●リプレイ本文
●ルーアンへ
肌寒い早朝のパリ船着き場に停泊する一隻の帆船。その帆船には次々と客が乗り込んでいた。
「兄様‥‥」
人波から外れた一角で、リュシエンナ・シュスト(ec5115)は見送りの兄ラルフェンを抱きしめる。心配そうな表情が気になったからだ。きっと思い入れのある四人の子供についてを考えていたのだろう。
「大丈夫。ゾフィーさんの結婚式は私に任せてね」
「ああ、俺も信じてるさ。ありがとう」
笑顔のリュシエンナに微笑み返すラルフェンだがどこかぎこちない。もし時間が許すなら後でブルッヘにおいでとラルフェンは言葉を残す。
「わかったわ。兄様〜」
「行って来るのです〜」
リュシエンナは待っていたシーナと一緒に渡し板を歩いて乗船する。
セレスト・グラン・クリュ(eb3537)の見送りは娘のアニエス・グラン・クリュであった。
「ちゃんと代わりにゾフィーさんの結婚式を見届けてくるわ」
「お願いします」
セレストに答えるアニエスは二通の手紙を手にしている。見送りの後でシフール便で送る予定だ。
一通はキマトーナ婦人へのものでブルッヘへの誘いの内容。
一通はラルフ・ヴェルナーへの甘い言葉を込めたものだ。
教会の鐘が鳴り響き、船着き場と帆船を繋いでいた渡し板が係員によって外される。帆を張った帆船は風を受けてゆっくりと船着き場から離れていった。
「はうううう〜。待って下さいなのです〜〜〜」
大声をあげながら両手を振り回してバタバタと船着き場に駆けつけたのはリア・エンデ(eb7706)だ。
「こりゃまずいな。お〜い、出航少し待ってくれないか!」
甲板の桃代龍牙(ec5385)があたふたするリアを見下ろしながら叫ぶ。
だが心配はいらなかった。
リュシエンナとセレストがそれぞれに所有していたフライングブルームを発動させる。そして二人がかりでリアの腕を掴んで空中を移動した。おかげでリアも無事乗船と相成る。
「乗り遅れるところだったのですよ〜。間に合ってよかったのです〜。ありがとうございますです〜」
ヘナヘナッとリアはその場に座り込む。飛んでついてきたフェアリーのファルセットはリアの頭の上で真似をした。
「エンデさん、間に合ってよかったのです」
エフェリア・シドリ(ec1862)は抱いていた子猫のスピネットを甲板に置くと、手を差し伸べてリアを立たせてあげる。
「お肉の友よ‥‥」
仲間達が船室へ向かう中、シーナは流れてゆくパリの景色を望んだ。残念ながら突然の用事があったようで一人の参加予定者は現れなかった。
「シーナさん。エフェリアさんと龍牙さんが美味しい食べ物を用意してきたっていってたよ♪」
甲板室の扉の隙間から顔を覗かせた本多文那(ec2195)にシーナは振り向いて頷いた。小走りに駆け寄り、共に仲間が集まる船室へと向かう。
「紅茶、淹れたのです」
エフェリアは持ってきた葉で紅茶を用意する。他にもシフォンケーキを人数分に切り分けた。
全員が席についたところで朝食を兼ねたお茶会の始まりである。
「うぁ〜♪ 贅沢なのですよ〜」
シーナの笑顔にエフェリアは子猫の頭を撫でながらほっとする。たまにシーナが寂しそうな表情を浮かべるのがエフェリアは気になっていた。
「はう! 起きて急いで走ってきたからお腹ペコペコなのです〜。エフェリアちゃん、助かったのですよ〜〜」
リアもさっそく小さな口を大きく開けて紅茶とシフォンケーキを頂く。
「シーナさん、僕の分も食べていいよ。家でいろいろ食べてきたからね」
「えっ、いいのです?」
本多文那は自分に分けられたシフォンケーキをシーナの皿に移す。本多文那もまたシーナの様子が気になっていた一人である。
「俺の分もあるからな。ほら、シュクレ堂の主人にリクエストして作ってもらった特製パンだ。焼き菓子もあるぞ」
桃代龍牙が置いたカゴの中にはチーズとハムが挟まったパンが山盛りになっていた。底には容器に入ったワインもある。
「私は夕食を頑張って作ろうかな。後で調理場を貸してもらえるように頼んでおかないと」
リュシエンナはフォークで小さくしたシフォンケーキを口に運んで頬を綻ばせる。
「料理、最近少しうまくなった気がするのです。今度、シーナさんに何か作るのです」
「おお〜、期待しているのですよ〜。楽しみなのです☆」
エフェリアの瞳の奥に密かなやる気の輝きをシーナは見つけた。
「ゾフィーさんにも作るのです。シーナさん、ゾフィーさんの好きなもの、なんでしょうか?」
「そうですね〜。ソーセージ煮込みの鍋とか好きですよ。ゾフィー先輩は」
腕を組みながらシーナはエフェリアに答える。
「教えてもらいたのだけど。ゾフィーさんのご親族は参列される?」
「来る予定なのですよ〜」
セレストの訊ねにシーナが振り向いた。
しかし具体的にゾフィーの両親がどのような人物かまではシーナも知らなかった。かなり以前、ゾフィーの両親が冒険者ギルドを訪ねてきた事がある。シーナはその時、通りすがりに挨拶をしただけだ。
「顔は覚えていないのですよ。しっかりとした挨拶を返してくれたのは覚えているのですけど」
シーナは知る限りのゾフィーの両親についてを全員に話す。
ルーアンまでの船旅は順調で特別な事は何も起こらなかった。ただ時間があるだけに、つい考え込んでしまう者もいる。
「シーナさん、少し落ち込んじゃってるみたいだね。僕も聞いて驚いたけど、やっぱりゾフィーさんがギルドを辞めたせいなのかな?」
本多文那は二人きりの時にエフェリアに質問した。
「そうみたい、なのです。シーナさん、ため息をつくのです」
「やっぱりそうか〜。何とかしないとね。あんまり元気がないと僕も悲しいし、大事な友達だからね」
「シーナさんは元気がいいのです。友だち、なのです」
「これからしばらく気にかけて行動してみるよ」
エフェリアと本多文那の他にもシーナの様子を気にかけていた仲間は多くいた。
セーヌ川を下り続けた帆船は、やがて古き街ルーアンへと入港するのだった。
●幸せの二人
結婚式当日、一行は早い時間にカトナ教会を訪れた。
午前中は礼拝が行われるのでジーザス教白の教徒は参加して祈りを捧げる。その中にはレウリーとゾフィーも含まれていた。
礼拝が終わった後で一行はセレストを除く全員で教会の外へ出る。
「ゾフィー先輩〜〜。レウリーさぁん〜〜〜」
「そこにいたのね、シーナ」
シーナは列の中にゾフィーとレウリーを見つける。シーナと目があったゾフィーはレウリーと一緒に近づいてきた。
「結婚、おめでとうなのです☆ 式はもうすぐなのですね」
「ありがとう、シーナ。これから着替えやお化粧をしたらすぐって感じね」
ゾフィーの手を握ってシーナが祝福をする。
「レウリー様、ゾフィー様、おめでとうございます〜。結婚式は楽しみにさせてもらうのです〜♪ その後のパーティは張り切って演奏したいのですよ〜♪」
「ありがとう、リアさん。演奏、楽しみにしているわ」
リアはゾフィーとレウリーを交互に見ながら声をかける。いつものようにリアの肩の上に乗った妖精のファルセットは真似をした。
「ゾフィーさんレウリーさん結婚、おめでとうございます。スーさんも祝っているのです」
「ありがとう、エフェリアさん。子猫のスーさんもありがとうね」
エフェリアは礼拝の間、桃代龍牙に預かってもらった子猫のスピネットを抱きながら結婚する二人に近づいた。
ニャーと鳴いたスピネットの頭をレウリーが撫でる。どうやらレウリーは猫好きのようだ。結婚式の間は教会の裏手で預かってもらえる約束になっていた。
リュシエンナはゾフィーの両手をきゅっと両手で握る。
「きっとこれからも色々な事があると思うけど‥‥負けないでね。この手の中にある幸せの種、二人で大きく育てていって下さいね」
「ありがとう、リュシエンナさん。大丈夫よ、レウリーと一緒なら」
ゾフィーはレウリーの顔を見てからリュシエンナに微笑んだ。
「おめでとう。ゾフィーさんにレウリーさん」
「ありがとう、龍牙さん。実はシーナのことが心配なの。一見笑顔だけどあの表情は落ち込んでいる時だから。悪いけどちょっと覚えていてもらえると嬉しいわ」
ゾフィーに桃代龍牙は任せてくれと頷いた。
「レウリーさん、ゾフィーさん、おめでとう。ついに結婚なんだね〜♪ いいなあ〜」
「ありがとう、文那さん。次は文那さんの番かも知れないわよ♪」
本多文那は自分のことのようにゾフィーを祝福するのだった。
その時、ちょうど教会からセレストが出てきて仲間達と合流した。
「司教様に式についての注意点を聞いてきたわよ。あら、レウリー卿とは二年ぶりかしら。セレスト・グラン・クリュ、覚えていらっしゃる?」
「ええ、もちろんですとも。アニエスさんはよく知っておりますし」
セレストは軽い溜息をついた後でレウリーに訊ねた。娘が仕事の邪魔をしていたのではないかと。そんなことはないと答えるレウリーだ。
ちょうどよかったとセレストはバラのマント留めと香水「パリの香」が入った化粧箱をゾフィーに贈呈する。
「お二人ともお幸せにね。レウリー卿は事務長になられたとか。ゾフィーさんは夫の訃報に怯えずにいられるのね。いえ、皮肉ではないの――」
セレストはくすっと笑って二人の親族がこの場にいるかどうかを教えてもらう。そして紹介してもらいながら挨拶回りをした。その中にはブランシュ騎士団黒分隊の騎士やその家族の姿もあった。
「それではみなさん、後でね」
頃合いをみてゾフィーは教会へ戻ってゆく。男とは違って女は準備に時間がかかるからだ。
結婚式に参加する一行も宿屋に戻って支度をしてからカトナ教会に向かうのだった。
●結婚式
セレストは式が始まる前にラルフ卿と挨拶を交わした。
シーナは上司のフロランスと話してから仲間の元へ戻る。
四人席の前後二列に分かれて七名の一行は席に着いた。
司祭が取り仕切る中、レウリーとゾフィーの結婚式は厳かに進行する。
白いドレス姿のゾフィーが父親と共に現れた時には自然と参列者から拍手が起こった。
(「ゾフィーさん、素敵よ。レウリーさん、事務長として厚い羊皮紙も抱えて陳情に来る人々との格闘する日々は大変でしょうけど、頑張ってね。でもそれってギルドの受付嬢の仕事と似ているわね。つまり似た者夫婦ってことしかしら?」)
セレストは様々な事を考えながら式に参加する。
(「ゾフィー様、お綺麗なのですよ〜。ここは吟遊詩人として歌にしないといけないので‥‥。はううううう〜、ペンはあるけどメモ用の紙を忘れたのです〜〜〜」)
「?」
蒼白な顔をしたリアにエフェリアが気がつく。小さな手振り身振りで説明をして無事エフェリアから羊皮紙を分けてもらうリアだ。
邪魔にならないようリアはこっそりと状況を書き留めてゆく。
(「ゾフィーさんとレウリーさんの結婚衣裳姿、絵にするのです」)
エフェリアが紙を持ってきたのは絵を描くためである。やはり邪魔にならないように簡単なスケッチだけをして後は式に集中する。
(「僕もいい人見つけないとね。将来結婚できるのかなぁ〜。ゾフィーさんは次は僕っていってたけど‥‥難しいよね」)
ゾフィーの姿をうっとりと眺めながら本多文那は自分の将来と重ね合わせようとする。しかし何度思い浮かべようとしても良さそうな男性の姿が浮かばなかった。
(「ゾフィーさん、おめでとう。幸せになってね」)
リュシエンナは祈りを込めた瞳で結婚する二人の様子を見つめ続ける。兄や親友の分もと心を込めて。
やがて聖書の朗読が終わり、誓約の儀が始まる。
レウリーがゾフィーの顔にかかるベールをあげてキスをする。そして司教の祝福の後でゾフィーに指輪をはめた。
「ゾフィー‥‥」
「レウリー‥‥」
結婚する二人が見つめ合った瞬間、その場の誰もが時が止まるのを感じる。
リュシエンナが座る位置からも指輪が輝いているのがよくわかった。彫金師ボスコが作ったものだとシーナから聞いていた。
主に銀製で一部に金が使われてある。玉はサファイア。意匠はレウリーが尊敬するラルフ卿の名から狼を象っているという。
兄のラルフェンも狼にちなんだ名なので親近感を持つリュシエンナだ。次第に涙で周囲の景色が滲んでよく見えなくなってしまう。それは隣に座っていたシーナも同じであった。
(「ゾフィー先輩、よかったのですよ。ギルドのお仕事は大変でしたけど、ゾフィー先輩のおかげで楽しかったのです〜。どうかお幸せになのです」)
シーナはこぼれ落ちる涙を拭くのも忘れてぼやける二人の姿に魅入った。
(「幸せいっぱいのゾフィーさんはいいとして、問題はシーナさんか。我慢している分だけ反動が来ないといいんだが‥‥」)
桃代龍牙は目の前に座っているシーナの背中を眺めながら心の中で呟く。結婚式の後で開かれるというパーティの席でシーナを持て成そうと決めた。
最後に聖歌が唄われて結婚式は締めくくられる。
結婚式が終わった後でレウリーとゾフィーはそれぞれに世話になった人物から声をかけられた。
「よい結婚式だったわ、ゾフィーさん。これからも何かあれば相談して下さいね」
「ギルドマスター、これまでありがとう御座いました」
フロランスがゾフィーの肩に手を置いて祝福の言葉を贈る。
「パリでの黒分隊執務は今後任せる形になるだろう。エフォール副長には他にやってもらう事があってな。定期的に顔を出すが、わたしはルーアンを拠点とするつもりだ。忙しくなるのは覚悟してくれ。‥‥そんな顔をするな。綺麗な奥さんと過ごす時間くらいはあるはずだ」
「あ、あの、その‥‥了解しました!」
ちゃんとした役職がついたのにラルフ卿の前ではまだまだ新米隊員のようなレウリーだ。ちなみに他の隊員と接するときは極普通である。
「大変そうなのです」
真っ赤な瞳のシーナはゾフィーとレウリーの様子を遠くから眺めて呟いた。
「シーナさん、ゾフィーさんの好きな歌とかあるでしょうか?」
エフェリアがシーナを見上げる。
「あるのですよ〜。ゾフィー先輩の亡くなったおばあちゃんがよく唄っていた歌が好きだっていってたのです。わたしも知っているのですよ」
「ゾフィーさんの冒険者ギルド受付さん送別会、していなかったのです。なので、これからのパーティで、祝いと感謝を込めて、ゾフィーさんのために歌、唄うの、どうでしょうか?」
「いいアイデアなのです。そうと決まったら先にお店へ行って練習するのですよ〜〜。わぁ、びっくりしたのです!」
話している途中でエフェリアが抱いていた子猫のスピネットがシーナの胸元へ飛び込む。そのまま寝てしまうスピネットにシーナとエフェリアは笑うのであった。
●パーティ
日が暮れた頃、ルーアンにある一軒の料理店を借り切ってのパーティが始まる。
専属の漁師を雇っているおかげで、ドーバー海峡で獲れた新鮮な魚介類が食べられるというのがこの料理店の特長だ。とくにこの時期、旬のドーバーソールのムニエルは絶品だという。
集まったのはレウリーとゾフィーの親戚達。シーナを含めた冒険者ギルドの一部職員。ブランシュ騎士団黒分隊の騎士達とその家族。それにゾフィーと縁のあった冒険者達。
大人数なので一つの部屋には入りきらずに分散する形となった。
ちなみにラルフ卿はヴェルナー城の大広間を貸すつもりだったのだが、様々な理由からレウリーが丁寧に断った経緯がある。
ともあれ結婚した二人を祝福する無礼講のパーティは始まった。
「ごめんね。やっと来られたわ」
「お待たせしました」
かなり時間が経ってからシーナと冒険者達が集まる部屋にレウリーとゾフィーがやってくる。
「構わないのですよ〜♪ まずは一緒にお酒を酌み交わそうなのです〜♪」
シーナが音頭をとって全員であらためて乾杯をした。
「一曲、唄うのです。エンデさん、お願いです」
「任せてくださいなのですよ〜〜」
エフェリアとリアが中心となって二人を祝福する歌が唄われる。シーナから教えてもらったゾフィーの祖母が好きだった田舎の歌だ。
リアが竪琴で伴奏をし、それに全員が合わせた。エフェリアはハンドベルを鳴らす。
「みんな‥‥」
ゾフィーは席に座ると瞳を閉じて一緒に唄う。膝の上でレウリーの手を握りしめて。
「次は私が一人で披露するのですよ〜♪」
リアは竪琴を奏でながらシーナとゾフィー、そして仲間達との思い出を詩にして披露する。その中には来られなかった仲間との出来事も含まれていた。
珍しく美味しい食べ物を頂いた事。
身体を動かして競い合った記憶。
少しだがスリルを感じた時もある。
これまでの思い出が脳裏によみがえる。
「うぁ〜〜、あううううっ、わぁ〜〜ん〜〜〜〜〜〜〜!!」
泣き声に部屋にいた誰もが振り返る。その人物はシーナであった。
「シーナったら」
ゾフィーが抱きしめてしばらくしてようやくシーナは泣きやむ。
「だ、大丈夫なのですよ‥‥。わたしは大丈夫なのです‥‥」
シーナはワインを呑んで気を落ち着かせる。
ゾフィーに代わってリアがシーナの隣に座った。
「シーナ様、ちょっと聞いて欲しいのです。私のファミリーネームはエンデ、『終わり』って意味なのですよ〜。私は終わりを告げるもの。でも私は『終わり』なんて嫌なので沢山お話を読んだのですよ〜。世界のどこかにはきっと『終わりが無い物語』があると思ったのです♪」
「‥‥『終わりが無い物語』?」
「そうなのです。でもでも〜どんな物語でも、どんなお話でも絶対に終わりがあるのです。お話に登場する人たちはすご〜く幸せでもお話が終わってしまったらそこでおしまいになってしまうのですよ〜。その事がすご〜く残念だったのですけど、でもあるとき気がついたのです〜。私達自身には終わりがないのですよ〜♪、今ここで生きてる私達は皆、『終わりのない物語』を紡いでいるのです〜。それはとっても素敵な事だと思うのです〜だって沢山た〜くさん幸せでいられるのですよ〜♪」
「シーナはみんなに幸せになってもらいたいのですよ。リアさんも、エフェリアさんも、本多さんも、リュシエンナさんも、桃代さんも、セレストさんも、ゾフィー先輩も、レウリーさんも‥‥これまで会ったすべての人に」
話すシーナはリアに真剣な眼差しを向けていた。
「幸せの為に、もっと沢山の『物語』を知りたくて♪ だから私は吟遊詩人になったのです〜」
リアは『にぱっ』と笑顔をシーナに降り注いだ。
「シーナ様の『物語』はどうですか?」
「シーナは冒険者ギルドでいろんな人の悩みを解決する手助けをするのですよ。それがわたしの生きる道なのです〜。そうすれば、きっと、きっとみんな幸せになるのです。冒険者ギルドはみんなが幸せになる為にあるのです」
ようやくシーナは落ち着きを取り戻す。リアは笑顔で桃代龍牙と場所を変わる。
「どうだ。泣いたらお腹が空いただろう。特別製のパンだぞ」
「ありがとうなの‥‥? あ、何か描いてあるのです。う〜ん‥‥キツネ?」
「シーナさんのつもりだったんだが。絵を描くのはあまり得意じゃないからな」
「あうっ! わたしはこんなに口尖ってないのですよ」
シーナに渡した大きめのパンには焼き目が入っていた。桃代龍牙がファイヤーコントロールで火を操って焼き入れたものである。
「でも気持ちは受け取ったのですよ。ありがとなのです」
シーナはパンをちぎって頬張った。
「大切なゾフィーさんの幸せの一歩、ちゃんと見届けられたんだもの。ホッとして気が抜けたんだよね。わかるなあ。私もそうだったし」
調理場から戻ってきたリュシエンナは料理が盛られた皿を持っていた。
シーナが大好きなお刺身だ。新鮮な海産物が手に入るルーアンならではである。ちなみにゾフィーも刺身は好物の一つになっていた。
「ほら、レウリーさんが他の部屋に呼ばれたこの隙がチャンス♪」
リュシエンナはちらりと横目で遠ざかってゆくレウリーの背中を確認する。
「頂きますのです。ゾフィー先輩も、みんなも食べるのですよ〜。美味しいのです」
ノルマン王国では魚の生食は好まれていない。いつでも隠し持っている醤油を取りだしたシーナはさっそく刺身を頂いた。
「わたしも、作ってきたのです」
調理場から戻ってきたエフェリアは鍋を手にしていた。それはゾフィーが好きなソーセージ煮込みの料理であった。
「ありがとう。わたしこの鍋、大好きなの。よく知っていたわね」
「シーナさんに教えてもらったのです。シーナさん、ゾフィーさんの好きなこと、いろいろ知っているのです」
エフェリアはシーナに振り向きながらゾフィーに答える。
「どちらも美味しかったわ。少し他の方々とお話してくるわね」
セレストはレウリーが向かった別室を訪ねる。その部屋には黒分隊に縁のある者達が集まっていた。
「こちらセレスト・グラン・クリュさんです」
レウリーがセレストを紹介すると大人の誰もが気がつく。ラルフ卿と恋仲だと噂される女性の母親だと。
堅物が揃っていると噂される黒分隊でも、さすがに分隊長の結婚話は知れ渡っていた。
この場に集まっていた隊員は十一名。レウリーを含めて五名が既婚者だ。
(「どちらの方も結婚されてもおかしくない年齢のようね」)
戦いに明け暮れていたせいで、よい女性と知り合う機会がなかったようだとセレストは感じとった。ラルフ卿が結婚すれば、おそらく刺激を受けて身を固める気持ちになるだろうと想像する。
「まさかここでお刺身が食べられるなんて思わなかったよ♪」
「本多さん、もっと食べてもいいのですよ〜」
本多文那はフォークの先に刺して刺身を頂いた。
「シーナさん、ここのところのお刺身、脂が乗っていて美味しいよ。食べてみて」
「どれどれ‥‥本当なのですよ〜。すごくコッテリしているのです♪」
どうやらシーナに元気が戻ったと本多文那は安心した。
出会いもあれば別れもある。しかしこれまでの縁が切れるわけではない。そう本多文那は思いながら仲間達との時間を楽しんだ。
「シーナさんと同じなのです。わたしも、みなさんしあわせだと良いのです。きっと、しあわせ、なのです」
そういってエフェリアは自らが描いた絵を配る。
結婚式のレウリーとゾフィー。冒険者ギルドのカウンターにいるシーナとゾフィー。
他にもいろいろと全員の一瞬を切り取った絵が描かれてあった。
リュシエンナの愛犬ラードルフとエフェリアの子猫スピネットには料理がお裾分けされる。珍しい食べ物に最初は驚いていた二匹だがすぐに慣れていた。
妖精達は主人と一緒に踊りを楽しむ。
途中から他の部屋にも顔を出して様々な人々と交流をした一行であった。
●帰路
帰りの帆船。
甲板のリュシエンナは一人夜空に浮かぶ月を眺めていた。そして詩を口ずさんだ。
「♪祈り月夜に灯す火よ
照らせよ我らがゆく道を
願いは天に川となり
私に一つを齎して
貴方に一つを届けるだろう
想い繋げる星は降り
凛と響いて和を紡ぎ
この手の中の輝きが
曇らぬように消えぬよに
ここに永久を誓いましょ♪」
リュシエンナは歌い終わるとシーナがいることに気がつく。
「信頼する先輩に沢山のもの託されて‥どんな気持ち?」
「まだよくわからないのですよ。実感がないというか」
リュシエンナの質問にシーナはうつむく。
「一つの終わりは無数の始まりへの入り口だと思うの。シーナさんにとっても新たな一歩だから‥‥おめでとう」
「ありがとうです♪ そうですよね。いい方向に考えるのですよ」
「えーと、それからね‥‥」
「なんなのです?」
リュシエンナはそわそわと落ち着きがない。
「シーナって‥‥呼んでもいい? なかなか言い出せなくって‥‥」
「もちろんなのですよ〜♪ 水くさいのです☆」
「ホント? 私の事もリュリュって呼んで貰えると嬉しいな。シーナ」
「それでは、リュリュ。これからもよろしくなのですよ〜」
リュシエンナはブタさんペーパーウェイトを取りだす。以前にシーナからもらったものだ。
「ずっと友達、だよ☆ よろしくね♪」
ブタが喋ったようにリュシエンナは声を演じる。シーナも自分のペーパーウェイトを取りだして返事をするのであった。
●そして続く世界
「ちょっとルーアンで食べ過ぎたか。運動しないといけないな」
「今度一緒にケーゲルシュタットをやるのですよ〜。ラ・ソーユでもいいのです☆ さすがにボート漕ぎは寒いので、夏まで待たなくてはなりませんけど」
桃代龍牙はシーナと話しながら下船してパリの地を踏んだ。
「わたしもやるのです。スーさん、木球を転がすのが大好きなのです」
子猫を抱くエフェリアの言葉にシーナは何度も頷いた。
「今度こそ大回転グルグル投げを完成させるのですよ〜。ファル君もそういっているのですよ〜」
リアはファルセットと共に握り拳を作る。
「えっと何の話をしているのかな? とにかく僕も入れてね♪ 新しい出逢いがあるかもしれないし♪」
ジャンプして船着き場に降り立った本多文那はシーナに笑顔を近づけた。
「ケーゲルシュタットなら負けないわ。ね、ラードルフ」
リュシエンナの言葉に『ワンッ』と答える忠犬ラードルフである。
「同じパリなんだし、シーナもみなさんも気軽に屋敷を訪ねてね」
「わかったのですよ〜♪」
すっかり元気になったシーナにゾフィーは安心した。
「ゾフィー、城に寄ってから帰る。屋敷で待っていてくれるかい?」
「わかったわ。戻りはこの時間だと夜になるだろうから気をつけてね」
ここでレウリーとはお別れとなった。
「それではお元気で」
セレストはレウリーと共に馬車へ乗って去ってゆく。城で待機している黒分隊の隊員に会う為だ。娘の今後を考えれば、早いうちに挨拶をしておいた方がよい考えたのである。
「パリはとってもよいところなのですよ。大好きな街なのです☆」
シーナを含めて残り全員がもう一両の馬車へと乗り込んだ。もう少しだけゾフィーと一緒の時間を過ごすのであった。