうな顔をしたミラにアーシャが首を横に振った。
「離れても大丈夫、深い愛には距離は関係ないのです。アロワイヨーさんとこもそうでしょ?」
ミラとアロワイヨーが手を握りあっている姿にアーシャはうんうんと頷いた。
アーシャはワインの容器を手に、いろいろな人のところへ挨拶に回る。
「エリスさん、お久しぶりです〜」
「アーシャさん。お、ありがとうね」
アーシャが注いだワインを一気に飲み干すエリス・カーゴ。カーゴ一家の女将としてその名は世間に轟いている人物だ。
「腕っ節なら自信あるから、もっとたくさん一緒に戦いたかったです。体が2つあったらよかったのに」
「また何かあったら駆けつけてね」
今度はエリスが注ぐワインをアーシャが一気に飲み干す。
結婚間近のレウリーとゾフィーの元もアーシャは訪ねた。
「いよいよ結婚ですね。ゾフィーさんの幸せを祈っていますから」
「ありがとう、アーシャさんもね」
アーシャとゾフィーは二人で陽気な歌を口ずさむ。
そしてアニエスにも声をかけた。ブランシュ騎士団黒分隊長のラルフ卿と結婚するというもっぱらの噂である。
「ご結婚おめでとうございます」
「アニエスさんも想いが通じて良かったですよ〜。わ〜、お花ありがとうございます」
アニエスから受け取った花にアーシャは顔を近づけて喜ぶのであった。
「領内はだいぶ落ち着いてこられましたか?」
十野間空(eb2456)はアロワイヨー夫妻と同じ奥のテーブルへついていた。
「領民の生活は安定してきています。少なくとも食べ物は足りているはず。しかし‥‥」
アロワイヨーは気になるいくつかの懸案を口にする。
「理想の姿を実現するのには時間が掛るかもしれませんけど、きっと何時か辿り着けると信じています。私も、愛する人と共に二人の理想に向けて歩んでいくつもりでいます」
「ええ」
「何時かアロワイヨーさん達と夢の成就を祝える日が来る事を祈ってます」
「私もその日が来るのを。十野間さんの幸せと一緒に」
十野間空はアロワイヨーと握手を交わす。
「デュカスさんの村の様子はどうですか?」
「うちは順調です。冒険者のみなさんのおかげでこれといった心配事はなくなりましたので」
「また、何か手伝えることがあったら是非声を掛けて下さいね」
「収穫の時期になればお願いすると思います。よろしくお願いしますね」
十野間空は村で穫れた野菜にチーズを絡めて頂きながら会話を弾ませる。
「そうなんですか、順調なのですね」
コルリス・フェネストラ(eb9459)もデュカス、十野間空とエテルネル村の話題に花を咲かせていた。そして話題がワンバとノノに移った時に初めて二人が恋人同士だと知る。
「ワンバさん、おめでとうございます」
「いや、そうあらためていわれると照れるもんやなぁ〜。ありがとうな」
「あ、ありがとうございます」
コルリスの祝福に照れた様子のワンバとノノであった。
「ローズお姉ちゃんとモーリスお兄ちゃんの赤ちゃん‥‥可愛いなぁ〜〜」
「抱いてみます?」
アロワイヨーと同じ席には明王院月与(eb3600)とクレマン夫妻の姿もある。モーリスとローズのクレマン夫妻は玄間北斗(eb2905)が招いていた。
「誘いにいったらモーリスさん、パパさんになっていて驚いたのだぁ〜」
久しぶりに会った時の事を話しながら月与が抱く赤ん坊に目を細める玄間北斗である。
「呼んで頂いてありがとう御座います。久しくこういう場には来てなかったので」
モーリスはローズを気遣いながら料理を食べていた。
テーブルには玄間北斗が食材を集めて明王院月与が作ったジャパン風の鍋もある。鮭が入った鍋。そして肉と野菜、餅とうどんが入った鍋だ。
「ほら、うまいぞ。みんな食べろよ」
シルヴァの家族は特に気に入ってくれたようだ。最後にお汁粉もある。
「モーリスさんとローズさんが結婚してからもうそんなに立つんですね‥‥つい先日の事の様に思っていました」
赤ん坊の小さい手を触りながら十野間空は感慨深く呟いた。
「は〜い。新しい具ね〜。熱いうちにお召しあがれ♪」
セクシーメイドドレスをまとって給仕をしていたのはシルフィリア・ユピオーク(eb3525)である。
「あ、シルフィリアお姉ちゃん。料理作るときに手伝ってくれてありがとうね」
月与がお礼をいうとシルフィリアはウィンクで返す。
(「ミラさん、前も素敵だったけど、更に素敵になったね。やっぱり想い人と一緒に歩むと違うもんなのかな? あたいも良い人を見つけないとねぇ〜」)
優しい雰囲気のミラを眺めながらシルフィリアは心の中で呟くのだった。
「ここはあたたかな気持ちで一杯なのだぁ〜」
そういって玄間北斗はトロリとチーズがついた根野菜を口に放り込んだ。
出入り口付近にもテーブルはある。
「ツィーネ殿は最近どうだ? ここしばらくギルドの仕事を請け負っても別々だったからな」
「戦場跡の近くでは亡霊の噂が多い。そういうのに対処しているこの頃だ」
西中島導仁(ea2741)はツィーネ・ロメールと酒を酌み交わしながら料理を楽しんでいた。
以前に告白した事が気になる西中島だが、今は無理に答えを聞き出すつもりはなかった。しばらくは一緒の依頼に入ってお互いを知るべき時期だと考えていたからである。それでもわずかな期待を秘めて懐の奥には指輪を忍ばせてあった。
「いつも亡霊の依頼が出るとは限らないが‥‥、他の依頼に入る前に少しぐらいは待っていて欲しいものだ‥‥」
ツィーネが西中島から顔を背ける。
「わ、わかった。次はちゃんと待とう。必ずだ、必ずそうする」
慌てて西中島が答えると振り向いたツィーネは微笑んだ。
「これ、すごいね。チーズ、とろとろだ」
「そうか。たくさん食べていいからな。この蒸し鶏も美味しいぞ」
ツィーネと一緒に暮らしている少年テオカはリンカ・ティニーブルー(ec1850)と一緒に楽しむ。
「おっしゃ〜〜!! 次はこの鍋や〜〜〜♪ こっちも喰いまくるで〜♪♪」
子供とはいえリンカが男性に触れられるのはまずいので、間にはイフェリア・アイランズ(ea2890)が座っていた。ツィーネとお喋りしたかったイフェリアだが、懸命な西中島の姿に今は食事に集中していた。
リンカが李雷龍(ea2756)と共にデュカスがいるテーブルへと移動する。そして村の話を聞いた。うまくいっているようで安心したリンカである。
「デュカスさん、パーティと聞いて馳せ参じましたが、やはりこういうのはいいですね」
「早くに来てのお手伝いありがとうございました。後はゆっくり楽しんで下さい」
李雷龍はデュカスと世間話をしてから元いたテーブルへと戻った。そして空になった皿とニカッと笑うイフェリアを目撃する。
「もう少し用意した方がよさそうですね」
「そやな。うちも手伝うで〜」
そういって調理場に移動した李雷龍とイフェリアであった。
「あ、ゲドゥルさん!」
クレア・エルスハイマー(ea2884)は新たな来店者に椅子から立ち上がる。
「お手紙を頂きまして。カルメンは仕事の都合で無理でしたが、わたしはパリに出向く用事がありましたので立ち寄らせてもらいました」
「突然で無理をいってすみませんでしたわ。さあ、さあ、こちらに」
クレアはゲドゥルを自分の横に座らせて近況を訊ねる。ゲドゥルはルーアンにある海運会社で社長秘書をしている人物だ。
どうやらカルメン社長との仲は順調に進んでいるようだ。先程『カルメン』と呼び捨てにしたところからもクレアは感じ取っていた。現在は同棲しているらしい。
「喜んで頂けるといいのですが」
「ありがとう。とてもかわいい花」
その頃、アニエスは結婚間近のゾフィーに雪割草の鉢植えを贈っていた。最近結婚したアーシャにも渡した祝いの花である。
ゾフィーを含めて親しい者達にはラルフ卿との慶事を報告する。そして機会を見つけてレウリーにお酌をしながら相談を持ちかけた。
「先だって、ある方のお誕生祝に手製の椅子を贈ったのですが、先方が喜んだのは輸送に用いた馬の方で――」
うつむき加減にアニエスは語る。忙しい方なので椅子に座る時間もないのだろうと。
「雑事を肩代わりし穏やかな時間を作って差し上げるか、椅子を別物に作り変えるか。どちらが最善でしょうか?」
アニエスの問いにレウリーは勘づいた様子で答えてくれた。おそらくその方は贈られた椅子を大変喜んでいるであろうと。
「特に何もする必要はありません。そのままでいいんです。きっと近いうちにアニエスさんも、その人物が椅子に揺られている姿を見かけられるでしょう」
レウリーにアニエスは小さく頷くのだった。そして招いたシモンとエリーヌの元へ向かう。
「今年のワインもいい出来でした。おかげでパリのみなさんに楽しんで頂いています。ここで使っているワインもとてもよいものですね」
「デュカスさんが聞いたら喜びます」
話すシモンとアニエスの横にいたのは、よく笑うシモンとエリーヌの幼い娘である。
「優しく遊んであげてね」
シモンとエリーヌの娘を見つめるピュール助祭と共にやってきた教会の子供達に、セレストは声をかけた。まだお腹一杯にはなっていないようで、席から立とうとはしない子供達だ。
「ふふ、懐かしいわね‥‥」
セレストは脳裏に思い出を浮かべた。
戦火激しい少女時代。五人兄弟肩寄せあって一つ所で食事した事を。苦いどんぐりパンや野草粥を争うように食べた事を。
「どうか『愛情』も一緒に分け合ってね」
誰にも聞こえないような小さな声でセレストは子供達に囁いた。
髭の情報屋にも声をかけたセレストである。当人はセレストの視界の中でお酒を頂いて喜んでいるが、一緒に訪れてくれたのはクロードだ。本名バリオ・ロンデアという人ではないバンパネーラである。しばらく旅に出ていたが最近パリに戻ったという。
始まる前に顔を出しただけで会食には参加しなかったが、セレストは久しぶりに会えてとても嬉しかった。
「こちらをつけても美味しいわよ」
セレストは子供達にシトロンの果汁をベースにしたソースと、刻み玉葱一杯のソースを勧める。マスタードソースもあったが、こちらは大人の味だ。
「おお、エフェリアさんふわふわパンを買ってきてくれたのですね〜。実は後でお土産の分もあるんですよ♪」
シーナはエフェリアの隣に座って食事を頂いていた。
「ぶたさんまるやき、美味しいのです。花さんも食べるのです。‥‥?」
エフェリアは足下にすり寄ってきた子猫のスピネットにブタの焼き肉をお裾分けしてあげる。
「エフェリアさんの猫はいつみてもかわいいですね♪」
花もかまってくれてスピネットが喜ぶ。
シーナはブタの丸焼きを頂いてからチーズフォンデュに手を付けた。
「シーナさん、これも食べてね♪」
「おお〜。どれもこれも目移りしてしまうのですよ〜」
リュシエンナがチーズとハムのパイがのった皿をシーナの側に置く。
(「どうしようかな?」)
残念ながら兄のラルフェンは元ちびブラ団がいるテーブルにいて、シーナはデュカス達のテーブルについている。考えた末にリュシエンナはまずシーナと一緒に料理を頂くことにした。食事の時間が後半になれば人が入れ替わるだろうと。
(「自分では気づいてないんじゃないかな。きっと」)
離れた位置からラルフェンとコリルの姿を眺めたリュシエンナは微笑んだ。誰が見ても親子の姿である。
「一年前の書初め、覚えてますか? デュカスさんの想いがどんな形になったか‥‥訊いてみたかったんです」
斜向かいに座っていたデュカスにリュシエンナは声をかける。一年前、デュカスが描いたのは文字ではなくブタの絵であった。
「ブタの飼育はうまくいきましたよ。このシーナさんが焼いてくれた丸焼きが示すように。村の繁栄の象徴ですからね」
デュカスに何度もリュシエンナは相づちを打つ。そして宙に指先で四つ葉のクローバを描き、ハートで包み込む。
(「見つけた幸運を心に確り抱いて、皆が新しい道を歩いてく‥‥どうか良い旅路でありますように」)
そう祈るリュシエンナだ。
(「シーナさんとバヴェットさん、いい勝負なのです」)
チーズをつけた焼き菓子を食べながらエフェリアは目の前で繰り広げられている女同士の戦いに注目していた。
(「でもシーナさんには余裕があるのです」)
エフェリアは骨付き部分の肉をシーナが犬の小紋太にあげているのを見逃さない。それは決してズルではなかった。
シーナとバヴェット夫人の食べっぷりは凄まじい。瞬く間に皿が積み上がってゆく。
後で必ず絵にしようと思うエフェリアだ。もちろんゾフィーとレウリーの絵も。
「おじさん‥‥もう少し落ち着いて食べたらいいデス?」
「いや、落ち着いているぞ。まだまだだし」
ラムセスの前で壬護蒼樹が自分のお腹をぽんと叩く。シーナ、バヴェット夫人といい、このテーブルには食欲魔人がたくさん潜んでいた。
チーズフォンデュから始まってあらかたの料理を口にしたラムセスは満足する。そしてこっそり元ちびブラ団がいるテーブルへと移動する。
「ベリムートの飲み物は赤ワインか。口をつけるだけにしておいた方がいいんじゃないのか?」
「長期の船旅だと水が腐ってしまうから長持ちするお酒を呑めるようになっておかないとね。命に関わるから少しでも慣れておかないと」
ラルフェンもベリムートにつき合ってカップのワインを呑み干す。
やがて席を移ってきたリュシエンナは元ちびブラ団の子供達を一人ずつ抱きしめていった。
「いってらっしゃい‥‥」
「うん。必ず戻ってくるからね」
涙を流しながらリュシエンナは激励の、しばしの別れの言葉を囁くのだった。
「そうなのデスか。それなら皆をお見送りに行くのデス」
「ありがとう、ラムセスさん。ずっと友達だからね」
ラムセスはアウストから話しを聞いてブルッヘに出かける気持ちを固める。
「さてと、お腹一杯になったところで‥‥。うへへへ‥めんこい姉ちゃんがたっぷり‥‥」
イフェリアはかねてよりの計画通り、シフールの羽根を羽ばたかせて物色を始めた。
「久々のっ! チチだーいぶっ!! ぐふっ‥‥」
全員ではないがこの場にいる多くは屈強な冒険者であるのを忘れていたイフェリアだ。簡単に隙を見せる者など一人もいなかった。
「やっぱうちにはツィーネはんだけや〜」
あきらめてツィーネの胸元にダイブするイフェリアである。
「最近はどやった? 何かややこしい事になっとれへんか? うち、これでも心配しとるんやで?」
「今は平気だ。依頼といえば単純なものが多いな。複雑な裏があるものは、バティ領以来ないぞ」
「そっか♪ そんならええんや。うち、月魔法覚えたで♪ ま、みっちーはそれ以上に強うなってもうとるけどな〜」
イフェリアとツィーネは互いに近況を話す。
「うちの力がいる時は、遠慮のう言いや? 全力で手伝いするさかいな♪」
「必ず呼ばせてもらうよ」
『にぱ』と笑顔のイフェリアは強くツィーネを抱きしめてから離れるのだった。
「あの旦那様‥‥」
「どうしたんだ。あらたまって」
冬霞はデュカスを裏の倉庫に誘う。
「体はすっかり良くなりました、なので旦那様‥‥私に妻としての勤めを果たさせて下さいませ‥‥」
顔を赤くしてデュカスの耳元で囁くように冬霞は告げる。
「本当に大丈夫なのか? 冬霞」
「旦那様と私と旦那様のお子と‥‥皆で共に時を過すのが今の私の夢です‥‥。旦那様はどうですか?」
「‥‥僕もそうだ。エテルネル村で一緒に暮らそう。いつも一緒に」
「旦那様」
デュカスと冬霞はしばらく倉庫で語り合った。
「こっこれは一体!」
「なんだ〜!!」
突然、大声をあげたのは冒険者アーレアンとギルド員ハンスである。
お酒が大分入ったところで諫早似鳥の言うとおりに指輪をはめて念じたら二人は女性に変わってしまった。
「何よ。これは!」
もう一人、同じように罠にはめられたのはエリスだ。こちらは女性から男性への変身である。
「一説には自らの心の内にある異性の理想像を具現化するとゆー話も」
そういいながら三人に鏡を貸して自分の姿を確認させた。
アーレアンは結構な美貌の女性姿だ。少々肩幅が広いのが問題だが。
ハンスは非常に華奢な女性、現在の年齢より若い印象がある。
エリスはあまり変わらなかった。元々男勝りのせいかも知れない。ちなみに一部の女性から黄色い声がかけられそうな美しい男性像がそこにはあった。
「よし。これで」
残った鍋のチーズを飲み干し、ようやく人心地ついた壬護蒼樹は元ちびブラ団の元を訪ねる。
「道を分かれてもまたいつか合える日を楽しみにしています。でも忘れないでくださいね。人一人、それぞれできることは高が知れています。一人で出来ない時は仲間がいるということを」
「壬護さん、またな。次会った時もいっぱい一緒に食べようぜ」
四人の子供を代表してクヌットが壬護蒼樹に答えた。そして全員と握手を交わす。
みんなが満腹になった頃、持ち寄った楽器で演奏が始まった。テーブルが片づけられてダンスの時間となる。
ナオミはカップを片手に踊った。
シルフィリアのセクシーダンスは子供達には少々刺激的である。
クリミナは一人で歌声を披露した。
コルリスは木彫品をデュカス達に贈る。
エフェリアは懸命にみんなの絵を描いた。
ラルフェンは筆記用具とブタさんペーパーウェイトを使って結婚するレウリーとゾフィーに贈る寄せ書きを集める。
「シーナさん、大丈夫ですか?」
お腹いっぱいで並べた椅子に横たわっていたシーナにデュカスが声をかけた。近くでは完全に寝ていたバヴェット夫人の姿もある。
「へ、平気なのですよ。ゾフィー先輩、笑っているのです〜。幸せになって欲しいのです‥‥いや、ゾフィー先輩は絶対に幸せになるのですよ」
上半身を起こしたシーナはレウリーと踊るゾフィーを見つめて涙を零した。
「やっと着いたぜ。よお、元気か?」
突然、ドアが開いて店内に入ってきたのはガルイである。特にデュカスとワンバが親しい間柄だ。デュカスが喜ぶと思い、冬霞が手紙を出して招待したのだ。
「ええ、元気ですとも。寒かったでしょう。ワンバ、まだ残っていたよね」
「今持ってきますよってに。積もる話は後で聞かせてもらいまひょ」
デュカスは踊りの邪魔にならないように地下の部屋にガルイを連れてゆく。ワンバは今一度チーズフォンデュの用意を始めた。
演奏とダンスはまだまだ続く。夜遅くまで楽しい時間を過ごした一同であった。